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22 僕は魔王候補ですから
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「なぁ……」
テラスへ向かう途中、バーヤーンが耳打ちして聞いてくる。耳ざといリュートはバーヤーンを睨んだが、ニコが促すとバーヤーンは続けた。
「どっちが父親なんだ?」
ニコは笑った。そういえば、インキュバスが子供を産むことができるというのは、一般的に認知されていないことだったな、とニコは説明する。
「どちらも僕の父上です。黒髪の方がショウ、緑髪の方がリュートですよ」
「……それは分かる」
バーヤーンは眉間に皺を寄せた。ややこしいですよね、とまたニコは笑う。するとリュートが振り返って悲しそうな顔をした。一体先程から、リュートは何を気にしているのだろう。
「ショウは僕と同じインキュバス。それは分かりますか?」
「ああ」
「かなり低い確率ですが、インキュバスは真に愛したひととなら子供が産めるんですよ」
「そう。だからニコは僕たちのとーっても大事な一人息子なんだ」
ショウも振り返って笑った。リュートは何だか拗ねた顔をしている。耐えかねたニコは声を上げた。
「父上、先程から何なのです?」
「……いえ」
リュートは明後日の方向を見る。そんな彼の隣ではショウがクスクスと笑っていた。
「大事な一人息子を取られるのが嫌なんだよねー?」
「はあ?」
呑気なショウの言葉に、ニコは変な声を上げてしまう。そんな人間界でよくあるらしい、「娘はやらん!」みたいな展開を、目の前で繰り広げられるとは思ってもみなかった。
大体自分は娘じゃないし、嫁でもない、と思ったところでニコは気付く。先程訂正したのに、この父親は信じていないのだ。
「父上……そういう関係ではないと、先程も……」
「ニコはそうかもしれませんが、そこの魔族は違うかもしれないじゃないですかっ。しかもニコはインキュバス、インキュバスの世話係というとあれやこれも……いやいやいやいや私は許しませんよ?」
「父上ウザイです」
「う……っ」
一点を血走った目で見つめてブツブツ言い始めたリュートに、ニコは容赦なく事実を突きつける。その言葉がグサリと刺さったのか、リュートは再び胸を押えた。バーヤーンの名前を教えたのにそこの魔族呼ばわりは失礼だ、とニコは言う。
すると、リュートは完全に拗ねてしまった。ショウに抱きつき、「ショウさまぁ……」と情けない声を上げている。ショウはそんなリュートの背中を優しくぽんぽん、と叩くと、眉を下げてニコに言った。
「ニコ、ごめんね。……色々と」
申し訳なさそうなショウの声に、ニコは何も言えなくなる。魔王候補という椅子から勝手に降りて、すべての責任をニコに押し付けたと、彼は思っているのかもしれない。
しかし、そこでバーヤーンが口を開いた。
「ショウ様、俺がニコを支えますのでご安心下さい。……一時的とはいえ、少なくとも俺がいる間はニコが困ることがないようにしますので」
ニコはハッとしてバーヤーンを見る。やはりバーヤーンは戦闘に長けているだけでなく、きちんと身分をわきまえ、その時の最適解を出す判断もできる。彼は本当に、貴族の身分に留まらせておくのはもったいない、と思った。
(でも、いま父上を慰めるべきは僕だった)
多分、バーヤーンはニコが一瞬何を言うべきか分からなくなったのを察したのだろう。頼もしい限りだけれど、少し悔しい。
しかし、ニコのそんな想いを打ち消すような、低い声がした。
「ニコ、ですって?」
そう言ったのはリュートだ。彼はワナワナと拳を震わせたかと思うと、ビシ! とバーヤーンを指さした。
「貴方! 誰に許可を得てニコを呼び捨てに……!」
「あ? 本人」
ケロッと言い返したのはわざとだろう。その証拠にバーヤーンは戦闘をしている時みたいに、楽しそうな笑みを浮かべていた。
ニコは慌てて止める。
「やめてください二人とも。僕がそう呼べと言ったのは本当です」
いがみ合うのはやめてください、とニコは二人を睨んだ。二人ともすぐにため息をついて諦めたようだったが、いつか相手を打ち負かしてやるという気概がヒシヒシと感じられる。
この状態でお茶など無理だ、と判断したニコは、バーヤーンに一時間だけ席を外すよう促した。さすが契約しただけあって、従順に一瞬で姿を消したバーヤーン。ショウはバーヤーンの素早さに感動していたけれど、リュートは関心がないとでも言うように無言でいた。
「父上たち、お願いがあります」
バーヤーンが完全にいなくなったことを確認したニコは、改めて二人の父親に頼み事をする。
それは、バーヤーンの弟たちの捜索だ。望み薄と分かっていても、ニコは諦めたくなかった。
ニコは事情を説明する。バーヤーンの家族は『洗礼』で亡くなったこと。彼が必死に守っていた弟たちが、川に棄てられたこと。
「僕はやはり『洗礼』で悲しむ魔族が増えるのは嫌です。だから、身近なひとを守りたいという気持ちは同じだったバーヤーンと、一時的に契約しました」
ニコがそう言うと、ショウはニコの手を両手で握った。温かく柔らかな感触がするショウの手に酷く安心し、目頭が熱くなる。そしてこの両親には、自分の本音を話しておこうと思った。
「……初めて、特定の魔族を守りたいと感じました。けれど僕は魔王後継者。成り上がりたいという彼を、僕のわがままで繋ぎ止めておくことはできません」
ニコの真剣な眼差しに、ショウは驚きリュートは目を伏せる。王族とその部下であったショウとリュートも、身分違いの恋の大変さを知っているから何も言わない。
「そっか……大切なひと、なんだね。でもニコは、魔王になる覚悟を決めたんだ……?」
ごめんね、辛い決断させちゃったね、とショウは涙ぐんでいる。
自分は公の存在であることを覚悟した以上、何もかも自分だけの意思でことを運ぶのは許されない。だからせめて、世話係としてそばに置くことを許してください、とニコは頭を下げた。
「いいよね? リュート」
ショウはリュートを見上げる。このタイミングでこうなることを知っていたリュートだ、まさかダメだとは言わないだろう。どれも多分、魔王の采配なのだから。
苦々しい顔をしたリュートは、はい、と返事をした。
テラスへ向かう途中、バーヤーンが耳打ちして聞いてくる。耳ざといリュートはバーヤーンを睨んだが、ニコが促すとバーヤーンは続けた。
「どっちが父親なんだ?」
ニコは笑った。そういえば、インキュバスが子供を産むことができるというのは、一般的に認知されていないことだったな、とニコは説明する。
「どちらも僕の父上です。黒髪の方がショウ、緑髪の方がリュートですよ」
「……それは分かる」
バーヤーンは眉間に皺を寄せた。ややこしいですよね、とまたニコは笑う。するとリュートが振り返って悲しそうな顔をした。一体先程から、リュートは何を気にしているのだろう。
「ショウは僕と同じインキュバス。それは分かりますか?」
「ああ」
「かなり低い確率ですが、インキュバスは真に愛したひととなら子供が産めるんですよ」
「そう。だからニコは僕たちのとーっても大事な一人息子なんだ」
ショウも振り返って笑った。リュートは何だか拗ねた顔をしている。耐えかねたニコは声を上げた。
「父上、先程から何なのです?」
「……いえ」
リュートは明後日の方向を見る。そんな彼の隣ではショウがクスクスと笑っていた。
「大事な一人息子を取られるのが嫌なんだよねー?」
「はあ?」
呑気なショウの言葉に、ニコは変な声を上げてしまう。そんな人間界でよくあるらしい、「娘はやらん!」みたいな展開を、目の前で繰り広げられるとは思ってもみなかった。
大体自分は娘じゃないし、嫁でもない、と思ったところでニコは気付く。先程訂正したのに、この父親は信じていないのだ。
「父上……そういう関係ではないと、先程も……」
「ニコはそうかもしれませんが、そこの魔族は違うかもしれないじゃないですかっ。しかもニコはインキュバス、インキュバスの世話係というとあれやこれも……いやいやいやいや私は許しませんよ?」
「父上ウザイです」
「う……っ」
一点を血走った目で見つめてブツブツ言い始めたリュートに、ニコは容赦なく事実を突きつける。その言葉がグサリと刺さったのか、リュートは再び胸を押えた。バーヤーンの名前を教えたのにそこの魔族呼ばわりは失礼だ、とニコは言う。
すると、リュートは完全に拗ねてしまった。ショウに抱きつき、「ショウさまぁ……」と情けない声を上げている。ショウはそんなリュートの背中を優しくぽんぽん、と叩くと、眉を下げてニコに言った。
「ニコ、ごめんね。……色々と」
申し訳なさそうなショウの声に、ニコは何も言えなくなる。魔王候補という椅子から勝手に降りて、すべての責任をニコに押し付けたと、彼は思っているのかもしれない。
しかし、そこでバーヤーンが口を開いた。
「ショウ様、俺がニコを支えますのでご安心下さい。……一時的とはいえ、少なくとも俺がいる間はニコが困ることがないようにしますので」
ニコはハッとしてバーヤーンを見る。やはりバーヤーンは戦闘に長けているだけでなく、きちんと身分をわきまえ、その時の最適解を出す判断もできる。彼は本当に、貴族の身分に留まらせておくのはもったいない、と思った。
(でも、いま父上を慰めるべきは僕だった)
多分、バーヤーンはニコが一瞬何を言うべきか分からなくなったのを察したのだろう。頼もしい限りだけれど、少し悔しい。
しかし、ニコのそんな想いを打ち消すような、低い声がした。
「ニコ、ですって?」
そう言ったのはリュートだ。彼はワナワナと拳を震わせたかと思うと、ビシ! とバーヤーンを指さした。
「貴方! 誰に許可を得てニコを呼び捨てに……!」
「あ? 本人」
ケロッと言い返したのはわざとだろう。その証拠にバーヤーンは戦闘をしている時みたいに、楽しそうな笑みを浮かべていた。
ニコは慌てて止める。
「やめてください二人とも。僕がそう呼べと言ったのは本当です」
いがみ合うのはやめてください、とニコは二人を睨んだ。二人ともすぐにため息をついて諦めたようだったが、いつか相手を打ち負かしてやるという気概がヒシヒシと感じられる。
この状態でお茶など無理だ、と判断したニコは、バーヤーンに一時間だけ席を外すよう促した。さすが契約しただけあって、従順に一瞬で姿を消したバーヤーン。ショウはバーヤーンの素早さに感動していたけれど、リュートは関心がないとでも言うように無言でいた。
「父上たち、お願いがあります」
バーヤーンが完全にいなくなったことを確認したニコは、改めて二人の父親に頼み事をする。
それは、バーヤーンの弟たちの捜索だ。望み薄と分かっていても、ニコは諦めたくなかった。
ニコは事情を説明する。バーヤーンの家族は『洗礼』で亡くなったこと。彼が必死に守っていた弟たちが、川に棄てられたこと。
「僕はやはり『洗礼』で悲しむ魔族が増えるのは嫌です。だから、身近なひとを守りたいという気持ちは同じだったバーヤーンと、一時的に契約しました」
ニコがそう言うと、ショウはニコの手を両手で握った。温かく柔らかな感触がするショウの手に酷く安心し、目頭が熱くなる。そしてこの両親には、自分の本音を話しておこうと思った。
「……初めて、特定の魔族を守りたいと感じました。けれど僕は魔王後継者。成り上がりたいという彼を、僕のわがままで繋ぎ止めておくことはできません」
ニコの真剣な眼差しに、ショウは驚きリュートは目を伏せる。王族とその部下であったショウとリュートも、身分違いの恋の大変さを知っているから何も言わない。
「そっか……大切なひと、なんだね。でもニコは、魔王になる覚悟を決めたんだ……?」
ごめんね、辛い決断させちゃったね、とショウは涙ぐんでいる。
自分は公の存在であることを覚悟した以上、何もかも自分だけの意思でことを運ぶのは許されない。だからせめて、世話係としてそばに置くことを許してください、とニコは頭を下げた。
「いいよね? リュート」
ショウはリュートを見上げる。このタイミングでこうなることを知っていたリュートだ、まさかダメだとは言わないだろう。どれも多分、魔王の采配なのだから。
苦々しい顔をしたリュートは、はい、と返事をした。
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