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29 栄転です
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ニコは屋敷のとある場所に来ると、バーヤーンを振り返る。そこは屋敷の裏側で、敷地を囲む壁があり日中もあまり日が当たらず、陰鬱な雰囲気が流れていた。ところどころに大きな石が転がっていて、土もでこぼこしている。
「こちらです」
さらに足を進めたニコは顔の大きさほどの石が置いてある場所に立った。そこの土は盛り上がっていて、ニコは石の前に置いてあった小さな瓶を取る。
「これを」
瓶をバーヤーンに渡したニコ。バーヤーンは不思議そうな顔をしていたけれど、瓶の中身を見て驚いた顔をし、それから口元を押さえた。
「……間違いないですか?」
「ああ……弟たちがしていた、ピアスだ……っ」
バーヤーンはその瓶を両手で大事そうに包むと、胸に押し付けた。長い髪が落ち、表情は見えないけれど、髪の隙間から水滴が落ちるのが見える。
そう、バーヤーンの弟たちの行方が、やっと分かったのだ。王族の優秀な人材をもってしても、探すのに時間がかかってしまった。川に住む魚や魔族に食べられなかっただけよかったけれど、見つけた時には相当酷い状態だったらしい。ニコは詳しくその話を聞いたけれど、バーヤーンには言わない方がいいだろう。
「バーヤーン」
さあっと風が吹いた音がした。けれどここは湿気っているので風は来ない。
バーヤーンが濡れた頬のまま顔を上げる。ニコは笑顔を見せると、グッと拳を握った。
「おめでとうございます。きみは明日から、魔王様の世話係ですよ」
「……え?」
ニコはそう言うと、詰襟の黒い服のポケットから手紙を出した。正真正銘、魔王直筆の命令書だ。それを差し出すと、バーヤーンは信じられないとでも言うような顔で受け取った。
「と言ってもまずは下働きですが。僕の世話係の仕事ぶりを、評価して下さったみたいですね」
そう言うと、悲しみに濡れていたグレーブルーの瞳に、光が戻った。大躍進ですよ、と微笑むとバーヤーンは嬉しそうに笑う。
「……はは。人生何が起きるか分かんねぇな……」
「そうですね。でも、それはきみが絶望の淵に立たされても、諦めなかったからですよ」
弟たちを守りたい。たったそれだけで成り上がろうとするのは普通の魔族じゃ無理だろう。安心、安全、食い扶持に困らない職に就けたことは誇っていい、とニコは言う。
「短い間でしたが、僕の世話係の仕事は今日で終わりです」
明日、その手紙に書いてある通りに城へ向かってください。そう言うと、バーヤーンは熱が籠った目でニコを見た。
「ありがとう、ニコ」
ニコは返事の代わりに微笑むと、話は終わりです、と自室に戻る。
そのあとはまたいつものルーティンだ。話をしていたので勉強の時間は減ったけれど、食事をするのも、趣味の本を読む時も、バーヤーンがいたから寂しくなかった。それが今日で終わるのかと思いかけて、ニコは考えるのを止める。
一番の問題は精気切れだけだ。あれから魔王はニコの部屋を異空間に移しているみたいだし、自慰をすれば問題ない。
「なぁ、ニコ」
すべてのルーティンが終わりベッドに入ろうとしたところで、バーヤーンに呼び止められる。振り返って彼を見ると、思いのほか熱い視線でこちらを見ていてドキリとした。
「今日くらい、俺の好きなようにさせてくれないか?」
「……どういう意味です?」
「そのまんま。最後くらい、わがまま言ってもいいだろ?」
優しく肩を抱かれて、ニコは言葉が出なかった。そのままとすん、とベッドの端に座らされ、腰を抱かれる。
「ニコは嫌だったかもしれねぇけど、お前とするの、すげぇよかった」
そう言ったバーヤーンの足の間のものが、すでに張り詰めているのに気付いてしまい、ニコは顔が熱くなる。
「それは、僕がインキュバスだから当たり前のことで……」
「ああ。でもお前、ずっと苦しそうだった。慰めてやろうと優しくしたら断られたし」
「……」
ニコは黙る。そんな風に思われていたなんて、思いもしなかった。ただ必死で、バーヤーンに好きと言いたくなるのを我慢していただけなのに。
はあ、とニコはため息をつく。どのみちこれで最後なのだ、一回くらいなら、と思って頷くと、指先で頬を撫でられる。くすぐったくて肩を竦めると、バーヤーンの顔が近付いた。頬に唇が触れ、ちゅっとリップ音を鳴らした彼はくすりと笑う。
「やることやってんのに、ニコの反応は初々しいな」
「そ、れは……」
きみが好きだからです、とは言えない。ニコは再び頬に吸い付いてきたバーヤーンの唇や吐息を、意識しないように視線を逸らした。
唇を頬に擦り付けながら、バーヤーンは呟く。
「すげぇ……やっぱいい匂い……」
「……っ」
上擦った彼の声に、ニコはゾクリとした。するとバーヤーンも息を詰め、頬を撫でられ彼の方へ向かされた。
そのまま彼が黙っているのが落ち着かなくて、ニコはバーヤーンを見上げる。優しい瞳でこちらを見ているけれど、確かにその奥には欲情が見えた。
これは、自分が誘っているからなのだろうか? 出会った頃は猛獣のようにニコを食らっていたバーヤーンが、こんなにも優しい顔をするなんて。
彼の顔がさらに近付いた。えっ、と思ったときにはもう遅く、ニコの唇はバーヤーンのそれと重ねられている。
どう反応したらいいのか分からなくなった。心臓が爆発するんじゃないかと思うほど跳ね上がって、ぎゅっと目と唇を噤む。今までもキスをされそうな場面はあったけれど、いつもその直後には顎や頬を噛まれていた。
そこでニコはハッとする。自分がキスをして欲しくて、バーヤーンをそのように操っているのではないか、と。でもバーヤーンはしたくないから、ギリギリのところで抵抗して噛んでいたのでは、と。
なら今は、最後だからとニコに誘惑されるまま、バーヤーンは動いているのでは、と思ったのだ。今までの恩返しに。
彼の優しさに涙が出た。そしてニコからも、今までありがとうという気持ちを込めて、バーヤーンに触れる。
そこからは二人とも言葉はなく、互いに高め合った。バーヤーンはずっと優しく触れてくれて、今まで禁止していてよかったなと思う。零れる嬌声と涙で、彼への気持ちがバレてしまいそうだったから。この温もりともお別れだと思うと、ニコはなかなか離すことができなかった。
「こちらです」
さらに足を進めたニコは顔の大きさほどの石が置いてある場所に立った。そこの土は盛り上がっていて、ニコは石の前に置いてあった小さな瓶を取る。
「これを」
瓶をバーヤーンに渡したニコ。バーヤーンは不思議そうな顔をしていたけれど、瓶の中身を見て驚いた顔をし、それから口元を押さえた。
「……間違いないですか?」
「ああ……弟たちがしていた、ピアスだ……っ」
バーヤーンはその瓶を両手で大事そうに包むと、胸に押し付けた。長い髪が落ち、表情は見えないけれど、髪の隙間から水滴が落ちるのが見える。
そう、バーヤーンの弟たちの行方が、やっと分かったのだ。王族の優秀な人材をもってしても、探すのに時間がかかってしまった。川に住む魚や魔族に食べられなかっただけよかったけれど、見つけた時には相当酷い状態だったらしい。ニコは詳しくその話を聞いたけれど、バーヤーンには言わない方がいいだろう。
「バーヤーン」
さあっと風が吹いた音がした。けれどここは湿気っているので風は来ない。
バーヤーンが濡れた頬のまま顔を上げる。ニコは笑顔を見せると、グッと拳を握った。
「おめでとうございます。きみは明日から、魔王様の世話係ですよ」
「……え?」
ニコはそう言うと、詰襟の黒い服のポケットから手紙を出した。正真正銘、魔王直筆の命令書だ。それを差し出すと、バーヤーンは信じられないとでも言うような顔で受け取った。
「と言ってもまずは下働きですが。僕の世話係の仕事ぶりを、評価して下さったみたいですね」
そう言うと、悲しみに濡れていたグレーブルーの瞳に、光が戻った。大躍進ですよ、と微笑むとバーヤーンは嬉しそうに笑う。
「……はは。人生何が起きるか分かんねぇな……」
「そうですね。でも、それはきみが絶望の淵に立たされても、諦めなかったからですよ」
弟たちを守りたい。たったそれだけで成り上がろうとするのは普通の魔族じゃ無理だろう。安心、安全、食い扶持に困らない職に就けたことは誇っていい、とニコは言う。
「短い間でしたが、僕の世話係の仕事は今日で終わりです」
明日、その手紙に書いてある通りに城へ向かってください。そう言うと、バーヤーンは熱が籠った目でニコを見た。
「ありがとう、ニコ」
ニコは返事の代わりに微笑むと、話は終わりです、と自室に戻る。
そのあとはまたいつものルーティンだ。話をしていたので勉強の時間は減ったけれど、食事をするのも、趣味の本を読む時も、バーヤーンがいたから寂しくなかった。それが今日で終わるのかと思いかけて、ニコは考えるのを止める。
一番の問題は精気切れだけだ。あれから魔王はニコの部屋を異空間に移しているみたいだし、自慰をすれば問題ない。
「なぁ、ニコ」
すべてのルーティンが終わりベッドに入ろうとしたところで、バーヤーンに呼び止められる。振り返って彼を見ると、思いのほか熱い視線でこちらを見ていてドキリとした。
「今日くらい、俺の好きなようにさせてくれないか?」
「……どういう意味です?」
「そのまんま。最後くらい、わがまま言ってもいいだろ?」
優しく肩を抱かれて、ニコは言葉が出なかった。そのままとすん、とベッドの端に座らされ、腰を抱かれる。
「ニコは嫌だったかもしれねぇけど、お前とするの、すげぇよかった」
そう言ったバーヤーンの足の間のものが、すでに張り詰めているのに気付いてしまい、ニコは顔が熱くなる。
「それは、僕がインキュバスだから当たり前のことで……」
「ああ。でもお前、ずっと苦しそうだった。慰めてやろうと優しくしたら断られたし」
「……」
ニコは黙る。そんな風に思われていたなんて、思いもしなかった。ただ必死で、バーヤーンに好きと言いたくなるのを我慢していただけなのに。
はあ、とニコはため息をつく。どのみちこれで最後なのだ、一回くらいなら、と思って頷くと、指先で頬を撫でられる。くすぐったくて肩を竦めると、バーヤーンの顔が近付いた。頬に唇が触れ、ちゅっとリップ音を鳴らした彼はくすりと笑う。
「やることやってんのに、ニコの反応は初々しいな」
「そ、れは……」
きみが好きだからです、とは言えない。ニコは再び頬に吸い付いてきたバーヤーンの唇や吐息を、意識しないように視線を逸らした。
唇を頬に擦り付けながら、バーヤーンは呟く。
「すげぇ……やっぱいい匂い……」
「……っ」
上擦った彼の声に、ニコはゾクリとした。するとバーヤーンも息を詰め、頬を撫でられ彼の方へ向かされた。
そのまま彼が黙っているのが落ち着かなくて、ニコはバーヤーンを見上げる。優しい瞳でこちらを見ているけれど、確かにその奥には欲情が見えた。
これは、自分が誘っているからなのだろうか? 出会った頃は猛獣のようにニコを食らっていたバーヤーンが、こんなにも優しい顔をするなんて。
彼の顔がさらに近付いた。えっ、と思ったときにはもう遅く、ニコの唇はバーヤーンのそれと重ねられている。
どう反応したらいいのか分からなくなった。心臓が爆発するんじゃないかと思うほど跳ね上がって、ぎゅっと目と唇を噤む。今までもキスをされそうな場面はあったけれど、いつもその直後には顎や頬を噛まれていた。
そこでニコはハッとする。自分がキスをして欲しくて、バーヤーンをそのように操っているのではないか、と。でもバーヤーンはしたくないから、ギリギリのところで抵抗して噛んでいたのでは、と。
なら今は、最後だからとニコに誘惑されるまま、バーヤーンは動いているのでは、と思ったのだ。今までの恩返しに。
彼の優しさに涙が出た。そしてニコからも、今までありがとうという気持ちを込めて、バーヤーンに触れる。
そこからは二人とも言葉はなく、互いに高め合った。バーヤーンはずっと優しく触れてくれて、今まで禁止していてよかったなと思う。零れる嬌声と涙で、彼への気持ちがバレてしまいそうだったから。この温もりともお別れだと思うと、ニコはなかなか離すことができなかった。
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