悪役皇子、ざまぁされたので反省する ～ 馬鹿は死ななきゃ治らないって… 一度、死んだからな、同じ轍(てつ)は踏まんよ ～

第155話

「やや勢いに任せてやったものの、あれで良かったのだろうか？」

　週末の昼を挟んで午前と午後に分け、3～4時間ほど設もうけられているという学習会の時間も恙つつがなく終わり、女子修道院の共同生活に於おける農作業や、各種手伝いのある子供達が去った後… 身内の二人しか居なくなり、机を壁際に寄せた写本室で呟く。

　省かえりみると先史文明より持ち越されたユークリッド幾何きか学的な事柄は小難しく、四角四面に教え込んだところで知識として定着するのか、自問していると独白を拾ったウルリカが “どや顔” で頷うなずいた。

「すべての平行四辺形、四角形に置き換えられる。それは必ず同じ三角形に二分割できるから、その面積を求める時の解法に使う、しっかりと覚えた」

　拙つたない年齢にも拘かかわらず、比較的に発育の良い胸を張り、ずいと黒毛で覆おおわれた獣耳つきの頭を差し出してくる。

　あからさまな強請ねだりに応こたえてやれば機を逸いつすることなく、人狼娘はハグしろとばかりに両腕を広げた。

「ご主人、抱っこ♪」
「しょうがない、困った奴だな」

　呆れ交まじりに屈み、後ろに廻まわした双手もろてでケモ耳少女の太腿裏を掴つかむと、小さな二つの掌を自身の両肩に添えさせて、僅わずかに背を反そらして緩ゆるりと立ち上がる。

　垂直に捧げ持つので、 “縦抱っこ” と称される体勢になれば、天井付近の位置にある窓からの逆光を受け、にんまりと幸せそうに微笑む人狼娘の姿が視界を奪った。

　戯たわむれに緩慢な足捌さばきで円舞曲ワルツの孤を描きながら、幾度か回転しているうちにジト目のフィアが視界を過よぎり、右から左に流れていく。

　何やら疎外そがい感を滲ませた瞳に負け、まだ甘え足りないと首元に縋すがりつくウルリカを降ろして調息するも、間髪入れずに司祭の娘がにじり寄ってきた。

「ジェオ君、私は “お姫さま抱っこ” でお願いしますね♪」
「以前にもあった気がするな、この展開」

　致し方ないと求められるまま片立膝の姿勢となり、自身の太腿に彼女を乗せてから、その膝裏と背中に両手を廻まわして優しく抱え上げる。

　先ほどと同じく、至極満悦そうなフィアの蜂蜜色髪ハニーブロンドを微かすかに靡なびかせて、くるくると踊っていたら、写本室の入口から冷たい声が響いてきた。

「こんな場所で何してるのさ、ダーリン」

　“人が扱こき使われている間に…” と恨めしげな言葉に振り向けば、洗い場で見捨てられたリィナが双剣ならぬ箒ほうきと塵取りを持ち、無表情で仁王立ちしている。

　不穏な気配を漂ただわせる半人造の少女ハーフホムンクルスは瞬歩で迫せまり、何時いつぞや “隙に乗じて打ち込んでも構わない” とほざいた自信過剰な馬鹿おれを狙い、箒ほうきによる打撃を繰り出した。

「喰らえ、嫉妬の一閃！！」
「くッ、ここで仕掛けてくるだと！？」

　咄嗟とっさに中段蹴りを放ち、右足の靴底で初撃を凌しのぐが、半転しつつも踏み入ってきた相手は、遠心力など乗せた塵取りの薙ぎ払いバッシュを顔面へ叩き込もうとする。

　爆発反応障壁リアクティブ・ブロックの魔法で女子修道院の備品を損壊させる訳にもいかず、蹴り脚を引きながらも蹲うずくまり、避けると同時に降参の声を上げた。

「やった、久し振りの一本！」
「両手塞ふさがりの挙句、目方めかたのある荷物まで持っていたら無理がある」

「むぅ、それは聞き捨てなりませんね」
「けど、重いと思う、主に胸の駄肉が……」

　喜ぶリィナに怒るフィア、援護にならない牽制けんせいの呟きを残すウルリカなど、取っ散らかった情景に思わず溜息が漏れてしまう。

　然しかれども其々それぞれの仲は良好なため、すぐに何やかんやで纏まとまり、手分けして効率よく授業後の室内清掃に取り組むのだった。