27 / 155
第27話
しおりを挟む
「まったく、待てど暮らせど護衛の指名依頼が来ないと思ったら… これを作っていたのね、ダーリン」
「その呼び方は止めろ、何とかならないのか?」
旅路での誤解を避けるため、麻紙の書類を弄んでいる斜向かいの草地に座ったリィナから視線を外して、小動物のように昼食のパンを食んでいた侍祭の娘へ問う。
「もはや揶揄っているだけかと、反応を見るのが面白くなっているみたいです」
「ん、否定はしないけどさ、無駄に偉そうで尊大な性格だし、私が構ってあげないと “ぼっち” 確定だよ?」
態とらしく眉を顰め、何やら慈愛に満ちた眼差しで見つめてくるも、口元だけは微妙に嗤っているという、隠し切れない愉悦の混じった心配顔には苛立ちを覚えなくもない。
ここ数日の経験により、反駁しても彼女を喜ばせるだけと学習済みなので、耳に聞こえてきたサイアスの忍び笑いごと黙殺しながら、我関せずの態度を決め込んだ。
「ふふっ、釣れないように見えて、ジト目になってるのが可愛い♪」
「…… 貴族の子弟を籠絡して玉の輿とか、もう関係ないみたいだな」
やや呆れ気味に呟いたクレアと目が合い、お互いに苦笑を浮かべていれば、視界の端で身動ぎしたフィアが自分達宛の依頼票を手繰り寄せる。
既にリィナの興味は離れているらしく、あっさりと手放された麻紙の品質を暫く確認してから、やや俯かせていた顔を緩りと上げた。
「布教のため、聖典を量産するのにも使えそうですね。街に戻ったら、司祭様に見せる分を数枚ほど頂けませんか?」
「あぁ、うちの元庭師に用意させる。同一内容を複写するだけなら、華国の活版という技巧の導入も考えておこう」
「「「活版?」」」
恐らくは既知故に興味なさげな我が師を除き、可愛らしく小首など傾げた三人娘が、鸚鵡のように聞き慣れない言葉を反復する。
“知識は共有されてこそ意味がある” と、魂の集う場所にて人生の一端を見せてくれた過去の碩学も語っていたので、その独特な印刷技術が生まれた経緯と “廃れた” 理由にも言及していく。
「ん~、文字ごとの木版(活版)を枠に嵌め並べて、刷りの原版にする発想は良くてもさ… “大量の漢字” を扱う華国じゃ、煩雑すぎて広まらないわね」
「その結果、昔からあった彫版に駆逐されて、短い期間で歴史の中に埋もれたわけだが、言語形態に差のある西方諸国だと話は違ってくる」
聡いリィナが途中で挟んだ指摘に答えつつも観点を切り替えれば、今度はフィアが納得顔で相槌を打ち、徐に桜色の唇を開いた。
「菫青海を環状に取り巻く沿岸地域は古代ローウェル帝国の文字を継承している上、その種類は26文字と然して多くありませんからね」
「つまり、あたし達には彫版よりも活版の方が適しているという事だな……」
「うん、地母神派の聖典を刷るだけなら、どっちも実質的に変わらないけど」
気安い態度で幼馴染に応じた侍祭が話を締め括り、傍に置いていた香草茶入りの革水筒へ手を伸ばす。
最後まで語らせてもらえなくとも、自身の言わんとする事は理解されたようなので、余計な蛇足を付けることなく、俺は瞑目して口を噤んだ。
------------------------------------------------------------------------------------------------
※ 実はグーテンベルクの活版印刷より遥か昔、中国で活版印刷機が発明されていたんすよ、知ってる人少ないけど。ただ、アルファベット26文字に対して漢字は凄まじい数があるので、文字盤を組み合わせる手間や、用意すべき活版(一文字単位のハンコ)の数が多すぎて、まったく評価されず消えていったのです。
「その呼び方は止めろ、何とかならないのか?」
旅路での誤解を避けるため、麻紙の書類を弄んでいる斜向かいの草地に座ったリィナから視線を外して、小動物のように昼食のパンを食んでいた侍祭の娘へ問う。
「もはや揶揄っているだけかと、反応を見るのが面白くなっているみたいです」
「ん、否定はしないけどさ、無駄に偉そうで尊大な性格だし、私が構ってあげないと “ぼっち” 確定だよ?」
態とらしく眉を顰め、何やら慈愛に満ちた眼差しで見つめてくるも、口元だけは微妙に嗤っているという、隠し切れない愉悦の混じった心配顔には苛立ちを覚えなくもない。
ここ数日の経験により、反駁しても彼女を喜ばせるだけと学習済みなので、耳に聞こえてきたサイアスの忍び笑いごと黙殺しながら、我関せずの態度を決め込んだ。
「ふふっ、釣れないように見えて、ジト目になってるのが可愛い♪」
「…… 貴族の子弟を籠絡して玉の輿とか、もう関係ないみたいだな」
やや呆れ気味に呟いたクレアと目が合い、お互いに苦笑を浮かべていれば、視界の端で身動ぎしたフィアが自分達宛の依頼票を手繰り寄せる。
既にリィナの興味は離れているらしく、あっさりと手放された麻紙の品質を暫く確認してから、やや俯かせていた顔を緩りと上げた。
「布教のため、聖典を量産するのにも使えそうですね。街に戻ったら、司祭様に見せる分を数枚ほど頂けませんか?」
「あぁ、うちの元庭師に用意させる。同一内容を複写するだけなら、華国の活版という技巧の導入も考えておこう」
「「「活版?」」」
恐らくは既知故に興味なさげな我が師を除き、可愛らしく小首など傾げた三人娘が、鸚鵡のように聞き慣れない言葉を反復する。
“知識は共有されてこそ意味がある” と、魂の集う場所にて人生の一端を見せてくれた過去の碩学も語っていたので、その独特な印刷技術が生まれた経緯と “廃れた” 理由にも言及していく。
「ん~、文字ごとの木版(活版)を枠に嵌め並べて、刷りの原版にする発想は良くてもさ… “大量の漢字” を扱う華国じゃ、煩雑すぎて広まらないわね」
「その結果、昔からあった彫版に駆逐されて、短い期間で歴史の中に埋もれたわけだが、言語形態に差のある西方諸国だと話は違ってくる」
聡いリィナが途中で挟んだ指摘に答えつつも観点を切り替えれば、今度はフィアが納得顔で相槌を打ち、徐に桜色の唇を開いた。
「菫青海を環状に取り巻く沿岸地域は古代ローウェル帝国の文字を継承している上、その種類は26文字と然して多くありませんからね」
「つまり、あたし達には彫版よりも活版の方が適しているという事だな……」
「うん、地母神派の聖典を刷るだけなら、どっちも実質的に変わらないけど」
気安い態度で幼馴染に応じた侍祭が話を締め括り、傍に置いていた香草茶入りの革水筒へ手を伸ばす。
最後まで語らせてもらえなくとも、自身の言わんとする事は理解されたようなので、余計な蛇足を付けることなく、俺は瞑目して口を噤んだ。
------------------------------------------------------------------------------------------------
※ 実はグーテンベルクの活版印刷より遥か昔、中国で活版印刷機が発明されていたんすよ、知ってる人少ないけど。ただ、アルファベット26文字に対して漢字は凄まじい数があるので、文字盤を組み合わせる手間や、用意すべき活版(一文字単位のハンコ)の数が多すぎて、まったく評価されず消えていったのです。
77
あなたにおすすめの小説
神眼のカードマスター 〜パーティーを追放されてから人生の大逆転が始まった件。今さら戻って来いと言われてももう遅い〜
サイダーボウイ
ファンタジー
「いいかい? 君と僕じゃ最初から住む世界が違うんだよ。これからは惨めな人生を送って一生後悔しながら過ごすんだね」
Fランク冒険者のアルディンは領主の息子であるザネリにそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。
父親から譲り受けた大切なカードも奪われ、アルディンは失意のどん底に。
しばらくは冒険者稼業をやめて田舎でのんびり暮らそうと街を離れることにしたアルディンは、その道中、メイド姉妹が賊に襲われている光景を目撃する。
彼女たちを救い出す最中、突如として【神眼】が覚醒してしまう。
それはこのカード世界における掟すらもぶち壊してしまうほどの才能だった。
無事にメイド姉妹を助けたアルディンは、大きな屋敷で彼女たちと一緒に楽しく暮らすようになる。
【神眼】を使って楽々とカードを集めてまわり、召喚獣の万能スライムとも仲良くなって、やがて天災級ドラゴンを討伐するまでに成長し、アルディンはどんどん強くなっていく。
一方その頃、ザネリのパーティーでは仲間割れが起こっていた。
ダンジョン攻略も思うようにいかなくなり、ザネリはそこでようやくアルディンの重要さに気づく。
なんとか引き戻したいザネリは、アルディンにパーティーへ戻って来るように頼み込むのだったが……。
これは、かつてFランク冒険者だった青年が、チート能力を駆使してカード無双で成り上がり、やがて神話級改変者〈ルールブレイカー〉と呼ばれるようになるまでの人生逆転譚である。
最強スライムはぺットであって従魔ではない。ご主人様に仇なす奴は万死に値する。
棚から現ナマ
ファンタジー
スーはペットとして飼われているレベル2のスライムだ。この世界のスライムはレベル2までしか存在しない。それなのにスーは偶然にもワイバーンを食べてレベルアップをしてしまう。スーはこの世界で唯一のレベル2を超えた存在となり、スライムではあり得ない能力を身に付けてしまう。体力や攻撃力は勿論、知能も高くなった。だから自我やプライドも出てきたのだが、自分がペットだということを嫌がるどころか誇りとしている。なんならご主人様LOVEが加速してしまった。そんなスーを飼っているティナは、ひょんなことから王立魔法学園に入学することになってしまう。『違いますっ。私は学園に入学するために来たんじゃありません。下働きとして働くために来たんです!』『はぁ? 俺が従魔だってぇ、馬鹿にするなっ! 俺はご主人様に愛されているペットなんだっ。そこいらの野良と一緒にするんじゃねぇ!』最高レベルのテイマーだと勘違いされてしまうティナと、自分の持てる全ての能力をもって、大好きなご主人様のために頑張る最強スライムスーの物語。他サイトにも投稿しています。
転生貴族の移動領地~家族から見捨てられた三子の俺、万能な【スライド】スキルで最強領地とともに旅をする~
名無し
ファンタジー
とある男爵の三子として転生した主人公スラン。美しい海辺の辺境で暮らしていたが、海賊やモンスターを寄せ付けなかった頼りの父が倒れ、意識不明に陥ってしまう。兄姉もまた、スランの得たスキル【スライド】が外れと見るや、彼を見捨ててライバル貴族に寝返る。だが、そこから【スライド】スキルの真価を知ったスランの逆襲が始まるのであった。
スキル【収納】が実は無限チートだった件 ~追放されたけど、俺だけのダンジョンで伝説のアイテムを作りまくります~
みぃた
ファンタジー
地味なスキル**【収納】**しか持たないと馬鹿にされ、勇者パーティーを追放された主人公。しかし、その【収納】スキルは、ただのアイテム保管庫ではなかった!
無限にアイテムを保管できるだけでなく、内部の時間操作、さらには指定した素材から自動でアイテムを生成する機能まで備わった、規格外の無限チートスキルだったのだ。
追放された主人公は、このチートスキルを駆使し、収納空間の中に自分だけの理想のダンジョンを創造。そこで伝説級のアイテムを量産し、いずれ世界を驚かせる存在となる。そして、かつて自分を蔑み、追放した者たちへの爽快なざまぁが始まる。
レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)
荻野
ファンタジー
ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」
俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」
ハーデス 「では……」
俺 「だが断る!」
ハーデス 「むっ、今何と?」
俺 「断ると言ったんだ」
ハーデス 「なぜだ?」
俺 「……俺のレベルだ」
ハーデス 「……は?」
俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」
ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」
俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」
ハーデス 「……正気……なのか?」
俺 「もちろん」
異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。
たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!
スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜
東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。
ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。
「おい雑魚、これを持っていけ」
ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。
ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。
怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。
いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。
だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。
ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。
勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。
自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。
今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。
だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。
その時だった。
目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。
その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。
ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。
そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。
これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。
※小説家になろうにて掲載中
50歳元艦長、スキル【酒保】と指揮能力で異世界を生き抜く。残り物の狂犬と天然エルフを拾ったら、現代物資と戦術で最強部隊ができあがりました
月神世一
ファンタジー
「命を捨てて勝つな。生きて勝て」
50歳の元イージス艦長が、ブラックコーヒーと海軍カレー、そして『指揮能力』で異世界を席巻する!
海上自衛隊の艦長だった坂上真一(50歳)は、ある日突然、剣と魔法の異世界へ転移してしまう。
再就職先を求めて人材ギルドへ向かうも、受付嬢に言われた言葉は――
「50歳ですか? シルバー求人はやってないんですよね」
途方に暮れる坂上の前にいたのは、誰からも見放された二人の問題児。
子供の泣き声を聞くと殺戮マシーンと化す「狂犬」龍魔呂。
規格外の魔力を持つが、方向音痴で市場を破壊する「天然」エルフのルナ。
「やれやれ。手のかかる部下を持ったもんだ」
坂上は彼らを拾い、ユニークスキル【酒保(PX)】を発動する。
呼び出すのは、自衛隊の補給物資。
高品質な食料、衛生用品、そして戦場の士気を高めるコーヒーと甘味。
魔法は使えない。だが、現代の戦術と無限の補給があれば負けはない。
これは、熟練の指揮官が「残り物」たちを最強の部隊へと育て上げ、美味しいご飯を食べるだけの、大人の冒険譚。
嫁に来た転生悪役令嬢「破滅します!」 俺「大丈夫だ、問題ない(ドラゴン殴りながら)」~ゲームの常識が通用しない辺境領主の無自覚成り上がり~
ちくでん
ファンタジー
「なぜあなたは、私のゲーム知識をことごとく上回ってしまうのですか!?」
魔物だらけの辺境で暮らす主人公ギリアムのもとに、公爵家令嬢ミューゼアが嫁として追放されてきた。実はこのお嫁さん、ゲーム世界に転生してきた転生悪役令嬢だったのです。
本来のゲームでは外道の悪役貴族だったはずのギリアム。ミューゼアは外道貴族に蹂躙される破滅エンドだったはずなのに、なぜかこの世界線では彼ギリアムは想定外に頑張り屋の好青年。彼はミューゼアのゲーム知識をことごとく超えて彼女を仰天させるイレギュラー、『ゲーム世界のルールブレイカー』でした。
ギリアムとミューゼアは、破滅回避のために力を合わせて領地開拓をしていきます。
スローライフ+悪役転生+領地開拓。これは、ゆったりと生活しながらもだんだんと世の中に(意図せず)影響力を発揮していってしまう二人の物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる