悪役皇子、ざまぁされたので反省する ～ 馬鹿は死ななきゃ治らないって… 一度、死んだからな、同じ轍(てつ)は踏まんよ ～

第29話

　されども攻め手は残っているため、一息吐く暇ひまもないうちに下地の布鎧ぬのよろいと胸当てに護られた胸郭きょうかくへ槍先が繰り出されてくる。

　素早く得物を引き戻して、防御面への考慮から黒鉄で設しつらえている剣鞘の腹に左掌も添え、分厚い布で覆われた尖端を受けると鈍い打突音が鳴り響いた。

「疾ッ！！」

　鋭い呼気を皮切りにして、クレアが五月雨さみだれ式の槍撃を放ってくる。その悉ことごとくを見切り、同様の方法で凌しのぎながら、踏み留とどまらず軽快に位置取りを変えていく。

　二対一の状況を鑑かんがみた円軌道の動きで、加勢を試みるリィナとの間に槍術士の娘を挟み続け、手数の不利を被らないように立ち廻まわること暫しばし、不意に槍の穂先が垂たれて股下へ突き込まれた。

「ま、妥当だとうではあるな」

　こちらの左側へ低い姿勢で踏み入り、旋回させた長柄で両足を払おうとする搦からめ手に応じて、すぐさま垂直に跳ねる。

　身体が浮いた状態より、無防備に晒されたクレアの首筋へ剣鞘を当てて死亡扱いとするが、着地の前後に伴ともなう隙を見逃さず、今度はリィナが吶喊とっかんしてきた。
　
「くッ！」
「貰もらった… て、うきゃあ！？」

　訓練用の短剣を振り抜かせることなく、不安定な体勢から双刃に剣腹での強打を叩き付けると、意表を突かれた斥候の娘が慌てて後退する。

　鍔迫つばぜり合いを避けるのは華奢な身体つきなので良いとして、やや消極的であると示唆しさするために追い縋すがり、紐ひもで縛った剣鞘ごと打ち込んだ袈裟の斬撃は… いわゆる、誘い受けだったようで、交差させた二本の短剣に止められてしまった。

　強引に押し切ろうとすれば、剣鞘の上を滑らせた双刃にて、俺の小手先に損傷の判定を与えようと狙ってくる。

「中々に堅実で悪くない」

　感心しつつも数歩下がって、畳み掛けてきたリィナの鳩尾みぞおちに中段蹴りを喰らわせ、彼女の持ち味である敏捷性を一時的に封殺してから、油汗の浮かんだ額ひたいを鉄鞘で打ち据すえた。

「痛ッ！！」

　短い悲鳴を最後にして食後の運動は片付いたものの、抱腹ほうふくして頽くずおれた斥候の娘に手を差し伸べたら、やり場のない涙目で睨み付けられてしまう。

「ぅう、お腹が…… なんかさ、私にだけ酷くない？」
「すまない、少し匙加減さじかげんを間違えたな」

　先ほどの昼食を吐くまじと、乙女のプライドで堪たえている姿に罪悪感が湧わき、今後はもっと丁寧に扱おうと内心で自戒する。

　侍祭のフィアが患部に手を添え、癒しの魔法を行使する傍かたわらで腰元の革袋を漁あさり、せめてもの罪滅ぼしをリィナに差し出した。

「なにこれ、くれるの？」
「あぁ、何処どこかで役に立つだろうと持ってきたヴェネタ共和国製の手鏡だ」

「露骨なご機嫌取りだけど、高価そうだし貰もらっとく♪」
「この硝子ガラス板？ の鏡… 凄くはっきりと写りますね。というか、私も欲しい」

　横から覗のぞき込んだフィアが漏らした心の声を聞き流して、ほくほく顔のリィナは貴重な硝子ガラス鏡を手早く懐ふところに仕舞う。やはり、この類たぐいの品物は婦女子の反応が宜しい。

　家計を担っている手前てまえ、財布の紐ひもを握っている御婦人も多いことから、中東貿易の交換品にするだけに終わらず、自領の内外でも良い商あきないができそうだ。