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いや、その賛辞はいらない

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 なお、出迎えてくれたフォセス伯ラドグリフは俺が持っていた貴族のイメージと違い、質実剛健を現したような日に焼けた大男で、筋骨隆々なゼノス団長と殴り合えるくらいのポテンシャルを感じた。

「久しいな、ライゼス卿…… そちらの御仁ごじんが?」
「そう、リゼル騎士国を治めるクロード王だ」

稀人まれびと武侠ぶきょうだと聞いている、私とも気が合うかもしれんな」
「宜しく頼……」

そう言って差し出された手を握った瞬間、脳裏に団長殿と交わした同様のりがよぎって、潰されないよう右掌に全力を籠める。

「むぅうぅッ!」
「ぐぬぅうぅッ!!」

「何やってるのよ、クロード…王」
「お館様、この辺でおたわむれはおやめください」

 思い出したように敬称を付けたレヴィアが俺を止め、ラドグリフを背後に控えた侍従の女性が止めた。

「ふむ、騎士王殿は良い筋肉を……」
「いや、その賛辞はいらない」

 どこまでデジャヴをさせてくれるんだと呆れながらも、初対面から早々に相手が肉体派の武人である事を理解して、寧ろ絡みやすいと割り切っておく。

「ともあれ、玄関での立ち話は程々にしよう、ついてきて来てくれ」

 颯爽ときびすを返して動き出す足取りの重心は親指の付け根にあり、無意識下の歩幅が一定な事からも、伯爵殿が相当の修練を積んでいる事がうかがえる。そのたくましい背中を追う侍従に続き、俺達も館の中を移動し始めた。

 暫時の後に辿り着いた応接室では、この世界で見掛けた覚えがない三人掛けの脚付きソファーが向かい合って並べられ、その間に綺麗なガラス天板のテーブルが設置されている。

「まぁ、座ってくれ…… リーディ、茶を持ってきてくれるか?」
「御意に御座います」

 頷いて立ち去ろうとする侍従女性を横目にして、勧められたソファーに腰を下ろすと、隣に座ったレヴィアから感嘆の声が漏れた。

「凄い、ふかふかだぁ…… ねぇ、クロードッ、これエイジアの城内にも欲しい!」

 沈み込むような座り心地に意識がれた故か、素の態度を晒した彼女にライゼスの鋭い叱責が飛ぶ。

「んんッ、レヴィア、此処はおおやけの場だぞ!」
「はうぅ」

「別段気にはせんよ、高い金を出してゼファルス商人から買った家具だ。その反応は普通に嬉しいからな、それにしても何だ…… 呼び捨てとは騎士王殿の愛人イロか?」

 にやついて揶揄からかってくる伯爵殿から、赤毛と同じ色に染めてしまった顔をらし、彼女がもごもごと小さく言い返す。

「そ、そんなんじゃ無いよぅ…… だって、イザナに悪いし」
「あんまりいじってくれるな、この娘は御付の魔導士だ」

「ふむ、ならば仲が良いのは納得できたが、赤毛の嬢ちゃんも満更じゃなさそうだぞ」
「…… 若い娘を苛めるのは感心できませんぞ、ラドクリフ殿」

 会話に割り込んだライゼスが強引に流れを断ち、雑談は此処までというように咳払いした。

「申し訳ない、つい悪ふざけしてしまった」
「別に構わないさ、それは良いとして……」

 応接室に置かれた異世界地球風の品々をざっと眺めてから、どっかりとソファーの背もたれに身体を預け、くつろいだ様子の伯爵殿に確認する。

「調度品を見る限り、ゼファルス領との取引は手広くやっているようだな」

「前以って言っておくけどな、私は帝国内における中立派だ。銃後で日和見する皇統派の馬鹿共と関わる気は無いし、前線の連中と違ってニーナ・ヴァレルを信用して無い」

 此方がさりげなく投げかけた質問の意図を見抜き、伯爵殿は辟易へきえきした表情で言い放った。その態度から判断して、帝国貴族の一部から幾度か痛くもない腹を探られていたのだろう。

 ただ、これから会う女狐…… もといニーナ殿に不信感を覚えた理由くらい聞くべきだと判断した頃合いで、先ほどの侍従が運んできた人数分の紅茶をテーブルに並べてくれた。

 茶葉の良い香りがするそれを頂き、少し喉を潤してから伯爵殿に視線を合わせて問う。

何某なにがしか、彼女に疑うような行動でも?」

「騎士王殿には悪いけどな、他国が一定数の巨大騎士ナイトウィザードを有していて、我々と同程度の整備・運用の知識及び技術を持つ現状が既におかしい」

 それは俺も薄々感じていた事であり、ニーナ殿のお陰で“滅びの刻楷きざはし”と戦えている事実から、つい忘れがちになってしまうが…… 彼女は余りに惜しみなく技術を公開し過ぎている。

 詳しく聞いた伯爵殿の話だと、遥か東方の国々にまで騎体と資料を提供し、少数の教導技師すら派遣していたらしい。

 早期からの備えが奏功して、突如東方の地に出現した精霊門と異形の軍勢に一部地域を奪われながらも、連携した現地諸国は戦線の構築と維持に成功したとの事だ。

「向こうが化物どもの巣になれば、西方諸国がいずれ挟撃に晒されるとしてもだ…… ニーナ卿の先読みは予言染みていて気持ち悪い」

「故に油断ならないと?」
「あぁ、実際にその目で確かめてくると良いさ」

 やや投げやりに応えた伯爵殿が話題を転じ、以後は件の女狐殿に渡す精霊門の欠片を見せて欲しいとせがまれたりしつつ、二刻ほどに及んだ伯爵殿との会合が終わる。

 それから、奥方も交えて夕食を共にした上でひと晩世話になり、手土産のミスリルを含む希少鉱石がアルド騎兵長の手配で届けられているのを確認してから、俺達はゼファルス領目指して再び旅路へ戻った。
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