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ご指導、ご鞭撻のほどを願う

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 こうして国産騎体にかか仔細しさいは徐々にめられ、およそ半年間での短期開発を試みる事や、馴染み深いクラウソラスを素体にする事なども定まっていく。

「結局は改造騎体に近しくなるのか……」
「それだけでも十分な進歩だぞ、陛下」

 リゼル騎士団が渇望していた案件故、普段は豪放なゼノスに釘を刺す立場のライゼスまで、初手から同意して静かに首を縦に振る。

「持ち帰った第二世代の騎体を研究させ、その成果も取り入れよう」
「あぁ、周辺国家の巨大騎士ナイトウィザードに後れを取らない様に頼む」

 などと発破を掛けるつもりで出した言葉に魔術師長が身動みじろぎし、うつむいていた上体をむくりと起こす。

「…… 三人とも気軽に言ってくれるなよ」
「どういうことだ?」

 反射的に俺が聞き返せば、やれやれと肩をすくめた彼は重い溜息と共に指摘を始める。

「騎体の開発と並行して、工房及び駐騎場の拡張が必要だろう。今回は機密性の問題から、用意していた壁外施設の案は却下だ。であれば……」

「城郭の施設を市井しせいに持っていく必要がありますね、恐らく王城付近の民に立ち退きを強いる事になりましょう」

 やや表情を曇らせたイザナが発言を引き継ぎ、避けては通れない問題を突き付けてきた。

 一応、区画整理の法令を制定して強権発動する事も可能な上、他国では騎体関連の施設を強引に拡充させた領地もあるが…… 個人的に好きな手段では無い。

「城郭周辺の住民に協力してもらえるよう、可能な限り誠意を尽くしたい。任せても構わないか、ブレイズ?」

「なら、私よりもゼノスが適任だ、何せ無駄に人望があるからな」
「ふむ、交渉は俺がやるとしても細かい事は無理だぞ?」

 いささかでは無いものの、大丈夫かと確認する騎士団長を丸め込み、書類仕事は引き受けるとの事で魔術師長が話しをまとめ上げる。

「まぁ、それなら良いか……」

 片手で頭を掻きながら仕方が無いと引き受けたゼノスと向き合い、他にも準騎士達の鍛錬や昇格などの意見を交し合って、現時点で必要十分な事柄を取り決めた。

「今はこんなものだな」
「お疲れ様です、クロード」

 労ってくれるイザナに謝意を返して、訪問団の事後処理を任せたアルド騎兵長の下へ向かう。そこで一通りの後始末が着いた事を確認してから、主副の騎士団長達と別れて騎体工房にも立ち寄ったが……

 既にレヴィアとフィーネの姿は無かったので、ジャックス班長や新たに加わった宗一郎と少しの言葉を交わすに留め、久方振りの私室へ足を運ぶ。

 因みに隣は寝室となっており、婚姻後も暫くは独りで気侭きままに惰眠を貪っていたら、三日目くらいから放置されたイザナが通ってくるようになった。

(色々と理由はあるにしても、真面目過ぎるのは考えものだな)

 苦笑いしつつも廊下を進み、階段部屋ステアケースに差し掛かったところで思い浮かべた相手の護衛を務めるサリエルとすれ違う…… 筈が軽く軍装の袖を摘ままれた。

「…… また、駄目だしなのか?」
「えぇ、その通りです」

 話が早いとばかりに微笑んだ彼女に腕を引かれ、近くの部屋に連れ込まれてしまう。

 実は過去に何度か同様の事があって、その全てでイザナに対する接し方を注意された経緯から少々憂鬱になる。そんな俺を気遣きづかうこと無く椅子に座らせたサリエルが対面に座し、すっと細めた金色の隻眼を向けてきた。

「さて、陛下がゼファルス領で購入したバングル型のカフ、サイズ調整ができる事も含めて良い選択をしたと言えますが…… 何故、イザナ様に直接お渡ししなかったのですか?」

「いや、襲撃事件のからみで帰還が遅れたからな、その詫びにで……」

 途中まで言い掛けて追加の地雷を踏んだと、鋭さを増した相手の視線から理解すれども時既に遅しだ。

「お詫びに貰うのと好意から頂くのは全くもって違います。伝令から受け取るのと手ずから渡されるのもしかりです」

「ぐぅ、反論できないだとッ」

 確かにイザナの性格をかんがみればじかに渡された方が喜ぶと思い至り、図らずもレヴィアに銅革製ブロンズ&レザーの指輪を嵌めてやった時の嬉しそうな態度が脳裏に浮かぶ。

 その件がサリエルの耳に入ると再び掴まりそうだと辟易へきえきしつつも、此処ここは素直に落ち度を認めておく。

「そうだな、若干の思慮が足りなかった」
「分かって頂けて嬉しく思います、陛下」

 やんわりとした微笑を浮かべ、彼女は持っていた革製封筒から書類束を取り出しながら、さらりと些事さじのように言葉を続ける。

「御身の留守中、イザナ様より街に連れ出してもらうのだとお聞きしました」
「旅先でライゼスの同意は取ったが、やはり不味いのか?」

「護衛の立場では文句がありますけど、私も先王と似たような事をしましたから、騎士団長と魔術師長には話を通しておきました」

 有難い事実を添えて、悠々と差し出された“逢引き指南及び護衛について”の計画書を冒頭から読み流す。

「私の経験を元にフィーネ嬢の意見も加筆しておきました。陛下は奥手だとレヴィア嬢が申しておりましたので」

「そう思われていたのか…… しかし、これは助かるな」

 正直、雨の日も風の日も白刃を振るってきただけの朴念仁には嬉しい限りの資料だ。

 手元の紙面には異形襲撃の爪跡が残る区域や、イザナの父親である先王が斃れた場所を避け、街中の娯楽施設や名所を廻る経路なども記されていた。

 加えて経験豊富? だと思われるサリエルを相手にして、さり気なく手を繋いだり、肩を抱き寄せたりなどの実践教育も受けた数日後…… 俺は満を持して、出立前に交わした約束を果たすことになる。
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