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兄様に汎用騎は似合いません By エレイア
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先延ばしにされていた様々な事案の解決に伴い、ぼちぼちと各勢力の撤収準備が進められる最中、敷居などあってない物のような野営地の境目に簡易式のテーブルを設け、少し遅めな午後の紅茶と洒落込む。
実は誘われた身に過ぎないのだが、東方諸国を越えた地域とも繋がりのあるニーナの淹れてくれた紅茶を頂き、懐かしいダージリンの風味を楽しんでいた。
「最近は香草茶ばかり飲んでいたから、感慨深いな」
「フィーネ嬢の趣味… というよりも物流の問題かしら?」
「水揚げできるのが小さな河川港しかないのは悲しいところだ」
「割と山岳地帯よね、守りに易し、攻めるに難しの騎士国」
転移前の地球に置き換えると瑞国の付近に当たり、近隣国家を結ぶ交通の要衝であれども、地理的要因で水運業は発達していない。
艶やかな桜色の唇でザッハトルテを食んだ御令嬢の推察は正しく、新大陸や東南アジア沿岸より輸出される嗜好品の流通量が少ないのも当然の事と言えた。
「本来は北海産のサーモンとか手に入らない土地柄なんだから、缶詰を普及させた私に感謝しなさいよね。魚好きなんでしょう、日本人」
「否定はしない、ついでに刺身も喰えれば泣いて喜ぶぞ」
「ん~、流石に生は御免被りたいわ、アニサキスとか怖いし」
食べたいなら独自の冷凍技術や流通経路を確保しろと冷たくあしらわれ、苦笑しながら都市南門の戦いで踏み荒らされた農地へ横たわる複数の騎影を見遣った。
既に魔導炉と魔導核を交換した “機械仕掛けの魔人” アルビオレは歩行可能な状態まで改修され、単座型の “機械人形” アイオーンも森人族なら動かせると判明していたので、その二体は含まれていない。
修繕に時間が掛かっているのは不慣れな準騎士達へ預けた鹵獲騎であり、大破している三騎のグラディウスを犠牲にした所謂 “共喰い整備” により、残存騎を復元する突貫作業が行われていた。
其処には領内第二の都市ドレスデから、荷馬車で機具を運んできた現地の技師や錬金術師達も加わっている。
「まったく、どうやって手懐けたか知らないけど、いつの間にかリグシア領の軍属と仲良くなってるじゃない」
「偶々、老翁殿が持っていた杖を市街地で拾ってな、遺品を探していたホルスト領の行商にくれてやったら、何故かラムゼイ卿を紹介された。後、これも……」
半刻ほど前、転移直後より付き合いのある斥候隊長に届けられて読んだ親書を取り出し、訝しんでいるニーナに手渡す。
ささっと彼女が目を通した署名には柔らかい印象の文字で、ウルリカ・メイディングと記載されていた。
「亡くなったアルダベルト元老院議長の孫娘…… って、趣旨と体裁は感謝の手紙でも、文面を見る限り恋文ね」
「天幕に持ち込んでレヴィアに見られたら、色々と密告されそうだ」
かなり祖父を慕っていた少女らしく、理知的な表現で半ば諦めていた遺品についての丁寧な謝礼、老翁から聞かされた果断な騎士王への好意が延々と羊皮紙に綴られている。
「この狼娘さん、羊の皮を被っているだけで裏はありそうね。文脈の理路整然さと会った事もない人物への惚れっぽさが釣り合わない」
「社交辞令の類だな… 此方と彼女が暮らす帝国北部は地理的な隔たりもあるし、騎士国と絡む要素がないから適当に書けるんだろう」
筆まめな事だと思いつつも、日本のカフェで何度か目にした紛い物ではなく、1832年に当時16歳のフランツ・ザッハーが考案した本場式のトルテを齧った。
少々甘すぎるため、主役の脇へ添えられた無糖仕立ての生クリームを含んで、口直しを挟みながら完食する。
「甘いのは苦手そうなのに残さないとか、クロード殿の律儀なとこは好きよ」
「偶に食べる分には美味しいさ、本当にな」
「ふふっ、白ひげを生やしたままだと格好付かないわよ」
瀟洒なドレスの隠しポケットから手巾を取り出し、細い手を伸ばしてきたニーナに大人しく口元を拭われていれば… 斜め後ろより、静かな足音が聞こえてきた。
身体ごと椅子を動かすと、陽光に銀髪を輝かせたエレイアの姿が視野に入る。
「イザナ様の御付き魔術師に見られたら、また説教部屋に連行されますよ? 例外的措置が認められているのはレヴィ姉様だけです」
「疚しい事はしてないぞ、それよりもベガルタの腕部改修は終わったのか?」
「はい、これで私達の乗騎も発見した固有兵装を扱える算段が付きました♪」
本格的な冬に至り、今暫く大規模な戦闘は起こらない可能性が高いものの、敬愛する兄の騎体が第二世代の量産型に過ぎないため、密かな不満を抱いていた銀髪碧眼の魔導士娘がやんわりと微笑む。
「あの粗忽なディノ様ですら、改造騎を拝しているのに兄様は “十把一絡げの汎用騎” なんて、神仏が許しても私は認めません。高みを目指していかないと……」
「うちの子を母親の前で否定するとか、良い根性ね。ベルフェゴールに飽き足らず、また勝手に弄ってるの?」
聞き捨てならない発言を受け、瞳を細めた領主令嬢が睨んでくるも、月ヶ瀬家の兄妹は本遠征で相応の戦果を挙げているため、要望を軽んじる事などできない。
上機嫌なエレイアと不機嫌なニーナに挟まれつつも、俺は少し温くなった紅茶を一口啜り、若干の物憂げな気分ごと嚥下した。
実は誘われた身に過ぎないのだが、東方諸国を越えた地域とも繋がりのあるニーナの淹れてくれた紅茶を頂き、懐かしいダージリンの風味を楽しんでいた。
「最近は香草茶ばかり飲んでいたから、感慨深いな」
「フィーネ嬢の趣味… というよりも物流の問題かしら?」
「水揚げできるのが小さな河川港しかないのは悲しいところだ」
「割と山岳地帯よね、守りに易し、攻めるに難しの騎士国」
転移前の地球に置き換えると瑞国の付近に当たり、近隣国家を結ぶ交通の要衝であれども、地理的要因で水運業は発達していない。
艶やかな桜色の唇でザッハトルテを食んだ御令嬢の推察は正しく、新大陸や東南アジア沿岸より輸出される嗜好品の流通量が少ないのも当然の事と言えた。
「本来は北海産のサーモンとか手に入らない土地柄なんだから、缶詰を普及させた私に感謝しなさいよね。魚好きなんでしょう、日本人」
「否定はしない、ついでに刺身も喰えれば泣いて喜ぶぞ」
「ん~、流石に生は御免被りたいわ、アニサキスとか怖いし」
食べたいなら独自の冷凍技術や流通経路を確保しろと冷たくあしらわれ、苦笑しながら都市南門の戦いで踏み荒らされた農地へ横たわる複数の騎影を見遣った。
既に魔導炉と魔導核を交換した “機械仕掛けの魔人” アルビオレは歩行可能な状態まで改修され、単座型の “機械人形” アイオーンも森人族なら動かせると判明していたので、その二体は含まれていない。
修繕に時間が掛かっているのは不慣れな準騎士達へ預けた鹵獲騎であり、大破している三騎のグラディウスを犠牲にした所謂 “共喰い整備” により、残存騎を復元する突貫作業が行われていた。
其処には領内第二の都市ドレスデから、荷馬車で機具を運んできた現地の技師や錬金術師達も加わっている。
「まったく、どうやって手懐けたか知らないけど、いつの間にかリグシア領の軍属と仲良くなってるじゃない」
「偶々、老翁殿が持っていた杖を市街地で拾ってな、遺品を探していたホルスト領の行商にくれてやったら、何故かラムゼイ卿を紹介された。後、これも……」
半刻ほど前、転移直後より付き合いのある斥候隊長に届けられて読んだ親書を取り出し、訝しんでいるニーナに手渡す。
ささっと彼女が目を通した署名には柔らかい印象の文字で、ウルリカ・メイディングと記載されていた。
「亡くなったアルダベルト元老院議長の孫娘…… って、趣旨と体裁は感謝の手紙でも、文面を見る限り恋文ね」
「天幕に持ち込んでレヴィアに見られたら、色々と密告されそうだ」
かなり祖父を慕っていた少女らしく、理知的な表現で半ば諦めていた遺品についての丁寧な謝礼、老翁から聞かされた果断な騎士王への好意が延々と羊皮紙に綴られている。
「この狼娘さん、羊の皮を被っているだけで裏はありそうね。文脈の理路整然さと会った事もない人物への惚れっぽさが釣り合わない」
「社交辞令の類だな… 此方と彼女が暮らす帝国北部は地理的な隔たりもあるし、騎士国と絡む要素がないから適当に書けるんだろう」
筆まめな事だと思いつつも、日本のカフェで何度か目にした紛い物ではなく、1832年に当時16歳のフランツ・ザッハーが考案した本場式のトルテを齧った。
少々甘すぎるため、主役の脇へ添えられた無糖仕立ての生クリームを含んで、口直しを挟みながら完食する。
「甘いのは苦手そうなのに残さないとか、クロード殿の律儀なとこは好きよ」
「偶に食べる分には美味しいさ、本当にな」
「ふふっ、白ひげを生やしたままだと格好付かないわよ」
瀟洒なドレスの隠しポケットから手巾を取り出し、細い手を伸ばしてきたニーナに大人しく口元を拭われていれば… 斜め後ろより、静かな足音が聞こえてきた。
身体ごと椅子を動かすと、陽光に銀髪を輝かせたエレイアの姿が視野に入る。
「イザナ様の御付き魔術師に見られたら、また説教部屋に連行されますよ? 例外的措置が認められているのはレヴィ姉様だけです」
「疚しい事はしてないぞ、それよりもベガルタの腕部改修は終わったのか?」
「はい、これで私達の乗騎も発見した固有兵装を扱える算段が付きました♪」
本格的な冬に至り、今暫く大規模な戦闘は起こらない可能性が高いものの、敬愛する兄の騎体が第二世代の量産型に過ぎないため、密かな不満を抱いていた銀髪碧眼の魔導士娘がやんわりと微笑む。
「あの粗忽なディノ様ですら、改造騎を拝しているのに兄様は “十把一絡げの汎用騎” なんて、神仏が許しても私は認めません。高みを目指していかないと……」
「うちの子を母親の前で否定するとか、良い根性ね。ベルフェゴールに飽き足らず、また勝手に弄ってるの?」
聞き捨てならない発言を受け、瞳を細めた領主令嬢が睨んでくるも、月ヶ瀬家の兄妹は本遠征で相応の戦果を挙げているため、要望を軽んじる事などできない。
上機嫌なエレイアと不機嫌なニーナに挟まれつつも、俺は少し温くなった紅茶を一口啜り、若干の物憂げな気分ごと嚥下した。
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