上 下
21 / 202

12. 友と兄と

しおりを挟む
 「ふぁーーーっ」

 次の授業は音楽なので教室を移動するが、廊下で大あくびをしてしまった。
 夜中に夢で起きた後、中々寝付けなくて寝不足になるし、寝坊して学校に遅刻しそうになってしまった。
 全く夢の所為でろくな事がない。

 「どうしたのはおちゃん? 大あくびして、もしかして寝不足?」

 「みすちー? うん、ちょっとね」

 「もしかして私の貸した本、面白くて夜更かししちゃった?」

 「あー……そだね。 うん、あれ面白いよね悪役令嬢、はまっちゃった。 もう少しで読み終わるからもうちょっと待ってて」

 「どうぞ、どうぞ、ごゆっくり」

 私の友人、みすちー事、水島千尋みずしまちひろは私が悪役令嬢にはまったのを見て、ご満悦な様子だ。
 本の内容等、他愛ない話をして歩いていると向こうから歩いて来る上級生の姿が見えるので、端による。
 上級生も二人で話しながら歩いているのだが、その内の一人と目が合う。
 目が合った上級生は視線を逸らす事をせずにこちらを見続けており、やがて話し相手にこう告げる。

 「ごめん先に行ってて」

 上級生は話相手と別れ、私の方に向かってくる。

 「あの……一年の山代さんよね?」

 「はっ、はい」

 この人は三年生で、その中でもちょっとした有名人だから私でも知っている。

 「確か、栗原先輩ですよね? 何か御用でしょうか」

 「ええ、ちょっとお話があるの少しお時間よろしいかしら」

 「はい、大丈夫です」 

    「ええと、それじゃ……」

     栗原先輩は、みすちーをちらりと見る。
    その視線の意味を察して、みすちーは席を外す。

    「はおちゃん、先に行ってるね」

    私は手を振ってみすちーを見送り、栗原先輩と向き合う。

    「あの、話って」

    「うん、あのね。    お兄さんの事なんだけど……」

    「私の、おに……兄の事ですか?」

    「うん、あのね」

    栗原先輩はややためらいながら言葉を紡ぐ。

    「お兄さんは、誰かお付き合いしている人がいるの?」

    「え?」

 いきなりの質問に戸惑うが、栗原先輩は私の答えを待っている。

 「えーと、多分いないと思います。 少なくとも家ではそういう素振りは見せていないので」

 「そう……」

 思っていた答えと違うといった感じだが、一体何がどうなっておにぃの交際歴の話が栗原先輩から出てくるのかとても気になる。

 「あの、何で兄の話が」

 「ああ、うん。    あのね、私には姉がいるの。 お兄さんと同じ高校で同級生なのよ。    それでね、お兄さんに交際を申し込んだのだけど、良い返事が貰えなかったの。 妹の私が言うのも何だけれど姉は容姿も性格も悪くないと思うからどうしてかなって」

 なるほど、そういう事か。
 栗原先輩は良いとこのお嬢様で、しかもアイドル並みの容姿だから学年を問わず男子に人気がある。
 その栗原先輩が、言うのだからお姉さんの容姿も相当なものだろう。
 しかし、そのお姉さんを振ってしまうなんておにぃは一体何様なのだろうか。

 「そうだったんですか……すいません。 兄がご迷惑を掛けてしまって。 交際している訳でも無いし、えり好み出来る身分でも無いはずなんですけど」

 「ううん、迷惑だなんて、むしろ告白したのは姉の方だし……ごめんなさい、移動中に引き留めてしまって、それじゃ」

 「はい、失礼します」

 これは重要案件だ。
 帰ったら、何が何でも栗原先輩のお姉さんの告白を断ったのか聞き出さなければならない。


    帰宅し玄関に差し掛かると、家から出てくる人物と鉢合わせる。

    「それじゃ、行ってきます」

    「あっ、おにぃ!」

    「ああ、お帰り羽音」

    「ただいま。   じゃ無くて、おにぃ……どしたの?    カッコつけちゃって」

    整髪料で髪を整え、カジュアルな服装をしているが、こんなおにぃは初めてみたかも知れない。
    何故こんな格好をしているか疑問に思うが、学校での先輩とのやり取りにハッとする。

    「まさかデート!」

    「あはは、違うよ。    これから面接なんだ」

    「面接?」

    「アルバイトを初めようと思ってね。    ほら、隣町って言っても家から歩いて十分くらいの何処にあるカフェ、知ってるだろ?」

    「えーと、あるけど……何て名前だっけ?」

    「カフェ  モルトゥだよ。    店の前に従業員募集の張り紙があってさ、採用条件に合ってるかもと思ってね」

    「採用条件?」

    「長身、イケメン求むだって。    イケメンかどうかはともかく、背は高い方だと思うからさ」

    「百八十五センチは十分高いと思うよ」

    「履歴書も母さんにチェックして貰ったし、それじゃ、行ってくる」

     「うん、気を付けて、行ってらっしゃい……じゃ無い!    栗原先輩の事。    ああっ、行っちゃった」

    おにぃのバイトの話に気を取られて、聞きそびれてしまった。
    仕方ないから、帰ってきてから問いただす事にしよう。


    「お~に~ぃ~。    どうして栗原先輩のお姉さんを振ったの?    勿体ない!」

    尋問を始めるのは夕飯後になってしまった。
    洗いものをしている母や、これから食べ始める父もがいるが、このタイミングを逃すと今日中に聞けなくなってしまう。
    親の前ではおにぃも話したがらないかも知れないが、なりふり構っていられない。

    「栗原先輩?    ああ栗原さんか、何で羽音が知ってるの?」

    「先輩に聞かれたの!    付き合ってる人いないんでしょ?    チャンスじゃん全く、何やってんの?」

    「……栗原さんは可愛いよ。    でも、友達って感じで付き合うとかそんなんじゃ無いんだよな」

おにぃは、お茶を一すすりすると続ける。

    「だから、これからも友達でいようとは言ったよ。    まぁ、俺じゃ釣り合わないからさ。    栗原さんにはもっとふさわしい人がいるよ」

    最初は振るなんて何を考えているのかと思ったが、おにぃなりの考えもあっての事だったか。
    とは言え、逃がした魚は大きい。

    「ふーん。   淳はモテるんだな。    いや、関心、関心」

    「本当、血は争えないわねぇ」

    「うん?    そうだな、親父もモテたってお袋が言ってたな。    隔世遺伝ってやつか」

    「……貴方のように無自覚なのが一番たちが悪いのよ」

    洗い物の扱いがやや乱暴になるが、父は何故母の機嫌を損ねたのか分かっていないようだ。
    母も色々と苦労したのかもしれないが、今は触れずにおこう。

    「とにかく、バイトの件だけど無事採用になったよ。    明日から行くから、少し夕飯遅れるかも」

    「分かったわ、しっかりね」

    「最近、物騒だから気を付けてな」

    「うん、それじゃお休み」

    おにぃは部屋に戻るので、私もぼちぼち切り上げる。

    またあの夢を見るのだろうか、もしそうだとしたらパジャマと下着がいくらあっても足りない。
    だが、夢はいつもの鳥の夢に戻っていた。
しおりを挟む

処理中です...