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33. 異世界の者。戦鳥の戦士。芳しき少女

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 「……見えてきたわね」

 『ああ、何とか持ったか……建物の周辺に生体反応は無い。 降りるなら今だ』

 「そうね。 世良、先に降りるわ。 すまないけど、紅い戦鳥を誘導して」

 「分かりました。 聞こえていたかしら? 死の翼が向かっている建物、あの赤い屋根が目印よ」

 「……了解しました」

 (声からして女性である事は間違いないけど、一体何物なのかしら?)

 聞かなければならない事は山ほどある。 が、とりあえず今は誰にも覚られる事なく地上に降りるのが先決だ。


 「ふう。 ご苦労様、また次も頼んだわよ」

 『分かった。 しかし、何時まで飛べるか……そう考えると新な翼が現れてくれたのは単なる偶然とも思えないな』

 「……」
 
 地上に降り立つと直ぐに死の翼を鳥の形態に戻し魔法陣へと還す。 すると空を見上げる間も無く大翼と紅い翼が降り立ち、同じように戦鳥を鳥の形態に戻すと魔法陣へと還すので纏っていた人物だけがその場に佇む。
 いよいよご対面な訳だが、紅い戦鳥の人物は未だに頭巾を被りその顔を隠している。

 「いい加減、顔を見せてはどうかしら?」

 その言葉に無言で頷き頭巾を外すと顔が露わになる。
 髪の色は燃えさかるルビーの赤。 瞳はエメラルドのグリーン。 透き通るような白い肌は大理石の彫刻を連想させる程だ。
 こちらでも充分に通用する美しい容姿を誇るこの少女もまた、猛き戦鳥の戦士。 その事は世良も十分に理解していると思う。
 ……聞きたい事はいくらでもある。 しかし、私達は先ず彼女に対して行わなければならない事がある。
 そしてそれは世良も理解しているだろう。 私達はこの美しき戦鳥の戦士にゆっくりとしかし確実に歩み寄る。



 「あーっ、やっと着いたー」

 ぜえぜえと息を切らして玄関を開ける。 全速力で走って来たのだが、空を飛べるひいばあ達はとっくのとうに家に着いている。

 「ただいま。 ひいばあ、世良さん?」

 返事がない。 おかしい、戻って来るならここの筈だ。 いぶかしんでいると家の奥から声が聞こえてくる。
 何か言い争うような感じだが、方面的に浴室の方からだ。 一体何事なのか。 急いで玄関を駆け上がり浴室へと向かう。

 ……私が浴室で見たのは異様な光景だった。 世良さんは時折りむせながら知らない少女にシャワーを浴びせているのだが少女は抵抗しているので、世良さんは多分おとなしくするように言っているのだと思われる。
 思われる、なのはこちらの言葉では無いからで状況から察してだ。
 私が玄関で聞いた喧騒はこの二人のやり取りだが、ひいばあはというと脱衣所で引っ張り出してきたであろうたらいで少女が着ていた黒装束を相当なしかめっ面で手洗いしている。
 しかめっ面の理由は浴室を始め辺り一体に漂うひどい臭いだ。

 「うえー、臭い。 何なのこれ?」

 思わず鼻をつまんでしまうのだがこの臭いの原因として思い当たるのはただ一つ、世良さんに無理やり体を洗われているあの少女以外に考えられない。
 しかしまた何でこのような異臭を放っているのかさっぱり分からないのだが、まさか話を聞く前にこのような事をしなければならないとは全く予想していなかった。
 そうこう考えている間も少女はなんやかんや世良さんと言い合いながら洗われて、ひいばあはひいばあで変わらずしかめっ面で服をすすいでいるが、相当イライラしているものと思われる。


 「あー、取り敢えず終わったわね」

 流石の世良さんもくたくたといった様子だが自身の匂いを嗅いで眉をひそめる。 どうやら洗っている内に臭いが移ってしまったようだが、ひいばあも同じでうんざりした様子だ。
 私はというと消臭スプレーを脱衣所や洗面所周辺に撒いているのだが、あの戦いの後に休みも無くこのような事をやらなければならなかったあの二人の苦労を考えるといたたまれなくなってしまう。
 そう思う要因の一つとしてこのような手間をかけさせた当人はというと、浴槽にゆっくりとつかりながら呑気に鼻歌らしきものを口ずさんでいるからというのもあるからだ。

 暫くした後、浴槽から出た少女は取り敢えずひいばあの服に着替える。 ひいばあよりも背が高いのだが、世良さんよりは低く百七十センチあるか無いか位だと思われるので、サイズは何とかなった。
 髪を乾かす為にドライヤーの使い方の説明をひいばあから受けるのだが、当人は直ぐに理解したのか使い慣れた様子で髪を乾かしていく。
 ここでようやく少女の容姿を落ち着いて見れるのだが、髪の色が真っ赤なのに注目してしまう。 こちらではかなり目立つ色だが、瞳の色もヒスイのような緑なのでこれも随分目立つ。 肌の色は雪のような、まるで作り物の人形のような白さだ。

 (まつげめっちゃ長い。 いいなぁ、この人もまるでモデルさんみたいで……)

 見られているのに気付いた少女はこちらを向いてニコッと笑うので、思わず私の方が気恥ずかしくなって目を逸らしてしまう。 そうこうしている間にも赤髪の少女は要領よく髪を乾かしているのだが、ある疑問が湧いてくる。

 「あの人ドライヤーを随分使い慣れているように見えるけどあちらにもドライヤーがあるの?」

 「私の居た時代にはそんなものは無かったわね」

 そうなのか。 なら世良さんの時代はどうなのだろうか?

 「私の居た時代にも無いのだけれど、このような物を作る事が出来るのではないかという話はあったわ」

 「え? それじゃこの人はもしかして世良さんの居た時代よりも後の時代の人という事ですか?」

 「その可能性は高いわね。 いずれにしても後で聞けば分かる事だけど、取り敢えずこのはシャイア族の少女で間違いないようね」

 「そうですね」

 「シャイア族?」

 ひいばあは簡単に説明してくれたのだがラウの国は大小様々な部族が集まって出来た国で、こちらで例えるならアメリカのような多民族国家なのだそうだ。 この大小様々な部族をまとめて国を作ったのが、ひいばあの祖先である黒髪のラウ族の長でこの部族の名前が国の名前となった。 赤髪のシャイア族もまたラウの国の一部族なのだが、その規模はラウ族に次いで大きく一時期は覇権を争った程だそうだ。

 国の成り立ちを聞いている内にシャイア族の少女は髪を乾かし終えて、何処に持っていたのかシュシュのようなもので髪を結ぶ。
 だが、後ろでまとめるのでは無く右横で束ねてまとめるので珍しいと思いつつもこれはこれで良く似合っていると思う。

 ……いよいよ話を聞く時が来た。 私達は少女と共にリビングへと向かう。
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