《戦》いの《鳥》と《少女》たちは二つの世界を舞う

たくみ

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37. 郷に入っては郷に従え

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 「さて……これからこちらの世界の事を、大まかにだけど説明するわね」

 「はい、宜しくお願いします」

 かつて私と世良の居た世界から来た少女、キア。
 私達と同じく戦鳥の戦士ではあるが、彼女の居る時代は世良の居た世界のおよそ百年後、私からすると六百年も後の世界の人物になるのだが、何故このような時代の開きがあるのかは全く持って分からない。
 分からない事をあれこれ考えても仕方が無いし又、考えている余裕も無い。 何故なら彼女はこちらに来たのは良いものの帰還する事が出来ないからだ。
 暫く、と言うか還る目処が立つまでは私の家で居候させるしか無いのだが、こちらとあちらでは食に然り生活習慣等様々な違いがある為、予め教えておかなければ大変な事になる。

 (かつては私も苦労したものだ……)

 彼女に説明するのは自身の苦労してきた体験談でもあるのだが、語るにつれ今は亡き夫との思い出も蘇ってくる。 だが、今は思い出に浸っている余裕も無い。
 彼女からしてみれは、食の違いはかなり衝撃的なものになる筈だからだ。



 「……おばあちゃん大丈夫かしら?」

 パートから帰ってきた母は夕飯の支度を行いつつ、心配そうにひいばあの方を見る。
 
 「うーん……たぶん大丈夫じゃないかなぁ。 と言うより、言葉が通じるのはひいばあしかいないから任せるしかないよね」

 私はピーラーでじゃがいもを剥きながら、母の疑問に答える。
 今日の夕飯は肉ジャガだ。

 一通り皮を剥いて芽をほじっていると「ダン!」と机を叩く音が突如響く。
 驚いて手元が狂いそうになるが、何事かと思い見てみるとまたしてもキアが大声を上げてがなり立てている。
 一方のひいばあは、あくまでも冷静に幼子を諭すような様子で語りかけているのだが、一体何を話しているのか……。

 母は先ほどの音で「ビクリ」として、がなるキアをおっかなそうに見ている。

 「綺麗なお嬢さんだけど何だか怖いわ。 目付きは鋭いし、髪も赤く染めているし……不良なのかしら?」

 「あの髪の色は地毛なんだって。 シャイア族って言う人種?の人は皆あんな感じみたい」

 「はーっ、そうなのねぇ……」

 ひいばあの話が一通り終わるとキアは座りこんで頭を抱える。 余程ショックな事を言われたのかもしれないが、かつてひいばあも世良さんも苦労した食や生活習慣の違いは間違いなく彼女の前にも大きな壁となって立ちはだかるのだ。



 「なんと言う……ああ、こんな所に来るべきでは無かった……。 いやいや、そんな事を言ってしまえばここまで来るのに犠牲になった者達が浮かばれない……。 ああ、でもでも……」

 思った通りというかこれ位はほぼ予想の範疇だ。 こちらの事情を前もって調べられたらまた違ったのだろうが、敵陣営から抜き出した情報では限りがあるだろう。

 「食べるものに関しては慣れる事が難しいでしょうから出来る限り融通をきかせるわ。 でも、これだけは覚えて頂戴」

 「……何ですか?」

 「こちらでは”郷に入っては、郷に従え”と言うことわざがあるの。 こちらに来たのであれば、出来る限りこちらの習慣に併せる事よ」

 「……分かりました。 善処します。 ですが……」

 「ですが?」

 「私がお見受けした限りでは侍女が二人居ますし、あの調理している二人は親子……ですかね? それにセラ様をお送りした青年は使用人でしょうし」

 「……」

 「この家も他の家よりは多少大きく立派です。 王族であった頃と比べるべくも無いのでしょうが、それなりの暮らしをしておられておられるご様子。 こちらの習慣にそこまでおもねる必要があるのですか?」

 成る程、彼女の知る情報は本当に必要最低限の事だけなのだ。 説明が面倒だがはっきりと言わねばなるまい。

 「貴女は勘違いをしているわ」

 「勘違い?」

 「この家に居るのは皆私の家族よ。 あの二人は義理の孫娘とひ孫、世良を送ったのもひ孫よ。 後は息子と孫が居るわ」

 「……?」

 「……??」

 「……???」
 
 彼女の頭上にはどうやら、沢山のクエスチョンマークが踊っているようだ。 話を簡素化する為に身の上を話さなかったのはやはり不適切だった。 仕方が無い、何も知らない彼女に私の事を話さねばなるまい。

 「私がこの世界に転移してきて七十三年の歳月が経ったわ。 この容姿は私をこちらに逃がした魔法使いの術によるものよ。 若返りの魔法、ご存じかしら?」

 「……」

 「………」

 「…………」

 「はいーーーっ!!」



 またも、キアの大声がリビングに響く。 いい加減いちいち大げさだと思えてきたのだが、大方ひいばあの身の上話でも聞いたのだろう。

 「随分騒がしいお嬢さんねぇ……」

 「もうあっちはいいよ、ほっとこう。 それよりも私はおにいが心配だよ」

 世良さんは最初私が送ろうとしていたのだが、帰る頃には日も沈んでしまい女の子一人では危ないとおにいが送る事になった。 だが、事情を詳しく知らないおにいに傷心の世良さんの相手が務まるか心配だ。

 「淳が? でも、知らない仲では無いのよね。 あのお嬢さんも綺麗だけど……」

 母の調理の手が止まる。
 
 「どうかした?」

 「ねえ、あの二人お似合いだと思わない? ちょっと親バカかもしれないけど、彼女背が高いからつり合う男性も限られていると思うのよねぇ」

 「……」

 「だめかしら?」

 「だめも何も、世良さんは今それどころじゃ無いよ。 結構大変なんだから」

 そう言い放ち会話を終了させる。 世良さんの事はもうこれ以上話題にしたくない。


 「ただいま」

 玄関から聞こえて来るのはじいじの声だ。 今日は釣りに行くと言っていたが、年金暮らしは自由で良いなと心底思う。

 「いやぁ、大漁だったぞ。 どうだ! 立派なクエだろう?」

 「まあ! おじいちゃん凄い」

 「確かに」

 一番の大物は体長五十センチほどのクエで、他にもアジが数匹。 十分な成果だと思われるが、夜も明けやらぬうちから沖釣りに出ていった甲斐があったというものだろう。

 「さてさて、早速捌いて酒の肴に……」

 「でかしたわ、浩平」

 満足そうにクエを覗くじいじのわきから、さっとクーラーボックスを抱えてひいばあはキッチンに移動する。

 「ちょっと、かあさん」

 「悪いけど客人への振る舞いに使わせて貰うわよ」

 「客人? ……この綺麗な娘さんは誰だい?」

 「羽音、すまないけど説明しておいて。 私は支度で忙しいから」

 クエは既にまな板の上に乗っており、ひいばあは出刃包丁を用意している。

 「えーっ、何でわざわざあの人の為に魚を料理するの? 今日は肉じゃがだよ」

 あの大物をキア一人に食べさせると言うのだろうか。 これには流石にじいじも不満げな顔をしている。

 「かあさん、それは俺が釣ってきた魚なんだけどねえ」

 じいじは刺身にして食べるのを楽しみにしていたはずだし、皆で食べても十分な量だ。 かく言う私だって食べてみたい。

 「流石に全部は使わないわ。 でも、キアは肉じゃがは食べれないの。 と言うより鳥獣の肉全般が食べれないから、まともに食べられるのは魚くらいなのよ。 申し訳無いけど我慢して頂戴」

 「うそ! そうなの?」

 「ふーむ……そう言うことか」

 こちらとあちらの習慣の違いを具体的に知ったのはこれが始めてなのだが、果たして異世界から来た少女は、こちらの暮らしになじめるのだろうか……。
 
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