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71. 聖獣の祝詞(のりと)

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 異世界で初めて訪れた地方都市スザン。 見知らぬ文明に触れ、カルチャーショックも少なくなかったが、まだまだ知らない事は多いと感じた。 そして、厄災の都市への襲撃……。
 厄災もまた宿命の子である私を追って、異世界へと転移していたのだが、迎え打つべく戦鳥の戦士たちは都市の防衛へと赴く。 事の元凶である私にも何か出来る事は無いかと思った時、都市を離れれば厄災もまた、対象である私を追って、都市から離れると算段し防御壁を目指す。
 
 その最中に厄災と鉢合わせてしまうのだが絶体絶命の危機に思わぬ助けが入る。 スザンの都を守る聖獣”トヨテテ”と名乗る巨大な金牛……。
 都市の防衛の為に、厄災を蹴散らし戦鳥の戦士も顔負けの活躍を見せたのだが、突如として現れた粘性の液体タイプの厄災にその身を覆われ、操られてしまう。
 世良さんやキアが聖獣を傷つけ殺める事に反対する中、その罪を一身に背負って聖獣ごと厄災を倒そうとするひいばあ……。
 その時またも脳裏に不思議な声が響き、私は宿命の子としての力を発現し厄災を浄化しする。

 トヨテテさんは消耗していたものの命に別状は無く事なきを得た。 何にしても、翼の力はこちらに来てから日に日に強まっているようにも感じる。 刻印を刻み戦鳥と契約する日が本当に訪れるのだろうか……。

 確実に言えるのは、その答えを知る者は何処にもいないと言う事だけだ。



 「ん、ん~。 おっほん」

 これからトヨテテさんの祝詞が始まる。 都市を訪れ旅立つ者にはこの祝詞が贈られるそうだ。 
 あの騒動の後、一休みして聖獣は元気を取り戻した。 私たちも用意を済ませ後は出発するばかりとなったのだが、私はそのような段取りを知らない事もあって少々面倒くさいと感じる。

 「あの~この儀式って本当にいるんですか? 私たち急いでいるんじゃ……」

 「こらこら、そんな事言わないの」

 「不敬です」

 「バチがあたるわよ」

 (バチて……ひいばあなんて殺そうとしてたのに)

 そんな私をトヨテテさんはジト目で見つめている。 立ち会っているショアさん以下、都庁の役員数名もややざわざわした様子だが、そんなにマズかっただろうか。 

 (押し付けるつもりも無いけど、一応命の恩人だと思うんだけどなぁ)

 「すいません。 続けて下さい」


 「フム、それでは……」

 聖獣はその目を閉じ、顔を上げて天を仰ぐ。 すると一陣の風が吹き、その場の雰囲気が変わったように感じるのだが、神々しいというか、神聖な何か、特別な場所になったとそう思う。
 
 「宿命の子よ、今こうしてこの場にいられるのはそなたのおかげだ。 改めて礼を言わせて貰う、ありがとう」

 「いえ」

 「だが、その力はとても強い。 使いこなせるかどうかはそなた次第だ」

 「……」

 強い力、その言葉に不安に駆られてしまう。 身に余る力……私では持て余してしまうのではないだろうか。 もしかしたら、上手く扱えずに誰かを傷つけてしまうかもしれない。
 その不安が顔に出てしまったのだろう。 トヨテテさんは私に向かって優しく微笑む。
 
 「大丈夫、そなたは一人ではない」

 そう言うと顔を少し浮かせるので、後ろを振り向く。 どうと言う事は無く、見知った三人が並んでいるのだが、皆私を見つめており、何か気恥ずかしい。
 だが、キアはいつぞやのような憐憫の表情では無く、世良さんも私を見る目が今までと違うように感じるのだが、何か期待……のようなものを感じる。  ひいばあに関しては無表情で特に感情は読み取れない。

 「先達の導きに従えば、自ずと力は使いこなせよう。 どうか、その力で二つの世界を蝕む災いから救って欲しい」

 「はい」

 思わず返事をしてしまったが、もしそれが自身の運命ならもう受け入れるべきなのかもしれない。 そうすれば、言われた通り厄災を倒して二つの世界を救う事が出来る。 最も重圧である事は変わりは無いが……。

 私が終わると次はキアの番だ。 立ち位置を交代して後ろに下がるのだが、並ぶ二人とは目が合わせ辛い。 特にひいばあなどは、トヨテテさんの言葉に頷いてしまったので尚更だ。

 「不死鳥、並びに戦いの鳥をまとう戦士たちには都市の防衛に協力してくれた事に感謝する。 ありがとう」

 「いえ、己の義務を果たしたまでです」

 そう言いつつ、手を後ろに組んだまま三人は深く一礼するのだが、挨拶の時に然り聖獣の前でも極力手を見せないようにする事が礼儀だそうだ。 因みにこの理由はまだ教えて貰っていない。

 「フム、しかし不死鳥よ、その炎は復讐の業火。 やがては己の身を焼き尽くすだろう」
 
 「……!」

 (キア……)

 「ッ……それでも!」

 「そなたの復讐は間もなく終わりを告げる」

 「え!?」

 その言葉に皆少なからず動揺する。 復讐の終わり、それが何を意味するのか。

 「それは一体?」

 「そなたに送る言葉は以上だ」

 「はい……」

 到底納得したという感じでは無いが、聖獣に対して食い下がるのも不敬という事なのだろう。 しかし、祝詞とはこういうものなのだろうか? 何かこう、予言めいたもののように感じるが、それにしては中途半端だし、どうにも煮え切らないと思ってしまう。
 
 そんな感情を他所に、世良さんの番が来る。 戦いの神には果たしてどのような言葉が贈られるのだろう。

 「戦いの神よ、再びこの地に舞い戻り戦場を駆ける事になるとは……運命とは何と皮肉なものだのう」

 「いえ、私の戦いはまだ終わっていなかった。 それだけの事でしょう」

 「この戦いの果てにどのような真実が待っているかは私にも見えぬ。 どうか心を強く持つように」

 「覚悟は出来ています。 どのような真実であっても受け入れます」

 それだけ言うと深々と一礼して、さっとその場を退く。 最後はいよいよひいばあだ。

 「亡国の王女よ、そなたも古の時より舞い戻ってきた。 それに再び生を受けた事……過酷な運命と言わざるを得んのう」

 「はい……」

 「だが、運命に立ち向かうにしても、その翼は力を失おうとしておる」

 「……」

 (ひいばあ、言われちゃったよ)

 ここからではその表情は伺う事が出来ないが、察するに無表情ではいられないだろう。 言いにくい事もズバズバ言うのだなと思った時、聖獣はさらに言葉を紡ぐ。

 「大丈夫、翼は必ず蘇るだろう。 決して希望を捨てずにおくのだのう」

 「はい」

 これは重大発言だ。 翼が蘇るとはどういう事なのだろうか。 もしかしたら、こちらには戦鳥を修理出来る場所が存在するのかもしれない。 むしろそのように考えるのが自然な事だ。

 以上をもって、聖獣の祝詞は終了し、私達はいよいよ次の目的地を目指して飛び立つ。 トヨテテさんやショアさんたちに別れを告げ、スザンの都を離れるが、何気に振り向くと、都市がどんどん遠ざかって行くのが見える。

 思わぬ足止めを食らい、予定の変更を余儀なくされているのだが、次の目的地は世良さんのみぞ知る。

 一体どのような所なのか……翼はただ舞い、空をひたすらに飛び続ける。
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