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169. 帰還の時来(きた)る (後編)
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いよいよ迫る帰還の時…そこへ統一された後、国王となる二人が現れるのだが政治の王は、私に何を告げようとしているのだろうか。
「ああ、私の妃にならないかと思ってな」
「妃ですか……ええっ!!」
「嫌かな?」
「いやいやいや! 嫌も何も…」
「陛下、またお戯れを」
「ヒナ、私は結構本気だぞ」
突然の告白に言葉を失ってしまうのだが、そう言えばこの人はいつもこんな調子なのだ。 突拍子も無い事を言ったりやったりするのはもう専売特許なのだろう。
「私の年を考えて下さい」
「それは待つさ、婚約出来るようになるまで大して時間は掛からない」
「全く心の準備が…」
「それも待つさ」
「私はあちらの人間です」
「何か問題が? キミの肉親はどうなのだ?」
「それは…」
ひいばあをチラリと見ると、興味深そうにこのやり取りを静観しているので、どうやら国王を諫めたりはしてくれないようだ。
こういう時に限って…。
「いいじゃない玉の輿よ、一生左団扇で暮らせるわね」
「いや、世良さん…そういう問題じゃ」
「そうだ、戦費がかさみ国は決して裕福とは言えない状態だからな…王族と言えど贅沢は出来ない」
「ノーマ…そうだよね、むしろ清貧を心掛けるべきなんだよね」
「理解があって助かるな、やはりラウ王国の王妃に相応しい」
「そんなつもりで言ったんじゃ…」
もうきっぱりと断るしか無い、そう思った時世良さんが更に横やりを入れて来る。
「あっ、そう言えば羽音は彼氏が居たんじゃなかったけ?」
「はいいぃ!」
「ほら、いつも一緒にいたあの男の子」
「ち、違います! 先輩はそんなんじゃ…」
「何だ、先約が居たか」
「あーーもう! 違いますってば!」
私が狼狽するのを見て世良さんはケタケタ笑っているので、冗談が過ぎると思いつつも皆の笑顔を見ていると戻る前にこのように明るく笑って発つ事が出来て良かったとも思う。
だが、和やかな空気の中一人神妙な面持ちの人物が居るのだそれはーー
「わ、私も是非ノーマ殿を妻に…」
「お断りします」
「ふえっ…」
将軍は情けない声を出してうなだれてしまうのだが、本当にノーマは情け容赦が無いなと思う反面、見習った方が良いとも思ってしまう。
「フフ、当って砕けてしまったか」
「陛下…お見苦しい所を見せてしまいました」
「まだチャンスはあるかもしれん、諦めぬように」
(諦めたらそこで試合終了ですよ、ってやつか)
「ヨース、彼女は戦鳥の戦士…並大抵の男では釣り合わないのですよ? 精進なさい」
「おばさまぁ…はい、少しでも早く認めて貰えるよう努力します」
「…ラズリィ様はこれからどうされるのですか?」
「私は大罪人…出家し罪を償おうと思います」
「出家? それってもしかして…」
「パンノイア寺院の門は、羽音殿が扉を解放してしまったのです」
その言葉に事実を知ら無い者は目を丸くしてしまう…これ以上他人に知られたくなかったがもう仕方がないだろう。
諦めるしかない。
「フ…ならば何時でも会いに行けるではないか」
「時々顔を見に伺います」
「参りましたね…それでは償いにならないでは無いですか」
そう言いながら涙ぐむ彼女に将軍はなだめるように手を掛けており、その様子を国王も傍らで愛おしそうに見つめている。
このお騒がせな国王も根は良い人なのだ、最初に会った時は「何なんだこの人は」と思ったものだが、そう言えば何故そう思ったのか…。
「あーっ! 思い出した!!」
私の大声に皆の注目が集まってしまうのだが、とても大切な物を忘れていたのだ。 それを今になってようやく思い出す事が出来た。
それが何かというとーー
「陛下、私のメガネを返して頂けませんか?」
「メガネ? ああ、あの視力を補正する道具か…しかし何故?」
「もう必要無くなったんじゃなかった?」
そう…契約の影響か裸眼でも良く見えるようになったので、メガネを掛ける必要は無い。 だが、あれはとても大切な物なのだ、何故なら。
「ひいばあに、入学祝に買って貰ったんです」
「羽音…別にいいのに」
「大切にとっておきたいんだよね」
「羽音らしいわね」
「…直ぐに持ってこさせよう」
こうして、メガネも無事手元に戻り程なくして装置の準備も完了する。 いよいよ帰還の時が迫って来たのだが、転移の間に入ると装置は既に起動しており何時でも転移が可能な状態になっていた。
「皆、準備はいいわね?」
「はい」
「何時でもいいぞ」
「キア、ノーマ…もしかしたら二度と戻っては来れないかもしれない、それでもいいのね?」
「……」
「ヒナくどいぞ、それに…」
「私たちは必ず戻って来る、そうだろう?」
「はい、そうなのです」
ノーマがキアを見すえて自信満々といった体で笑うと、やや沈んだ感じのキアもその表情を見て笑みで返している。
(なんか、すっかりいいコンビになっているような…?)
「ヒナ、因みに座標は何処になるのかしら?」
「…山代家です」
「えっ、そうなんですか? てっきり廃教会かと」
「それはね…」
廃教会に転移してしまうと、そこから更に家路につかねばならなくなってしまうのだが、それだけでは無い。 厄災の居場所は直ぐには分からないかもしれないので、情報を速やかに集めなければならないのだ。
更に言えばその場所が何処か判明したとして、どんなに早くとも夕方以降の戦闘開始になってしまうだろうから、コンディションも考えての判断となる。
「我が家に速やかに戻って、英気を養おうとうわけね」
「ええ、勝手な言い分ですが…」
「何処にいるか分かったとしても、ベストな状態で戦う為には一晩明けた方がいいわ」
「徹夜で戦うのは厳しいですよね…」
「本当なら直ぐにでも戦いたいのだがな」
「勝利を確実なものにする為には、致し方無いのです」
「さあ、そろそろ行きましょう」
「はい、ヒナさんお願いします」
さあ、この世界とも分かれの時が来た…いや、本当にこれで良いのだろうか。 戦いに勝利すればこの世界に帰還する者がいるのだが、彼女らを見送った後に元の生活に戻り何気ない日常を再会させる。
果たしてそれで本当に…。
取り留めも無くそんな事を考えていると、目の前に現れた光の壁が転移の始まりを告げるのだが、ふと国王から送られた言葉を思い出す。
「必ずや厄災に勝利し、二つの世界に安寧を取り戻して欲しい」
二つの世界…そうだ、今や厄災は私の居る世界をも蝕もうとしている。 光に包み込まれる感触の中で、手にした方舟の力の結晶をジッと見つめていると、管理者もまた故郷を滅ぼされた厄災の被害者なのだと改めて思う。
(私達に願いを託してくれた皆…私たちは必ず勝利し、二つの世界から厄災を取り除きます)
転移する感触も久しぶりだと思ったのも束の間、白一色だった景色におぼろけながら色が混じり段々とハッキリし出して来る。
目に移るその情景には見覚えがあるのだがこの場所は良く知っている、いや知っていて当たり前だろう。
(もう直ぐ転移が終わる…あれ? 誰かいるのかな)
目にかかる白いもやが消え去れば転移は無事終了だ。 私たちが今居る場所…ここは裏庭であり、目の前に我が家が見えるとして、縁側に座っている人物は--。
「じいじ…」
「羽音、それに母さん…」
目を見開いて驚いているのも無理は無い、何もない所に突然人が現れて動じない者はいないだろう。 じいじも例外では無い。
「おかえり、長旅お疲れ様だったね」
「ただいま、元気にしていたかしら?」
「ただいま、じいじ…」
「ああ、皆元気だよ…おーい! 結衣さん、羽音が戻って来たよ」
じいじが家に向かって声を上げ、ややしてからパタパタとスリッパの音が聞こえて来るのだが、この足音には聞き覚えがある。
「…! 羽音!!」
「お母さん!!」
私の姿を認めるや否や、つっかけも履かずに庭に飛び出して私を抱きしめて来るので、こちらも腕を背中に回す。 恥ずかしいなと思いつつも、もう何年も母に会っていないかのような感覚に陥ってしまい、思わず涙がこぼれ落ちてしまうのだが、当人も鼻をすすっているので涙を流してるのだろう。
「羽音、戻って来れたのか!」
「心配したぞ、もう!」
「お父さん! おにい!」
厄災が転移してから暫く経つが、私の家族は取り敢えず大丈夫のようだ、てっきり避難勧告でも出たのかと思ったが。
「良かった、みんな無事で…」
「無事、か…」
「おにい、どうしたの?」
「今、大変な事になっているんだ」
おにいの言う大変な事とは厄災の件なのだろうが、どう大変なのか…私たちはそれをこれから嫌という程知る事になるだろう。
「ああ、私の妃にならないかと思ってな」
「妃ですか……ええっ!!」
「嫌かな?」
「いやいやいや! 嫌も何も…」
「陛下、またお戯れを」
「ヒナ、私は結構本気だぞ」
突然の告白に言葉を失ってしまうのだが、そう言えばこの人はいつもこんな調子なのだ。 突拍子も無い事を言ったりやったりするのはもう専売特許なのだろう。
「私の年を考えて下さい」
「それは待つさ、婚約出来るようになるまで大して時間は掛からない」
「全く心の準備が…」
「それも待つさ」
「私はあちらの人間です」
「何か問題が? キミの肉親はどうなのだ?」
「それは…」
ひいばあをチラリと見ると、興味深そうにこのやり取りを静観しているので、どうやら国王を諫めたりはしてくれないようだ。
こういう時に限って…。
「いいじゃない玉の輿よ、一生左団扇で暮らせるわね」
「いや、世良さん…そういう問題じゃ」
「そうだ、戦費がかさみ国は決して裕福とは言えない状態だからな…王族と言えど贅沢は出来ない」
「ノーマ…そうだよね、むしろ清貧を心掛けるべきなんだよね」
「理解があって助かるな、やはりラウ王国の王妃に相応しい」
「そんなつもりで言ったんじゃ…」
もうきっぱりと断るしか無い、そう思った時世良さんが更に横やりを入れて来る。
「あっ、そう言えば羽音は彼氏が居たんじゃなかったけ?」
「はいいぃ!」
「ほら、いつも一緒にいたあの男の子」
「ち、違います! 先輩はそんなんじゃ…」
「何だ、先約が居たか」
「あーーもう! 違いますってば!」
私が狼狽するのを見て世良さんはケタケタ笑っているので、冗談が過ぎると思いつつも皆の笑顔を見ていると戻る前にこのように明るく笑って発つ事が出来て良かったとも思う。
だが、和やかな空気の中一人神妙な面持ちの人物が居るのだそれはーー
「わ、私も是非ノーマ殿を妻に…」
「お断りします」
「ふえっ…」
将軍は情けない声を出してうなだれてしまうのだが、本当にノーマは情け容赦が無いなと思う反面、見習った方が良いとも思ってしまう。
「フフ、当って砕けてしまったか」
「陛下…お見苦しい所を見せてしまいました」
「まだチャンスはあるかもしれん、諦めぬように」
(諦めたらそこで試合終了ですよ、ってやつか)
「ヨース、彼女は戦鳥の戦士…並大抵の男では釣り合わないのですよ? 精進なさい」
「おばさまぁ…はい、少しでも早く認めて貰えるよう努力します」
「…ラズリィ様はこれからどうされるのですか?」
「私は大罪人…出家し罪を償おうと思います」
「出家? それってもしかして…」
「パンノイア寺院の門は、羽音殿が扉を解放してしまったのです」
その言葉に事実を知ら無い者は目を丸くしてしまう…これ以上他人に知られたくなかったがもう仕方がないだろう。
諦めるしかない。
「フ…ならば何時でも会いに行けるではないか」
「時々顔を見に伺います」
「参りましたね…それでは償いにならないでは無いですか」
そう言いながら涙ぐむ彼女に将軍はなだめるように手を掛けており、その様子を国王も傍らで愛おしそうに見つめている。
このお騒がせな国王も根は良い人なのだ、最初に会った時は「何なんだこの人は」と思ったものだが、そう言えば何故そう思ったのか…。
「あーっ! 思い出した!!」
私の大声に皆の注目が集まってしまうのだが、とても大切な物を忘れていたのだ。 それを今になってようやく思い出す事が出来た。
それが何かというとーー
「陛下、私のメガネを返して頂けませんか?」
「メガネ? ああ、あの視力を補正する道具か…しかし何故?」
「もう必要無くなったんじゃなかった?」
そう…契約の影響か裸眼でも良く見えるようになったので、メガネを掛ける必要は無い。 だが、あれはとても大切な物なのだ、何故なら。
「ひいばあに、入学祝に買って貰ったんです」
「羽音…別にいいのに」
「大切にとっておきたいんだよね」
「羽音らしいわね」
「…直ぐに持ってこさせよう」
こうして、メガネも無事手元に戻り程なくして装置の準備も完了する。 いよいよ帰還の時が迫って来たのだが、転移の間に入ると装置は既に起動しており何時でも転移が可能な状態になっていた。
「皆、準備はいいわね?」
「はい」
「何時でもいいぞ」
「キア、ノーマ…もしかしたら二度と戻っては来れないかもしれない、それでもいいのね?」
「……」
「ヒナくどいぞ、それに…」
「私たちは必ず戻って来る、そうだろう?」
「はい、そうなのです」
ノーマがキアを見すえて自信満々といった体で笑うと、やや沈んだ感じのキアもその表情を見て笑みで返している。
(なんか、すっかりいいコンビになっているような…?)
「ヒナ、因みに座標は何処になるのかしら?」
「…山代家です」
「えっ、そうなんですか? てっきり廃教会かと」
「それはね…」
廃教会に転移してしまうと、そこから更に家路につかねばならなくなってしまうのだが、それだけでは無い。 厄災の居場所は直ぐには分からないかもしれないので、情報を速やかに集めなければならないのだ。
更に言えばその場所が何処か判明したとして、どんなに早くとも夕方以降の戦闘開始になってしまうだろうから、コンディションも考えての判断となる。
「我が家に速やかに戻って、英気を養おうとうわけね」
「ええ、勝手な言い分ですが…」
「何処にいるか分かったとしても、ベストな状態で戦う為には一晩明けた方がいいわ」
「徹夜で戦うのは厳しいですよね…」
「本当なら直ぐにでも戦いたいのだがな」
「勝利を確実なものにする為には、致し方無いのです」
「さあ、そろそろ行きましょう」
「はい、ヒナさんお願いします」
さあ、この世界とも分かれの時が来た…いや、本当にこれで良いのだろうか。 戦いに勝利すればこの世界に帰還する者がいるのだが、彼女らを見送った後に元の生活に戻り何気ない日常を再会させる。
果たしてそれで本当に…。
取り留めも無くそんな事を考えていると、目の前に現れた光の壁が転移の始まりを告げるのだが、ふと国王から送られた言葉を思い出す。
「必ずや厄災に勝利し、二つの世界に安寧を取り戻して欲しい」
二つの世界…そうだ、今や厄災は私の居る世界をも蝕もうとしている。 光に包み込まれる感触の中で、手にした方舟の力の結晶をジッと見つめていると、管理者もまた故郷を滅ぼされた厄災の被害者なのだと改めて思う。
(私達に願いを託してくれた皆…私たちは必ず勝利し、二つの世界から厄災を取り除きます)
転移する感触も久しぶりだと思ったのも束の間、白一色だった景色におぼろけながら色が混じり段々とハッキリし出して来る。
目に移るその情景には見覚えがあるのだがこの場所は良く知っている、いや知っていて当たり前だろう。
(もう直ぐ転移が終わる…あれ? 誰かいるのかな)
目にかかる白いもやが消え去れば転移は無事終了だ。 私たちが今居る場所…ここは裏庭であり、目の前に我が家が見えるとして、縁側に座っている人物は--。
「じいじ…」
「羽音、それに母さん…」
目を見開いて驚いているのも無理は無い、何もない所に突然人が現れて動じない者はいないだろう。 じいじも例外では無い。
「おかえり、長旅お疲れ様だったね」
「ただいま、元気にしていたかしら?」
「ただいま、じいじ…」
「ああ、皆元気だよ…おーい! 結衣さん、羽音が戻って来たよ」
じいじが家に向かって声を上げ、ややしてからパタパタとスリッパの音が聞こえて来るのだが、この足音には聞き覚えがある。
「…! 羽音!!」
「お母さん!!」
私の姿を認めるや否や、つっかけも履かずに庭に飛び出して私を抱きしめて来るので、こちらも腕を背中に回す。 恥ずかしいなと思いつつも、もう何年も母に会っていないかのような感覚に陥ってしまい、思わず涙がこぼれ落ちてしまうのだが、当人も鼻をすすっているので涙を流してるのだろう。
「羽音、戻って来れたのか!」
「心配したぞ、もう!」
「お父さん! おにい!」
厄災が転移してから暫く経つが、私の家族は取り敢えず大丈夫のようだ、てっきり避難勧告でも出たのかと思ったが。
「良かった、みんな無事で…」
「無事、か…」
「おにい、どうしたの?」
「今、大変な事になっているんだ」
おにいの言う大変な事とは厄災の件なのだろうが、どう大変なのか…私たちはそれをこれから嫌という程知る事になるだろう。
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