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175. 二つの世界の命運を掛けて(中編)

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 「そらっ!」

 襲い掛かる触手を切り払い、避けつつ富士の麓に陣取る厄災の本体を目指していると、次々と転移して来る影を多数確認する。

 「もう来たか!」

 「出来ればもっと近づきたかったけど」

 「仕方が無いのです」

 迫りくるのは厄災が人や動物を素体として生み出した個体たち…バリエーションに富んでおり、これまで翼の戦士たちを苦しめて来た存在ではあるにしろ、これは素体となった者たちを解放する為の戦いでもあるのだ。

 「少し早いけど…使うしかない」

 『管理者より授かりし力…使いこなして見せよう!』

 「ええ! 私たちならやれる!!」

 「羽音、大丈夫かしら…」

 「私は信じているわ世良、あの子の事を」

 
 「天翔ける舟の力を…今ここに!」

 クリスタルを取り出し天に掲げ、その力の解放を祈ると同時に眩い光に辺りは包まれる、そして…。

 「おお!」

 「あれが天翔ける舟の…」

 
 大小無数の羽をまとう様は舟と変わらず、黄金色のアーマーを各部位に装備したこの形態を何と呼ぶに相応しいか。
 その様相はかつて、神の右に座る事を許されたみ使いにも匹敵する程の神々しさを讃えているが、これはあくまでも厄災を滅ぼす為の戦う姿になるのだ。

 『システムオールグリーン、各武装チェック…接続完了』

 「出力は?」

 『問題無い』

 「凄い、これなら厄災に勝てるかも」

 「ヒナさん、かもでは無いです」

 「…ええ、そうね」


 「黄金とはまた豪華ね」

 「ちょっと下品な感じなのかな…自分で選べたら良かったんですけど」
  
 「大丈夫よ、金ぴかと元のパールピンクとが合わさっていい感じよ」

 「成る程…そう言う見方もありか」

 『羽音、そろそろだ』

 「よーし、全力で行く! 光よ、我が敵を滅ぼせ!!」

 「あれは!」
 
 「舟と同じ力か…」

 羽から放たれる光の帯は、こちらへと接近してくる個体へと向かって行き、次々と個体を撃破して行くが戦闘機型は光を回避するので、やり過ごしたかと思ったのだが…。

 「何! 光が曲がった!?」

 光は戦闘機型を追尾し、やがては追いつくので爆散する…同様の光景があちらこちらで見受けられ、瞬く間にその数を減らして行く。

 「やったぁ!」

 「壊滅させたのね、流石だわ」
 
 「光の矢が追尾する…もう何でもありだな」

 「想いの翼の補正でしょうか…」

 天翔ける舟の力に想いの翼の力を掛け合わせたこの攻撃は、こちらの言葉にすれば「ホーミング・レイ」と名付けるようだろうか。

 『申し分無い性能だが、多用は出来ない』

 「うん、ここぞって時だね」

 敵を準滅して再び本体へと飛翔すると、少しも距離を縮めない内にまたも正面から多数の機影が現れる。 それと同時に光の矢も放たれて来るのだが、どうやら本体が直接私たちに攻撃を加えているようだ。  

 「これではいつまで経っても埒が明かない、やはりここは私が盾になって…」

 「大丈夫ですヒナさん、私が壁になるので接近を優先させましょう」
 
 「貴女が壁に?」

 『天翔ける舟の防御を備えていれば、問題無いかと…』

 
 「よーし、前に出る!」

 元々前衛よりだったが、完全に皆の前に躍り出て攻撃を食い止める、とは言っても特に何かをする訳では無い。 羽には耐性がありしかも簡単に再生出来る上に、アーマーも耐コーティングが施されている為に、余程強力な攻撃で無い限り回避する必要も無いのだ。

 「直撃を受けても問題無いのか、凄いな」

 「流石は舟の力ね」

 「盾である私の出番はまだ先か…」

 
 『ダメージ軽微、再生により損傷無し…』

 「ええ、避ける必要が無いからこのまま行くわ」

 本体に向かって直進すれば、先ほどと同じく各個体がこちらに向かって来るので、節約の為に今度は追尾機能の無い光の矢を放つ。
 当然打ち漏らす個体も出て来るのだが、それらは仲間に任せてひたすらに前進だ。

 「せいっ!」

 強化体も含めてはいるが、今更棒人間に囲まれた所でどういう事は無い、周囲を見渡せば他の翼も敵を撃破しているので、今の時点では好調でここまでは作戦通りだ。

 (問題はこの後ね…)

 「羽音は先行しているな、だが置いてけぼりを喰らわないようにしなければ」

 『離れすぎると分断されてしまう』

 「そうだ…な!」

 盾の射撃で戦闘機型を撃ち落とし、光の剣で棒人間を切り裂いて行く…主力の雷砲は温存しておかなければならないのだが、それは長期戦に備える為では無くあくまで短期決戦に拘っている、こちらの事情によるものだ。

 「果たして上手くか…いや、上手くやらないとな」

 
 『あれはコウモリとか言うヤツか?』 
 
 「しかも、四つ足や球体を乗せているのです」

 暫く見ない個体ではあったとして、まさか地上用で出番が無くなった四つ足と球体まで持ち出してくるとは、厄災側にとってもこれが最後の総力戦になるのだろう。
 
 『撃って来たか』

 「面倒ですが、回避するのです」

 射撃の威力は大した事が無いものの、再生能力を後に取っておく為に回避しつつ向かって行く。 すると、コウモリは爪を飛ばしてこちらを拘束しようとしてくるのだが、敢えて避けずに爪を受け止めると手足を拘束されてしまうのだが…。

 『どうするつもりだ?』

 「こうするのです!」

 炎をワイヤーに伝わらせると、やがて本体に移り消し炭になって落下して行く。 他の個体は火弾を当てれば同様の結末を辿るので、これは対抗すると言うよりは捨て石として、こちらを消耗させる為だけに仕向けられたのだ。
 
 「終わったのです、羽音を追いましょう」

 『ああ』

 
 「あれは…」

 『大翼です、少し飛ばし過ぎでは』

 「考えがあっての事でしょう」

 上空を見上げれば、爆発の後黒煙が描く一条の帯が確認出来るのだが大翼がまとめて撃破したものだ。 徒手空拳ながら、これまで戦い抜いて来たその経歴はまさに戦いの神に相応しいと改めて感じると共に、その称号の意味を大して理解せずに使っていた己を恥じるばかりだ。

 「凄いわ」
 
 『感心してばかりもいられません、来ますぞ』

 四方から迫り来るので包囲されたと見なしてよいだろう、先ずはミサイルで牽制して防御しつつこの囲みを突破しようとしたその時、上空から降り注ぐ光に貫かれた厄災は次々と爆散して行く。

 「これは…?」

 『希望の翼です』

 真上には、己の周囲にブレードを下方面に展開している希望の翼の姿が見えるとして、雨のように降り注ぐ光を受けて下方にいる敵は次々と爆散する。

 「大丈夫かしら?」
 
 「…ありがとうございます」 

 「羽音を追いかけるわよ」

 「はい」

 この場を離れようとする希望の翼には尚、戦闘機型や棒人間が張り付こうとするのだが、その身の周囲にはブレードが弧を描くように回りながら射撃を行っているので、全く敵を寄せ付けないでいる。

 「あれが希望の翼…」

 『主の為に死の淵から舞い戻って来た…私もあのような、忠儀の翼でありたいものです』 

 (あれがリーネ王女が望んだのが本来の翼、ならば死の翼とは…)


 『少し離れすぎたか、これ以上は合流に差し支える』

 「ええ、離脱しましょう」
 
 相手にしていた変異体の群れを放って戦線を離脱すると、当然の如く追いかけてくるがあの程度のスピードでは到底追いつけない。
 まあ、いずれは追いついて来るだろうがその時迎撃すればいい話しで、要は羽音が本体に辿り着くのが最大の目的なのだ。

 「さてさて、後は段取り通りに行けば…あっ、あれは!」

 『来たか…』

 目の前に立ちはだかるのは、かつて死闘を繰り広げた兄弟子の変わり果てた姿…厄災に魅入られ取り付かれた哀れな男は死して尚、戦う事を強いられているのだ。
 しかも…。

 『一体だけでは無いな』
 
 目の前現れたのは三体の高速戦闘型、勿論これだけとは限らないが厄災がその気になれば、まだまだ量産出来るのだろう。
 
 「兄弟子…もう直ぐです、もう直ぐで貴方を輪廻転生の輪に戻す事が出来る」

 『ああ、戻してあげよう…あるべき場所へ』
 
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