Anniversary

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Anniversary 2nd Season -bittersweet-

『サクラ サク』[1]

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『サクラ サク ~Anniversary -bittersweet-』



「あああ……まだまだ春は遠いなあ……」


 ――桜の開花は遠い。
 三月だというのに、むき出しの頬に吹き付けてくるまるで真冬のような冷たい風に、思わず震えて身を縮こませた。
 目の前に立ち並んだ並木の桜は、開花はおろか、その蕾すら、まだ丸みさえ帯びず固く閉じられたままだ。
 全ての葉を落とし切ってしまった枝が吹き付けてくる風で揺られている様が、より一層、冬の空気を引き立ててるみたい。


 春の訪れは、まだ遠いのに……暦だけは、もう春だ―――。


「今年の桜の見ごろは、やっぱり“例年並み”よりは少しだけ遅れるみたいね。関東地方は四月上旬ですって」
 窓の下の桜並木をよっぽど真剣に眺めているように見えただろうか。
 私の呟きに応えるかのように、隣からミカコが、そんな言葉をかけてくれる。
 それを合図に、如何にも大儀そうに、よっこらせ…とでも言うのがとても似つかわしい緩慢な動作で、ようやく私は窓の外から視線を戻した。
「多少は遅れても……でも、春は必ず来るものなのよ?」
 ミカコは言う。私に向かって微笑んでくれながら。
「だからも、わ」
「…………」
 言われた私は……でも、どんな表情を返したらいいのか分からず……とりあえず口許に曖昧な笑みを浮かべて返した。
 すると即座に私のオデコを、「なんてカオしてるの」と、苦笑まじりにミカコは小突く。
「あなた、そんなカオのままで、これから先輩に会いにいくつもりなの? ――今日は、せっかくのホワイトデーなのに」



   *



 …三月は、いつもそうだ。
 ある日を境にして春休みを迎えるまで、学校内に馴染みのない空気が常に付きまとうようになる。
 私たち下級生は、相変わらず普段通りに登校してくるのに……最上級生の姿だけが、校内どこを探しても見当たらなくなるから。


 ――そう、〈卒業式〉という日を境にして。


 小学生の時も、中学生の時も……自分が最上級生になるまでは毎年、三月になると学校内にそんな空気を感じてきた。
 例年恒例の学校行事の中でも有終の美を飾る、〈卒業式〉という名のセレモニー。
 それが終わってしまうと、なんとなく校内にポッカリと隙間が出来たような感じがした。――今まで存在していた一学年分の人数が一度に失われて出来上がった、大きな隙間。
 しかし、そう間も無く訪れる春休みと共に、その空虚な感覚は消え失せて。
 やがて四月を迎えて年度も変われば、新学期の訪れと共に、その空いていた大きな隙間は新入生の存在が埋めてくれることとなる。
 そうやって、来る年も来る年も……残された“在校生”の春は、慌しく過ぎていくのだ。


“在校生”と云う立場で春を迎えることになる以上、毎年毎年、それは変わらないと思ってた。そんなもんだと思ってた。
 でも、高校生になってみて……初めて“高校”という場所に残される“在校生”という立場を経験してみて……そうじゃない春の存在を、私は、知った。


 知らなかった。高校という場所には、いわゆる“家庭学習期間”というものが最上級生に用意されていることなんて―――。


 だから毎年、ウチの高校では三学期を迎えるとほぼ同時に、三年生の姿が高校から消えていた。
 三月を迎えるのも待たず、校内に空く大きな隙間。
 中学生だった今まで経験してきた春は、そんな隙間の存在に慣れる間もなく、慌しく時間が流れ、年度も変わり、そういった“新しさ”というもので隙間を埋められてきていたけれど。
 高校に出来た隙間は、その“新しさ”で埋められるのを待つには、あまりにも作られてしまった時期が早すぎて。隙間を抱えたままで過ごさなければならない日々を重ね過ぎて。
 だから結局、先輩たちが〈卒業式〉を迎える頃には、校内に“隙間が在る”ということに、私たち在校生は慣れきってしまうのだ。
 先輩たちが居ない、ということが、それこそアタリマエのようになってしまうのだ。


 高校生になって迎える〈卒業式〉というセレモニーには……だから逆に、それが違和感。
 既に校内には居ない存在であるハズの先輩たちが、よりにもよって全員揃っている、なんていう不思議な感覚。
 ――それが逆に、“ああ、そういえば今日は〈卒業式〉だったんだなあ”って再確認させられることに繋がって……そこから“先輩たちを校内で見るのも、これが最後になるんだなあ”という感傷に変わっていくことになってしまうんだけど。


 だから……二年生になって、三学期を迎えて……みっきー先輩と会うことが出来なくなってしまった学校に通うのが、本当に淋しかった。
 そのことに徐々に慣れていく自分が、どうしようもなく哀しかった。
 学校に、今まで在った先輩という存在が消えて、そして徐々に他の何かで埋められていく。――それが、どうしても居た堪れなくて。
 会いたかった、先輩に。
 会えないと解っているからこそ、学校のそこかしこで先輩の面影を探してしまった。
 だから逆に、先輩がもう校内に居ない存在であることを再認識してしまって……とてもとても、苦しくなった。
 でも、決して会えない距離に居たワケじゃない。会おうと思えば会える距離に、先輩はちゃんと居たのに……学校の近くのアパートに行けば、いつだって先輩は、そこに居るのに……、
 けれど先輩は受験生、仮にも“家庭学習期間”という名目で休学している先輩のもとを訪れるのは、それだけで勉強の邪魔になってしまいそうで、とてもじゃないけど気が引けてしまって。
 だから先輩の受験が終わるまでは、何か用でも無い限り、自分から遊びに行くことも出来なかった。
 せいぜい、たまに差し入れを持って行くくらい、それだけだった。
 そうやって、学校の外にしか先輩の姿を求められなくなって……だからこそ余計に、先輩の面影が学校内から消えていって……無理矢理にでも先輩の面影を探そうとすると、胸に差し込んでくるのは更なる苦しさ。そして寂しさ。――まるで終わりの無いメビウスの環。


 先輩の存在を他の何かで埋めるのはイヤなのだ。
 代わりなんていらない。
 でも、それが無ければ苦しくなるだけ。
 だからなのか、流れる“時間”が……私にさえ気付かせぬままに、それを上手に埋めてゆく。密やかに。


 私のそばに先輩という存在が無いことに、そうやって次第に慣れてゆき……そして、それが“アタリマエ”のようになってしまうのだろうか―――。



   *



「ミカコが言ってたよ。今年の桜は、『関東地方は四月上旬』頃、なんだって」
 学校が終わって、みっきー先輩の部屋に遊びに来ていた私は。
 今しがた温かいココアと共に『今日はホワイトデーやしな』と出してもらったばかりのクッキーを摘まみながら、すぐ隣に座る先輩に向かってボンヤリと、それを告げた。
「今年は……先輩と一緒に、お花見、行けないね……」


 ――みっきー先輩の“桜”は咲いた。


 本命の大学の合格発表日、と聞いていた日。
 学校が終わってから私は脇目も振らずに即行で、その結果を聞きに先輩の家まで来た。
 でも、結果を聞くまでもなく、先輩だったら絶対に合格するって思ってたけど。
 これまで一生懸命に頑張ってきた先輩の姿を知ってるもの。それに、先輩も自分で言ってた。『そこまで無茶なレベルのガッコには手ェ出さへんし。そんなん受験料のムダにしかならへんやん』って。
 ここまで言っちゃうような人が、合格してないハズが無いじゃない。
 …そしたら案の定。
 やってきた私の顔を見るなり開口一番、ニッコリ笑顔で、このヒトコト。
『咲いてたで、桜』
 そして、『あーこれでやっと一安心やー』と続けて付け加えられた言葉に、なんとなく脱力。
『もう住むトコまでアタリ付けてたんに、これで落ちてたらどうしようかとヒヤヒヤしたわー』
 ――なによ……ナニゲに、めっちゃくちゃ自信満々、だったんじゃないの……。
 普通、合格発表の前に住むトコまで決めちゃうモンー!?
 ホント段取りが良すぎるというか何と言うか……まあ、これも先輩らしいと言えば先輩らしいのかもしれないけど。
 ああ、でも、もう、本当に心配して損しちゃった!
 これまでヒヤヒヤし続けてきたのは、むしろアタシの方じゃないの。その心労を返して欲しいわよ本当に。
 そんな安堵と共に込み上げてくる、言葉に出して伝えずには居られない“おめでとう”の喜びと、我がことのような嬉しさと。
 …そして、ふいに襲ってくる淋しさ。


 ――ああ、これで先輩が東京へ行ってしまうのは確実になっちゃったんだ……。


 先輩を応援し続けてきた気持ちの裏側で、先輩には言えぬまま、常にコッソリ存在し続けていた“離れたくない”という想い。
 その二つの想いの裏表が逆転した。私の心の中、その時、その瞬間に。
 先輩の合格を知った途端に、応援したい気持ちよりもずっと大きく湧き上がってきた。――今まで気持ちの裏側にしか存在し得なかった感情が。


 桜の花が咲く頃には……先輩はもう、ここには居ない―――。


 言った途端、それを思い出して泣きそうになってしまって……慌てて俯いた、そんな私の頭の上に。
 ぽん…と優しく載せられた、大きなてのひら
 それが、ぽんぽん…と、軽く何度も私の頭を叩いてく。まるで撫でるみたいな優しさで。
「なーにシンミリしたカオしてん」
 俯いていた顔を上げてみると、そんな私を見下ろした、少し困ったような…でも、どこまでもどこまでも穏やかで優しい、先輩の微笑み。
「行ったらええやんか。花見くらい、行こうと思えばいつでも行けるやろ」
「それはそうかもしれないけど、でも……」
「これが今生の別れでもあるまいし、大袈裟やなー桃花は」
 ずっと抱えてきた“不安”を、口に出した途端に、そうやって笑い飛ばしてくれた先輩は。
 それでもまだ泣きそうな表情でいる私に向かい、おもむろに「大丈夫や」と、それを呟くように告げてくれて。
 そのまま私の唇に、一つ、キスを落とした。
「大丈夫やって、何も心配することなんてあらへん」
「先輩……」
「これまでと比べて、ほんのちょっと会い難くなるだけのことや。ほかは何も変わらへん」
 至近距離から見下ろした先輩の瞳は、やっぱりどこまでも優しくて……何の返答も返せず、私はその瞳の色に魅入られる。
「それとも、なにか……?」
 そうやって固まったままの私に向かい、どことなくイタズラっぽい表情になって、先輩は告げた。
「桃花は、ほんのチョビーっとでもオレに会われへんよーになっただけで、オレのこと嫌いになるんや?」
「そっ…!!? そそそ、そんなことない絶対っっ……!!」
 その言葉には、慌てて首を横にブンブン振る。もう、それこそめいっぱいの勢いで。
 と同時に「せやろー?」と向けられた、先輩の満面のステキ笑顔。
「ほな、少しくらい距離が出来ようが、少しくらい会えなくなろうが、そのくらいなら構へんやんか。――オレが桃花を好きだ、ってことは……何があっても、絶対に、変わらへん」
 その言葉と、再び落とされた優しいキスに。
 心臓ぎゅうううーっと鷲掴みされたみたいに、苦しくなって。でも、思わず涙が出ちゃいそうなほど嬉しくなって。
 そのまま、「私も…!」と、先輩に抱き付いた。
「私も、先輩のこと大好きなのは変わらないもん絶対に!」
 ただ少しだけ淋しくなっただけなんだもん。
 温かい胸の中で、呟くように、それを告げると。
「せやな…オレも少しだけ淋しいわ」
 ぎゅっと抱きしめてくれながら、先輩も、それを言った。
「こうやって桃花のこと抱きしめたりするんが少しでも出来ひんようになるって……やっぱ考えたら、ちょっとだけ、淋しくなる、な……」
「先輩も……ちょっとくらいは“淋しい”って思ってくれるんだ? 私と離れること」
「アタリマエやろ?」
 オマエ、そーんなにオレが血も涙もない人間に見えるんか。…って、少しだけ拗ねたように言った、そんな先輩が思いのほか可愛く見えてしまって。
 思わず胸に顔を埋めたままプッと吹き出してしまった。


 ――良かった、って……なんとなく安心できた。
 先輩も、私と同じだったんだ、って……それが分かったから。
 不安だったのは…淋しかったのは、私一人だけじゃなかったんだ、って―――。


「ねえ、先輩……」
「ん……?」
「じゃあ、もし私が淋しいのに堪えられなくなったら……その時は、電話、してもいい……?」
「桃花……」
「先輩の声が聞けたら……会えなくても頑張れると思うから……」


 先輩も、離れることを“淋しい”と思ってくれているのなら。
 私だって、頑張らなくちゃって思うから。
 淋しさにだって堪えられるようになろうって思うから。


「会えなくてもワガママ言わないようにするから……だから、お願い」


 泣きたいくらい一人が淋しい時だけ。それだけでいいから。――声を、聴かせて。


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