路地裏のアリス

RYOMA

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出会いは別れの始まり

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どれくらい歩いただろうか……変化の無い道をさまよい歩く──私のいる場所は都心のオフィス街で電波状態は良いはずなのだが、なぜか携帯はずっと圏外であった。

疲れきった私は、地べたに座り込んでしまう……そこから何気なく周りを見ていると、複数のファンが設置されているビルの脇に、非常用のハシゴらしきものが見える。あそこから上に登れそうだ──上から見れば出口の方向がわかるかも……そう考え、疲れきった重い腰を上げた私はそのハシゴを登り始めた──

5階分くらい登ったところで、下をふと見てしまった。しかし、真っ暗で何も見えない。その暗闇をじっと見ていると、その底なしの空間に引き込まれそうになる。フラッとハシゴを踏み外しそうになるのを踏みとどまる。

しばらく登ると、ベランダのような所にでたが、窓もドアも無く、建物には入れそうにないが、その場所は鉄製の螺旋階段で、そこからさらに上に行けるようだ。しかし、非常用の梯子かと思ったけど、建物からこちらに出られないんじゃ、非常時には使えないだろうと、このビルを設計した知るはずもない人間に文句を言ってみる。

錆びて所々穴があいている階段を、慎重に上がり始める。一歩、一歩、私が階段を上がる度に、ヒールと金属がぶつかる軽い音が響く。しばらくすると、私はその違和感に気がついた。上がるのを止めて耳を澄ます。静けさが耳に響く……もう一度、上がり始め、また止まる。私の足音に混じって、何か別の音が聞こえる気がする。何かが付いてきてる……私はそう思った。

「誰かいるの?」

私は思い切って声をかけてみるが、当然のように返事は返ってこない、周りを見渡しても何も見えない。気にしないで、そのまま進むことにした私は、気持ちスピードを上げて、ふたたび階段を上り始めた。それにしても高いビルである、2度目の休憩で、階段に座り休みながら、そう、ぼやいてしまった。

もうかれこれ1時間くらいは階段を上がっている……もう残り少ないペットボトルのお茶を一口飲むと、私はまた階段を上がり始めた。

それから10分ほど階段を上がると、唐突に鉄製の扉が現れた。それがゴールであることを祈りながらその扉に手をかけた──鍵もかかってないようで、扉はギギッと音を立てて簡単に開く。扉の先には、自分の置かれている状況と迷い込んだ世界の事を少し理解することができる状況が広がっていた──

そこは見覚えがある場所であった。複数のファンが設置されているビルの脇に、非常用の梯子が見える。先ほど私が登り始めた梯子にすごく似ている。いや、似ているのではなく、そのまま上り始めたビルのスタート地点へと戻ってしまったようである。異様な脱力感が、私の体を襲ってくる。今いるこの場所は、私の常識など通用しない世界であることを認識した。無気力に私は、先ほど座り込んだ場所と同じ場所でへたり込む。

お腹すいたぁ……こんな緊張の状態でもお腹は空くもんである。ここに迷い込んでどれくらいたったのだろうか、私は腕時計見た。アナログ時計の針はピクリとも動いていない、どうも壊れたようだ──

私は不意に、朝買ったパンが、鞄にあることを思い出した。鞄からパンを取り出すと、それを一口食べる──普段食べ慣れたはずのあんぱんだが、あんの甘みがいつも以上に感じられ、空腹と不安を少しだが消してくれる。
二口目を食べようとした瞬間、後ろから声がした──
「くれ……それ俺にもくれ……」
急な言葉に、体がピクリと反応するほど驚く──私は恐る恐る後ろを振り向いた。

そこには、小柄な犬が立っていた。それは比喩でもなんでもなく、犬が文字通り二足歩行で立っている……そして成人男性のような低い声で一言。
「それを俺にくれ」
私は少し戸惑いながらも、パンを少しちぎってその犬に手渡した。犬は美味そうにそれを頬張った。

食べ終わると、もう少し欲しそうにしているので、もうひとちぎりあげる──それも食べ終わると、満足そうに私に話しかけてきた。

「俺は何に見える──」

私は一瞬、質問の意図がわからず呆然としたが、ここは率直に見たままのことを答えることにした。
「犬に見えるけど……」
私の答えにその犬は満足したのか、笑顔でとんでもないことを言ってきた。
「じゃー今から俺は犬だ、犬と呼んでくれ」
その宣言に、私は戸惑い、再確認するように問いかける。
「犬って呼ぶの?」
その問いに犬は、何当たり前のことを聞き返すのだとでも言いたげな不思議な表情でこう言ってくる。
「だって犬に見えるんだろう。違うのか?」
「いや……確かに犬には見えるけど……あなたのちゃんとした名前で呼んだ方がいいんじゃないの」
犬は納得のしていない表情で、眉間にしわを寄せて少しイラつきながらこう宣言する。
「名前? だからそれが犬じゃないのか? まーなんでもいいよ、俺の名前はイヌだ! 誰がなんと言おうとイヌだからな」
そんな宣言をしてこられては、私がそれを受け入れるしかないと思った。だけどイヌ、なんて呼び方はさすがに抵抗があるので、無難に『イヌくん』と呼ぶ事にした。それをイヌくんに伝えると、『くん』とはなんだ?、としつこく質問される。接尾語うんぬん説明してみたが、やはりと言うか、まったく理解してないようだ──
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