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6 こわくないの?
第33話
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「よかった。このくらいなら、私でも直せます」
リリちゃん人形は購入した白いサテンのワンピースを気に入っていた――が、脇にほつれがあった。
「はやく着たい!」
リビングこたつの中央にすわったリリちゃん人形のまわりには、購入してきた小物が広げられている。
練り切りの乗った盃もあるが、リリちゃん人形は服や小物に興奮してお菓子どころではないようだ。
「ほかの洋服も、ほつれがないか確認したほうがよさそうですね」
「直る? じゅんばんに着るの!」
自己主張をする着せ替え人形と対峙する――不思議な気分だ。
「服、喜んでもらえてよかったです」
「うれしいよ、おしゃれ大好き!」
いままでにもリリちゃん人形は、遊び相手の子供に色々と見繕ってもらっていたのではないか。
おしゃれや遊びの経験があれば、なおのこと新しい服は嬉しいだろう。
うまく針に糸を通せなかった紅緒は、用意してあったルイボスティを一口飲む。
買い足すのを忘れたため、家にある最後の一杯である。
「今朝はどうしてたんですか? 急に姿が見えなくて、驚きました」
「え、演出よ。私は呪われたリリちゃん人形だから」
口ごもったようだが、紅緒は目線を手元に落としたままでいた。
「そうなんですか。呪われているっていうのはどんな感じなんですか?」
見た目からでは、どんな呪いがかかっているのか紅緒にはわからない。
「私は……持ち主の生命を……」
「生命を? 取るんですか、もしかして」
生命だなんて大きいものが引き合いに出され、紅緒は驚いて手を止めていた。
目をやったリリちゃん人形は、紅緒のほうを向いてすわっている。
「そうだったら……紅緒ちゃんはどうする?」
慎重そうな声だ。
「どうしましょうか」
「怖い……?」
「殺すって宣言されると、宣言するくらいなんだから、なにか抜け道があるんじゃないか、って思うんですよね」
「ぬ、抜け道?」
「生きてたらそのうち死ぬでしょう? リリちゃんがそばにいたら死ぬんだなんて、乱暴な言い分です。誰も聞く耳持ちませんよ」
「私の足……不気味じゃないの?」
呪いや生命が並べられたと思ったら、今度は足について質問される。なんだか試されている気分だ。
「足? ああ、そういえば三本ありますね」
珍しいのは確かで、本人は気にしているのかもしれない。
紅緒は手元に視線を戻す。できるだけ細かく針を動かし、縫い目をちいさくしていきたい。
「ズボンは履けませんけど、ほかのリリちゃん人形と混ざったときにぱっと見てわかるのはいいんじゃないですか? 持ち寄って遊ぶとき、自分のお人形がどの子かすぐわかるのはいいことだと」
紅緒は顔を上げる。
「あ、でもズボン履きたいですか?」
彼女の口振りからして、おしゃれは好きそうだ。
「……お洋服、新しいのあるからいい……」
そういわれた紅緒は、手元のドレスをリリちゃん人形に差し出す。
「こんな感じ……ですが」
紅緒が縫ったところだけ縫い目の細かさが目立ち、ゆるりと蛇行していた。
「着る! はやくはやく!」
やってしまった、という気持ちが大きいが、リリちゃん人形は文句をいわなかった。
白いサテンのワンピースを着たリリちゃん人形は、練り切りを食べ鼻歌を歌い、やがてバスタオルの布団でおとなしくなった。
眠っているのか、ただ静かなのか。
消灯し横になった紅緒は、上掛けのなかでスマホを使いはじめた。
呪うといっていたが本気か――紅緒はインターネットで調べはじめる。
案外簡単に、リリちゃん人形にまつわる噂を見つけることができた。
呪いのリリちゃん人形は、トイレに落ちているところを発見されるものらしい。
拾い上げると三本足であり、そのことに驚いて取り落としてしまうと、自分が呪われているのだと人形自身が語り出す。
恐ろしくなって逃亡しても、人形の声が耳に残って離れなくなり、そのうち発狂して自殺するそうだ。
ずいぶん物騒だ。
おなじ部屋にいるリリちゃん人形は、この物騒な話の人形と同一と見ていいのだろうか。
「明日、かな」
つぶやいてスマホの画面を落とす。
「なにが?」
「起きてましたか。リリちゃんの呪いのこと、調べてみたんです」
常夜灯だけが光源の部屋で、紅緒は天井を見つめる。
調べた結果をそらんじると、リリちゃん人形は唸り声を上げはじめた。
「そちらのキャリアが長かったんですね、リリちゃんは」
「信じてなかった……?」
「見た目がかわいいせいか、あんまり怖い気がしなかったんです。ごめんなさいね」
怪異をもっと怖がって然るべき――かもしれない。
これまでの経験を踏まえても、怖がる以前に関わり合いにならないほうがいいだろう。
「リリちゃんは私を呪ってるんですか?」
「の、呪ってたらどうする?」
口振りからして、まだ呪われていなさそうだ。
「呪われたら、私は発狂死するんですよね。それまでに期限ってあるんですか? ここまでになにかしないといけないとか」
「き、期限とか……ない……かも……?」
随分と言葉が弱々しい。
怪談話としてのリリちゃん人形に、あまりピンとこない。
三本足というのはそこまで驚くものでもなかった。
「噂話に出てくる呪いって、リリちゃんはあまり関係ない気がするんですが……こう考えること自体が、呪われている結果でしょうか?」
呪うというが――彼女がそれを仕掛けるのは自然なのか。
彼女がなにかの生命を奪わなければならないのなら、紅緒は鮮魚コーナーで生きたどじょうを買ってこようと考えていた。
代わりに呪いを受けてもらい、絶命したあとは柳川にして食べればいい。
「み、みんな私のせいにするけど……」
そこで言葉を切ってしまうところからして、おそらくリリちゃん人形は拾った相手を呪おうとはしていない。
「じゃあ、まだどじょうはいいですね」
「どじょう?」
「場合によっては最後に柳川に……あ、どじょうお好きですか? 柳川って、どじょうを卵で閉じて食べる料理なんですが」
「お菓子がいい……」
情報通りなら、紅緒のもとにいるリリちゃん人形は呪いの人形だ。
遊び相手を探している場合ではない。かといって、自分の手元にあることが最良かというと確信が持てなかった。
「お菓子でしたら、練り切りがまだありますから食べましょう。欲しいのがあったら教えてくださいね」
「うぐいすのやつ」
「ああ、きれいな緑色してましたね。明日食べましょう……おやすみなさい」
目を閉じた紅緒は、眠りに落ちるまでの間リリちゃん人形のことを考えていた。
くりくりした瞳が印刷された、かわいらしい顔つきのお人形だ。
ほかの人形と違う点は、足が三本あること。
それで済めばいいが、実際はしゃべったり動いたり、出されたお菓子を食べたりする。
きっと彼女は、ほかの者にしたら不気味な存在だろうが、紅緒には不気味でも恐ろしいものでもなかった。
しゃべって動く人形も、人間の頭を持つ犬も、人語を放す巨大な白猫も、これといって恐ろしくない。
きさらぎ駅――異界で立ち働いていた墓守の存在も恐ろしくなかった。
どちらかというと紅緒には、書類を期日までに揃えない社内の人間や、しつこくドアを叩き続ける勧誘のほうが理解不能で厄介な存在だった。
ゆるゆると自分が眠りに落ちていくのがわかる。呼吸がゆったりしたものに変わっていき、上掛けの温かさにうっとりする。
眠りに落ちるまでの短い時間に、リリちゃん人形の声が耳から離れない現象は起きていないことに気がついた。
気がつき、眠りに落ちたのだった。
リリちゃん人形は購入した白いサテンのワンピースを気に入っていた――が、脇にほつれがあった。
「はやく着たい!」
リビングこたつの中央にすわったリリちゃん人形のまわりには、購入してきた小物が広げられている。
練り切りの乗った盃もあるが、リリちゃん人形は服や小物に興奮してお菓子どころではないようだ。
「ほかの洋服も、ほつれがないか確認したほうがよさそうですね」
「直る? じゅんばんに着るの!」
自己主張をする着せ替え人形と対峙する――不思議な気分だ。
「服、喜んでもらえてよかったです」
「うれしいよ、おしゃれ大好き!」
いままでにもリリちゃん人形は、遊び相手の子供に色々と見繕ってもらっていたのではないか。
おしゃれや遊びの経験があれば、なおのこと新しい服は嬉しいだろう。
うまく針に糸を通せなかった紅緒は、用意してあったルイボスティを一口飲む。
買い足すのを忘れたため、家にある最後の一杯である。
「今朝はどうしてたんですか? 急に姿が見えなくて、驚きました」
「え、演出よ。私は呪われたリリちゃん人形だから」
口ごもったようだが、紅緒は目線を手元に落としたままでいた。
「そうなんですか。呪われているっていうのはどんな感じなんですか?」
見た目からでは、どんな呪いがかかっているのか紅緒にはわからない。
「私は……持ち主の生命を……」
「生命を? 取るんですか、もしかして」
生命だなんて大きいものが引き合いに出され、紅緒は驚いて手を止めていた。
目をやったリリちゃん人形は、紅緒のほうを向いてすわっている。
「そうだったら……紅緒ちゃんはどうする?」
慎重そうな声だ。
「どうしましょうか」
「怖い……?」
「殺すって宣言されると、宣言するくらいなんだから、なにか抜け道があるんじゃないか、って思うんですよね」
「ぬ、抜け道?」
「生きてたらそのうち死ぬでしょう? リリちゃんがそばにいたら死ぬんだなんて、乱暴な言い分です。誰も聞く耳持ちませんよ」
「私の足……不気味じゃないの?」
呪いや生命が並べられたと思ったら、今度は足について質問される。なんだか試されている気分だ。
「足? ああ、そういえば三本ありますね」
珍しいのは確かで、本人は気にしているのかもしれない。
紅緒は手元に視線を戻す。できるだけ細かく針を動かし、縫い目をちいさくしていきたい。
「ズボンは履けませんけど、ほかのリリちゃん人形と混ざったときにぱっと見てわかるのはいいんじゃないですか? 持ち寄って遊ぶとき、自分のお人形がどの子かすぐわかるのはいいことだと」
紅緒は顔を上げる。
「あ、でもズボン履きたいですか?」
彼女の口振りからして、おしゃれは好きそうだ。
「……お洋服、新しいのあるからいい……」
そういわれた紅緒は、手元のドレスをリリちゃん人形に差し出す。
「こんな感じ……ですが」
紅緒が縫ったところだけ縫い目の細かさが目立ち、ゆるりと蛇行していた。
「着る! はやくはやく!」
やってしまった、という気持ちが大きいが、リリちゃん人形は文句をいわなかった。
白いサテンのワンピースを着たリリちゃん人形は、練り切りを食べ鼻歌を歌い、やがてバスタオルの布団でおとなしくなった。
眠っているのか、ただ静かなのか。
消灯し横になった紅緒は、上掛けのなかでスマホを使いはじめた。
呪うといっていたが本気か――紅緒はインターネットで調べはじめる。
案外簡単に、リリちゃん人形にまつわる噂を見つけることができた。
呪いのリリちゃん人形は、トイレに落ちているところを発見されるものらしい。
拾い上げると三本足であり、そのことに驚いて取り落としてしまうと、自分が呪われているのだと人形自身が語り出す。
恐ろしくなって逃亡しても、人形の声が耳に残って離れなくなり、そのうち発狂して自殺するそうだ。
ずいぶん物騒だ。
おなじ部屋にいるリリちゃん人形は、この物騒な話の人形と同一と見ていいのだろうか。
「明日、かな」
つぶやいてスマホの画面を落とす。
「なにが?」
「起きてましたか。リリちゃんの呪いのこと、調べてみたんです」
常夜灯だけが光源の部屋で、紅緒は天井を見つめる。
調べた結果をそらんじると、リリちゃん人形は唸り声を上げはじめた。
「そちらのキャリアが長かったんですね、リリちゃんは」
「信じてなかった……?」
「見た目がかわいいせいか、あんまり怖い気がしなかったんです。ごめんなさいね」
怪異をもっと怖がって然るべき――かもしれない。
これまでの経験を踏まえても、怖がる以前に関わり合いにならないほうがいいだろう。
「リリちゃんは私を呪ってるんですか?」
「の、呪ってたらどうする?」
口振りからして、まだ呪われていなさそうだ。
「呪われたら、私は発狂死するんですよね。それまでに期限ってあるんですか? ここまでになにかしないといけないとか」
「き、期限とか……ない……かも……?」
随分と言葉が弱々しい。
怪談話としてのリリちゃん人形に、あまりピンとこない。
三本足というのはそこまで驚くものでもなかった。
「噂話に出てくる呪いって、リリちゃんはあまり関係ない気がするんですが……こう考えること自体が、呪われている結果でしょうか?」
呪うというが――彼女がそれを仕掛けるのは自然なのか。
彼女がなにかの生命を奪わなければならないのなら、紅緒は鮮魚コーナーで生きたどじょうを買ってこようと考えていた。
代わりに呪いを受けてもらい、絶命したあとは柳川にして食べればいい。
「み、みんな私のせいにするけど……」
そこで言葉を切ってしまうところからして、おそらくリリちゃん人形は拾った相手を呪おうとはしていない。
「じゃあ、まだどじょうはいいですね」
「どじょう?」
「場合によっては最後に柳川に……あ、どじょうお好きですか? 柳川って、どじょうを卵で閉じて食べる料理なんですが」
「お菓子がいい……」
情報通りなら、紅緒のもとにいるリリちゃん人形は呪いの人形だ。
遊び相手を探している場合ではない。かといって、自分の手元にあることが最良かというと確信が持てなかった。
「お菓子でしたら、練り切りがまだありますから食べましょう。欲しいのがあったら教えてくださいね」
「うぐいすのやつ」
「ああ、きれいな緑色してましたね。明日食べましょう……おやすみなさい」
目を閉じた紅緒は、眠りに落ちるまでの間リリちゃん人形のことを考えていた。
くりくりした瞳が印刷された、かわいらしい顔つきのお人形だ。
ほかの人形と違う点は、足が三本あること。
それで済めばいいが、実際はしゃべったり動いたり、出されたお菓子を食べたりする。
きっと彼女は、ほかの者にしたら不気味な存在だろうが、紅緒には不気味でも恐ろしいものでもなかった。
しゃべって動く人形も、人間の頭を持つ犬も、人語を放す巨大な白猫も、これといって恐ろしくない。
きさらぎ駅――異界で立ち働いていた墓守の存在も恐ろしくなかった。
どちらかというと紅緒には、書類を期日までに揃えない社内の人間や、しつこくドアを叩き続ける勧誘のほうが理解不能で厄介な存在だった。
ゆるゆると自分が眠りに落ちていくのがわかる。呼吸がゆったりしたものに変わっていき、上掛けの温かさにうっとりする。
眠りに落ちるまでの短い時間に、リリちゃん人形の声が耳から離れない現象は起きていないことに気がついた。
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