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7 いつまでそこに
第35話
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中古自転車の販売があると聞き、紅緒は朝から駅前広場に出かけていた。
自転車があったら、重い物の買い出しに便利だろう。どんなものか視察する腹づもりである。
広場ではたくさんの訪問客が自転車を検分しており、紅緒は遠巻きにそれを眺めていた。
駅前広場という場所柄もあり、たくさんのひとが行き過ぎている。
闇を被っているひとや、燃えているひとは誰もいない。
どれだけ家の鏡をのぞきこんで目を凝らしても、紅緒は自分が燃えている姿を確認できなかった。
如月以外に、紅緒が燃えて見えるひとはいるのだろうか。
囲いのある試乗用エリアでは、すいすいと自転車を漕ぐ子供の姿がある。
爽快で、楽しそうだ。はたから見ていて気分がいい。
自分にも乗りこなせるだろうか――乗ってみなければ、乗れるようにはならないだろう。
中古車とあってか一台の価格も市場より安いようだ。
買ってみるか、そうと決めてしまうにはまだはやいか――悩んでいる紅緒の前で、整備済み自転車は順調に売れていく。
そこに荷台に木箱を積んだ古めかしい自転車が広場に入ってきた。
錆びがところどころに浮き、年季の入った姿である。
古めかしい自転車に乗ってきた若い女性は、広場のはじに停めるとのぼりを立てる。
おいしい和菓子、とのぼりに書いてあった。
紅緒の目的は変わった――自転車購入の検討から、移動販売の和菓子購入へ。
水饅頭の入ったトートバッグを肩に、紅緒は会社に向かった。
少し前に白猫に水饅頭の説明をしたところ、食べたいと舌なめずりをしていた。
新人氏が一緒だったため、もしかするとすでに彼が振る舞っているかもしれない。
それでもつくってさほど時間の経っていないものが手に入ったのだ、白猫に食べてもらいたくなっていた。
「……あれって」
社ビルを道の向こうに控えたところで、紅緒は無意識にそうつぶやいていた。
ワンピースを着た女性がいる。
ただそれだけだ。
たったそれだけのことだが、紅緒の目にはその女性が以前見かけたひととおなじに見えた。
如月と乗り合わせたエレベーターや、出かけ先の階段にいた女性。
影になっているわけでもないのに、彼女の顔がよく見えない。
目を凝らすと、彼女がずるりと後方に移動した。数歩分彼女だけが巻き戻ったかのようだ。
鳥肌が立つ。
彼女に近づかないほうがいい気がする。ろくなことがなさそうだ。
なんとなく紅緒は足を動かす。
ウサギと亀の看板が見えてきて、紅緒は振り返る。
ワンピースの女はいまも道を歩いていた。
ふと、その道に紐で結わかれた石が置かれていることを思い出す。
あの石のことを如月に訊くのを、すっかり忘れていた。
あるていど前に進むと、ワンピースの女は後方に引き戻されていった。
延々とそれをくり返している。
「もしかして」
あそこから出られないのか。
紅緒は流れてくる通行人に合わせて足を動かし、ワンピースの女から距離を取る。
ウサギと亀の看板の下で立ち止まり、紅緒は道端で深呼吸をした。
どうしても目はワンピースの女に向いてしまう。
彼女は石の置かれた道に沿って歩き続け、時折首をひねり――そこから出る努力を続けているようだった。
出ようとしているが、出られない。
彼女の手がにぎりこぶしをつくった。ちいさい動きだが、それが振り回される。
苛立っている。
――いったいどうして。
遠目でははっきりしないが、近くに寄ればなにかわかるかもしれない。
そう思うのと同時に、このまま距離を取っていたほうがいい、とも思う。
あそこから出られないのなら、そうしているうちに離れるのが得策ではないか。
だがどこにも行けず苛立つ姿は、紅緒の後ろ髪を引く。
声をかけなければいいか。
様子をうかがうだけなら。
できることがあるのなら、それを。
紅緒が動きかけたとき、背後から声が聞こえた。
自転車があったら、重い物の買い出しに便利だろう。どんなものか視察する腹づもりである。
広場ではたくさんの訪問客が自転車を検分しており、紅緒は遠巻きにそれを眺めていた。
駅前広場という場所柄もあり、たくさんのひとが行き過ぎている。
闇を被っているひとや、燃えているひとは誰もいない。
どれだけ家の鏡をのぞきこんで目を凝らしても、紅緒は自分が燃えている姿を確認できなかった。
如月以外に、紅緒が燃えて見えるひとはいるのだろうか。
囲いのある試乗用エリアでは、すいすいと自転車を漕ぐ子供の姿がある。
爽快で、楽しそうだ。はたから見ていて気分がいい。
自分にも乗りこなせるだろうか――乗ってみなければ、乗れるようにはならないだろう。
中古車とあってか一台の価格も市場より安いようだ。
買ってみるか、そうと決めてしまうにはまだはやいか――悩んでいる紅緒の前で、整備済み自転車は順調に売れていく。
そこに荷台に木箱を積んだ古めかしい自転車が広場に入ってきた。
錆びがところどころに浮き、年季の入った姿である。
古めかしい自転車に乗ってきた若い女性は、広場のはじに停めるとのぼりを立てる。
おいしい和菓子、とのぼりに書いてあった。
紅緒の目的は変わった――自転車購入の検討から、移動販売の和菓子購入へ。
水饅頭の入ったトートバッグを肩に、紅緒は会社に向かった。
少し前に白猫に水饅頭の説明をしたところ、食べたいと舌なめずりをしていた。
新人氏が一緒だったため、もしかするとすでに彼が振る舞っているかもしれない。
それでもつくってさほど時間の経っていないものが手に入ったのだ、白猫に食べてもらいたくなっていた。
「……あれって」
社ビルを道の向こうに控えたところで、紅緒は無意識にそうつぶやいていた。
ワンピースを着た女性がいる。
ただそれだけだ。
たったそれだけのことだが、紅緒の目にはその女性が以前見かけたひととおなじに見えた。
如月と乗り合わせたエレベーターや、出かけ先の階段にいた女性。
影になっているわけでもないのに、彼女の顔がよく見えない。
目を凝らすと、彼女がずるりと後方に移動した。数歩分彼女だけが巻き戻ったかのようだ。
鳥肌が立つ。
彼女に近づかないほうがいい気がする。ろくなことがなさそうだ。
なんとなく紅緒は足を動かす。
ウサギと亀の看板が見えてきて、紅緒は振り返る。
ワンピースの女はいまも道を歩いていた。
ふと、その道に紐で結わかれた石が置かれていることを思い出す。
あの石のことを如月に訊くのを、すっかり忘れていた。
あるていど前に進むと、ワンピースの女は後方に引き戻されていった。
延々とそれをくり返している。
「もしかして」
あそこから出られないのか。
紅緒は流れてくる通行人に合わせて足を動かし、ワンピースの女から距離を取る。
ウサギと亀の看板の下で立ち止まり、紅緒は道端で深呼吸をした。
どうしても目はワンピースの女に向いてしまう。
彼女は石の置かれた道に沿って歩き続け、時折首をひねり――そこから出る努力を続けているようだった。
出ようとしているが、出られない。
彼女の手がにぎりこぶしをつくった。ちいさい動きだが、それが振り回される。
苛立っている。
――いったいどうして。
遠目でははっきりしないが、近くに寄ればなにかわかるかもしれない。
そう思うのと同時に、このまま距離を取っていたほうがいい、とも思う。
あそこから出られないのなら、そうしているうちに離れるのが得策ではないか。
だがどこにも行けず苛立つ姿は、紅緒の後ろ髪を引く。
声をかけなければいいか。
様子をうかがうだけなら。
できることがあるのなら、それを。
紅緒が動きかけたとき、背後から声が聞こえた。
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