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慣れてきた日常
【04-08】契約
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訓練が始まってから二週間。
今日は、放課後に矢沢コーチと会うことになっている。新しい訓練を始めるそうだ。二週間続けた訓練で得たものは腕の筋肉だけという微妙な成果を手に、待ち合わせの場所へ向かう。
僕が向かっているのは、マルチタスク訓練用施設。今日の待ち合わせ場所だ。この施設は反応速度訓練用施設よりは小さく、使用者もいないわけではないが少ない。体育館側ではなく校舎側にある施設で、使用者は複数の手順を一斉に行う必要のある生産組が一番多いみたいだ。
僕が施設の中に入ると反応速度訓練用施設と同じようなエントランスだった。正面にエレベーター、右に案内用カウンター、左に椅子とテーブルのあるラウンジとなっていた。僕がラウンジの方を見てみるとそこに二人の男女が座っていた。一人は矢澤コーチだ。もう一人は知らない。彼らは何やら二人で話しているようだ。僕はとりあえず彼らの方へ歩いていく。取り込み中だったときは近くの椅子にでも座っていればいいだろう。
僕が歩いていると、話していた二人が僕の方を向いた。自分の待ち人であることに気づいた矢澤コーチが声を掛けてきた。エントランス中に響く大きさの声だったが、今エントランスには、僕と彼らの三人しかいないので誰かに迷惑をかけるということにはならない。
「おお、堤君。待っていたよ」
矢澤コーチは立ち上がって僕を手招きする。
「遅れてすみません」
僕は遅れたことを詫びながら速足で近づいていく。
「いや、気にしないでくれ。それよりも早速場所を移そうか」
僕が彼らの近くに着くとコーチが言った。その声に反応して一緒にいた女の人も立ち上がった。
「彼女のことは部屋で話すよ。とりあえずついてきて」
僕は頷いて彼らに付いて行った。エレベータに乗り四階へと上ると、通路に出て、見たことあるような部屋に入っていく。ここ二週間使っていた訓練室と似たような部屋だった。おかれている機材もほとんど同じようだ。ここも、一般生徒が使えない外来者や選手用の部屋ということだろうか。
「とりあえず座ろうか」
矢澤コーチがソファに座る。僕たちは部屋に置いてあるソファに座って話すことになった。僕と矢澤コーチが対面になり、コーチの隣に女の人が座った。
「訓練の話をする前に契約の話をしようか」
契約とはなんだろう。いきなりの話題に僕は付いて行けずに困惑する。顔に出ていたのか矢澤コーチが補足をしようと口を開くと、コーチの隣に座っていた女の人が止めた。
「矢澤コーチ、まず私の紹介を」
「ああ、そうだったね。彼女の名前は、 #菊池_キクチ_# 千帆。日本チームのサポートスタッフだ」
「菊池です。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
僕は菊池さんと挨拶を交わした。矢澤コーチと同じようにスーツを着ているのに感じる雰囲気は菊池さんの方が真面目そうだ。矢澤コーチは真面目そうなのにどこか真面目に見えない。
「それじゃあ、契約に移ろうか」
矢澤コーチが改めて言ってきた。契約とは何の契約だろうか。強化選手のということ以外には思いつかないが。
「なんの契約ですか?」
「特殊指定強化選手の契約に決まっているじゃないか」
あたかも当然のように言われて、言葉に詰まる。
「堤君のご両親にも許可をもらっていたから時間が掛かってしまったんだよ」
矢澤コーチがそう言いながら、菊池さんに何かを出すような仕草をする。それを見た菊池さんは持っていた手持ちの革のカバンから数枚の書類を出した。
それを受け取った矢澤コーチが僕に見せるようにテーブルの上に置いた。
「これが契約書になる。内容としては選手として行動してもらうよ、ということが書かれている。強化選手は普通の選手たちとは違う扱いではあるが選手であることには変わりはない。VRオリンピックに出場するわけではないけどね」
そう言った矢澤コーチを尻目に契約書を読む。
内容としては、これから選手として行動してもらうため、それに伴う義務や責任が生まれるから許諾してくれというのが一つ。
もう一つは、選手として訓練に参加してくれということ。
最後に、強化選手は日本チームの判断によってはやめてもらうこともあると書かれている。
コーチの言う通り、一人の選手として契約することになるみたいだ。
他にも色々と書かれていたのだが、多かったので菊池さんに説明してもらった。個人情報の保護に関することや労働基準のことだとかお金のことだとかいろいろと書かれていたが、一般的な契約と同じようなことが書かれていた。
最後の書類に、署名の欄があり、父の署名が書かれていた。
「理解できましたか?」
菊池さんが凛とした声で聞いてきた。
「なんとなくは」
僕は素直に答える。よくわからないところも結構ある。
「一応国との契約になるので、不利益を与えるような契約にはなっていません。強化選手になれば国の代表として行動する可能性も出てくれるので、その時のための契約になっています」
菊池さんが続けて具体例をいくつか話してくれた。選手になると試合のために遠征に行くことがあるらしい。そうなると顔が周囲の人に割れるため、個人の特定ができるようになる。そう言ったことの許可が例の一つだった。
父さんの署名があることから、問題はないだろうと判断し僕も署名した。
署名を終えた契約書を矢澤コーチに渡すと笑顔で受け取られた。
「よし。これで君は晴れて特殊指定強化選手になったわけだ。これからは給料も入るようになるから期待するといい」
笑いながらコーチは菊池さんに書類を渡した。契約書を受け取った菊池さんはカバンにそれをしまい、今度は一つのデバイスを出した。
「次はこれです」
そう言って菊池さんがカバンから出したデバイスをテーブルの僕の方に置いた。
「これは?」
僕が聞くと菊池さんが答えた。
「それは、選手用のVRデバイスになります。今生徒用のVRデバイスは持っていますか?」
僕はポケットから生徒証を出した。
「少し預かっても?」
拒否する理由もないので、僕は菊池さんに生徒証を手渡した。
「何をするんですか?」
僕が疑問をぶつけると、今度は矢澤コーチから返ってきた。
「データの移し替えを行うんだよ。一応バックアップのデータは入ってるんだけどね」
僕の生徒証を受け取った菊池さんはカバンから何やら機器を取り出して政商と選手用のVRデバイスをつなぐ。続いて取り出したタブレット型デバイスを操作し始める。
数分の間、無言で待っていると、菊池さんが機器を取り外し、生徒証でない方のVRデバイスを渡してくる。
「機能の移動は完了しました。明日からはこちらを使ってください」
僕は渡された選手用VRデバイスをよく見てみる。黒地で背面に校章がついていた生徒証とは違い、白地で背面に赤い丸が描かれている。日の丸を幾何学的にしたようなデザインだ。一人だけこのデバイスを使っているととても目立ちそうだ。何かカバーを付けないといけない。
「これを使ってください」
菊池さんがカバンから一つのケースを出してきた。折り畳み式の革のケースだ。もらえるみたいだからもらうことにする。まるで僕の心を読んだかのようなタイミングだ。
「ありがとうございます」
僕はもらったケースにVRデバイスを入れた。これなら、怪しくはないだろう。
「生徒用VRデバイスに入っていた機能はすべて使えるようになっていますので気にしないで下さい。他にも選手用の機能が増えているので見ておいてください」
既に生徒証とは呼べなくなったVRデバイスをまじまじと見つめる。
「終わったかな。そのデバイスは選手としての証明になるから失くさないようにね」
「はい」
僕は新しくなったVRデバイスをポケットにしまった。
「うん。じゃあ、選手としての訓練の話に移ろうか」
矢澤コーチは真剣な面持ちでそう言った。
今日は、放課後に矢沢コーチと会うことになっている。新しい訓練を始めるそうだ。二週間続けた訓練で得たものは腕の筋肉だけという微妙な成果を手に、待ち合わせの場所へ向かう。
僕が向かっているのは、マルチタスク訓練用施設。今日の待ち合わせ場所だ。この施設は反応速度訓練用施設よりは小さく、使用者もいないわけではないが少ない。体育館側ではなく校舎側にある施設で、使用者は複数の手順を一斉に行う必要のある生産組が一番多いみたいだ。
僕が施設の中に入ると反応速度訓練用施設と同じようなエントランスだった。正面にエレベーター、右に案内用カウンター、左に椅子とテーブルのあるラウンジとなっていた。僕がラウンジの方を見てみるとそこに二人の男女が座っていた。一人は矢澤コーチだ。もう一人は知らない。彼らは何やら二人で話しているようだ。僕はとりあえず彼らの方へ歩いていく。取り込み中だったときは近くの椅子にでも座っていればいいだろう。
僕が歩いていると、話していた二人が僕の方を向いた。自分の待ち人であることに気づいた矢澤コーチが声を掛けてきた。エントランス中に響く大きさの声だったが、今エントランスには、僕と彼らの三人しかいないので誰かに迷惑をかけるということにはならない。
「おお、堤君。待っていたよ」
矢澤コーチは立ち上がって僕を手招きする。
「遅れてすみません」
僕は遅れたことを詫びながら速足で近づいていく。
「いや、気にしないでくれ。それよりも早速場所を移そうか」
僕が彼らの近くに着くとコーチが言った。その声に反応して一緒にいた女の人も立ち上がった。
「彼女のことは部屋で話すよ。とりあえずついてきて」
僕は頷いて彼らに付いて行った。エレベータに乗り四階へと上ると、通路に出て、見たことあるような部屋に入っていく。ここ二週間使っていた訓練室と似たような部屋だった。おかれている機材もほとんど同じようだ。ここも、一般生徒が使えない外来者や選手用の部屋ということだろうか。
「とりあえず座ろうか」
矢澤コーチがソファに座る。僕たちは部屋に置いてあるソファに座って話すことになった。僕と矢澤コーチが対面になり、コーチの隣に女の人が座った。
「訓練の話をする前に契約の話をしようか」
契約とはなんだろう。いきなりの話題に僕は付いて行けずに困惑する。顔に出ていたのか矢澤コーチが補足をしようと口を開くと、コーチの隣に座っていた女の人が止めた。
「矢澤コーチ、まず私の紹介を」
「ああ、そうだったね。彼女の名前は、 #菊池_キクチ_# 千帆。日本チームのサポートスタッフだ」
「菊池です。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
僕は菊池さんと挨拶を交わした。矢澤コーチと同じようにスーツを着ているのに感じる雰囲気は菊池さんの方が真面目そうだ。矢澤コーチは真面目そうなのにどこか真面目に見えない。
「それじゃあ、契約に移ろうか」
矢澤コーチが改めて言ってきた。契約とは何の契約だろうか。強化選手のということ以外には思いつかないが。
「なんの契約ですか?」
「特殊指定強化選手の契約に決まっているじゃないか」
あたかも当然のように言われて、言葉に詰まる。
「堤君のご両親にも許可をもらっていたから時間が掛かってしまったんだよ」
矢澤コーチがそう言いながら、菊池さんに何かを出すような仕草をする。それを見た菊池さんは持っていた手持ちの革のカバンから数枚の書類を出した。
それを受け取った矢澤コーチが僕に見せるようにテーブルの上に置いた。
「これが契約書になる。内容としては選手として行動してもらうよ、ということが書かれている。強化選手は普通の選手たちとは違う扱いではあるが選手であることには変わりはない。VRオリンピックに出場するわけではないけどね」
そう言った矢澤コーチを尻目に契約書を読む。
内容としては、これから選手として行動してもらうため、それに伴う義務や責任が生まれるから許諾してくれというのが一つ。
もう一つは、選手として訓練に参加してくれということ。
最後に、強化選手は日本チームの判断によってはやめてもらうこともあると書かれている。
コーチの言う通り、一人の選手として契約することになるみたいだ。
他にも色々と書かれていたのだが、多かったので菊池さんに説明してもらった。個人情報の保護に関することや労働基準のことだとかお金のことだとかいろいろと書かれていたが、一般的な契約と同じようなことが書かれていた。
最後の書類に、署名の欄があり、父の署名が書かれていた。
「理解できましたか?」
菊池さんが凛とした声で聞いてきた。
「なんとなくは」
僕は素直に答える。よくわからないところも結構ある。
「一応国との契約になるので、不利益を与えるような契約にはなっていません。強化選手になれば国の代表として行動する可能性も出てくれるので、その時のための契約になっています」
菊池さんが続けて具体例をいくつか話してくれた。選手になると試合のために遠征に行くことがあるらしい。そうなると顔が周囲の人に割れるため、個人の特定ができるようになる。そう言ったことの許可が例の一つだった。
父さんの署名があることから、問題はないだろうと判断し僕も署名した。
署名を終えた契約書を矢澤コーチに渡すと笑顔で受け取られた。
「よし。これで君は晴れて特殊指定強化選手になったわけだ。これからは給料も入るようになるから期待するといい」
笑いながらコーチは菊池さんに書類を渡した。契約書を受け取った菊池さんはカバンにそれをしまい、今度は一つのデバイスを出した。
「次はこれです」
そう言って菊池さんがカバンから出したデバイスをテーブルの僕の方に置いた。
「これは?」
僕が聞くと菊池さんが答えた。
「それは、選手用のVRデバイスになります。今生徒用のVRデバイスは持っていますか?」
僕はポケットから生徒証を出した。
「少し預かっても?」
拒否する理由もないので、僕は菊池さんに生徒証を手渡した。
「何をするんですか?」
僕が疑問をぶつけると、今度は矢澤コーチから返ってきた。
「データの移し替えを行うんだよ。一応バックアップのデータは入ってるんだけどね」
僕の生徒証を受け取った菊池さんはカバンから何やら機器を取り出して政商と選手用のVRデバイスをつなぐ。続いて取り出したタブレット型デバイスを操作し始める。
数分の間、無言で待っていると、菊池さんが機器を取り外し、生徒証でない方のVRデバイスを渡してくる。
「機能の移動は完了しました。明日からはこちらを使ってください」
僕は渡された選手用VRデバイスをよく見てみる。黒地で背面に校章がついていた生徒証とは違い、白地で背面に赤い丸が描かれている。日の丸を幾何学的にしたようなデザインだ。一人だけこのデバイスを使っているととても目立ちそうだ。何かカバーを付けないといけない。
「これを使ってください」
菊池さんがカバンから一つのケースを出してきた。折り畳み式の革のケースだ。もらえるみたいだからもらうことにする。まるで僕の心を読んだかのようなタイミングだ。
「ありがとうございます」
僕はもらったケースにVRデバイスを入れた。これなら、怪しくはないだろう。
「生徒用VRデバイスに入っていた機能はすべて使えるようになっていますので気にしないで下さい。他にも選手用の機能が増えているので見ておいてください」
既に生徒証とは呼べなくなったVRデバイスをまじまじと見つめる。
「終わったかな。そのデバイスは選手としての証明になるから失くさないようにね」
「はい」
僕は新しくなったVRデバイスをポケットにしまった。
「うん。じゃあ、選手としての訓練の話に移ろうか」
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