【仮題】VRMMOが世界的競技になった世界 -僕のVR競技専門高校生生活-

星井扇子

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新たな日常

【06-09】合宿前日⑥

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 〈それでは次は簡単な戦闘を行ってもらいます。こちらで適当な仮想敵を出現させるのでそれと戦ってみてください〉

 宮崎さんがそう言い終わると同時に僕の頭には『仮想敵』とは何だろうか、という疑問が生まれ、次の瞬間には疑問が解消した。

 僕たちの周り距離で言えば五十メートル以上は軽く空いているだろう位置に木の人形が現れた。カンフー映画で見るような木人というやつだろうか。それをゴーレムにしたような形をしている。あれが仮想敵か。数は……数えきれない。
 僕が納得していると近くに寄ってきていたイットク先輩から僕らに言った。

「あれが仮想敵だ。今回は俺たちだけであれの相手をしないといけないみたいだな」

 今回は、ということは全会は違ったのだろうか。

「強さ的にはどんな感じなんですか?」

 佐伯先輩がイットク先輩に聞いた。佐伯先輩は知らないみたいだ。

「強さ的には最初の街のゴブリンと同程度だ。連携もしないから一対一であれば負けることはないだろう。あと痛覚の設定がなかったはずだ。怯むようなことはないと思っておいた方がいい」
「他には?」
「そうだな。確か余り複雑な行動はしてこなかったと思う。だが複雑な行動をしないために倒れた味方を乗り越えてくることがあったはずだ。気を付けておいてくれ」

 僕はイットク先輩の説明を聞いて頭を縦に振る。

「どうやって戦いますか?」

 今度は智也がイットク先輩に言った。

「互いの背を守る形で戦えばいいだろう。おまえたちもゴブリン程度であれば対処できるだろう」
「はい」

 智也は頷いていた。だが僕は頷けない。あの仮想敵がゴブリン程度と言ってもあれは木だ。いつも僕がやっている首を食い千切るだけでは止めにならない可能性がある。僕は返事を千図に少し考えていると、その様子に気づいた佐伯先輩が聞いてきた。

「堤。何か気になることでもあるの?」

 僕は少しためらいながらも言った。

「はい。もしかすると僕では対処できないかもしれません」
「対処できない……か」

 一肋先輩が少し驚いたような顔をして僕を見ている。
 まあ、強化選手に選ばれるようなプレイヤーが序盤のゴブリン相当の敵に苦戦するかもしれないとなれば妥当な反応か。

「僕はいつもゴブリンの首を狙うんですが、あの敵にも首でクリティカルが出るんでしょうか?」

 僕は懸念事項について聞いてみる。

「なるほどな。おまえの疑問はもっともだし、言いたいことも大体わかった。それについては大丈夫だったはずだ。あれは見て目の通り木人を元にして作られている。その用途も訓練に的にすることが主だ。人型をしているみたいだから急所も人のものと同じになるはずだ。だが、そうだな。とりあえずは四人で方向を分けて戦うことにしよう。それでもしダメそうであれば俺かサエキでフォローするばいい。佐伯もそれでいいか?」

 イットク先輩が僕の疑問に答えた後、今後の作戦について告げる。そして、最後に佐伯先輩にも一応の確認をしている。やっぱり寮長として活動していたからだろうか。それぞれに目で確認を取っている。

「分かりました。もしもの時はよろしくお願いします」

 僕はしっかりと礼を言っておく。

「ああ、気にするな。逆に自信満々で行動して失敗される方が大変なことになる」
「はい」
「じゃあ、立ち位置的には俺と寮長が真ん中で堤と望月が端って感じですか?」
「そうなるな」

 陣形も決まって僕たちはそれぞれの立ち位置に着いた。
 仮想敵たちはいまだに動いていない。僕は東京駅が右に来るように立っている。四人で半円を描くように立っているからだ。僕の隣にはイットク先輩。その隣に佐伯先輩で、橋が智也となっている。

 〈準備はできたみたいですね。では、始めます。準備はいいですか。では、動かします〉

 宮崎さんが言い終わると遠くに見えていた仮想敵たちが動き始めた動く速度は遅いみたいだ。僕は間合いに仮想敵が入ってくるまで待つことにした。

 

 ザッザッ、と地面のアスファルトと気がすれる音が無数に発生している仮想東京駅前で僕たちは敵を待つ。
 持っている武器から考えれば、智也以外は近接戦闘を得意とするキャラクターだと考えられる。イットク先輩は長い槍。馬上槍だとか突撃槍だとか言われる部類の物だったはず。そして佐伯先輩の大剣。その刀身は佐伯先輩の体の大半を隠すことができるぐらい幅広だ。現に後ろ姿からでは佐伯先輩の体はほとんど見えない。
 両者ともに一般的ではないものを使うみたいなことからも近接戦闘を得意としているだろうと推測ができる。
 そうすると遠距離が主体のプレイヤーは智也だけになる。
 敵がゴブリン相当の実力であるとすれば遠距離からの範囲攻撃が一番効率がいい。それが今回はできないということになる。智也も範囲魔法は使えるだろうけど、今見えるすべての敵を倒すとなるとMPが足りなくなる可能性が濃厚だ。節約したとしても足りないだろう。そうなると、鍵になるのはイットク先輩と佐伯先輩の実力。僕はもちろん二人の実力を知らない。

 僕は二人の顔を横目で見た。二人の顔には悲壮感のような負の印象は漂っていない。それどこらか軽い笑みを浮かべているように見えた。
 どういうことだろう。もしかすると、今の状況は僕が思っているほど悪くはないのかもしれない。
 そんなことを考えていると、仮想東京駅の前に陣取る僕たちに向かってくる仮想敵の姿もくっきりと見える位置ま近づいていることに気づく。
 僕は浮ついた思考をやめて、これから起こる戦闘に思考を向ける。

 智也の魔法が発動した。
 唐突に咲き乱れる焔の華。爆風で飛ばされていく仮想敵である木人が煙を伸ばしていく。見た感じだと威力的にはそれほど高いものではないと思ったのだが思いのほか飛んでいく仮想敵が多い。
 智也が攻撃した次は僕だ。僕は両手を地につける。今回はここから後退するという選択肢が取りづらい。四人で互いに背を向けているからどこか一方が後退すれば他の誰かが後方から攻撃されるかもしれない。だから僕は下がらない前提で戦闘を始める。
 両手を地につけておけば重心について考える必要がなくなるので六本の尻尾をフルに使える。
 まずは様子見でキーとルーで攻撃する。僕の今の射程は五メートルないぐらいだ。僕は射程に入った木人の首めがけて攻撃を始めた。

 

-------

 

 戦闘が始まって三十分以上。正確な時間は分からない。延々と続く木人の群れ。僕たちは気の抜けない戦いを続けていた。
 幸いなことに仮想敵である木人たちの攻撃力は最初に言われたゴブリン相当ではあったが、防御に関してはゴブリン以下だった。というよりも、頭や首、心臓といった急所への攻撃が当たれば確定クリティカルになる設定だったらしく、それを狙えば簡単に倒せたのだ。そのため、いまだにダメージは受けずに戦闘を続けている。

 僕は六本の尻尾で仮想敵の急所を狙いリズムよく倒していく。智也は攻撃力よりも範囲を優先して魔法を使っている。イットク先輩と佐伯先輩は仮想敵を圧倒している。一振りで何体もの木人が両断されたり吹き飛ばされたりしている。その光景は戦闘というよりも作業といった方が適しているかもしれないと思うほどに単調なものになっている。

 今回の戦闘で僕は尻尾のAIに戦闘の一部を任せることに挑戦している。尻尾には攻撃の意思と標的、最後に急所を狙うという考えを伝えようとしながら大まかに攻撃していく。するとん、なんということだろう。尻尾たちは寸分たがわず仮想敵の首を攻撃してくれるのだ。その結果、僕はこの戦闘中、段々と戦闘に割く思考に余裕が出来始め今では他の三人を観察することすらできるようになった。これだけでも合宿に参加した甲斐があったと言える。

 僕が空いた思考でそんなことを考えているうちに仮想敵の木人の数が徐々に減っていき、今、最後の木人たちが智也の魔法で吹き飛んだ。
 それと同時にアナウンスが鳴り響く。

 〈聞こえますか? 戦闘が終わったみたいですけど、全員大丈夫ですか?〉

 僕は立ち上がり、上を見ながら頷く。今もVRルームのモニターで僕を確認しているだろう宮崎さんに向けてだ。

 〈大丈夫そうですね〉

 僕以外も大丈夫だったみたいだ。戦闘に割く思考が減ってから三人を観察している限りでは誰もダメージを受けているようには見えなかったから当然だろう。

 〈では、これで四人の割り当てられた作業は終わりになります。各自ログアウトしてください〉

 僕は先輩たちの方を見る。すると、佐伯先輩の姿はすでにぼやけ始め、次の瞬間には消えてしまった。ログアウトしたのだ。それを見て僕もログアウトの操作を始めた。最終的には数瞬の差で僕が最後にログアウトした。

 

-------

 

 ログアウトが完了して、ヘッドマウントデバイスを頭から外してVRデバイスを回収してデバイスの外に出た僕が次に見た光景は設置型のヘッドマウントデバイスから出てくる僕の他の三人とモニターの前にいるスタッフ達だった。
 そこには、僕でも知っているような有名人がいた。

 

 

 

 彼との出会いが、僕の一プレイヤーから選手になるという選択肢を選ぶ大きな分岐点となることを今この時の僕には知る由もなかった。

 

 

 
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