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Episode〈7〉霹靂 ⑵
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しかし、待てど暮らせど彼が帰ってくる気配はなく。離れてから、2週間が過ぎた。
「……あの」
いつも通り食材を買い出しに行ってくれた松元さんが、ビニール袋を渡しながら、珍しく私に声をかけた。
「量、多くないですか」
彼の凜々しい眉尻が、ほんの少しだけ困ったように下げられた。もちろん、彼は知っているのだろう。この家の主が、長い間留守にしていることを。
「いつ帰ってくるか、分かりませんから」
苦笑しながら彼に答えて、軽く頭を下げる。松元さんは私を見つめたまま、何かを考えているようだった。
「……俺」
厚い唇がおずおずと開いて、松元さんは小さな声で話し始めた。
「5年ほど、カタナさんに付かせて頂いてるんですけど、今までは家に帰るような人じゃなかったんです」
「けど最近は、早く仕事を切り上げてまで家に帰ろうとするようになって」
「朝も、機嫌良く出てこられるようになって。……あと」
「箸を使って昼食を、それも手作りの弁当を食ってるカタナさんなんて、俺、初めて見たんです」
ぽつり、ぽつりと慎重に選ぶように、言葉がつむがれていく。そのひとつひとつを聞く度、目の奥がじいんと熱を帯びてゆく。
「絶対、帰って来ますから」
よろしくお願いします、と深く下げられた頭をみとめて、私の頬に涙が伝った。
「はい、これ」
「……本当に、いいんですか?」
私から紙袋を受け取った松元さんは、申し訳なさそうにこちらを見た。
「はい。毎食作ってますし、長く置いておいても悪くなるだけですから」
彼に差し出した紙袋の中には、昨日作った料理のタッパーが入っている。松元さんもカタナよろしく、ろくな食生活をしていないらしいと知って、「余り物でよければ貰ってくれないか」と私から提案した。
「毎日、お買い物に出て頂いてありがとうございます」
「いや、そんな。それが俺の仕事ですから」
松元さんは再び頭を深く下げ、それから玄関を出て行った。
───仕事、か。
私がこの家にいること自体が、私の役目───私の“仕事”のはずだった。ただ、家の中に閉じこもって周りに姿を見せず、形式的に彼と暮らすこと。重要な行事ごとに同席して、妻として、“美空”として振る舞うこと。
それだけが、私がここに置かれた存在意義だった。そのはずだった。
「……」
『絶対、帰って来ますから』
松元さんの、小さくもはっきりとした声で告げられた言葉を反芻する。そういば、いつかのカタナも同じことを言っていた。
『絶対に、帰るから』
「……ちゃんと、帰ってきてくださいよ」
あの日、カタナが口づけた右手のひらをじっと見て、私もそっと唇を落とした。
「……あの」
いつも通り食材を買い出しに行ってくれた松元さんが、ビニール袋を渡しながら、珍しく私に声をかけた。
「量、多くないですか」
彼の凜々しい眉尻が、ほんの少しだけ困ったように下げられた。もちろん、彼は知っているのだろう。この家の主が、長い間留守にしていることを。
「いつ帰ってくるか、分かりませんから」
苦笑しながら彼に答えて、軽く頭を下げる。松元さんは私を見つめたまま、何かを考えているようだった。
「……俺」
厚い唇がおずおずと開いて、松元さんは小さな声で話し始めた。
「5年ほど、カタナさんに付かせて頂いてるんですけど、今までは家に帰るような人じゃなかったんです」
「けど最近は、早く仕事を切り上げてまで家に帰ろうとするようになって」
「朝も、機嫌良く出てこられるようになって。……あと」
「箸を使って昼食を、それも手作りの弁当を食ってるカタナさんなんて、俺、初めて見たんです」
ぽつり、ぽつりと慎重に選ぶように、言葉がつむがれていく。そのひとつひとつを聞く度、目の奥がじいんと熱を帯びてゆく。
「絶対、帰って来ますから」
よろしくお願いします、と深く下げられた頭をみとめて、私の頬に涙が伝った。
「はい、これ」
「……本当に、いいんですか?」
私から紙袋を受け取った松元さんは、申し訳なさそうにこちらを見た。
「はい。毎食作ってますし、長く置いておいても悪くなるだけですから」
彼に差し出した紙袋の中には、昨日作った料理のタッパーが入っている。松元さんもカタナよろしく、ろくな食生活をしていないらしいと知って、「余り物でよければ貰ってくれないか」と私から提案した。
「毎日、お買い物に出て頂いてありがとうございます」
「いや、そんな。それが俺の仕事ですから」
松元さんは再び頭を深く下げ、それから玄関を出て行った。
───仕事、か。
私がこの家にいること自体が、私の役目───私の“仕事”のはずだった。ただ、家の中に閉じこもって周りに姿を見せず、形式的に彼と暮らすこと。重要な行事ごとに同席して、妻として、“美空”として振る舞うこと。
それだけが、私がここに置かれた存在意義だった。そのはずだった。
「……」
『絶対、帰って来ますから』
松元さんの、小さくもはっきりとした声で告げられた言葉を反芻する。そういば、いつかのカタナも同じことを言っていた。
『絶対に、帰るから』
「……ちゃんと、帰ってきてくださいよ」
あの日、カタナが口づけた右手のひらをじっと見て、私もそっと唇を落とした。
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