刃に縋りて弾丸を喰む

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Episode〈9〉唯心 ⑴

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 「カタナさん、最近なんかおかしいよな」
 「ああ、現場にも滅多に出ないし。この前なんて、結構なミスやらかしたらしいぜ」
 「組長も“カタナが錆びた”なんてぼやいてたしなあ」
 「本当に組長の後を継げるのかねえ」
 ───ガン!
 事務所の外でぼやいていた片桐組の構成員たちが、大きな音に振り返る。
 「ま、松元さん……!」
 「仕事が終わったんならさっさと帰ったらどうだ」
 連中に向かって、松元は静かにそう吐き捨てると事務所の扉に手をかけた。
 事務所の中では、カタナは一人、パソコンの画面をぼんやり眺めていた。
 「カタナさん、飯です」
 「そう」
 「ちゃんと眠ってますか」
 「さあ」
 いつも通り、応接用のローテーブルに夕食を置いた松元にカタナは一瞥もくれない。ただ、気のない返事をするばかりだった。
 ───葛井飛鳥が折れた後、カタナの様子は明らかにおかしくなった。
 元々小食であまり眠らないタチだったが、それが確実にエスカレートしていた。目の下には濃いくまが浮かび、体格の良い体は痩せて小さく見えた。常にどこか、ぼんやりとした表情でパソコンを眺め、以前なら自身で管理していた取引や区域も部下に任せっきりになった。
 「……カタナさん」
 今日もほったらかしにされるのであろう、夕食のセッティングを終えた松元がカタナの元へと歩み寄る。
 画面にはいつものように、藤埜組構成員の連絡先リストが表示されていた。
 『式の招待状と一緒に、DNA鑑定の証明書を藤埜組の連中へ送ってやろうかと思うんだ』
 先日そう言ったっきり、カタナはいまだそれを実行に移していないようだった。
 「少し眠ってください」
 「うるさいな。眠たくなったら寝るよ」
 「そう言って、また朝まで起きている気でしょう」
 「松元、今日は珍しくおしゃべりだね。節介が過ぎる」
 「心配されますよ、“あの人”が───…」
 ───ガン!
 ことさら骨張った拳が、強く事務机にたたきつけられた。
 「黙れ」
 低く唸るように吐き捨てられた言葉に松元は一瞬たじろいだが、すぐに口を開いた。
 「……葛井飛鳥の存在を公表しないのは、“あの人”が忘れられないからでしょう」
 「黙れよ」
 「やっぱり、カタナさんには“あの人”しか───…」

 「黙れ!」

 瞬間、カタナは松元を胸ぐらを掴んで彼を鋭く睨み付けた。しかし、松元も引かなかった。
 にらみ合う男が二人、冷たいコンクリートで囲まれた小さな事務所にひりつくような沈黙が流れた、その時だった。
 ───ポン。
 カタナのパソコンから、軽快な通知音がした。
 不意に立てられた物音に、二人ともがパソコンの画面へと顔を向けた。
 画面に表示されたポップアップが新着メールの受信を知らせている。件名は〈高木星子について〉と印されていた。
 二人は、同時に息をのんだ。
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