レモンが好きだと言いたくて

蓮見 七月

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振り切る

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 制服を脱いで、ボクサーパンツとヒートテックだけになる。
 急いで体操服を着ても、なお寒い。上にジャージを着てやっとまともに体が動いた。
 体育の授業は寒さに慣れるまでが面倒だ。

「あーあ。今頃、女子はおっぱいの大きさ比べでもしてるのかな?」
 女子が更衣室に行くとすぐ、シュンが本性を現した。
 冗談を聞いたクラスメイトたちが笑い出す。頭の中は女の体で一杯だ。

「幻想だよ。幻想」
 圭吾が冷静な低音ボイスでそう応じる。
「でも、夢があるでしょ?」
「まぁ……。たしかに」
 まじめな圭吾でさえこうだった。
 
 俺以外のみんなが楽しそうに笑っている。
 もちろん俺だって、興味が無いワケじゃない。性的欲求だって並みにある。ただみんなほど熱心にはなれなかった。
 
 脱いだ制服を机の上に畳んで置くと、なんだか急に寂しくなった。

 そうだ大平麗人はどうだろう。中性的な彼もこの状況に嫌気がさしてはいないだろうか。
 
 教室の左端を見てみると大平麗人はまだそこに居た。
 ジャージはまだ着ていない。体操着のままだった。男にしては腕や脚が細かった。ただよく見ると、男子高校生らしく腕や、ふくらはぎには筋肉が付いていた。

「どこ見てんの? 勇人、ゲイにでもなっちゃった?」
 声を聞いてシュンの方へ視線を動かす。素早く笑顔を作って誤魔化した。
「いや、俺は女の子が大好きだよ。特にオッパイが大きい子」
 真顔でそう答えれば、周りは簡単に笑ってくれた。

 笑いがいったん落ち着くと、圭吾がこっそりシュンに言う。
「シュン、さっきみたいな言い方は……」
 シュンが茶化して圭吾が叱る。二人のお決りのパターンだった。
 
 ただ今日のシュンは調子が良い。
「やっぱりさ。生のを見たいよ。勇人もそう思うでしょ?」
 男子社会はこれで持ってる。乗っかった方が楽だった。
「裸ならスマホで見てるよ。沢山な」
 こう答えれば教室中は盛り上がる。シュンも圭吾も笑ってた。
 
 俺だってポルノ作品くらい見る。それなりに使ってもいる。
 ただそれで処理できるじゃないか。
 そう考えると、女子更衣室なんて見たくない。見る必要が無いからだ。
 
 着替えと猥談を済ませて俺たちは外に出た。
 グラウンドでは女子が既に待っている。彼女らの前でシュンが俺の腕を持つ。

「さすが勇人。筋肉バッチリじゃん」
「筋トレしてるからだろ」
 
 部活はしていなくても、それなりに自宅で鍛えてる。
 シュンは次に左隣の圭吾を狙った。
「圭吾もしっかりしてるなぁ。腕、ガッチガチじゃん」
 
 ストイックな圭吾は俺の次に運動ができる。今日の持久走でもライバルだ。
 
 気が付くと俺たちは女子に見られていた。
 いつだったか、三人はいつもイチャイチャしてる。なんて言われたことがある。
 言ってきた女の子に、それはきっとシュンの作戦だ、とは言わなかった。

「あっ、アイツ萌え袖」
 シュンの視線の先にいたのは大平麗人だった。
 ジャージの袖に手を半分隠す、萌え袖。寒い時、可愛らしく女子が良くやるヤツ。

「いや、あざと。狙ってるならキモいし、狙ってないなら気持ち悪い」
「え?」
 思わず聞き返してしまった。シュンにはそう見えるのか。

「いや、狙ってないなら変だろ? 女みたいじゃん」
「そういう事は言っちゃいけない」
 今度は圭吾より先に俺が止めた。先を越された圭吾は珍しそうに細い目を吊り上げている。

「女子に聞かれるぞ」
 耳元でそう付け加えた。
 こう言えばシュンは必ず止まってくれる。もちろん舌打ちは食らうけど。
 
 俺たちのやり取りに辟易へきえきしたのか、圭吾が屈伸を始める。
 授業はまだ始まってもいないのに、俺は全力で走りたくなった。
 
 チャイムが校庭に響いて授業が始まる。
 準備運動をこなして白線の前に立つ。体育教師のホイッスルが待ち遠しい。

「しっかり走って来いよ。男子1500m走、はじめ」
 野太い声とホイッスル。先頭を走るのは俺だ。続くのは当然、圭吾。
 
 1000mほど走ると、額から汗が流れ始めた。肌の上の水滴が冷気に触れて冷たくなる。
 この冷える感覚が好きだった。
 
 残りはグラウンド一周分。このまま1位を取る。
 心の中でそう言った次の瞬間、目の前の人に気を取られた。
 俺より高い背、華奢な体、外に跳ねる黒髪。大平麗人が周回遅れで走っていた。
 
 少しふらつくような走り方をする大平麗人。
 一言、声を掛けてしまおうか。音楽室の時よりはマシかもしれない。
 
 インコースを走る大平麗人の隣に付いた。このままでは一瞬で抜いてしまう。
 後ろから大きく土を蹴る音が聞こえていた。歩幅は広く、一歩一歩が力強い。
 息を荒くしながら圭吾がこちらに迫って来ていた。
 
 いくら醒めていても、取れる1位をみすみす逃す手つもりは無い。
 走るという原始的な行為が、闘争本能を呼び起こしていた。
 大平麗人は諦めよう。
 
 足に気合を入れ直す。力を込めて土を蹴る。スピードは上がっていった。
 しかし、意外にも大平麗人とは距離が開かない。
 微かに目を動かして、彼の方を見てみると苦しそうな顔と目が合った。
 
 視線をこちらに合わせてくれている。そう感じた。
 あちらも話したいと、思ってくれているのだろうか。
 
 ただし、どうしても俺の方が速かった。
 ペースアップすると大平麗人の吐く白い息はすぐに遠のいた。
 
 結局、俺が1位でゴールした。2位の圭吾は悔しそうに息を切らしている。
 巨大な体から出る息は想像よりも大きくてうるさい。
 
 暫くして、下から4番目の順位で大平麗人がゴールした。
 俺たちは機会があればきっと話せる。友達になれるかもしれない。

 大平麗人から視線を逸らして空を見た。
「はぁ……。スッキリした」
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