レモンが好きだと言いたくて

蓮見 七月

文字の大きさ
8 / 45

授業中のメッセージ

しおりを挟む
 タブレットの履歴には大平麗人、つまりレイに送った確認用メッセージがあるだけだった。
 瀬七勇人です。よろしくお願いします。
 読み返すと馬鹿らしい。まるで就職面接の始まりだ。必要なのは気の利いた会話文だ。今ほどトーク力が欲しいと思ったことは無い。

「Mr.Sena. I’m calling you. ミスター瀬七?」
 英語の中に、日本語のアクセントが混ざったのを聞いて気が付いた。今は英語の授業中だ。
 準備は全くしていなかった。一体どんな授業をしているのか。
 前を見ると上品なグレイの髪の毛をしたおばあちゃんの先生が立っていた。
 花子先生だ。
 彼女はイギリス暮らしが長いらしい。授業ではカタカナ英語なんて滅多に使わない。
 つまり、今先生は怒っている。俺は相当呆けていたらしい。とりあえず起立。それからだ。

「There is nothing either good or bad but thinking makes it so. 訳してくださる?」
「えっと……」
 答えに詰まった時のこの空気。生まれて初めて感じたかもしれない。
 予習なんてしてきてないのに、何かないかと手元のタブレットを見てしまう。
 
 何もないはずの端末に、一つだけメッセージが届いていた。
 “良いも悪いもない。考え方によって良くも悪くもなる”
 レイからだった。

「Well done. 時間はかかったけどいい翻訳だと思います」
 声に出していたらしい。なんとかなった。着席すると小さくため息が出た。
 そうだ今日は『ハムレット』に登場する名セリフについての授業だった。
 
 「ついでに教えておきましょう。 Homer sometimes nods. ホメロスも居眠りをする。日本で言うところの猿も木から落ちる、ですかね」
 教室が笑い声で満ちる。普段答えられない生徒はこんな思いをしているのか。
 
 いや、それより返信の方が重要だ。ギリシャの詩人、ホメロスみたいな素敵な話は俺には書けない。せめて、シンプルに感謝の返信をしたかった。
 バレない様にタブレットを操作する。先生はさっきの答えを補足している。

「ありがとう。助かった。よくわかったね? 英語は得意なの?」
 この文を送るべきか? それとも変えるべきか? よくわかったね? は、よく考えると上から目線かもしれない。

「ありがとう。レイ。英語が得意なんだね」
 この文章に決めた。送信ボタンを押して、あとは待つだけ。レイは返してくれるだろうか。返信はすぐじゃなくていい。授業が終わってからでもいいし。明日でもいい。

「瀬七さんが答えてくれた英文は主人公のハムレットが旧友に探りを入れられた時に返したセリフです。狂気を装っているにしては鋭い考察ですね」
 花子先生の授業は続く。テストにも少しは出るかもしれない。それなのにメモを取る気が全く起きない。返信ばかりが気になっている。
 タッチペンをぐるぐる回す。時間は過ぎる。

「有名なシーンなんだ。瀬七くんが答えられないなんて珍しくて、つい」
 返信が来た。どれくらい待っただろう。タブレットのデジタル時計に目をやると実際には5分しか進んでいなかった。

「本当に居眠りをしていたのかも。ホメロスみたいにね。それより俺の事も勇人って呼んでくれないか」
 言ってしまった。勢いだ。なんとか誤魔化せないだろうか。
 
 今度の返信は本当に長い時間来なかった。もうすぐ授業が終わってしまう。下の名前で呼び合うのはハードルが高かったのか。

「Let’s stop here for today. 今日はこれで終わります」
 授業が終わってチャイムが鳴った。

 先生が退出して、その後すぐに返信が来た。
「いいよ。ハヤト。これからはレイとハヤトだ」
 良かった。すぐに返事をしよう。なんて書こうか。
 そう考えている間にもう一文、飛んできた。

「今日、一緒に帰らない?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勘違いラブレター

ぽぽ
BL
穏やかな先輩×シスコン後輩 重度のシスコンである創は妹の想い人を知ってしまった。おまけに相手は部活の先輩。二人を引き離そうとしたが、何故か自分が先輩と付き合うことに? ━━━━━━━━━━━━━ 主人公ちょいヤバです。妹の事しか頭に無いですが、先輩も創の事しか頭に無いです。

愛おしい、君との週末配信☆。.:*・゜

立坂雪花
BL
羽月優心(はづきゆうしん)が ビーズで妹のヘアゴムを作っていた時 いつの間にかクラスメイトたちの 配信する動画に映りこんでいて 「誰このエンジェル?」と周りで 話題になっていた。 そして優心は 一方的に嫌っている 永瀬翔(ながせかける)を 含むグループとなぜか一緒に 動画配信をすることに。 ✩.*˚ 「だって、ほんの一瞬映っただけなのに優心様のことが話題になったんだぜ」 「そうそう、それに今年中に『チャンネル登録一万いかないと解散します』ってこないだ勢いで言っちゃったし……だからお願いします!」  そんな事情は僕には関係ないし、知らない。なんて思っていたのに――。 見た目エンジェル 強気受け 羽月優心(はづきゆうしん) 高校二年生。見た目ふわふわエンジェルでとても可愛らしい。だけど口が悪い。溺愛している妹たちに対しては信じられないほどに優しい。手芸大好き。大好きな妹たちの推しが永瀬なので、嫉妬して永瀬のことを嫌いだと思っていた。だけどやがて――。 × イケメンスパダリ地方アイドル 溺愛攻め 永瀬翔(ながせかける) 優心のクラスメイト。地方在住しながらモデルや俳優、動画配信もしている完璧イケメン。優心に想いをひっそり寄せている。優心と一緒にいる時間が好き。前向きな言動多いけれど実は内気な一面も。 恋をして、ありがとうが溢れてくるお話です🌸 *** お読みくださりありがとうございます 可愛い両片思いのお話です✨ 表紙イラストは ミカスケさまのフリーイラストを お借りいたしました ✨更新追ってくださりありがとうございました クリスマス完結間に合いました🎅🎄

坂木兄弟が家にやってきました。

風見鶏ーKazamidoriー
BL
父子家庭のマイホームに暮らす|鷹野《たかの》|楓《かえで》は家事をこなす高校生。ある日、父の再婚話が持ちあがり相手の家族とひとつ屋根のしたで生活することに、再婚相手には年の近い息子たちがいた。 ふてぶてしい兄弟に楓は手を焼きながら、しだいに惹かれていく。

寡黙な剣道部の幼馴染

Gemini
BL
【完結】恩師の訃報に八年ぶりに帰郷した智(さとし)は幼馴染の有馬(ありま)と再会する。相変わらず寡黙て静かな有馬が智の勤める大学の学生だと知り、だんだんとその距離は縮まっていき……

箱入りオメガの受難

おもちDX
BL
社会人の瑠璃は突然の発情期を知らないアルファの男と過ごしてしまう。記憶にないが瑠璃は大学生の地味系男子、琥珀と致してしまったらしい。 元の生活に戻ろうとするも、琥珀はストーカーのように付きまといだし、なぜか瑠璃はだんだん絆されていってしまう。 ある日瑠璃は、発情期を見知らぬイケメンと過ごす夢を見て混乱に陥る。これはあの日の記憶?知らない相手は誰? 不器用なアルファとオメガのドタバタ勘違いラブストーリー。 現代オメガバース ※R要素は限りなく薄いです。 この作品は『KADOKAWA×pixiv ノベル大賞2024』の「BL部門」お題イラストから着想し、創作したものです。ありがたいことに、グローバルコミック賞をいただきました。 https://www.pixiv.net/novel/contest/kadokawapixivnovel24

地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛

中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。 誰の心にも触れたくない。 無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。 その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。 明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、 偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。 無機質な顔の奥に隠れていたのは、 誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。 気づいてしまったから、もう目を逸らせない。 知りたくなったから、もう引き返せない。 すれ違いと無関心、 優しさと孤独、 微かな笑顔と、隠された心。 これは、 触れれば壊れそうな彼に、 それでも手を伸ばしてしまった、 不器用な男たちの恋のはなし。

兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?

perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。 その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。 彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。 ……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。 口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。 ――「光希、俺はお前が好きだ。」 次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。

初恋ミントラヴァーズ

卯藤ローレン
BL
私立の中高一貫校に通う八坂シオンは、乗り物酔いの激しい体質だ。 飛行機もバスも船も人力車もダメ、時々通学で使う電車でも酔う。 ある朝、学校の最寄り駅でしゃがみこんでいた彼は金髪の男子生徒に助けられる。 眼鏡をぶん投げていたため気がつかなかったし何なら存在自体も知らなかったのだが、それは学校一モテる男子、上森藍央だった(らしい)。 知り合いになれば不思議なもので、それまで面識がなかったことが嘘のように急速に距離を縮めるふたり。 藍央の優しいところに惹かれるシオンだけれど、優しいからこそその本心が掴みきれなくて。 でも想いは勝手に加速して……。 彩り豊かな学校生活と夏休みのイベントを通して、恋心は芽生え、弾んで、時にじれる。 果たしてふたりは、恋人になれるのか――? /金髪顔整い×黒髪元気時々病弱/ じれたり悩んだりもするけれど、王道満載のウキウキハッピハッピハッピーBLです。 集まると『動物園』と称されるハイテンションな友人たちも登場して、基本騒がしい。 ◆毎日2回更新。11時と20時◆

処理中です...