レモンが好きだと言いたくて

蓮見 七月

文字の大きさ
45 / 45

エピローグ

しおりを挟む
 教室の窓を開けて思い切り伸びをする。春の陽気が窓から差して心地いい。人の居なくて寂し気な校庭。その周りには桜が謙虚に咲いている。

「なにボーっとしちゃってるの? ハヤト」
 自分の左肩に手が乗った。手の持ち主、声の主は同じクラスの恋人だ。
「いや。意外となんとかなったなって」
 後ろを見ずに返答した。今日のレイはどんな服装だったっけ。

「転校して1カ月か。ホント、なんとかなったよね」
 振り返ってレイを見る。今日は男性の顔に女性の格好。細くて鋭い眉毛の下は白黒のボーダーと黒いスキニー。薄手の緑色のコートを羽織っている。
「うん。レイと一緒にここに居られて良かったよ」
 振り向くと同時に、置き場を失ったレイの右手を両手でつかむ。意味もなく手を上下に振ってみた。

「2人とも、今日もイチャイチャしてますね」
 放課後になると高校生は騒ぎ出す。それなのに聞こえる、良く通る声だった。
 見学の時に話しかけてくれた女の子。圭吾と同じあだ名のゴスロリ女子。
 今日はツインテールに薄いピンクのワンピース。もちろんフリルたっぷりだ。

 奇抜だがこの高校では変に見られる事は無い。俺がレイの右手を持つ今の状況も同じことで、平然と受け入れられている。
「ちょっとケイちゃん。どこに行っちゃったの?」
 教室に入って来て戸惑いの声を上げたのは鈴木アイリさんだった。ケイちゃんと一緒に話しかけてくれた女の子。
 出会った時は委員長風だと思ったが、意外と抜けていることが最近分かった。

「あっ、いたいた。ねぇ、レイちゃん今日のピアノ素敵だったよ」
 ケイちゃんと呼びつつ、こちらに来てからはレイに話す。なんとも読めない人物だった。
「ありがとう。なんか皆の前だと気軽に弾けたよ」
 音楽の授業でレイはピアノを披露していた。両手の指を器用に使って音を奏でる。できない自分からすると凄いとしか表現できない。
 ただ、好きなように演奏していた様子は分かる。自由を尊ぶ校風のおかげだろう。

「そうだ、今日は4人でカラオケに行きましょう」
 両手を合わせながらアイリさんはそう言った。
「いいわ。行きましょう。そっちのカップルはどうするの?」
 ケイちゃんは突然の誘いに難なく答えた。きっと普段からアイリさんの無茶ぶりに答えているのだろう。

「ぼくたちも行こうよ。今日は気分も良いし、天気だっていいんだから」
 レイが言うと、ちょうど窓から風が入った。4人の髪を優しく揺らして吹き抜ける。春の風は暖かい。
「じゃあそっちは先に行っててよ。こっちはちょっと話してから行く」
「勇人くんがそう言うなら行きましょうか」
 アイリさんはすぐにケイちゃんの手を取った。スキップでもする様に足早に教室を出る。思い立ったら即行動。新しい友人の興味深い特徴だ。

「なに? 話って。まぁ、話ならぼくからもあるんだけど」
「じゃあ、そっちからでいいよ。お互い悪い話じゃなさそうだ」
 良い知らせか悪い知らせか、表情を見ると分かるようになってきた。
 右手を出してレイに先に話してもらう。

「今日LINEが来てたんだ」
 少しもったいぶる言い方だった。
「だれから?」
 こういう時は面倒がらずに乗る事だ。
「なんと井出さんと山田さんから」
 2人は修学旅行で一緒に回った友達だ。ギャルの井出さんと控えめな山田さん。修学旅行以来、特に交流は無かったはずだ。

「意外だな。なんて連絡?」
「こんど山田さんにメイクを教えるから、一緒にどう? だってさ」
「山田さんからは?」
「同じタイミングでお誘いのLINEが来たんだ。メイク教えてくださいって、丁寧な文章でさ」
 恐らく示し合わせて連絡をくれたのだろう。井出さんの軽いノリとそれに勇気を出して乗っかる山田さん。想像に難くない。
「ぼくたち、忘れられてないんだね」
 飛び出す様に一宮高校を辞めてしまった代償に忘れられていても仕方がない。自分も心のどこかでそう思っていた。でも関係は切れていない。

「よかったよ。なんか。転校した結果が想像より悪くなくて」
 もちろんこの後、悪くなる可能性だって残っている。ただ今は悪くない。それだけだ。
「こっちは手紙なんだ。丁寧に封筒に入ってる」
 机の中から取り出した白い封筒。赤いロウに似たシールは一度剥がしてしまっている。

「もしかして、大場君たちから?」
「正解。書いたのは圭吾だけどね」
 改めて手紙を出してみる。オーソドックスな便箋に圭吾らしい角張った文字。冒頭にはしっかり時候の挨拶が添えられている。

「なんて書いてあったの?」
「普通の事だよ。元気かとか。こっちは元気だとか」
「なんかお父さんみたいだね」
 右の頬を人差し指で掻きながらレイが言う。

「面白いのはこっからだよ。圭吾とアオイちゃんは順調だってさ」
「おぉ。素敵じゃない」
「しかもこの手紙は3人集まって書いてるらしい。書くのは圭吾が押し付けられたんだな」
「想像できるなぁ。それ」
 言った後レイが口を開けて大きく笑う。

「シュンは相変わらず女子と遊びまくってるらしい。圭吾が心配してるって」
「変わってないなぁ。3人とも」
 たかだか3カ月ほど前なのに昔の話の様な気がしてきた。

「ちょっと見せて」
「あっ」
 細くて長い指で、手元の手紙はさらわれた。
「追記、シュンです。ハヤトが浮気でもしたら俺が相談に乗ります。大平くんは大船に乗った気でいるように……。だってさ」
 内容を知っていたとはいえ、改めて聞くと、とんでもない。

「浮気なんてしないよ。第一、なんで浮気の相談を浮気のプロみたいなシュンにするんだよ」
 右手を額に当てながら言い返す。もちろん冗談だ。シュンなりのジョークでもある。元気な証拠だ。
「ふーん。どうかな。メイドさんとかに付いて行かないでよ?」
 左手の人差し指で俺の頬がつつかれた。

「わ、分かってるよ。もう行こう。あっちのカップルが待ってるよ」
 そう言ってもう一度、手を握る。
 
 このまま教室を歩いても、だれも変だと思わない。
 俺たちの選択は正しかったのか。それは誰にも分からない。でも正解の無い、曖昧な状態を繰り返す。そうする事しかできないのだろう。
 
 ただ今は堂々と手を繋いで道を歩ける。この状況があるだけだ。
「なに歌おうかな?」
 名前も性別も、ファッションだって曖昧な、レイと一緒に今を生きてる。正解の無い障壁にぶつかったら、きっとまた2人で考える。
 これでいい。人間は曖昧でもきっといい。
 俺はこの曖昧な今と恋人の放つレモンの香りが大好きだ。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

愛おしい、君との週末配信☆。.:*・゜

立坂雪花
BL
羽月優心(はづきゆうしん)が ビーズで妹のヘアゴムを作っていた時 いつの間にかクラスメイトたちの 配信する動画に映りこんでいて 「誰このエンジェル?」と周りで 話題になっていた。 そして優心は 一方的に嫌っている 永瀬翔(ながせかける)を 含むグループとなぜか一緒に 動画配信をすることに。 ✩.*˚ 「だって、ほんの一瞬映っただけなのに優心様のことが話題になったんだぜ」 「そうそう、それに今年中に『チャンネル登録一万いかないと解散します』ってこないだ勢いで言っちゃったし……だからお願いします!」  そんな事情は僕には関係ないし、知らない。なんて思っていたのに――。 見た目エンジェル 強気受け 羽月優心(はづきゆうしん) 高校二年生。見た目ふわふわエンジェルでとても可愛らしい。だけど口が悪い。溺愛している妹たちに対しては信じられないほどに優しい。手芸大好き。大好きな妹たちの推しが永瀬なので、嫉妬して永瀬のことを嫌いだと思っていた。だけどやがて――。 × イケメンスパダリ地方アイドル 溺愛攻め 永瀬翔(ながせかける) 優心のクラスメイト。地方在住しながらモデルや俳優、動画配信もしている完璧イケメン。優心に想いをひっそり寄せている。優心と一緒にいる時間が好き。前向きな言動多いけれど実は内気な一面も。 恋をして、ありがとうが溢れてくるお話です🌸 *** お読みくださりありがとうございます 可愛い両片思いのお話です✨ 表紙イラストは ミカスケさまのフリーイラストを お借りいたしました ✨更新追ってくださりありがとうございました クリスマス完結間に合いました🎅🎄

勘違いラブレター

ぽぽ
BL
穏やかな先輩×シスコン後輩 重度のシスコンである創は妹の想い人を知ってしまった。おまけに相手は部活の先輩。二人を引き離そうとしたが、何故か自分が先輩と付き合うことに? ━━━━━━━━━━━━━ 主人公ちょいヤバです。妹の事しか頭に無いですが、先輩も創の事しか頭に無いです。

坂木兄弟が家にやってきました。

風見鶏ーKazamidoriー
BL
父子家庭のマイホームに暮らす|鷹野《たかの》|楓《かえで》は家事をこなす高校生。ある日、父の再婚話が持ちあがり相手の家族とひとつ屋根のしたで生活することに、再婚相手には年の近い息子たちがいた。 ふてぶてしい兄弟に楓は手を焼きながら、しだいに惹かれていく。

寡黙な剣道部の幼馴染

Gemini
BL
【完結】恩師の訃報に八年ぶりに帰郷した智(さとし)は幼馴染の有馬(ありま)と再会する。相変わらず寡黙て静かな有馬が智の勤める大学の学生だと知り、だんだんとその距離は縮まっていき……

箱入りオメガの受難

おもちDX
BL
社会人の瑠璃は突然の発情期を知らないアルファの男と過ごしてしまう。記憶にないが瑠璃は大学生の地味系男子、琥珀と致してしまったらしい。 元の生活に戻ろうとするも、琥珀はストーカーのように付きまといだし、なぜか瑠璃はだんだん絆されていってしまう。 ある日瑠璃は、発情期を見知らぬイケメンと過ごす夢を見て混乱に陥る。これはあの日の記憶?知らない相手は誰? 不器用なアルファとオメガのドタバタ勘違いラブストーリー。 現代オメガバース ※R要素は限りなく薄いです。 この作品は『KADOKAWA×pixiv ノベル大賞2024』の「BL部門」お題イラストから着想し、創作したものです。ありがたいことに、グローバルコミック賞をいただきました。 https://www.pixiv.net/novel/contest/kadokawapixivnovel24

地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛

中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。 誰の心にも触れたくない。 無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。 その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。 明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、 偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。 無機質な顔の奥に隠れていたのは、 誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。 気づいてしまったから、もう目を逸らせない。 知りたくなったから、もう引き返せない。 すれ違いと無関心、 優しさと孤独、 微かな笑顔と、隠された心。 これは、 触れれば壊れそうな彼に、 それでも手を伸ばしてしまった、 不器用な男たちの恋のはなし。

初恋ミントラヴァーズ

卯藤ローレン
BL
私立の中高一貫校に通う八坂シオンは、乗り物酔いの激しい体質だ。 飛行機もバスも船も人力車もダメ、時々通学で使う電車でも酔う。 ある朝、学校の最寄り駅でしゃがみこんでいた彼は金髪の男子生徒に助けられる。 眼鏡をぶん投げていたため気がつかなかったし何なら存在自体も知らなかったのだが、それは学校一モテる男子、上森藍央だった(らしい)。 知り合いになれば不思議なもので、それまで面識がなかったことが嘘のように急速に距離を縮めるふたり。 藍央の優しいところに惹かれるシオンだけれど、優しいからこそその本心が掴みきれなくて。 でも想いは勝手に加速して……。 彩り豊かな学校生活と夏休みのイベントを通して、恋心は芽生え、弾んで、時にじれる。 果たしてふたりは、恋人になれるのか――? /金髪顔整い×黒髪元気時々病弱/ じれたり悩んだりもするけれど、王道満載のウキウキハッピハッピハッピーBLです。 集まると『動物園』と称されるハイテンションな友人たちも登場して、基本騒がしい。 ◆毎日2回更新。11時と20時◆

三ヶ月だけの恋人

perari
BL
仁野(にの)は人違いで殴ってしまった。 殴った相手は――学年の先輩で、学内で知らぬ者はいない医学部の天才。 しかも、ずっと密かに想いを寄せていた松田(まつだ)先輩だった。 罪悪感にかられた仁野は、謝罪の気持ちとして松田の提案を受け入れた。 それは「三ヶ月だけ恋人として付き合う」という、まさかの提案だった――。

処理中です...