エレメンタル・アカデミア 〜星詠みの教室〜

佐那ともたろう

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第1巻 覚醒する異能

迫りくる脅威

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## エレメンタル・アカデミア ~星詠みの教室~
### 覚醒する異能
#### 第十章:迫りくる脅威

禁書庫の奥深く、重厚な扉が開かれたその先は、学園の地下水路や禁書庫本棟とはまるで異なる空間だった。空気は冷たく澄んでおり、しかし同時に、僕の体内のオリジンと強く共鳴する、穏やかで、しかし底知れない波動が満ちていた。それは、学園の地下エネルギー特異点そのものが、この場所にあるかのような感覚だった。

漆黒の闇に吸い込まれるほど高い天井。壁際には、書架ではなく、巨大な結晶体のようなものが並んでいる。それらはかすかに光を放っており、空間全体に幻想的な輝きを与えていた。空間の中央には、巨大な、螺旋を描く構造物がそびえ立ち、その頂点に、月光を閉じ込めたかのような、ぼんやりと輝く「鏡」が設置されているのが見えた。両親のノートに記されていた「魂の鏡」だろうか。

扉が閉まる音が、追っ手からの隔絶を告げた。一瞬の静寂が訪れる。シン教授のマナ奔流も、ネメシスの歪んだ波動も、扉の向こう側で止まったかのようだ。

「ここが…エリシア様が管理する区域…両親が最後に辿り着こうとした場所…」ユキが呟いた。彼女の顔色はまだ蒼白だが、この空間に満ちる波動に安堵しているように見えた。
「追っ手は一時的に食い止められたようだな。だが、この扉も長くは持たないだろう。シン教授とネメシス…どちらも厄介な相手だ。」レイが冷静に状況を分析する。彼の表情には、新たな未知の空間への探求心と、迫りくる危険への警戒が混じり合っていた。
「くそっ、助かったぜ!エリシア様って人が食い止めてくれたのか?すげーな!」ケンジが安堵のため息をついた。彼の顔には、激しい戦闘と脱出の疲労の色が濃く出ていた。

僕自身の体も、オリジンの一時的な制御と、扉を開けるためにユキと共鳴したことで、激しく消耗していた。体中の骨が軋み、筋肉が痙攣している。しかし、体内のオリジンの「響き」は、この空間に満ちる波動と共鳴し、穏やかな状態を保っていた。それは、学園の地下エネルギー特異点が、僕のオリジンの「故郷」のような場所であり、ここでならオリジンが安定しやすいことを示唆していた。

空間の中央、螺旋構造体の基部から、白いローブを纏った人影がゆっくりと歩み寄ってきた。その姿は、禁書庫本棟で僕たちを送り出してくれたエリシア様だ。彼女の纏うエネルギーは、この空間を満たす波動そのものであり、僕のオリジンに強く共鳴する。

「よく辿り着きましたね、オリジンを宿す者よ。」エリシア様は、かすれた、しかし威厳のある声で語りかけた。その瞳は、深く、夜空の色をしていた。

「エリシア様…ありがとうございます。僕たちを助けてくださったのですね。」僕は礼を述べた。
「当然のことです。君の両親は、私が守ると誓った存在。そして、君は、彼らが遺した最後の『希望』だから。」エリシア様は静かに微笑んだ。その微笑みは、長年の孤独と、そして深い悲しみを湛えていた。

彼女がユキに視線を向けた。

「そして…シラユキ。君も、ここまで辿り着いたのですね。」
「エリシア様…」ユキは、エリシア様の前で、どこか畏まっているように見えた。彼女の瞳に、深い尊敬と、そして過去への問いかけのような色が浮かぶ。
「君もまた…『無』から生まれた力を持つ者…私の、最後の…」エリシア様は再び言葉を詰まらせた。彼女とユキの間には、やはり想像以上に深い繋がりがある。ユキが以前言っていた「失いかけた希望」「私の故郷は…かつて禁断の力の暴走によって…」という言葉が、エリシア様の存在と結びつきそうだった。エリシア様は、ユキの祖先、あるいは何か根源的な存在なのだろうか。ユキの氷魔法がオリジンに近い性質を持つ理由も、エリシア様が持つ力と関係があるのだろう。

「両親は…この場所で、何を…?」僕は尋ねた。両親が命を懸けて辿り着こうとした場所。両親の最後の記録がある場所。

「君の両親は、この空間…オリジンという根源の力に最も近い場所で、その真実を追究していました。彼らはオリジンを、世界の破壊をもたらす『禁忌』ではなく、世界の『再誕』を促す『希望』として捉え…その不安定性を克服し、制御する方法を探求していた。」エリシア様は語った。「彼らは、オリジン制御の真の鍵は、技術ではなく、『魂の深淵』…オリジンを宿す者自身の内面にあることを突き止めた。」

「魂の深淵…」レイが呟いた。「やはり、両親のノートや禁書庫の文献にあった記述は、単なる比喩ではなかったのですね。」
「ええ。オリジンは、世界の理そのものと共鳴する力。それは、オリジンを宿す者自身の『魂』と共鳴する。魂が不安定であれば、力も不安定になる。魂が『願い』という確固たる核を持てば、力は安定し、導かれる。」エリシア様は僕を見た。「君が禁書庫本棟でオリジンを一時的に制御できたのは…君自身の『願い』を核としたからです。ネメシスに両親の希望を奪われてたまるかという拒絶、そして…両親がオリジンに託した希望、大切な人たちを守りたいという君自身の願い…そして、君を恐れるクラスメイトたちの恐怖を払拭したいという、君の強い思い…それらが、君の『魂の深淵』と向き合い、オリジンを導く核となった。」

マリアやタスクたちの恐怖が、僕のオリジン制御の原動力になったことを、エリシア様は見抜いていた。彼らの恐怖は、僕にとって逃げられない現実であり、オリジンを希望の力に変えるべき、最も個人的な、そして切実な課題だった。その恐怖を受け入れたことが、オリジンを制御する新たな、強固な「核」となったのだ。エリシア様の言葉は、僕自身のオリジン制御の苦闘の過程を正確に言い当てていた。

「君の両親は…オリジン制御の、魂の深淵との向き合い方の核心を、この螺旋構造体…『魂の導』、そしてその頂点にある『魂の鏡』に託しました。」エリシア様は螺旋構造体を指差した。「魂の導は、オリジンを宿す者の魂の軌跡…人生そのものを螺旋として示す。そして、魂の鏡は、オリジンを宿す者の魂の深淵…過去、現在、未来、そして願いを映し出す。」

魂の導…魂の鏡…。両親が最後に遺した記録は、この構造体、この鏡の中に隠されているのだろうか。

「君の両親は、ネメシスに追われながらも、最後の力を振り絞り…この魂の導と魂の鏡に、彼らの研究の全て、そしてオリジン制御の真実を記録しようとしました。それは、オリジンを『希望』として次世代に託すための、彼らの最後の願いでした。」エリシア様は悲しげに続けた。「しかし…彼らは、その記録を完成させる前に…ネメシスに襲撃された。」

両親の事故は、まさにこの場所で、彼らがオリジンの最後の記録を魂の導と魂の鏡に託そうとしていた時に起きたのだ。ネメシスは、両親の研究データ、そしてオリジンそのものを狙っていた。両親は、オリジンをネメシスに奪われないよう、そして未来に託すため、この場所に記録を隠そうとした。

「両親の最後の記録は…どこに…?」僕は尋ねた。
「魂の導のどこかに、断片として隠されているでしょう。そして、魂の鏡…それは、オリジンを宿す者の波動と共鳴することで、その断片を映し出す。君自身のオリジン…そして君の『願い』を込めるのです。」エリシア様が答えた。

その時、閉ざされた扉の向こう側から、鈍い破壊音が響いてきた。

「扉が破られる!急げ、ソラ!」レイが叫んだ。

僕たちは螺旋構造体、魂の導へと駆け寄った。構造体の表面は滑らかで、古代文字のようなものが刻まれている。僕の体内のオリジンが、構造体と共鳴して微かに輝き始める。

「ユキさん、力を貸してくれ。オリジンを…魂の導に…!」僕はユキに言った。
ユキは頷き、僕の隣に立った。彼女の手が僕の手に触れ、彼女のオリジンに近い氷の波動を僕のオリジンへと送り込む。二つのオリジンが共鳴し、安定した波動が魂の導へと流れ込む。

螺旋構造体が、僕たちのオリジンの波動に反応して輝き始めた。そして、構造体の表面に、ぼんやりとした映像が映し出される。それは、両親の姿だった。彼らはこの場所で、真剣な表情で作業をしていた。彼らの声が、空間に響き渡る。

『…記録を…魂の導に…』母の声だ。『オリジン制御の鍵は…魂の深淵…受け入れ…願い…核…』父の声も聞こえる。断片的だが、両親がオリジン制御の真の鍵をここに託そうとしていたことが分かる。

映像と声が途切れる。構造体の輝きも弱まる。まだ断片しか得られていない。

「全部じゃない…まだ、両親の最後の記録が…」
「シン教授とネメシスが来るぞ!時間がない!」ケンジが扉の方を警戒しながら叫んだ。

扉が、ついに破壊された。巨大な金属片が空間に散乱する。扉の向こう側から、シン教授と、ネメシスのメンバーたちが姿を現した。彼らの表情は、執念と、そして僕たちのオリジンへの強い欲望に歪んでいる。

「見つけたぞ、ソラ・ユズキ!オリジンは私の研究対象だ!」シン教授がマナ奔流を放ちながら叫んだ。彼の目は狂気に染まっており、もはや両親の研究仲間だった頃の面影はない。両親がオリジンに見た「希望」とは全く異なる、「歪んだ探求心」のために彼は動いている。
「オリジンは我々ネメシスが回収する。お前は不適格な器だ。」ネメシスのリーダーが、黒い大地魔法で僕たちへの道を塞ごうとする。彼の配下たちも、歪んだ魔法で攻撃を仕掛けてきた。

絶体絶命の状況だ。扉は破られ、逃げ場はない。シン教授とネメシスの両方から挟み撃ちにされている。僕の体は消耗しきっており、オリジンの一時的な制御も、いつ破綻するか分からない。

「ソラ!お前たちは両親の最後の記録を探せ!俺たちが時間を稼ぐ!」ケンジが炎を纏い、シン教授とネメシスの間に割って入ろうとする。
「無謀だ、ケンジ!だが…やるしかない!」レイが水の結界を展開し、僕たちを守ろうとする。
「ソラ君…!急いで…!」ユキが僕の腕を引っ張り、魂の導の中心へと促す。

僕たちは、ケンジとレイが作り出した隙間を縫って、魂の導の中心部にある、魂の鏡の真下まで辿り着いた。上を見上げると、鏡がぼんやりと輝いている。

「魂の鏡…ここに、両親の最後の記録が…!」

シン教授とネメシスの攻撃が激しくなる。ケンジとレイが、満身創痍になりながらも僕たちを守ろうと必死に戦っている。彼らの消耗は激しい。ユキも、僕のオリジンを安定させるために力を使い果たし、倒れそうだ。エリシア様は、魂の導の傍で静かに立ち尽くしており、僕たちを見守っている。彼女は直接戦闘には加わらないのだろうか。それとも、この場所を守るために、別の役割を担っているのか。

時間がない。僕が両親の最後の記録を手に入れなければ、彼らの犠牲も、仲間たちの努力も全て無駄になる。

「ソラ君…オリジンを…魂の鏡に…!」ユキが最後の力を振り絞って叫んだ。

僕は、自身のオリジンを、両親が遺した「希望」、そして「大切な人たちを守りたい」「彼らの恐怖を払拭したい」という僕自身の「願い」を核として収束させる。ユキのオリジンに近い氷の波動も、僕のオリジンと共鳴し、力を与えてくれる。

魂の導から立ち昇るオリジンの波動を、僕は魂の鏡へと向けた。僕自身の魂の深淵…両親との思い出、学園での孤独、仲間との絆、オリジンへの恐怖、制御したいという願い…それら全てを意識する。

魂の鏡が、僕のオリジンの波動に反応して強く輝き始めた。鏡の表面に、鮮明な映像が映し出される。それは、両親の姿だった。彼らは笑顔で、僕に語りかけている。

『ソラ…もし君が、この場所に辿り着けたなら…』母の声が響く。『君の中に眠るオリジンが…目覚めた証でしょう』
『オリジンは、世界の始まりの力…使い方次第で、世界を破壊する『禁忌』にも…世界を再誕させる『希望』にもなりうる』父の声だ。『その選択は…君自身にかかっている』
『オリジン制御の真の鍵は…魂の深淵…ソラ、君自身の心の中にあります』母は優しく微笑む。『過去の傷、孤独、恐怖…それら全てを受け入れ…君自身の『願い』を、オリジンの核とするのです』
『願い…それは、君が最も大切にしたいもの…君がこの力で守りたいと願うもの…』父は力強く語る。『その願いこそが、オリジンを導く光となる』
『私たちの研究は…オリジンを希望として、世界をより良くすることでした。その願いを…ソラ、君に託します』母の瞳に、強い希望の色が宿っている。
『ネメシスが…オリジンを狙っている…彼らは、支配のために…』父の表情が曇る。『ソラ、彼らにオリジンを奪われてはならない…両親が遺した希望を…守ってくれ…』
『オリジンは…君自身の魂…君の『願い』と共に、希望の光となることを信じています』母の言葉が、僕の心に深く響く。

映像が消え、鏡の輝きが収まった。両親の最後の記録。それは、オリジン制御の核心であり、僕への強い願いと、託された希望だった。オリジン制御は、技術や知識の問題ではなく、僕自身の魂と、願いの強さにかかっている。過去の傷や恐怖を否定するのではなく、受け入れ、それすらも力に変え、希望を願うこと。それが、オリジンを導く唯一の方法なのだ。

「ソラ君…!」ユキが僕の隣で倒れそうになった。彼女は限界だ。
「クソっ!いつまで持つか…!」ケンジの声が聞こえる。彼とレイは、シン教授とネメシスの攻撃を必死に凌いでいるが、もはや風前の灯だ。

両親の最後の記録を手に入れた。オリジン制御の真の鍵も知った。しかし、このままでは仲間が、そして僕自身が捕まってしまう。

「ソラ、脱出経路は無いのか!?」レイが叫んだ。

エリシア様が、ゆっくりと魂の導の傍に歩み寄ってきた。彼女は僕たちを見て、悲しげに、しかし力強く微笑んだ。

「出口は…一つだけあります。この魂の導の最深部…地下エネルギー特異点へと直結する道。そこは、世界の外…世界の理が曖昧になる領域…脱出には、オリジンの力が必要です。」
「世界の外…?」ケンジが驚く。
「学園や都市のシステムが及ばない領域…ネメシスやシン教授も、容易には追ってこれない…」レイが解析する。

しかし、エリシア様の表情に、何か決意の色が宿っている。

「エリシア様…まさか…」ユキが何かを察したように顔色を変えた。

「シラユキ…君は、古き時代…私の記憶を…受け継いだ者…」エリシア様はユキを見つめた。「私の力は、この禁書庫…そして魂の導を守るためのもの…私の存在そのものが、この場所と共鳴し、オリジンの奔流を安定させている。」

エリシア様は、この場所のオリジン…地下エネルギー特異点そのものと一体化した存在なのだろうか。

「この魂の導の最深部を開くには、私自身の力を解放する必要があります。それは、この場所と私の存在を…」エリシア様は言葉を切った。
「エリシア様!ダメです!」ユキが叫んだ。

「これが…君の両親が託した『希望』を未来に繋ぐ…最後の方法…」エリシア様は、穏やかに、しかし揺るぎない決意を込めて言った。「ソラ・ユズキ。君の両親が君に託した『希望』を、未来へ導くのです。君自身の『願い』を核として…」

エリシア様は、魂の導の最深部へと歩み寄った。彼女の体から、巨大なオリジンの波動が放出される。それは、僕のオリジンよりも遥かに強大で、安定した波動だった。魂の導全体が激しく輝き、構造体の最深部から、闇の奥へと続く通路が開かれた。

「脱出経路だ!行け、ソラ!」ケンジが叫ぶ。
「しかし、エリシア様が…!」僕はためらった。
「行くのです、ソラ君…!これは、エリシア様の…願い…!」ユキが僕の背中を押す。

シン教授とネメシスが、僕たちの動きに気づき、通路へ向かおうとする。

「オリジンを逃がすな!」
「エリシア!何をする気だ!」

エリシア様は、振り返らずに言った。「さあ、行きなさい。そして…両親が託した『希望』を…世界に示しなさい。」

僕たちは、開かれた通路へと飛び込んだ。ケンジ、レイ、ユキも僕に続く。通路の入り口で、僕は最後にエリシア様を見た。彼女は、魂の導と共に、眩いばかりのオリジンの光を放っていた。それは、僕たちの脱出を助けるために、彼女自身を犠牲にしているかのようだった。

「エリシア様…!」

通路の奥へと駆け込み、振り返る。開かれた通路の入り口が、光に満ちていく。その光が、シン教授とネメシスを弾き返したのが見えた。そして、通路の入り口が閉ざされ、光と共に全ての気配が消えた。

僕たちは、闇の中をひたすら走り続けた。通路は狭く、不規則な形状をしていた。それは人工的に作られた通路というよりは、世界と世界の境界線のような、奇妙な空間だった。空気は冷たく、そして、遠くから水が流れる音が聞こえる。地下水路網の下層に繋がっているのかもしれない。

どれくらいの時間が経っただろうか。通路の先から、微かな光が見えてきた。そして、新鮮な空気の匂い。

僕たちは、地面に這い出るようにして、外へと出た。

夜明け前の森の中だった。遠くで学園のサイレンが鳴り響いているのが聞こえるが、その音は遠く、僕たちのいる場所までは届かない。冷たい空気が肺を満たし、全身の力が抜けていく。

地面に倒れ込み、荒い息を繰り返す。ケンジもレイも、ユキも、皆消耗しきっていた。服は汚れ、体に傷もいくつかある。

「くそっ…なんとか…逃げ切ったのか…?」ケンジが倒れ込んだまま呟いた。
「エリシア様が…犠牲に…」ユキが悲しげに言った。エリシア様は、僕たちを逃がすために、自らの存在を地下エネルギー特異点の解放…あるいは安定化のために使ったのかもしれない。彼女の犠牲がなければ、僕たちは脱出できなかった。

レイがタブレット端末を取り出し、学園のネットワークにアクセスを試みる。

「学園のシステムが…混乱している…大規模なエネルギー変動を検知…禁書庫の地下エネルギー特異点が…一時的に開放されたようだ…」レイが解析結果を読み上げる。
「エリシア様が、本当に…」僕は胸が痛むのを感じた。

「そして…」レイの表情が険しくなった。「ネメシスが…学園のデータベースから、両親の研究データの一部を奪取した痕跡がある…禁書庫で、シン教授とネメシスは、僕たちのオリジンや両親の最後の記録を狙っていたが、エリシア様によって阻まれた。しかし、その隙に、彼らは学園のメインシステムに干渉し、バックアップされていた両親の研究データの一部を手に入れたのだ。特に…オリジンに関する初期の研究データが…」

ネメシスが、両親の研究データの一部を手に入れた。それは、オリジンを「支配」のために利用しようとする彼らにとって、大きな力となるだろう。両親が命を懸けて守ろうとしたものが、一部とはいえ彼らの手に渡ってしまった。両親の最後の記録は、魂の導と魂の鏡に託された僕たちの手にあるが、物理的な研究データは奪われた可能性がある。

「シン教授は…?」僕は尋ねた。
「シン教授も、禁書庫のエネルギー変動に巻き込まれたようだ。彼のマナ反応は感知できない。死んだ可能性もある…あるいは、地下深くのどこかに…」レイは分析を続けた。「ネメシスは…シン教授が排除されたことで、今後は直接的に、僕たちのオリジン、そして両親の最後の記録を狙ってくるだろう。学園での潜伏活動は困難になったはずだが…」

ネメシスの脅威が、より明確になった。彼らは両親のデータの一部を手に入れ、僕たちのオリジン、そして禁書庫奥で僕たちが手にした「両親の最後の記録」…オリジン制御の鍵を狙ってくる。学園は、地下の異変で混乱しているだろう。エリシア様は犠牲となった。シン教授も行方不明。僕たちは、学園という守られた場所を離れ、逃亡者となった。

そして、マリアやタスクといったクラスメイトたちの顔が脳裏をよぎる。彼らは僕を危険視している。僕のオリジンが制御できない「禁忌」だと恐れている。その恐怖を払拭したいという願いが、僕のオリジンを一時的に制御する核となった。しかし、学園全体を巻き込む今回の異変で、彼らの僕に対する恐怖はさらに増しただろう。僕と彼らの間にできた「壁」は、より厚くなったのかもしれない。彼らとの関係修復は、オリジンを完全に制御できるようになり、僕が希望の力であることを証明できた、ずっと先の未来になるのだろうか。今はただ、彼らを遠ざけることしかできない。彼らの安全のためにも、僕がオリジンを制御し、ネメシスから世界を守るしかない。それは、僕が両親から託された「希望」を現実のものとするための、避けられない道だ。

東の空が、白み始めている。夜明けが近い。

「どうする…?どこへ行く?」ケンジが尋ねた。

僕たちはアカデミアに戻ることはできない。シン教授の裏切り、ネメシスの存在、そして学園全体を巻き込んだ異変…僕たちは、学園にとっても、ネメシスにとっても、危険な存在となった。

両親の最後の記録、オリジン制御の鍵…それらを理解し、オリジンを完全に制御できるようになるには、時間がかかるだろう。そして、ネメシスはすぐに僕たちを追ってくるはずだ。

安全な場所…ネメシスに見つからず、僕がオリジンと向き合うことができる場所…

両親のノートに記されていた、両親の研究仲間…アヤノ・クロサワさんの名前が頭に浮かんだ。両親が信頼していた人物。両親の研究や、オリジンについても何か知っているかもしれない。そして、両親の事故の後、学園や関連組織から距離を置き、ひっそりと暮らしているという情報がある。彼女なら、僕たちを匿ってくれるかもしれない。そして、僕がオリジンを理解し、制御する手助けをしてくれるかもしれない。

「両親の…研究仲間…アヤノさんという人がいる。学園から離れた場所に住んでいるらしい…そこへ、行こう。」僕は言った。「両親の最後の記録を理解するために…そして、このオリジンを制御できるようになるために…」

ケンジとレイ、ユキは頷いた。彼らもまた、この旅を続ける覚悟を決めている。

「両親の最後の記録には…オリジン制御の鍵が記されているはずだ…そして…ネメシスの野望を阻止するヒントも…」レイが言った。
「よし、行こうぜ、ソラ!両親さんの願い、俺たちが必ず叶えてやる!」ケンジが力強く立ち上がった。
「エリシア様の犠牲を…無駄にはしません。」ユキが静かに言った。彼女の瞳に、新たな決意が宿っていた。

僕たちの物語は、まだ始まったばかりだ。学園という箱庭から、未知なる世界へと飛び出した。ネメシスという巨大な脅威が迫りくる。オリジンという禁断の力を制御するという、途方もない課題。両親が遺した「希望」を、現実のものとするための、長く険しい旅が始まる。シン教授の行方も気になる。彼が再び姿を現し、僕たちの脅威となる可能性も高い。

僕たちは、夜明け前の森の中を歩き出した。新しい章が始まる。世界の命運をかけた、本当の戦いが、今、この場所から始まるのだ。僕自身の覚醒の物語は、新たな局面を迎える。マリアやタスクら、僕を恐れるクラスメイトたちの顔が脳裏をよぎる。彼らの恐怖を払拭し、僕の力が希望であることを証明する。その誓いを胸に、僕は前へと進んだ。

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