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第4話 憧れのカタチ③
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階段と壁の隙間をようやく通り抜けてきた丹後さんと横並びに壁にもたれる。袋の中からたい焼きをひとつ取り出すと、彼はたい焼きをまじまじと見つめた。
「尻尾の方が焦げたりして、ちょっと不格好なんですけど……焦げたところ以外は、ちゃんとこちょうの味なので。袋に入れていたので、多少しんなりしてますが……」
「ありがとうございます」
短く言い切り、彼はぱくりと尻尾からかぶりついた。焦げなんて気にせず、ぱくぱくと四口ほどで平らげてしまう。そんな食べっぷりに、密かに心が浮き上がる。
失敗しても和泉さんは怒らないし、次だな! と励ましてくれる。しかし、こうして客に出せないたい焼きを量産してしまうのが情けなく、自分の夕食となってしまうのも何だか切なかった。それを、初めて人に食べてもらえたことが何だかすごく、嬉しい。
「和泉さんが本当にお上手すぎるので、その味を期待しているお客さんに出すにはあと一歩というところですが……美味しいたい焼きだと思います」
「あ、ありがとうございます……!」
まさか、褒め言葉までもらえるとは思わず、熱いものが込み上げてきそうになる。ぐっと歯を噛みしめながら、その奔流をどうにか胸のうちに抑えた。
「あの、よければもうひとついかがですか?」
「いただきます。最近、忙しい時間の合間によく練習されてますよね」
「ご存知だったんですか?」
「和泉さんの声が賑やかなので。独特の指導をするな、とつい耳を傾けていました」
丹後さんの『賑やか』はやはり嫌味なのかもしれない。と、確信に近付いてしまった気がした。
「説明の仕方はあれですけど、でも、ずっと熱心に教えてくれて本当にありがたいなって。和泉さんには言ってないんですけど、あんな風に焼けるようになったら、また少し自信が持てるかもって……勝手に憧れてるんです」
そこまで言って、はっと我に返る。
「ごめんなさい! つい自分の話ばかりしてしまって!」
「いえ……真昼くんにも、あなたのようなチャレンジ精神があればいいのに、と私もつい考えこんでしまいました」
「え?」
今の言葉は、まるで真昼くんにチャレンジ精神がない、と嘆くようだった。
でも、彼が警察に怒られることも厭わずに駅前で露店を開く豪胆さを私は知っている。そんな真昼くんと、丹後さんの語る真昼くんのイメージとは、あまりに差があった。
「彼が器用なことは知っています。面接の時に、彫刻作品をいろいろ見せてもらいましたから。なので基本は接客担当として採用しましたが、クレープもいつか作れるだろう、と期待してしまったんです。実際、接客はものすごく助かっています。私はこんな見た目なので、新規客には怖がられやすいのですが、真昼くんはああいう雰囲気なので客入りもよくなりました。ただ、クレープ作りだけは挑戦してみるよう促しても首を振るばかりで、あまり無理強いして辞めたくなってしまったら……と」
先ほどの溜息の理由は、おそらくこのことのようだ。
接客の話から伝わってくる真昼くんのイメージはまさに、私の知っている真昼くんの姿そのものだった。しかし、クレープ作りを拒む彼だけはどうもしっくり来ない。
それに、今日の開店前に真昼くんは言っていたはずだ。
──……店長みたいにはまだ全然。でも今、頑張って練習してるからさ!
確かに、彼は練習していると言っていた。まだ会って日は浅いけれど、あんな晴れやかな顔で嘘をつくとは思えない。
もし言葉通り受け取るとするなら、真昼くんはきっとクレープがうまく作れるよう練習をしているのだろう。てっきり、私と同じように店の中で実践を兼ねてやっているのかと思ったが、丹後さんの話ではそういうわけではないらしい。
となると……
「真昼くんは、もしかすると家かどこかでひとりで練習してるんじゃないでしょうか?」
「え?」
「彼、今日言ってたんです。頑張って練習してるって」
「そんなことは一言も聞いていないです。素直な子ですし、大学のどんな他愛ない話だろうと気軽に話してきて……あ、」
ふいに丹後さんが何かを思い出したように声を上げる。
「そういえば一度、手を火傷していた時がありました。理由を聞いても、その時だけはなぜか妙にはぐらかされてしまって……普段なら聞いてもいない話をいくらでも喋ってくるのに」
丹後さんの言葉に時折混じる呆れるような、しかし愛おしそうな言い草が、真昼くんの日常の光景をありありと思い浮かばせて笑ってしまう。
そうなると、やはりクレープ作りの練習を隠していることだけが、真昼くんという人物像をぼかしているようだった。
最初はただいかつい男の人だと思っていた丹後さんだったが、バイトの子のことで真剣に悩み、私の失敗作も認めてくれる、という人柄に少しずつ惹かれるものを感じていた。
──……店長が作ってるんだけど、あれ本当にすごいでしょ!
そう言った時の、まるで自分のことのように誇らしげだった真昼くんのことを思い出す。きっと真昼くんも、そんな丹後さんのことが大好きなのかもしれない。
「あの、私のただの推測なんですけど、そんなに悩む必要ないかもしれないですよ」
「何か、気付いたことでも?」
あまり表情は変わらないけれど、鋭い眼光の中にわずかに期待のような色が混じる。そんな彼を安心させるように力強く頷き返した。
「器用な真昼くんのことです。きっと、もうすぐですよ」
もうすぐ、という言葉を咀嚼するように丹後さんは繰り返す。
そして、たい焼きを焼く練習で頭がいっぱいになって忘れていた。
「真昼くんに六千円渡してない……!」
そんな叫び声が路地裏に響いたのだった。
「尻尾の方が焦げたりして、ちょっと不格好なんですけど……焦げたところ以外は、ちゃんとこちょうの味なので。袋に入れていたので、多少しんなりしてますが……」
「ありがとうございます」
短く言い切り、彼はぱくりと尻尾からかぶりついた。焦げなんて気にせず、ぱくぱくと四口ほどで平らげてしまう。そんな食べっぷりに、密かに心が浮き上がる。
失敗しても和泉さんは怒らないし、次だな! と励ましてくれる。しかし、こうして客に出せないたい焼きを量産してしまうのが情けなく、自分の夕食となってしまうのも何だか切なかった。それを、初めて人に食べてもらえたことが何だかすごく、嬉しい。
「和泉さんが本当にお上手すぎるので、その味を期待しているお客さんに出すにはあと一歩というところですが……美味しいたい焼きだと思います」
「あ、ありがとうございます……!」
まさか、褒め言葉までもらえるとは思わず、熱いものが込み上げてきそうになる。ぐっと歯を噛みしめながら、その奔流をどうにか胸のうちに抑えた。
「あの、よければもうひとついかがですか?」
「いただきます。最近、忙しい時間の合間によく練習されてますよね」
「ご存知だったんですか?」
「和泉さんの声が賑やかなので。独特の指導をするな、とつい耳を傾けていました」
丹後さんの『賑やか』はやはり嫌味なのかもしれない。と、確信に近付いてしまった気がした。
「説明の仕方はあれですけど、でも、ずっと熱心に教えてくれて本当にありがたいなって。和泉さんには言ってないんですけど、あんな風に焼けるようになったら、また少し自信が持てるかもって……勝手に憧れてるんです」
そこまで言って、はっと我に返る。
「ごめんなさい! つい自分の話ばかりしてしまって!」
「いえ……真昼くんにも、あなたのようなチャレンジ精神があればいいのに、と私もつい考えこんでしまいました」
「え?」
今の言葉は、まるで真昼くんにチャレンジ精神がない、と嘆くようだった。
でも、彼が警察に怒られることも厭わずに駅前で露店を開く豪胆さを私は知っている。そんな真昼くんと、丹後さんの語る真昼くんのイメージとは、あまりに差があった。
「彼が器用なことは知っています。面接の時に、彫刻作品をいろいろ見せてもらいましたから。なので基本は接客担当として採用しましたが、クレープもいつか作れるだろう、と期待してしまったんです。実際、接客はものすごく助かっています。私はこんな見た目なので、新規客には怖がられやすいのですが、真昼くんはああいう雰囲気なので客入りもよくなりました。ただ、クレープ作りだけは挑戦してみるよう促しても首を振るばかりで、あまり無理強いして辞めたくなってしまったら……と」
先ほどの溜息の理由は、おそらくこのことのようだ。
接客の話から伝わってくる真昼くんのイメージはまさに、私の知っている真昼くんの姿そのものだった。しかし、クレープ作りを拒む彼だけはどうもしっくり来ない。
それに、今日の開店前に真昼くんは言っていたはずだ。
──……店長みたいにはまだ全然。でも今、頑張って練習してるからさ!
確かに、彼は練習していると言っていた。まだ会って日は浅いけれど、あんな晴れやかな顔で嘘をつくとは思えない。
もし言葉通り受け取るとするなら、真昼くんはきっとクレープがうまく作れるよう練習をしているのだろう。てっきり、私と同じように店の中で実践を兼ねてやっているのかと思ったが、丹後さんの話ではそういうわけではないらしい。
となると……
「真昼くんは、もしかすると家かどこかでひとりで練習してるんじゃないでしょうか?」
「え?」
「彼、今日言ってたんです。頑張って練習してるって」
「そんなことは一言も聞いていないです。素直な子ですし、大学のどんな他愛ない話だろうと気軽に話してきて……あ、」
ふいに丹後さんが何かを思い出したように声を上げる。
「そういえば一度、手を火傷していた時がありました。理由を聞いても、その時だけはなぜか妙にはぐらかされてしまって……普段なら聞いてもいない話をいくらでも喋ってくるのに」
丹後さんの言葉に時折混じる呆れるような、しかし愛おしそうな言い草が、真昼くんの日常の光景をありありと思い浮かばせて笑ってしまう。
そうなると、やはりクレープ作りの練習を隠していることだけが、真昼くんという人物像をぼかしているようだった。
最初はただいかつい男の人だと思っていた丹後さんだったが、バイトの子のことで真剣に悩み、私の失敗作も認めてくれる、という人柄に少しずつ惹かれるものを感じていた。
──……店長が作ってるんだけど、あれ本当にすごいでしょ!
そう言った時の、まるで自分のことのように誇らしげだった真昼くんのことを思い出す。きっと真昼くんも、そんな丹後さんのことが大好きなのかもしれない。
「あの、私のただの推測なんですけど、そんなに悩む必要ないかもしれないですよ」
「何か、気付いたことでも?」
あまり表情は変わらないけれど、鋭い眼光の中にわずかに期待のような色が混じる。そんな彼を安心させるように力強く頷き返した。
「器用な真昼くんのことです。きっと、もうすぐですよ」
もうすぐ、という言葉を咀嚼するように丹後さんは繰り返す。
そして、たい焼きを焼く練習で頭がいっぱいになって忘れていた。
「真昼くんに六千円渡してない……!」
そんな叫び声が路地裏に響いたのだった。
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