1 / 1
568
しおりを挟む
信号待ちをしていると,丁度垂直方向から白い大きなつばの帽子を振り回しながら女性がこちらへ向かってきた。こんなのに飛びつかれたらひとたまりもない。
その女性は勢いを緩めぬままウチのすぐ横を通っていった。風がびゅんと吹いた。
「遅いなあ。」
「お前だって,今来たとこだろ。」
「ふふ、ばれたー?」
その女性と腕を組み、肩を並べて歩き始めた男性。ウチの脳内でなんだか見たことのある顔だと変換される、そんな男だった。
信号が青に変わると,ウチは彼等とは反対方向にペダルを踏み込む。ウチが向かうのは,笹野総合病院だ。
病院の中は,外のジリジリとした暑さとは裏腹に、ひんやりとしていて心地よかった。そして、ウチは迷うことなく568号室に向かう。
これまで何度この場所に通ったことだろう。ガラガラと戸をあけると、いつも通りあにきがそこに横になっていた。
「おう。」
あにきはそれでおしまいだ。いつもどこか言葉が少なくて,でもそれで足りてしまうような,そんなあにきだ。
名前は迅。ウチとは歳が10個離れている。そして、ウチが生まれた時にはもう病院生活が始まっていたことだけは,知っている。それ以外は、何にもだ。病名も詳しくは知らないし,いつ発病したのかもよく知らない。
ウチのかあさんはそれを今まで話そうとしてこなかったし,ウチも今更えぐる気は毛頭ない。ウチらは、前しか向く気はない。
そしてそのあにきを、親戚で日替わりで世話している。ウチのかあさんと、ウチと、それからかあさんの弟の新ちゃん、新ちゃんの奥さんのみっちゃん、そして二人の子供の海ちゃんと秋くんだ。土日はウチの父さんが来たり、適当にしている。
ウチは,あにきの洗濯物とか服とか、それくらいの雑用しかできない。大事なことは,大人がやる。それが当たり前で、ウチら子供が失敗することがないための大切な掟といっても過言ではなかった。
ウチは雑務を終えると,あにきのそばにある机に問題集を取り出した。
あにきの仕事はなんなの?そうやって聞かれたら,ウチはきっとこう答える。
「ウチの先生だよ!」
って。そういうことを聞くこは今まであったことがないけれども。
あにきは、ウチが中学生になる時に、ウチの勉強を見る決意をした。兄にとっては、結構一大決心だったようだが、ウチにその思いは届かないし、その重みも伝わらない。
「妹がアホなのは大変なことだ。俺がなんとかしないと、お前,社会の底辺になっちまうんだかんな。」
あにきはそういうことを言っても誰にも文句を言われないような秀才だからだ。あにきは病気の再発を繰り返し、学校に継続して通うことは叶わなかったが,周りに引けを取らないよう努力してきた。それは本当にすごいことだと思う。病気っていうハンデにも甘えず,常に自分を追い込んできた。
ウチには、それができない。どうしてもうまくいかない。でも、あにきはウチを諦めさせまいと頑張っている。だからウチも,高校受験を目標に、挫けるわけにはいかないのだ。
「そこの両辺を2倍して、①の式を③に代入して…。そうそう。そっから…。」
普段の会話とはまるで違くて、懇切丁寧に解説してくれる。だからウチはいつもより頑張れるのだ。
一通り勉強が終わると,ウチはあにきに紙を一枚渡した。
「今日ね、テストが返ってきたの。」
反応を唾を呑めずに期待する。あにきはウチの方を見ずにこう言った。
「頑張ったな,すごいな。」
「えっ。」
「すっとぼけた顔してどうしたんだよ。」
「え、だってあにきに褒められたから…。」
ウチは結構ガチで言った。そうすると,あにきははああっと、深く息を吐いた。
「オレはそんなに藍のことを褒めないのか。」
「ったりまえじゃん。」
あにきはちょっと笑った。
ウチはうちの子じゃないのかもしれない。そう思うのって、誰だってある。ウチみたいに、しっとり系ドラマに変な角度から感情移入しがちで、自分と作品の人物を重ね合わせてしまいがちなひと。特にそう。
そしてウチの場合は,ウチ以外が皆優秀だということを不意に訪れるタイミングで突然の如く知ってしまうこと。
その良い例が,ウチの従兄弟で同い年の海ちゃん。あいつはまた、学年で10本の指に入ったみたいだ。
「どうせ藍はまた悪かったんだろう。」
ウチはいつもそう言われる。親戚の中では特にいつも言われる。あー、海ちゃんはそんなに頭が良いの!凄いわねえ藍も頑張ってねえ。って言われる。
そしてやっぱり頭のいい男子には女の子がついてくるようだ。海ちゃんは顔もいいのもあったから、余計にだ。
今日も鳥羽さんに言われた。
「私ね,篠田くんに告白しようと思うの。」
鳥羽さんからはこの言葉を何回か聞いた。鳥羽さんは海ちゃん一筋で,何度か試みたが、いつもうまくいかずに誰かに取られてしまうことを常に恐れていた。
「頑張ってね。」
ウチは海ちゃんに鳥羽さんみたいな感情を抱いているわけではないけれど。ただでさえバレーのクラブで忙しいのに彼女ができてしまったらウチのあにきは…。そういうことを考えてしまう自分は恐ろしいと自分で悲しくなる。
学校を帰るのにウチはあの横断歩道を通らなくてはならない。あのカップルがいた、あの、だ。
でも、今日は少し違った。帽子の彼女はいなくて、でも受け身の「彼」はいつもの場所で待っていた。
「君はよく、ここを通るよね。」
中々素敵な顔立ちをしていた。突然話しかけられたにも関わらず,面食いなウチは少し立ち止まって会釈する。緊張の色が浮かんだ。
「帽子の彼女はどうされたんです。」
言ってしまってすぐに後悔した。人の事情に土足で踏み込んでしまった。瞬間,風が吹いた。
彼は少し頭をぼりぼりとかき、ウチをまっすぐ失望させた。端正な顔立ちの彼は,一瞬でポテトチップスに変身した。
「なんか悪いことしてしまったみたい。」
「…それを言いたいのは、ウチのほうです!よく人の事情に首を突っ込まないようにって注意されるのに…。またやっちまった。」
ウチは結構反省した。だから、彼の話しは殆ど頭に入ってなかった。
彼はクスクス笑って、それが何故かウチを安心させた。
「良いんだよ,気にしないで。そろそろ僕も帰った方がいいな。」
「本当にすみませんでした。」
ウチは思いっきり頭を下げた。すると、リュックから物がちょっと落ちてきた。彼さんは、大変だと言って一緒に拾ってくれた。
「キミはおっちょこちょいなんだね。」
あってまもないのに,自分のことをこんなにも簡単にまとめられるというのは,かなり嫌な気分だった。ましてや、ポテチなんかに。
その時、彼の拾う手が止まった。
「あ、大丈夫です、ウチが、」
すっくと立ち上がった彼さんは、ものを持ったままだった。
「キミ,大林迅くんの妹さん?」
ウチはキョトンとした。なんであにきの名前を知っているんだろう。あにきは学校も満足に通えなかったし,なんでも話せる友だちがいたというようには聞いていない。
「ああ、僕ね,菱田那由多っていうんだ。お兄さんに是非聞いてみてね。」
そう言って名刺を渡された。まるで、ウチがあにきの妹だってことを確信づいているみたいで,ストーカーみたいで,ちょっと嫌だった。
「あにき。」
「なに。」
あにきはパソコンで何やら真剣にうちこんでいた。
「この人,知ってる?」
ウチが貰った名刺を渡した。あにきはウチにわざわざパソコンの近くに置かせて,手を動かしながらみた。
「んっ、…。誰だかな。俺、あんま人の名前とか覚えてないんだよね。もし気になるなら、アルバムかなんかで、藍が探してくれない?」
うん、とウチは頷いた。どうせそんなこったろうと思っていた。あにきは狭いコミュニティで暮らしているのだ。
「ていうか、知らない人から名刺貰うなよ。何かあったらいけないから。」
「よく見る人で、ちょっと話しかけられたんだ。荷物を落としたら,拾ってくれて,それに名前が書いてあったみたいだよ。」
あにきはまるで無関心で、ふーんと言って,またパソコンのコミュニティに戻ってしまった。
ウチはかあさんにあにきのアルバムを出してもらって,一人一人探していくことにした。小学校一年生からずっと。小学校低学年の時は快活そうに笑っていたあにきは、高学年になると突然痩せたり,みんな夏服で写っているのにあにきだけ冬用の服だったりして、なんとなく寂しかった。菱田那由多、菱田、菱田…。ウチは大林だから、ちょっと離れた右側のページを探したりした。
でも段々,ウチは不安になってきた。菱田なんて,どこにもいない。ましてや那由多なんて、一ミリもいない。似た顔もいない。なんだか段々怖くなってきた。
○△カンパニー 菱田那由多
あなたは一体だれ。
ウチはいつもとは違う道を通るようになった。もしかしたら、あにきのストーカーなのかもしれない。ウチはテレビの見過ぎなのかもだった。でも、どうしても心配になって、自然と早歩きになってしまう自分がいた。
良いこともあった。仲良しのお友のあいらと一緒に帰る道になったからだ。少し遠回りだけど、あにきの命が狙われてると思い込んだウチは全然大丈夫だった。
あいらは、ウチに何も聞かず,今日も一緒に帰ろー!と言ってきてくれた。さすがウチのお友だ。どうせしょうもないことで悩んでんだろ,くらいに思っていたと思う。
いつものようにあいらと帰ったある日。
ウチの家の目の前に見覚えのある奴が立っていた。
ポテトチップスの野郎ではないか。ウチは咄嗟に木の影に身を隠した。
「君さあ。」
ひっ。ウチは突然しゃっくりがでた。びっくりしたのだ。でも、しゃっくりはウチが一番びっくりだった。
「ねえ、ちょっと。君は突然話しかけられるとしゃっくりが出る子なの。」
ウチは少々頭にきた。
「ちがいますひっ。…く。なんであなたのほうこそ、人の家に立ってるんひっ…ですか。交番すぐそこなんで,一緒にいきましょうか。」
ウチはしゃっくりが話している最中に出ないように早口で喋り続けた。
ポテチは、はああっとため息をついた。
「僕はただ、きみからも迅くんからも連絡が来ないから、弱目の記憶を頼りにきてみただけだよ。」
どうやらしゃっくりはとまったようだ。
「ウチもあにきもあなたのことは知らないんです。お願いですから怖いですから。あなたはだれなんですか。」
「だから僕は菱田那由多だって。」
「兄は人に興味がないんです。」
「きみはちゃんとさがしてくれたわけ、僕のこと。」
「あにきのアルバムは全部見ました。」
ポテチはまたため息。
「ほんとにわからないの。」
「嘘はつかない主義です。」
ポテチの瞳が哀しそうに太陽光を反射した。
「僕は迅くんとリハビリをしていたんだよ。笹野総合病院だよ。是非とも迅くんに会いたい。」
彼がどうしてもというから、ウチは家の庭で彼を一旦置いといて病院に行く準備を急遽した。今日は海ちゃんがいるから、行ったら事情を説明しなくてはならない。
彼いわく、あにきはとても仲が良かったそうだ。でも、それをあにきは覚えていない。それが現実。それも現実。
その女性は勢いを緩めぬままウチのすぐ横を通っていった。風がびゅんと吹いた。
「遅いなあ。」
「お前だって,今来たとこだろ。」
「ふふ、ばれたー?」
その女性と腕を組み、肩を並べて歩き始めた男性。ウチの脳内でなんだか見たことのある顔だと変換される、そんな男だった。
信号が青に変わると,ウチは彼等とは反対方向にペダルを踏み込む。ウチが向かうのは,笹野総合病院だ。
病院の中は,外のジリジリとした暑さとは裏腹に、ひんやりとしていて心地よかった。そして、ウチは迷うことなく568号室に向かう。
これまで何度この場所に通ったことだろう。ガラガラと戸をあけると、いつも通りあにきがそこに横になっていた。
「おう。」
あにきはそれでおしまいだ。いつもどこか言葉が少なくて,でもそれで足りてしまうような,そんなあにきだ。
名前は迅。ウチとは歳が10個離れている。そして、ウチが生まれた時にはもう病院生活が始まっていたことだけは,知っている。それ以外は、何にもだ。病名も詳しくは知らないし,いつ発病したのかもよく知らない。
ウチのかあさんはそれを今まで話そうとしてこなかったし,ウチも今更えぐる気は毛頭ない。ウチらは、前しか向く気はない。
そしてそのあにきを、親戚で日替わりで世話している。ウチのかあさんと、ウチと、それからかあさんの弟の新ちゃん、新ちゃんの奥さんのみっちゃん、そして二人の子供の海ちゃんと秋くんだ。土日はウチの父さんが来たり、適当にしている。
ウチは,あにきの洗濯物とか服とか、それくらいの雑用しかできない。大事なことは,大人がやる。それが当たり前で、ウチら子供が失敗することがないための大切な掟といっても過言ではなかった。
ウチは雑務を終えると,あにきのそばにある机に問題集を取り出した。
あにきの仕事はなんなの?そうやって聞かれたら,ウチはきっとこう答える。
「ウチの先生だよ!」
って。そういうことを聞くこは今まであったことがないけれども。
あにきは、ウチが中学生になる時に、ウチの勉強を見る決意をした。兄にとっては、結構一大決心だったようだが、ウチにその思いは届かないし、その重みも伝わらない。
「妹がアホなのは大変なことだ。俺がなんとかしないと、お前,社会の底辺になっちまうんだかんな。」
あにきはそういうことを言っても誰にも文句を言われないような秀才だからだ。あにきは病気の再発を繰り返し、学校に継続して通うことは叶わなかったが,周りに引けを取らないよう努力してきた。それは本当にすごいことだと思う。病気っていうハンデにも甘えず,常に自分を追い込んできた。
ウチには、それができない。どうしてもうまくいかない。でも、あにきはウチを諦めさせまいと頑張っている。だからウチも,高校受験を目標に、挫けるわけにはいかないのだ。
「そこの両辺を2倍して、①の式を③に代入して…。そうそう。そっから…。」
普段の会話とはまるで違くて、懇切丁寧に解説してくれる。だからウチはいつもより頑張れるのだ。
一通り勉強が終わると,ウチはあにきに紙を一枚渡した。
「今日ね、テストが返ってきたの。」
反応を唾を呑めずに期待する。あにきはウチの方を見ずにこう言った。
「頑張ったな,すごいな。」
「えっ。」
「すっとぼけた顔してどうしたんだよ。」
「え、だってあにきに褒められたから…。」
ウチは結構ガチで言った。そうすると,あにきははああっと、深く息を吐いた。
「オレはそんなに藍のことを褒めないのか。」
「ったりまえじゃん。」
あにきはちょっと笑った。
ウチはうちの子じゃないのかもしれない。そう思うのって、誰だってある。ウチみたいに、しっとり系ドラマに変な角度から感情移入しがちで、自分と作品の人物を重ね合わせてしまいがちなひと。特にそう。
そしてウチの場合は,ウチ以外が皆優秀だということを不意に訪れるタイミングで突然の如く知ってしまうこと。
その良い例が,ウチの従兄弟で同い年の海ちゃん。あいつはまた、学年で10本の指に入ったみたいだ。
「どうせ藍はまた悪かったんだろう。」
ウチはいつもそう言われる。親戚の中では特にいつも言われる。あー、海ちゃんはそんなに頭が良いの!凄いわねえ藍も頑張ってねえ。って言われる。
そしてやっぱり頭のいい男子には女の子がついてくるようだ。海ちゃんは顔もいいのもあったから、余計にだ。
今日も鳥羽さんに言われた。
「私ね,篠田くんに告白しようと思うの。」
鳥羽さんからはこの言葉を何回か聞いた。鳥羽さんは海ちゃん一筋で,何度か試みたが、いつもうまくいかずに誰かに取られてしまうことを常に恐れていた。
「頑張ってね。」
ウチは海ちゃんに鳥羽さんみたいな感情を抱いているわけではないけれど。ただでさえバレーのクラブで忙しいのに彼女ができてしまったらウチのあにきは…。そういうことを考えてしまう自分は恐ろしいと自分で悲しくなる。
学校を帰るのにウチはあの横断歩道を通らなくてはならない。あのカップルがいた、あの、だ。
でも、今日は少し違った。帽子の彼女はいなくて、でも受け身の「彼」はいつもの場所で待っていた。
「君はよく、ここを通るよね。」
中々素敵な顔立ちをしていた。突然話しかけられたにも関わらず,面食いなウチは少し立ち止まって会釈する。緊張の色が浮かんだ。
「帽子の彼女はどうされたんです。」
言ってしまってすぐに後悔した。人の事情に土足で踏み込んでしまった。瞬間,風が吹いた。
彼は少し頭をぼりぼりとかき、ウチをまっすぐ失望させた。端正な顔立ちの彼は,一瞬でポテトチップスに変身した。
「なんか悪いことしてしまったみたい。」
「…それを言いたいのは、ウチのほうです!よく人の事情に首を突っ込まないようにって注意されるのに…。またやっちまった。」
ウチは結構反省した。だから、彼の話しは殆ど頭に入ってなかった。
彼はクスクス笑って、それが何故かウチを安心させた。
「良いんだよ,気にしないで。そろそろ僕も帰った方がいいな。」
「本当にすみませんでした。」
ウチは思いっきり頭を下げた。すると、リュックから物がちょっと落ちてきた。彼さんは、大変だと言って一緒に拾ってくれた。
「キミはおっちょこちょいなんだね。」
あってまもないのに,自分のことをこんなにも簡単にまとめられるというのは,かなり嫌な気分だった。ましてや、ポテチなんかに。
その時、彼の拾う手が止まった。
「あ、大丈夫です、ウチが、」
すっくと立ち上がった彼さんは、ものを持ったままだった。
「キミ,大林迅くんの妹さん?」
ウチはキョトンとした。なんであにきの名前を知っているんだろう。あにきは学校も満足に通えなかったし,なんでも話せる友だちがいたというようには聞いていない。
「ああ、僕ね,菱田那由多っていうんだ。お兄さんに是非聞いてみてね。」
そう言って名刺を渡された。まるで、ウチがあにきの妹だってことを確信づいているみたいで,ストーカーみたいで,ちょっと嫌だった。
「あにき。」
「なに。」
あにきはパソコンで何やら真剣にうちこんでいた。
「この人,知ってる?」
ウチが貰った名刺を渡した。あにきはウチにわざわざパソコンの近くに置かせて,手を動かしながらみた。
「んっ、…。誰だかな。俺、あんま人の名前とか覚えてないんだよね。もし気になるなら、アルバムかなんかで、藍が探してくれない?」
うん、とウチは頷いた。どうせそんなこったろうと思っていた。あにきは狭いコミュニティで暮らしているのだ。
「ていうか、知らない人から名刺貰うなよ。何かあったらいけないから。」
「よく見る人で、ちょっと話しかけられたんだ。荷物を落としたら,拾ってくれて,それに名前が書いてあったみたいだよ。」
あにきはまるで無関心で、ふーんと言って,またパソコンのコミュニティに戻ってしまった。
ウチはかあさんにあにきのアルバムを出してもらって,一人一人探していくことにした。小学校一年生からずっと。小学校低学年の時は快活そうに笑っていたあにきは、高学年になると突然痩せたり,みんな夏服で写っているのにあにきだけ冬用の服だったりして、なんとなく寂しかった。菱田那由多、菱田、菱田…。ウチは大林だから、ちょっと離れた右側のページを探したりした。
でも段々,ウチは不安になってきた。菱田なんて,どこにもいない。ましてや那由多なんて、一ミリもいない。似た顔もいない。なんだか段々怖くなってきた。
○△カンパニー 菱田那由多
あなたは一体だれ。
ウチはいつもとは違う道を通るようになった。もしかしたら、あにきのストーカーなのかもしれない。ウチはテレビの見過ぎなのかもだった。でも、どうしても心配になって、自然と早歩きになってしまう自分がいた。
良いこともあった。仲良しのお友のあいらと一緒に帰る道になったからだ。少し遠回りだけど、あにきの命が狙われてると思い込んだウチは全然大丈夫だった。
あいらは、ウチに何も聞かず,今日も一緒に帰ろー!と言ってきてくれた。さすがウチのお友だ。どうせしょうもないことで悩んでんだろ,くらいに思っていたと思う。
いつものようにあいらと帰ったある日。
ウチの家の目の前に見覚えのある奴が立っていた。
ポテトチップスの野郎ではないか。ウチは咄嗟に木の影に身を隠した。
「君さあ。」
ひっ。ウチは突然しゃっくりがでた。びっくりしたのだ。でも、しゃっくりはウチが一番びっくりだった。
「ねえ、ちょっと。君は突然話しかけられるとしゃっくりが出る子なの。」
ウチは少々頭にきた。
「ちがいますひっ。…く。なんであなたのほうこそ、人の家に立ってるんひっ…ですか。交番すぐそこなんで,一緒にいきましょうか。」
ウチはしゃっくりが話している最中に出ないように早口で喋り続けた。
ポテチは、はああっとため息をついた。
「僕はただ、きみからも迅くんからも連絡が来ないから、弱目の記憶を頼りにきてみただけだよ。」
どうやらしゃっくりはとまったようだ。
「ウチもあにきもあなたのことは知らないんです。お願いですから怖いですから。あなたはだれなんですか。」
「だから僕は菱田那由多だって。」
「兄は人に興味がないんです。」
「きみはちゃんとさがしてくれたわけ、僕のこと。」
「あにきのアルバムは全部見ました。」
ポテチはまたため息。
「ほんとにわからないの。」
「嘘はつかない主義です。」
ポテチの瞳が哀しそうに太陽光を反射した。
「僕は迅くんとリハビリをしていたんだよ。笹野総合病院だよ。是非とも迅くんに会いたい。」
彼がどうしてもというから、ウチは家の庭で彼を一旦置いといて病院に行く準備を急遽した。今日は海ちゃんがいるから、行ったら事情を説明しなくてはならない。
彼いわく、あにきはとても仲が良かったそうだ。でも、それをあにきは覚えていない。それが現実。それも現実。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる