47 / 79
第3章
幕7 宴のはじまり
しおりを挟む× × ×
「そんなわけで今日の晩餐には、…あら、公爵夫人、…公爵夫人?」
アルドラ帝国、皇室主催の、皇女生誕祭の宴の片隅で。
帝国でも高位の序列に立つ貴婦人が、誰かを捜すように周囲を見渡した。
「どうされましたの?」
近くにいた貴婦人が、声をかける。
「レミントン公爵夫人のお姿が見えないのです」
「あら、どちらにいらっしゃったのかしら…」
別の婦人が困った様子で、着飾った貴族たちに溢れた辺りを見渡した。
「近く開催されるお茶会のことでお話を、と思ったのですけど…」
「休憩室へ向かわれるところを拝見しましたわ。すぐお戻りになられますわよ」
それよりも、と宴の会場を見渡し、また違う婦人が言って、我がことのように誇らしげな表情で扇で口元を隠した。
「なんといっても、今日の宴には、シューヤ商団のスイーツが並びますから」
「見逃すわけにはまいりませんわね」
子供が幾人かいるだろう婦人たちの目が、少女のようにキラキラ輝く。
「まさか、もう?」
「テーブルに並び始めておりますわ」
彼女たちは興奮気味に言葉を交わした。
「どうやら皇女殿下の御意向が反映されたようでして」
「本日、帝都内のお店が、臨時休業だったのはこのためだったのですね」
シューヤ商団の拠点は、各国にある。
ただあまり手広くやりすぎれば、末端まで目が行き届かず、そういったところから腐っていくものだ。
ゆえに、もっとも最初に名が広まった冒険者向けの食堂以外の店舗は、各国の主要都市にしか配置されていなかった。
いや―――――今では主要都市になった場所、というべきか。
そこが、たった数年前まではぞれぞれの国の中で、住む者など誰もいない荒れ果てた辺境に過ぎなかったことは、民の記憶にまだ新しいだろう。
そもそも冒険者が集まるところともなれば、それなりに魔獣が闊歩し、迷宮もある。
彼等の職はあれど安全とは程遠い危険な場所である。
ただ、シューヤ商団は、『あるもの』を開発した。
誰もが一度は考えたことがある道具―――――結界石を。
その想像を現実に変えたのは、シューヤ商団だけである。
なにせ、誰もが気にした。
魔術師協会の目を。
誰も協会を無視できない結果、開発を始めることすらなかったのだ。
無論、魔術師に頼めば解決する問題だったため、楽な方向へ流れた結果ともいえる。
金さえ払えば解決できたのだ。
では金がないものはどうしたか? 黙って自分なりの工夫でやり過ごすしかない。
もしくは国が提供してくれる、武力で守られた土地に住む他は選択肢がなかった。
持たない者は、先立つものも人材もないため、開発に着手など夢のまた夢だ。
シューヤ商団は魔術師協会を気にしなかった。
彼らが協会に頼らずとも済む能力を保有している以上、配慮するわけもない。
結界石すら魔人たちには必要なかったわけだが、誰が彼等の方針を決定したか―――――主たる男以外にいないだろうが―――――いずれにせよ世の中に『ソレ』は現れた。
むしろ、これは協会への挑戦かもしれない。
わざわざ魔術師を雇わずとも結界が維持される安全な場所が現実に出現したわけだ。
しかもその安全に対して、金を払う必要がない―――――とくれば、発展は決まったようなものだったろう。
シューヤ商団の冒険者向けの食堂は、はじまりはちっぽけだった。
しかし、人々のニーズに知らず応えた結果、瞬く間に発展を遂げていた。
少し目を離すとあっという間に成長している赤ん坊のようなものだ。
食事のレシピは、当時こそ目新しかったものの、今では各地で共有されており―――――理由ははっきりしないが、共有される流れがシューヤ商団側から提供されていた―――――どこでも手ごろな価格で手に入るため、そこそこの収益を上げる程度で収まっている。
ただ、オリジナルは確実にシューヤのみのものであり、そこでしか味わえないとなれば、完全に廃れることはないだろう。
そこに至って、シューヤ商団によくない思惑を抱いた者は、気付いたはずだ。
このように、ある程度の繁栄を、他者に無償で譲り渡した結果として、彼等は今やその地に住まう人々の生活に浸透した。
それは、簡単には引き抜かれない根をその地に張り巡らせたということ。
技術や知識の惜しげない提供がそのために狙ってなされたのなら―――――シューヤ商団は貴族の道楽や慈善事業のような、容易い相手ではない。
シューヤ商団が得たのは、手放した物以上の大きな見返りだ。
いくら彼等を邪魔に思ったとしても、何の策もなくただ追い出せる相手ではなくなったわけだ。
中でも最近、帝国で貴婦人たちの心を攫っているのは、スイーツ店。
それも、高級なものしか扱わず、ターゲットは明らかに貴族。
冒険者向けの食堂と比べれば、まったく雰囲気が異なるものだった。
フルコースを手づかみで食べる者が白い目で見られるように、ホットドックをナイフとフォークで食べるのは筋違いだ。
かと思えば、辺境へ行けばシューヤの役割は、全く異なった。
たとえば、西方に大陸の穀倉地帯と呼ばれる地域がある。
無論、各国はそれぞれ広大な農地を有しているが、天候の加減によっては輸入に頼らざるを得ない。
この場合にいつだって頼りにする地がその場所だ。
しかしその地も、魔物や魔獣の被害が相次ぎ、規模を縮小せざるを得なかった。
西方の地がそうであれば、各国もまた似たような状態なわけで。
そうなれば、生産量は減り、当然、価格は高騰、簡単には手に入れられなくなる。
そこに、シューヤ商団が噛んだ。
理由は、その地の穀物が欲しかったからだが。
商団の者がその地へ出向いたのち、収穫の時期が来た折に。
西方の穀倉地帯は、今ではかつての生産量を上回る数字を叩き出した。
結界石の無償提供を受け、魔物や魔獣の被害の心配をしなくて済むようになったのが大きな理由だろう。
天候にこそ多少左右されるものの、毎年、大陸全土に安定的な提供を続けている。
中でもシューヤ商団にはいいものを適正価格で、ただし、確実に回すという契約が交わされていると聞いていた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる