原初の魔女と雇われ閣下

野中

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第3章

幕27 持ち出し禁止

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レナルドが言えば、二人揃って嫌な顔をしてそっぽを向いた。
なかなか楽しい見世物になりそうだと思うが、どちらも死なせるには惜しい。

「まず、エメリア」
椅子から立ち上がりながら、レナルドは手短に告げる。


「どんな手を使ってでもいい。例の商品を、今すぐ壊せ」


「…なにそれ」
エメリアは琥珀の目を瞠った。レナルドを探るように見遣る。

「商品として売れるようにしたいんじゃなかったの」
「状況が変わった」

「なら、あたしにくれない?」


「なに?」



「使い道があるのよ」



レナルドは少し考えたが、首を横に振った。
「持ち出しも禁止だ」

宰相の望みはマルセルと同じだろう。
ならば彼の希望は、『商品』が跡形もなく消えること。


レナルドとて、アレを持ち続ける危険性は承知している。



もとからなかった。そういうことにしたほうがいい。



もし責任を問われることがあれば、そもそも、アレの正体を知らなかったと言い通せば済む話だった。
正直、端から受け取りたくはなかったのだが、宰相の御機嫌取りをするにはちょうど良かったのだ。


それに、どうせすぐ手放せると思っていた。


(―――――美しい子供を好む貴族などいくらでもいる)
そこで短い命を散らすだろう。確信すらしていたのに。




まさか、五年間、闇の内に潜み、手出しすらできない状況になるとは。




この魔女に渡せば、どのように使われるかわからない。
ただそれに対して、同情は湧かなかった。興味もない。



いずれにせよ、これ以上人目に付く可能性は、排除したいところだ。



「いらないんでしょう?」

エメリアは上目遣いにレナルドを見る。レナルドは目を細めた。
(なんだ?)


執着している? 魔女が? アレに?


ふと好奇心が湧いたが、魔女が素直に答えるはずがなかった。
恩を着せるのもいいかもしれないと思ったが、それは危険な橋だ。

レナルドが今の地位を失いたくないならば、宰相の意向に従うのが一番いい。

ならば、『商品』の存在を外に知られるわけにはいかなかった。連れ出されていいわけがない。



「出すぎだな」



レナルドは一瞬で迷いをエメリアの申し出ごと切り捨てた。
「所詮きさまは雇われ者だ。言うとおりにできないなら、これまでだな」

そうですかと出ていかれたらそれなりに困っていたところだが、さほど執着はなかったか、エメリアは、両手を顔の横に挙げる。
「はいはい、仰せのままに。報酬は上乗せしてくれるんでしょうね」

「ああ」
それで依頼をこなしてくれるなら文句はない。だが。


(一応、見張りはつけておくか)


この、冷淡な女が、一度は食い下がったのだ。妙な違和感があった。
「それから、ラン」

「ちょっと待った」

細い金の、魔力封じの首輪をはめた剣闘士は、さらりとコロッセオの支配人の言葉を遮る。
ここで腹を立てないのが、レナルドだ。どころか、


「なんだ」


嫌そうながらも、話を聞く姿勢をとる。
そこが、ただの貴族とは違った。

むろん、舐められてはよくない場面では窘める。
しかし、こういった、ある意味身内同士の話し合いの場では滅多なことでは下のものを咎めない。

何よりこの剣闘士は、当コロッセオでも五指に入る人気者だ。

黒髪。紺碧の瞳。褐色の肌。
日焼けというのではなく、生まれつきの肌色から、彼が流浪の民ルオルドであることは明白だ。

そして、ぎりぎりまで引き絞られた肉体。精悍な狼のような男。



「オーナーが今話してたのは、奴隷たちの地下牢にいる闇の話だろ」



レナルドは細めた目で、針のような視線をエメリアに向けた。
話したのか、と目で確認。

魔女は素知らぬ態度で肩を竦める。
「中に人がいるって言ってたけど、壊せって、…それごとって意味、」
言いながら、ランがエメリアを見た。
レオルドはすかさず口を挟む。



「忘れろ」



感情のない声に、ランが静かな目を向けてきた。
この剣闘士はお人よしではあるが、立場は弁えている。

表情を消し、深く長く息を吐いた後、
「わかりました」

冷静に、返事を返した。
納得はしていないだろうが、だからといって、返事をした以上、ランは今の話に対して動きを見せることはないだろう。


「それでいい。ところで、ラン。お前を呼んだ理由だが」


頭の痛い問題に、レナルドは低く告げる。
「今日の試合、わざと負けるのは無しだ。手加減するな。全力でやれ」
恫喝の表情で告げたというのに、ランは常の調子で軽く応じた。
「はいはい」
「…本当に分かっているんだろうな」

「はーい」
別にわざとじゃないし、という表情で、ラン。

実際、彼はわざと負けているわけではない。
手加減しているわけでもない。単に。


死に物狂いになって、全力を出さないだけだ。


―――――ソノ気にならないんだよ。

これが、ランの言い分だ。
「大概にしておけよ、ラン」

だがいつまでも、支配人としてそれを通すわけにはいかない。



「あまりに我儘がひどいと、追い出す必要が出てくる」



「ふうん」
他人事のように、ラン。どうしようかな、と考える態度。
まるで試すように尋ねる。




「本気ですか、オーナー?」




だとしても、特に困らないと言いたげな様子に、レナルドは目を細める。
黙って聞いていたエメリアも、おやと言いたげにランを見遣った。

ランが慌てた様子はない。
噂通りなら、コロッセオを追い出されたら困る立場のはずなのに、だ。
特にコロッセオから出ても問題はないように見える。
それとも。



自信が、あるのだろうか。魔族からの報復を、いなせる自信が。



二人の視線に不審を感じただろうに、表情一つ変えず、ランは両手を挙げた。
「分かりました。それは困るんで、ちゃんと全力出しますよ」

口でそう言いながら、その声にやる気は見えない。
レナルドの目から見ても、ランがどこまで本気か掴めなかった。ひとまず、


「死に物狂いでやらん態度が、他の剣闘士の癇に障るんだ」


叱るように言って、背もたれにもたれかかるレナルド。
「知ってますってぇ。よく突っかかられるんですよ、鬱陶しい」

観客から人気は高いランだが、剣闘士の間ではやたらと敵対視されていた。
である以上、コロッセオ内部での生活において、命がけのやり取りを幾度かしたことがあるという報告を受けている。


無論、私闘は厳禁だが、いくらでも抜け道はあった。抜け道がある理由は、ストレスには、ある程度のガス抜きが必要だからだ。


それをものともせずに、鼻歌交じりにランは日々を過ごしていた。
最近はさらにご機嫌に見える。

誰かと手紙のやり取りをしているふうでもなし、身内もいない男だが、客とは関係が良好なようだから、



(…女か?)



ふと、レナルドは思った。
報告では、よく会う女がいるようだ。いつだったか、剣闘士の一人が言っていた。



―――――赤毛の美人だった、と。



「女に、いいところを見せたくはないのか?」
レナルドが、挑発するように、言えば。

ふ、と―――――ランが真顔になった。
かつてない真剣な表情に、レナルドとエメリアが、虚を突かれた刹那。




「お、オーナー!」




支配人室の扉が、けたたましく開け放たれた。

入ってきたのは、子供の頃からレナルドにくっついていた古なじみの部下―――――気分的には子分―――――は、しかし、中に二人がいることに気付き、室内に一歩踏み込むと同時に怯んだ。そこに、
「ノックはしろと何度言えば覚えるんだ!」

子供にでも言う気分で怒鳴りつけたレナルドに、すんません、と頭を下げた男は、それでも外へ出るどころか言葉を続けた。

「聞いてください、偽名かと思ってたんですが、本物だったんです!!」
いきなり、何の話だ。

レナルドは顔をしかめ、じろりと男を睨みつける。
額には青筋が立っていた。


―――――レナルドを舐めているから、こんな態度なのだ。
引き締める必要があるか、と大きく息を吸い込むなり、








「オズヴァルト・ゼルキアンがVIP席にいます!!」








派手に咳き込んだ。











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