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日誌・131 元凶
しおりを挟む「ほ、本当に!?」
身を放し―――――かと思いきや、鼻がくっつくような間近で、恭也が尋ねてきた。
雪虎は思い切り面食らう。
今何か、恭也からそんな派手な反応を引き出すようなことがあっただろうか。
雪虎の困惑の視線と、恭也の驚きの視線がかち合う。とたん。
「あ」
今度こそ、恭也はパッと身を放す。顔を背けた。
その横顔を隠すように、手の甲でごしごしと顔をこする。気のせいか、耳が赤い。目を伏せた。
…以前も思ったが、妙に可愛い反応である。
ひとまず、雪虎は冷静にじっと見上げ―――――確信。
恭也に顔から、先ほどからちらついていた、狂気に近いものが消えていた。
雪虎は胸をなでおろす。
恭也の雰囲気が変わった。これなら、いきなり雪虎の手を振りほどいて、死体の山を築くことはしないだろう。
そう、確信したところで。
周囲の空気も変わったことに気付いた。
どう言えばいいだろうか…、前触れなく場に満ちた、この雰囲気を。
雪虎は胡乱な目になる。
まるで愛の告白でもあったかのような空気感だ。
今誰か、そんなことをしただろうか?
恭也の反応より、こちらの方が居たたまれない。
「うん、わかってるよ。トラさんの好きは親愛の情の『好き』だって」
雪虎の心を読んだか、恭也が早口に言う。
(…まさか周囲のこれは、さっきの『好き』に対する反応なのだろうか)
小学生かキサマら、と内心突っ込む雪虎。
いや、もちろん、恭也がそんな妙な誤解をしないのは理解している。
雪虎が気になるのは―――――周囲だ。即ち、呑気に高みの見物をしている魔女たち。
もちろん、彼女たちからすれば、呑気どころか切羽詰まった状況である。
だが、事態の中心に立った雪虎の言動が突き抜けていたので、もうどう反応すればいいのか分からなくなっている、というのが正解に近い。
元凶の雪虎は、魔女たちの視線をひたすら迷惑に感じていた。
魔女たちは、雪虎の存在をひたすら厄介に感じていた。
そんな、すれ違いに満ちた微妙な空気に、まったく気づかないただ一人が、さらに空気を読まない発言をぶっ放す。
「他の奴が言ったなら気持ち悪いな程度で終わるんだけど」
…気持ち悪い…なかなか、失礼な発言である。雪虎は自分の発言を撤回したくなった。
しかし、風見恭也とはこんな男だ。
嘘をつかれるより正直に言ってくれた方が、雪虎としても楽だったりする。
雪虎が気を持ち直した途端、恭也は恥ずかしそうに、発言をひっくり返した。
「でも、トラさんが言ってくれたとなると、その…嘘でも嬉しい…」
恭也の声が、自信なく揺れる。だがとても嬉しそうだ。にもかかわらず。
なんとなく雪虎はムカッと来る。
(なんだとこの野郎)
重ねて言うが、雪虎は嘘などつけない。言ったからには本気だ。
それを同情とか憐れみから出た言葉と思われるのは…と考えさしたところで、あ、と気づく。
思えば、恭也も周囲から排斥を受け続けた人間だ。もちろん、一方的にやられてばかりではなかったが、つまり、…だからこそ。
―――――自信がない。
その結果の台詞と思えば、雪虎の怒りはすぐ萎えた。
共感を持って、しみじみと、雪虎は恭也を見上げる。
彼の横顔は、奇跡のようにうつくしい。
なにやら照れている表情は、年相応だが、変に色気があって、危うかった。
雪虎がちょっと、妙な気持ちになった時。
ざわ、と空気が揺れた。
そう言えば、と雪虎は目を上げる。魔女たちはまだそこここにいるのだ。
何かを言っているようだが、やはり、外国語では雪虎の理解が及ばない。
顔をしかめた雪虎に何を思ったか、
「ああ、ごめんね、トラさん。うるさいよね」
周りを煩く飛び回る蠅でも始末してくる、と言わんばかりのノリで、恭也。
「ここまで来たんだから、きっちり潰していこう。ちょっとの間だけ、我慢して」
その様子を、一途な思春期の男子が、好きな女子の機嫌を取ろうとしているような態度―――――と例えるのは、純粋すぎるだろうか。
とにかくそんな、どこか不器用な可愛らしい態度で、言うことは本気で物騒なのだから、生じたギャップのひどい落差に、何を言われたのかすぐに理解が及ばず。
言葉の吟味に雪虎が黙り込んでいる間に、恭也は身軽に踵を返した。
直後、我に返った雪虎が、
「待て待て待て」
恭也の腕に、慌ててしがみつく。両手で縋りつく格好だ。
そうやって、全力でしがみつかなければ、止められないと思った。
「俺の用事は、」
どう言えば引き留められるだろう。考えながら口を開けば、
「ああ、魔女に話があるんだよね」
何かを思い出した態度で、恭也が雪虎を見下ろす。
とたん、照れたように視線を横へ流した。
そんな可愛らしい表情で、ご機嫌取りをするように、恭也。
「始末する前に、全員に聞いておく?」
それは、聞いた後、全員始末すると言っているか?
「違う、用事は済んだから。帰るぞ」
恭也の提案はそれなりに魅力があったが―――――始末する云々はともかく―――――オリビア以外の魔女を、そう簡単に信用できるとは思えなかった。
直に会って相手の性質を知るには、時間もない。
「彼女に、…聞けたの?」
オリビアの名前を出さなかったのは、恭也の配慮だろう。
魔女たち、と一口で言っても一枚岩のわけがない。
個々に、主義主張は違っているはず。
誰が味方で敵かもわからない中で、下手にオリビアの名を出せば、彼女の身に危険が降りかかるかもしれない。
それを、恭也は考慮したのだろうが。
雪虎と言えば、オリビアとの話はまだ途中だった。
だがここで、そんなことを言い出せば、恭也がまたどう出るか分からない。
ここはひとまず退散するのが利口だろう。
雪虎は大きく、一度、頷いた。
それで納得するかと思いきや。
「…そういえば、イザベラも一緒だったと思うんだけど」
いきなり、恭也の声が低くなる。
こちらはあっさり名前を出したから、彼がイザベラをどう思っているのかはよく分かった。
それにしたって、帰ろう、と誘うだけでは弱いのか。恭也は従う気配を見せない。
雪虎の腕を振り払いはしないが、それだけだ。
少しでも身を放せば、解き放たれた獣のように迅速に、彼にとっての邪魔者を処理するだろう。
そうさせないためには。
何を誰にどう提案すればいいのか。
何かないだろうか。何か、なに、か…? あ。
雪虎は、ちらと頭上を見遣った。
上階にいる魔女たちが、固唾を呑んで見守っているのが分かる。
そうだ、どうせなら、彼女たちに役に立ってもらおう。
「考えてみれば、これは一泊旅行だよな」
明るく言えば、たちまち、恭也の紺碧の瞳が瞠られた。
子供のように、素直に頷く。
「だよな? だったらさ」
半分本音、半分ダメもとで雪虎は言ってみた。
「俺この城に泊まってみたい」
刹那。
再び、深まる沈黙。
その中心で、にこりと微笑んだ雪虎の心中と言えば、やたら複雑だ。
もちろん、雪虎が口にしたからには、それは本音である。
城の中を見学したいのも本音。
こういう場所で一泊とかすごい贅沢なことを一度経験したいというのも、本音。
ただし。
こんな魔女たちが集う場所に居座る強い心臓は持っていない。
だから、断ってくれたらありがたい、というのも本音である。
まあ、どちらに転んでも、それなりに心の準備をするだけだ。
恭也も危機感が勝るのか、眉をひそめた。
「…ここに?」
その視線が、カミソリのように周囲を薙ぐ。品定めするかのように。
釘をさすように、すかさず雪虎は言った。
「だから、死体を量産するのはなしの方向で頼む。ここに泊まりたくても、死体ばっかの場所には泊まりたくない」
恭也に、道徳的なことを言っても、無駄だ。
雪虎は、これは嫌いだから、しないでほしい。これを好むから、こうしてほしい。
単純にそう言えば、恭也は存外、素直に従う傾向にあった。
「…仕方ないよね」
ふ、と恭也の身体から、今にも爆発しそうな妙な力の余韻が抜ける。
「トラさんが望むなら」
―――――雪虎は内心、ガッツポーズ。
ようやっと、恭也から望む答えを引き出せた。あとは、魔女次第。
だが、得られる答えは決まっているような、安堵に近い雰囲気が漂う中、雪虎は満面の笑みで顔を上げた。
「そんなわけで、一番いい部屋をお願いします」
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