150 / 197
日誌・149 鋼鉄のメンタル
しおりを挟む
× × ×
地元の駅の構内。
手持無沙汰の雪虎は、ぼんやりと視線を外へ向けた。
訪れた時はまだ暗かった外は、次第に明るくなってきている。
晴れやかな視界の中、出入り口に立ち並んだ銀杏が黄色くなって、地面に葉っぱを落としているのが分かった。
すっかり、秋だ。
日々、過ごしやすい気候になっている。朝晩は寒いほど。
(冬が来るのはあっという間だろうな)
考えながら、備え付けの椅子に、どっかと雪虎が腰を下ろせば、
「あ、ぼく、飲み物買ってきます」
何も言わないのに、一緒にいた高原幸恵の彼氏君がきりっと提案してくる。
雪虎の隣の椅子には、ハンカチに顔を埋めている幸恵がいた。
ぐずぐず鼻を鳴らして、泣いている。まだ泣き止む様子はない。
泣いている彼女から離れるのはどういうつもりだ、とも思うが。
感情の起伏が激しいのが幸恵である。
これならそろそろ泣き止む頃合いだということは、雪虎にも察することができた。
なにより、つい先ほどまではもっと、大泣きをしていた。
今はだいぶん回復しているほうだ。
腹に何か温かいものでも入れたらまたもう一段落、落ち着くだろう。
「そうだな。待ってる」
雪虎が頷けば、彼女をお願いします、と彼氏くんは離れていく。
それなりに、雪虎を信用してくれているということだろう。
今日は、お世話になった管理人さんが地元を離れ、息子さんのところへ出発する日だった。
約束通り、幸恵に連絡を入れて、一緒に見送りに来たのだ。それはいいが、思ったとおり、幸恵は耐えきれずに泣き出してしまった。
実のところ、雪虎には、こういうことで泣きだしてしまう人の気持ちは理解できない。
別離は寂しいが、死ぬわけではないのだ。別々の場所で生きる、それだけの話。たとえ二度と会うことができないとしても、…それだけの、話だ。
だから雪虎は、相手に涙ではなく、精いっぱいのエールを送ろうと思う。
別に、どちらが悪くてどちらがいい、と言いたいわけではない。単に個性だ。
だから、彼氏くんは幸恵を一生懸命慰めていたが。
雪虎は幸恵に何も言わない。黙って、一緒にいる。
なんにしたところで、今は平日の早朝。
あと数時間もすれば、仕事だ。
雪虎はいつものツナギ姿で、ぼんやり、帽子の下から電車の発車時刻を知らせる電光掲示板を見上げていた。
「トラさん」
不意に、ガラガラになった細い声で、鼻をぐずらせながら、幸恵が口を開く。
「あたし寂しい」
「おう」
「かなしい」
「おう」
憐れっぽい声で幸恵は続けた。
「だからトラさんもっとあたしと遊んで」
「俺は忙しい」
よしもう、大丈夫そうだ。
淡々と答えた雪虎の腕に、幸恵がいきなり横から縋ってきた。
「ええ、嘘、ちゃんと聞いてたの? なんで聞き流してないのっ? ノリで『おう』って言ってくれると思ってたのに!」
ちゃんと話を聞いていたのに文句を言われたのは、初めてだ。
うるうるしている幸恵を半眼で横目に見遣り、雪虎は至極真っ当なことを口にした。
「遊びたいなら、彼氏くんとどっか出かけなさい」
彼氏を放っておいて、他の男と二人きりで遊ぶのは外聞がよくない。窘めれば、
「じゃあじゃあ、一緒に行こうよ」
泣いて、まだ赤い目を、それでも元気に幸恵は輝かせた。
当然、何言ってんだ、と雪虎は呆れた目になる。
「お邪魔虫になれって?」
望んで針の筵に飛び込む趣味はない。とたん、幸恵はぶんぶん首を横に振った。
「違う違う、だからさ、トラさんの彼女さんとっ」
Wデートの提案らしい。だが、無理だ。
「俺に彼女はいない」
これは何度目の返事だろうか。
もはや慣れて、返事に言い淀むこともない。
本気で幸恵は信じていないのか、それとも知っていて言っているのか、はたまたただの挨拶か。
繰り返されすぎて、もはや雪虎では判別できない。
「またまたぁ」
そう、『また』だ。何度目になるか、幸恵はよく思い出すべきだと思う。
それとも一度口から出た言葉は、そのたびリセットされるのだろうか。聞いた言葉も。
「トラさんて女の人にもてるじゃない。それともなに、理想が高いの?」
そこは、理想が高いというより、『ない』。
諦めていると言い換えてもいい。それに。
(この体質が、子供に遺伝する可能性もゼロじゃないだろうし)
「もてるって、根拠は何なんだ?」
前から言われているが、何をもって、幸恵はそう判断しているのか。
「妹さんだよ、さやかさんっ。あのひと、トラさんのこと大好きだし。他にも、バイトくんでしょ、後輩さんでしょ」
男が混ざっているぞ。
それは聞き流し、すっかり忘れていたことを雪虎は思い出した。
「そう言えば、お嬢はお姫さんと会ったことがあったな」
雪虎が以前の年季の入ったアパートにいた頃も、時折さやかは里帰りしてきたものだ。
彼女がくるときは大概、祖母の家を解放するのだが、たまに日用品をとりにアパートへ揃っていくこともあった。その時に、確か。
「忘れてたっ!?」
幸恵は目を見開き、慌てて鞄からスマホを取り出す。
「あたし、さやかさんと今もメッセージやり取りしてるんだけど!」
ずいっと横から差し出されたのは、LI〇Eの画面だ。
日付などを見るに、頻繁にやり取りしているらしい。
「仲良しだな」
驚いた。
あのさやかとこれだけやり取りできるとは、…なかなか幸恵も侮れない。
「難しいやつだと思うが、これからも仲良くしてやってくれ」
真面目に言えば、幸恵は驚いたように大きな目を瞬かせた。
「うわあ、お兄ちゃん…じゃなくって。さやかさん本気できれいだから、いくら見ても飽きないし、知識も豊富だし、むしろこっちからよろしくって言うか」
照れくさそうに言って、ハンカチと共にスマホをしまいながら、幸恵は言葉を続ける。
「最初は冷たい人って思ったんだよ。なんかトラさんから遠ざけようとしてる気がして…でもそれはたぶん、お兄ちゃんを取られたくないって気持ちがあったんじゃないかな」
それが分かれば可愛い人なんだよね、と幸恵は笑う。
が、初対面の相手には吹雪のような対応をするさやかを前にして、こう言った感想を言えること自体が、彼女のメンタルの強さが鋼鉄のごときものだという証明だ。
いい子だな、と思う以前に、強い子だな、と雪虎は感心。
「トラさんも妹大切だよね。もしかしてー、年下好き?」
にやにや言った幸恵に、雪虎は渋面になった。
付き合う相手に年下?
「いや年齢が下すぎると、子供としか思えないし…第一な、体力がな…」
ついて行けない。
心底、実感を込めて呟いてしまう。
盆休み中に起こったことを思い出した。
脳裏をよぎったのは、丁寧ではあったが、結局、度を越した恭也との行為。
―――――全力をふり絞らないと立ち上がれない、なんて羽目に陥る朝は、一度経験すれば十分だ。
「どおいう意味ぃ?」
幸恵が、いたずらな猫めいた態度で、雪虎を肩で小突いてきた。
「知らなくていい」
「教えてよ、ケチ。…じゃ、トラさんは年上好きなのかな?」
「…………年上もな…」
つい、遠い目になる雪虎。
地元の駅の構内。
手持無沙汰の雪虎は、ぼんやりと視線を外へ向けた。
訪れた時はまだ暗かった外は、次第に明るくなってきている。
晴れやかな視界の中、出入り口に立ち並んだ銀杏が黄色くなって、地面に葉っぱを落としているのが分かった。
すっかり、秋だ。
日々、過ごしやすい気候になっている。朝晩は寒いほど。
(冬が来るのはあっという間だろうな)
考えながら、備え付けの椅子に、どっかと雪虎が腰を下ろせば、
「あ、ぼく、飲み物買ってきます」
何も言わないのに、一緒にいた高原幸恵の彼氏君がきりっと提案してくる。
雪虎の隣の椅子には、ハンカチに顔を埋めている幸恵がいた。
ぐずぐず鼻を鳴らして、泣いている。まだ泣き止む様子はない。
泣いている彼女から離れるのはどういうつもりだ、とも思うが。
感情の起伏が激しいのが幸恵である。
これならそろそろ泣き止む頃合いだということは、雪虎にも察することができた。
なにより、つい先ほどまではもっと、大泣きをしていた。
今はだいぶん回復しているほうだ。
腹に何か温かいものでも入れたらまたもう一段落、落ち着くだろう。
「そうだな。待ってる」
雪虎が頷けば、彼女をお願いします、と彼氏くんは離れていく。
それなりに、雪虎を信用してくれているということだろう。
今日は、お世話になった管理人さんが地元を離れ、息子さんのところへ出発する日だった。
約束通り、幸恵に連絡を入れて、一緒に見送りに来たのだ。それはいいが、思ったとおり、幸恵は耐えきれずに泣き出してしまった。
実のところ、雪虎には、こういうことで泣きだしてしまう人の気持ちは理解できない。
別離は寂しいが、死ぬわけではないのだ。別々の場所で生きる、それだけの話。たとえ二度と会うことができないとしても、…それだけの、話だ。
だから雪虎は、相手に涙ではなく、精いっぱいのエールを送ろうと思う。
別に、どちらが悪くてどちらがいい、と言いたいわけではない。単に個性だ。
だから、彼氏くんは幸恵を一生懸命慰めていたが。
雪虎は幸恵に何も言わない。黙って、一緒にいる。
なんにしたところで、今は平日の早朝。
あと数時間もすれば、仕事だ。
雪虎はいつものツナギ姿で、ぼんやり、帽子の下から電車の発車時刻を知らせる電光掲示板を見上げていた。
「トラさん」
不意に、ガラガラになった細い声で、鼻をぐずらせながら、幸恵が口を開く。
「あたし寂しい」
「おう」
「かなしい」
「おう」
憐れっぽい声で幸恵は続けた。
「だからトラさんもっとあたしと遊んで」
「俺は忙しい」
よしもう、大丈夫そうだ。
淡々と答えた雪虎の腕に、幸恵がいきなり横から縋ってきた。
「ええ、嘘、ちゃんと聞いてたの? なんで聞き流してないのっ? ノリで『おう』って言ってくれると思ってたのに!」
ちゃんと話を聞いていたのに文句を言われたのは、初めてだ。
うるうるしている幸恵を半眼で横目に見遣り、雪虎は至極真っ当なことを口にした。
「遊びたいなら、彼氏くんとどっか出かけなさい」
彼氏を放っておいて、他の男と二人きりで遊ぶのは外聞がよくない。窘めれば、
「じゃあじゃあ、一緒に行こうよ」
泣いて、まだ赤い目を、それでも元気に幸恵は輝かせた。
当然、何言ってんだ、と雪虎は呆れた目になる。
「お邪魔虫になれって?」
望んで針の筵に飛び込む趣味はない。とたん、幸恵はぶんぶん首を横に振った。
「違う違う、だからさ、トラさんの彼女さんとっ」
Wデートの提案らしい。だが、無理だ。
「俺に彼女はいない」
これは何度目の返事だろうか。
もはや慣れて、返事に言い淀むこともない。
本気で幸恵は信じていないのか、それとも知っていて言っているのか、はたまたただの挨拶か。
繰り返されすぎて、もはや雪虎では判別できない。
「またまたぁ」
そう、『また』だ。何度目になるか、幸恵はよく思い出すべきだと思う。
それとも一度口から出た言葉は、そのたびリセットされるのだろうか。聞いた言葉も。
「トラさんて女の人にもてるじゃない。それともなに、理想が高いの?」
そこは、理想が高いというより、『ない』。
諦めていると言い換えてもいい。それに。
(この体質が、子供に遺伝する可能性もゼロじゃないだろうし)
「もてるって、根拠は何なんだ?」
前から言われているが、何をもって、幸恵はそう判断しているのか。
「妹さんだよ、さやかさんっ。あのひと、トラさんのこと大好きだし。他にも、バイトくんでしょ、後輩さんでしょ」
男が混ざっているぞ。
それは聞き流し、すっかり忘れていたことを雪虎は思い出した。
「そう言えば、お嬢はお姫さんと会ったことがあったな」
雪虎が以前の年季の入ったアパートにいた頃も、時折さやかは里帰りしてきたものだ。
彼女がくるときは大概、祖母の家を解放するのだが、たまに日用品をとりにアパートへ揃っていくこともあった。その時に、確か。
「忘れてたっ!?」
幸恵は目を見開き、慌てて鞄からスマホを取り出す。
「あたし、さやかさんと今もメッセージやり取りしてるんだけど!」
ずいっと横から差し出されたのは、LI〇Eの画面だ。
日付などを見るに、頻繁にやり取りしているらしい。
「仲良しだな」
驚いた。
あのさやかとこれだけやり取りできるとは、…なかなか幸恵も侮れない。
「難しいやつだと思うが、これからも仲良くしてやってくれ」
真面目に言えば、幸恵は驚いたように大きな目を瞬かせた。
「うわあ、お兄ちゃん…じゃなくって。さやかさん本気できれいだから、いくら見ても飽きないし、知識も豊富だし、むしろこっちからよろしくって言うか」
照れくさそうに言って、ハンカチと共にスマホをしまいながら、幸恵は言葉を続ける。
「最初は冷たい人って思ったんだよ。なんかトラさんから遠ざけようとしてる気がして…でもそれはたぶん、お兄ちゃんを取られたくないって気持ちがあったんじゃないかな」
それが分かれば可愛い人なんだよね、と幸恵は笑う。
が、初対面の相手には吹雪のような対応をするさやかを前にして、こう言った感想を言えること自体が、彼女のメンタルの強さが鋼鉄のごときものだという証明だ。
いい子だな、と思う以前に、強い子だな、と雪虎は感心。
「トラさんも妹大切だよね。もしかしてー、年下好き?」
にやにや言った幸恵に、雪虎は渋面になった。
付き合う相手に年下?
「いや年齢が下すぎると、子供としか思えないし…第一な、体力がな…」
ついて行けない。
心底、実感を込めて呟いてしまう。
盆休み中に起こったことを思い出した。
脳裏をよぎったのは、丁寧ではあったが、結局、度を越した恭也との行為。
―――――全力をふり絞らないと立ち上がれない、なんて羽目に陥る朝は、一度経験すれば十分だ。
「どおいう意味ぃ?」
幸恵が、いたずらな猫めいた態度で、雪虎を肩で小突いてきた。
「知らなくていい」
「教えてよ、ケチ。…じゃ、トラさんは年上好きなのかな?」
「…………年上もな…」
つい、遠い目になる雪虎。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる