という話

門松一里

文字の大きさ
9 / 66

『荀子』「正義と嘯く」という話

しおりを挟む
正義って何でしょうね。

『荀子(じゅんし)』に「義を正にして行う。これを行という」(※)とあります。『荀子』は今から二千年以上も前の書物ですから、正義はかなり古い言葉です。
※『荀子(じゅんし)』「正名」に「正義而為謂之行」とあります。

それだけ古くからある言葉「正義」ですが、正義を行う人より、翻弄(ほんろう)される人のほうが多いのは何故でしょうか。

自分が思うより他人(ひと)はよく考えているものです。
少し考えてみましょう。

《目次》
【荀子】
【性悪説】
【学問のすゝめ】
【正義の本質】
【正義のベクトル】
【正義と嘯く】
【参考文献・資料】

※読切
※文庫本【11】頁(41文字17行)
※原稿用紙【13】枚(400字詰め)

*****

【荀子】
『荀子(じゅんし)』を書いた荀子(じゅんし)は紀元前(B.C.)四世紀末に生まれたとされています。いちおう紀元前313年から紀元前238年に生きたとされているのですが、なにぶん古いのでよく分かりません。

この「よく分からない」というのは私が調べていないとかそういうものでもなく(※)、学者が調べても「よく分からない」という意味です。歴史書がつくられるようになってからは正確になるのですが、この時代(Before Christ)の中国はまだまだ分からないことが多いのです。
【要確認】荀子の生没年を再度調べます。

『三国志(さんごくし)』でお馴染みの荀彧(じゅんいく、163年(延熹6年)―212年(建安17年))や荀攸(じゅんゆう、157年(永寿3年)―214年(建安19年))が荀子の末裔といわれています。

『三国志』は歴史書ですから、荀彧や荀攸の年代もはっきりします。ここでは、荀彧や荀攸の話はしません。たぶん皆さんのほうがよくご存知でしょう。

よく勘違いしている人がいるのですが、『三国志』とは別に『三国志演義(さんごくしえんぎ)』という小説があります。こちらは「演」の文字があるように、楽しませるための「演出(嘘)」があります。一部は虚構(フィクション)な訳です。

かなり『三国志』を読み込んで描かれていますので、『三国志演義』の内容を本当に思っている人もしばしばいます。演出のある歴史映画を見て、それが史実だと勘違いしてしまうことはよくあることです。

人間は、自分にとって楽しいこと、都合のよいことを真実だと勘違いする生き物なのです。

【性悪説】
荀子は「性悪説(せいあくせつ)」をとなえました。人の本質は「悪」だというのです。

「人之性惡、其善者偽也」
「人の性は悪なり、その善なるものは偽なり」
「人の本性は弱いもので、その善というものは偽です」
――『荀子』「性悪」

意味が通じるように意訳(いやく)しましたが、この場合の「悪」は積極的に悪行をすることではありません。弱い性質なので出来心で「ついやってしまう」ということです。ままもっともそれが悪行になるのですけれど。

なお、「人は性悪だから罪罰を厳しくすべきだ」という意見とは別の話です。

ですから、『易経(えききょう)』の64卦の21「噬嗑(ぜいごう)」の「校(あしかせ)を履(ふ)みて趾(し)を滅す。咎(とが)なし」(※)とは関係がありません。
※『易経』「噬嗑」に「初九、屨校滅趾、无咎」とあります。

こちらは刑罰の話で、悪さばかりするどうしようもない小人(しょうじん)は「足枷(あしかせ)をして自由を奪うことで今後、悪事ができなくなり、咎(とが)められることはない」ということです。『易経』の話は長くなるので、別の機会にしましょう。

人間だれしも欲望はあるものです。その欲望を、愛をも捨てなさいと言ったのが釈迦(しゃか)です。釈迦については、別の機会にしましょう。

なお、「性悪説」とは別に「性善説(せいぜんせつ)」もあるのですが、こちらも別の機会にしましょう。

【学問のすゝめ】
荀子は『荀子』の一番最初に「勧学(かんがく)」をおいています。

「學不可以已。青、取之於藍、而青於藍」
「学(まなび)はもって已(や)むべからず。青は藍(あい)よりとりて、藍よりも青し」
「学ぶことを止めてはいけません。青は藍で染(そ)められますが、藍よりも青いのです」

何のことはありません、荀子は「(欲望に負けないために)勉強しろ」と言っています。

荀子は「人は先天的に(生まれながらにして)か弱い生き物ですから、後天的に(本質は変わらないので後から)きちんと勉強をして善を学びましょう」と説いているのです。

「勧学」は「学びの勧(すす)め」です。もちろん日本人なら誰でも知っているあの本の題名ですね。

『学問のすゝめ』は「『天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず』と言えり」で有名ですが、対の句があります。それは「賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとによりてできるものなり」です。
――福沢諭吉『学問のすゝめ』「初編」

「と言えり」とは「と言われている」です。意訳すると「人は平等だと言われている。――だが実際は賢い人と愚かな人がいて、その違いは学ぶか学ばなかったかの違いでできる」と言っています。まま、イコール「勉強するならうち(慶應義塾)においでよ」(一万円札の中の人)ですが……。#joke

なお、『学問のすゝめ』は単に「勉強しましょう」という本ではなくて、列強諸国による侵略から「いかに独立すべきか」という政治思想的な本です。

「青は藍よりとりて、藍よりも青し」は、古人の作った詩文の成句(せいく)の一つ「青は藍より出(い)でて藍より青し」の原典です。「出藍の誉れ(しゅつらんのほまれ)」とも言います。

藍染(あいぞめ)といえば落語の『紺屋高尾(こうやたかお)』がありますが、こちらは別の機会にしましょう。

【正義の本質】
こうして『荀子』を考えてみると、「正義の本質」なるものが何か分かるような気がしませんか?

きちんと状況を鑑(かんが)みないと、正しさというものは脆(もろ)いということです。

「性善説」の孟子(もうし)に「天の時、地の利、人の和」があります。
cf.
「伝わらないのは伝えていないから」という話
https://note.mu/ichirikadomatsu/n/n7bd405834010

「天が与える時であっても地の利には及ばないし、地の利であっても人の和には及ばない」という「天の時、地の利、人の和」は、イコール「時代、背景、人物」ですし、それはつまり「時期、環境、人格」です。

時代が変われば、正義の本質も変わります。たとえば、ソビエト社会主義共和国連邦のヨシフ・スターリン(1878年12月18日―1953年3月5日)の独裁時代の正義がどんなものであったかは、粛清(しゅくせい)された人の数で判断できます。ブラックジョークです。

「愛と平和と正義。このうち一つでも素面で言ったなら、悪人と相場は決まっている」のです。

【正義のベクトル】
真理の話のときに「それぞれの真理はあり、触(ふ)れることはかないませんが確かにあるのです。月を指さす手はいくつもあり、ですが月はたった一つなのです」と述べました。
cf.
「伝わらないのは伝えていないから」という話
https://note.mu/ichirikadomatsu/n/n7bd405834010

正義も同じようなものですが、ベクトル(大きさと向きを持った量)があります。

山の頂が「真理」だとしましょう。その頂きに正に向かうことが「正義」です。ですが、山には東西南北があります。同じ正義でも向きが逆だということは、よくあることです。

また南のハイキングコースと北の壁では力加減も変わります。パラシュートで頂に直行する人もいれば、頂を爆破しようとする人もいます。気をつけましょう。

もし正義を行うなら、毎回毎回立場を確かめたほうがいいですね。

【正義と嘯く】
さて、「嘯く」は何と読むでしょうか?

「とぼける」や「大口を叩く」という意味で、「嘯(うそぶ)く」と読みます。

正義なんて所詮(しょせん)そんなものなのかもしれません。正義に守られた平和は案外、不安定なのかもしれません。

正義は毒薬のように人の感覚を鈍らせる恐怖があります。確かめもせず自分の感覚で経験で、正義を行うならそれは多くを傷つけることになってしまいます。注意してくださいね。

『ガルシアへの手紙』という作品がありますが、別の機会にしましょう。

そうそう、「正義の味方」という人たちを失念していました。多くは傍迷惑(はためいわく)な人たちですが、たまに本物がいます。嘘を本当に変える人です。真摯(しんし)に深く深く物事を考え、その上で正義を嘯きます。

*****

【参考文献・資料】
『荀子』
『三国志』
『三国志演義』
『易経』
『孟子』
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

痩せたがりの姫言(ひめごと)

エフ=宝泉薫
青春
ヒロインは痩せ姫。 姫自身、あるいは周囲の人たちが密かな本音をつぶやきます。 だから「姫言」と書いてひめごと。 別サイト(カクヨム)で書いている「隠し部屋のシルフィーたち」もテイストが似ているので、混ぜることにしました。 語り手も、語られる対象も、作品ごとに異なります。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

OLサラリーマン

廣瀬純七
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

秘密のキス

廣瀬純七
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

身体交換

廣瀬純七
SF
大富豪の老人の男性と若い女性が身体を交換する話

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

処理中です...