圏ガク!!

はなッぱち

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反逆の家畜

白濁に塗れる寮長

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「そこに居るのは誰だ」

 真っ直ぐにオレを見ながら寮長はそう言い放った。当然ながら、ここで逃げ出すという選択肢はない。

 普通なら相手が怒って追いかけて来るだろうから、こちらも遠慮なく逃げられるのだが、寮長はその場から動こうとしなかった。いや、動けないのだ。そんな相手にそそくさと背中を見せる性根を持ち合わせていないオレは、けれど即座に返事する事も出来ず少し口ごもってしまう。

「夷川、これはお前の物か」

 名前を呼ばれて思わず「はい」と返事してしまったのだが、寮長のきれいな髪や頬から汚らしく滴る生臭いソレがオレの物かと言われたら断じて違うので「いえ、オレが出したのじゃないです」と場違いにも訂正してしまった。

 すると、寮長はここ数日でオレの中にあったイメージを鋭く切り刻むような、侮蔑を含む笑みを浮かべて見せた。

「そうだろうな……僕にもお前が牛や馬には見えないよ」

 何人分の何回分かなんて考えたくもないが、ファイルに吐き出されていたモノは、明らかに一人分ではすまない量だった。

 寮長が床の上から起き上がろうとしていたので、咄嗟に手伝おうと近づくと、ムッとイカくさい臭いが辺りに充満しており、思わず嘔吐きそうになる。必死で堪えられたのは、目の前でそれを頭からぶっかぶった人が居たから以外に理由はなく、オレは寮長の足である車椅子を持ってこようと周囲を見回した。

 二年のフロアは四階とは違った構造になっているらしく、そこは少し広めの空間になっていた。

 ベンチが数脚あるばかりで、他は何もない殺風景な一角で、どうした事かそのベンチでジジィが一升瓶を抱えて眠りこけている。この事故を目撃されていたら面倒だったが、眠っているならば問題はない。オレはジジィを華麗にスルーして目的の車椅子を探すが、何故かどこにも見当たらなかった。

「夷川」

 車椅子が見当たらずオロオロしていると、まるで銃口を額に押しつけられたような感覚を抱かせる寮長の声がオレを呼んだ。

「故意ではないとは言え、この惨事を招いた反省が少しでもあるならば、僕に肩を貸せ」

 もちろんお断り出来るはずもなく、オレはありがたく肩をお貸しする事にした。床に投げ出された寮長の側でしゃがむと、その惨事がどれ程のものかを目の当たりにして土下座したくなった。頬に垂れた粘り気のあるソレは糸を引いて唇の端にまで到達してしまっていた。この惨事、例え土下座しようと、許して貰えるものでは決してない。

 もし、オレが同じ事をされたら……故意であろうとなかろうと、そいつの息の根を止める。絶対に。

「少し待て」

 オレが寮長の脇に手を差し込もうとした時、そう口にすると寮長は何を思ったのかシャツのボタンを外しだした。そのシャツにも、もれなく髪や頬から垂れたモノが染みついているのだが、寮長はそれを手早く脱ぐと、裏返し染みのない所を使い自身の顔や髪を軽く拭った。

「そこに手洗い場がある。そこまで連れて行ってくれ」

 寮長に言われた方向を見ると、少し離れた場所に確かに手洗い場があった。オレは寮長を抱えようとしたが、そうじゃないと怒られ、普通に寮長の腕を肩に回して補助的な役割に徹した。寮長は完全に歩けない訳ではないらしく、フラフラして危なっかしいが自分の足で一歩一歩進んだ。

 手洗い場に到着すると、流し台に倒れ込むように頭を突っ込んだので、オレは慌ててその体を支える。寮長が髪や顔を洗いやすいような角度で体を支えようとすれば、抱きしめるような形になってしまい少し躊躇したが、寮長の髪から僅かに香るシャンプーの匂いに上書きされたイカ臭さを間近に体感し、しっかり洗い流して頂けるよう抱きしめさせて貰った。

 寮長の肌は同じ男とは思えないくらい白く、無駄な肉など付いていないのに、とても柔らかくて妙な事に動悸がした。

 頭から水を被り、白くこびり付いたモノを洗い落とすと、寮長は辛そうに息を吐きオレに体を預け、濡れた髪を絞り、顎を手の甲で軽く拭った。こんな至近距離で見るとは思わなかった寮長の顔は、本当に性別なんて些細な事は無関係だと言ってしまえるくらいに美しかった。

 芸術品みたいな感じだろうか、浮き世離れした雰囲気はどんな状況に陥っても健在だと、たった今証明されてしまったのだが、全く非常識なくらい水に濡れた横顔は色っぽかった。

「寮長、車椅子はどちらにあるんですか?」

 いつまでも抱えている訳にもいかず、寮長の置き場を探したのだが、やっぱり目に付く所に車椅子は見つからず本人に直接聞いてみた。すると「ここにはない」と簡潔な答えが返ってきてしまう。どうしたものかと考えていると、寮長がオレの顔をまじまじと見るので、思わず視線を逸らせてしまった。

「車椅子は後で雫が持ってくる事になっている。そこにベンチがあっただろう。そこまで連れて行ってくれるか」

 そう言われオレは冗談みたいな寝方をしたジジィの横へ、寮長にさっきと同じ要領で付き添いベンチに腰を下ろして頂いた。壁に背を預け、大きく呼吸をするその胸が僅かに膨らむ姿を視界に入れてしまい、見てはいけないものを見てしまった気がしてサッと目を伏せた。

 おかしい、どう考えてもおかしい。別に寮長は美形ではあるが、特別女性的な訳ではない。紛れもなくオレと同じ男のはずなのに、女子の着替えを目撃してしまったくらいの衝撃が、自分の中にあるのだ。別に乳首がでかいとか色がピンクだとか、乳がちょっとでも膨らんでいるとか……そういう類いの特徴がある訳でもないのに……。

 あまり考えるとろくでもない事になりそうだったので、オレは自分の着ていたTシャツを脱いだ。まだ裸で過ごすには季節が早い。その上、寮長は水浴びをしたばかりで体が冷えている。このままでは風邪を引いてしまう。人が着ていた服に袖を通すのは、あまり気持ちのいいものではないが、先ほどの不快感の前では問題にならないだろう。オレは脱いだシャツを寮長に差し出した。

「これ着て下さい」

 きっと金持ちのお坊ちゃんである寮長には、一生縁の無い安物だろうが、裸よりはマシだと思って欲しい。寮長は一応受け取ったが、ジッと手の中のシャツを見つめて、なかなか着ようとはしてくれなかった。まあ、生温かい服って嫌だよな。確かに。

「夷川」

 なんとも言えず視線を隣のジジィに向けていたら、ふいに名前を呼ばれた。部屋に戻って新しいシャツを持って来たらいいのに、ずぼらな対応で済ませた事を非難されるかと思ったが、寮長は困ったような顔でオレを見上げ、

「僕はこういった服を着る事がなくてな……着方を教えて欲しい」

手にしたシャツをオレに差し出した。

 まあ執事なんて非常識なもんを学校に同伴するような人だからなぁ。Tシャツとか着てるイメージが全くないのも事実だし……オレはそういう事もあるかもなと納得して、シャツの着方を丁寧にレクチャーした。

 寮長は一人で着替えをするのに慣れていないのか、はたまた単なる天然なのか、シャツを表裏間違えて着るのに始まり、片方の袖に両手を突っ込もうとしたり、頭の前に襟へ腕を突っ込んだりしながらも、なんとか着替える事に成功した。

 予想はしていたが、寮長のTシャツ姿はびっくりするくらい似合っていなかった。こういう典型的な美形は何着ても似合うという幻想を木っ端微塵にするくらい、寮長の姿は違和感の塊になってしまった。再び申し訳ない気持ちになる。

「人から着る物を借りるのは初めてだ」

 自分の着ている物を見ながら、寮長はそう口にした。そこに露骨な不快感は見えなかったので、オレは少し胸を撫で下ろした。もう一度名前を呼ばれ顔を上げると、思わず見惚れてしまうくらいの表情を浮かべ「ありがとう」と寮長は礼を言った。

 お礼を言われるような事は、何一つしていないので、オレは居心地悪くなってしまった。

 なんせ、馬並みの量のザーメンをぶっかけたんだからな……うん、改めて逃げ出したくなってきたぞ。執事モドキが寮長を迎えに来たら、間違いなくオレは捻り潰されるんだろうなぁ。

 やってしまった事に対する償いをしようと思ったら、それでも足らないとは思うんだけどさ。でも、往生際が悪いと言われようと、それをオレ一人で引き受けるのは納得出来ない。絶対にあの化け物も執事モドキの制裁対象として突き出してやる。

 オレが一人、どうやって事情を説明しようか頭を悩ませていると、寮長は自分の隣、空いたベンチの上を手のひらでポンと叩き、座るように勧めてきた。オレが腰を下ろすと、濡れた髪を軽く横に梳き、寮長は初日に反省室行きを告げた時と同じ表情で口を開いた。

「それで、お前はここに何をしに来たんだ。あんなモノを持って」

 寮長の視線の先には、廊下で今も開かれたままのファイルが転がっている。課題のプリントは諦めよう、わら半紙のはずが真っ白になってる。アレを片付けるのは、もちろんオレだよな……後で狭間に言ってゴム手袋を譲ってもらおう。……いや、オレが片付ける必要なんてないな。これを出した奴に片付けさせればいい。

「夷川、人の話を聞け」

 メラメラとあの化け物への復讐の計画を脳内で立てていると、寮長が有無を言わせぬ凄みのある声で注意してきた。オレは慌てて居住まいを正し、生徒会でのやりとりから全ての事情を説明した。あいつを引きずり出してやるために。

 話を聞き終わった寮長は、いつもの長考に入られた。心なしかその表情は難しそうと言うか、眉間に深々と不似合いな皺を刻んでいる。

 よく考えれば、寮長にとっては、オレに言い訳をずらりと並べ立てられたのか。あまりいい気はしないだろう。けれど嘘を吐く必要もないので寮長を悩ます一切を訂正せず、そんな物憂げな横顔から視線を外し、オレの横で気持ちよさそうに眠りこけるジジィを見て時間を潰そうとした時だった。

 階段から賑やかな音が聞こえてきた。ダンダンと飛び降りるように階段を下りる音と、数人の生徒が叫ぶ声が、踊り場で盛大に反響している。

 オレだけでなく、思案中の寮長も何事かとそちらに視線をやると、目の前を脇目も振らず突っ走る影が通り過ぎた。

 その影がまき散らす物騒な言葉の数々を拾い上げると、どうやら今駆け抜けて行ったのはスバルらしく、その目的はオレと同じく笹倉とか言う生徒会の化け物のようだった。

 スバルに遅れて同じく階段から顔を出したのは、放課後スバルを連れて行った時に快く受け取ってくれたコウスケとか言う奴で、そいつはオレを見るなり驚いた顔をしたが一気に脱力してその場にへたり込んだ。
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