黒き世界

黒子 龍介

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第1章 1節「魔道学校初年度前期編」

竜の世界の黒き物語 第4話「推参、風の忍者」

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 とある学校の休みの日。

 今日は最近の疲れを癒すために、リラックスできる場所を求めて馬車を走らせていた。

 ここ最近トラブルに巻き込まれて気が休まらず父上からも直々に「羽伸ばしてこい」と言われる始末なのでそうすることにした。

 行く場所は決まってないので同行している騎士団員や御者のおすすめのリラックス出来る場所に連れて行ってもらうことにした。

「第2王子様、到着いたしました」

 そう騎士団員に言われ馬車を降りる。

 すると目の前にはいい風の吹く草原が広がっていた。

「なかなかいい場所だな、お茶をするのにも良さそうだ」

「そう言って頂き光栄です」

「では、お茶の準備をしてくれ」

「了解しました」

 この中の誰がここを選んだかは分からないがいいセンスをしている、これはお茶がいつもよりうまく感じそうだ。

「第2王子様、お茶が入りました」 

「早いな」

 まだ指示を言ってからそんなにたってないのに。

「まあありがたくもら…待て」

「なんでございましょうか?」

「なんかお茶が緑色だぞ」

「今日は珍しいお茶っ葉を使用してるのでこのようなお茶なのでございます」

 普段から赤茶色の紅茶しか飲んでないからなんだか変な感じだ。

 そう思いつつ、緑色の茶を恐る恐る飲んでみると。

「…!」

 苦味はほかの茶同様あるが、これは紅茶にない独特な味! 思ったよりうまい!

「どうなされました?」

「いや、できればもう一杯…...」

「了解でござる!」

 そう言うと騎士団員はカップを持ってお茶を入れに行った。

 それにしても、たまには別のお茶もいいな。

 …...

「ん?」

 まてよ?さっきの騎士団員、変な喋り方をしていたような…。

 そう思い振り返ってみると、茶を淹れに行った騎士団員の姿はない。

 代わりにあったのは、倒れた従者者とほかの騎士団員だった。

「これは一体…」

 そう思い体を動かそうとする…が。

「あ、あれ?」

 首や指先は動かせるが、体が痺れて動かない。

 これってまさか...…。

「すまないでござるね、これも拙者の任務でござる」

 その声を聞いた瞬間、俺の意識は途切れた。

 そして、その声はお茶を淹れに行った騎士団員の声だった。



「ん…?」

 地面が冷たい、そして固い。

 一瞬寝ぼけて城の変なところで寝たのかと感じた。

 だが城内の石造りの場所にしては少々ボロいし、目の前には鉄格子があるため、絶対に実家ではないと確信を持った。

 いわゆる、人さらいにあったのだろう。

「あ、目覚めたでござるか?」

 この声と口調、さっきの騎士団員…いや、俺をさらっている時点で騎士団員ではないか。

 見た目は俺と同い年くらいの黄緑髪の変わった服を着た少女だ、髪は後ろで結んである。

「お前、どういうつもりで俺をさらった?」

「さっきも言ったでござるよ、これが拙者の任務だからでござる!」

「人さらいが任務なんて、ろくでもないな」

「そう言わないで欲しいでござるよ、命まで取る気はなさそうでござるから」

 人さらいしている時点で悪いようにしている気しかしないが…...。

「まぁ、拙者も家族のために仕方なくこの任務をやっているでござるから、あんまりこういう事はしたくないんでござる」

「ならここから出して欲しいものだがな」

「それはそれ、これはこれでござる」

 仕事と私情はしっかりわけるタイプか。

「それより、お前のその口調はなんだ?」

「昔から巻物を読んで育ったから、この口調なんでござる、結構気に入っているでござるよ?」

「ま、巻物...…?」

 巻物は城の図書室にもいくつかあるがこんな口調が書かれているものなんてあったか…...?

「え!?もしかして風舞ふうまノ巻を知らないんでござるか!?」

「ふ、ふうま…?」

「拙者の家じゃ知らない人はいないくらいなのに…

「なんなんだ?その…..ふうま...…」

「風舞ノ巻はすごいんでござるよ!なんと言っても書かれた技の数々!使用者達の生き様!どれをとってもいい所しかないでござる!」

「は、はぁ...…」

 とんでもない熱意で語ってるな…...。

「あぁ…...拙者はその巻と同じ名前をつけてもらって光栄でござる…...」

「同じ名前?」

「あ、拙者の名を言い忘れてたでござるな、拙者の名前は風舞ふうまでござる!」

「ん?家族がいるって言ってたのに苗字はないのか?」

「拙者実は拾われ子でござるから名前しか貰ってないんでござる…...」

 捨て子か、優秀な魔力を持たずに産まれた子などは捨てられるなんて話は聞いたことはあるが、本当だったとは。

「悪い、変な事聞いて」

「大丈夫でござるよ!ところで君の名前はなんでござるか?」

「龍黒竜だ」

「竜殿でござるか、さすが…...えーっと…...お偉い人?の家族!いい名前でござるな!」

 なんでそんな曖昧なんだ…こいつもしかして俺がどんな奴か知らされずに任務に従ってさらったのか?

「と言うより風舞…だっけ?こんなとこで捕獲した対象と話してていいのか?」

「拙者は任務以外で外にあまり出してもらえないのでござって、さらった人が同い年くらいに見えたからつい外の人と喋りたくなってしまったんでござる」

「昔の俺っぽいな…」

 とつい声を漏らしてしまう。

 実際、学校に行けるようになるまで俺は城の中からあまり出してもらえてなかった。

「ぽい?似てるってことでござるか?確かに竜殿も拙者程ではないでござるけど後ろで髪結んでいるでござるね!」

 ぽいってそういうことでは無いんだが…...。

「他にも似ているところがあるか見てみるでござるか?例えば…...」

「風舞!何しとるんや!」

 話が盛り上がっているところで牢の外の向こうから風舞とは別の声が聞こえた。

「ら、雷舞らいま…...」

 やってきたのは風舞と同じように変わった格好をした黄髪で短髪の少女だった。

「また捕らえたやつと話してたんか?まったく…...また任務を忘れて……」

「そ、そんなことしてないでござる!拙者は『お館様』のためにこのような任務をしているというのは忘れてないでござる!」

 またってことは今までもこのようなことをして会話を楽しむようなことをしてたのか。

「どれにしろ捕らえたやつと話したって罵詈雑言を浴びせられるだけやろ?」

「そんなことないでござる!少なくともこの竜殿はちゃんとした会話をしてくれたでござるよ!」

 してたかどうかはかなり疑惑だけども。

「…...へぇ、『竜』か」

 俺の名前を聞いた途端に雷舞はニヤッとしてこちらを見た。

「風舞、今回はいい獲物を捉えたんやな、これで『石狩り』の目標も達成しやすくなるってもんや」

『石狩り』?一体何をしようとしているんだ?

「ところで『石狩り』の意味はいつ拙者に教えてくれるんでござるか?」

「風舞は今は知らなくていい、それより獲物を捕らえられたんやから、死なすなよ」

「もちろんでござる!」

 そう言い雷舞はその場を立ち去った。

「あっと、話に置いてきぼりにしてすまないでござる」

「それはいいが『石狩り』ってなんだ?」

「拙者もよく分からないでござるが、命を奪うようなことではなさそうでござる」

「だけども人さらいは良くないだろ…...」

 だが本当に『石狩り』とはなんだ?石なんて身につけている訳でもないし、もしつけていたならわざわざ攫わずに物を奪えばいいだけだし、本当に目的が分からない。

「それより、もっとなにか話そうでござるよ!たとえば好きな物について話し合いとか…」

「風舞?」

「うわぁ!?雷舞!?まだいたんでござるか!?」

 てっきり立ち去ったと思っていた雷舞が突然現れた、影も形もさっきまでなかったのに。

「何驚いてんや風舞、うちの気配に気がついてたくせに」

「……バレたでござるか?」

 気配すらなかったのにどうやって気がついた!?

「それより早く来な、『石狩り』のことでお館様から話があるってな」

「ではすぐに向かうでござる!」

 そう言うと風舞は立ち上がってその場から立ち去ろうとした、その時。

『ぐううぅぅぅ』と腹が鳴る音がした。

 誰の腹の音かと思ったら俺のだった。

 ずっと囚われの身の上、監視されているようなものだったので、監視がとけ緊張も解けたためようやく腹が減っていることに気がついた。

「お腹減ってるんでござるか?」

「おい風舞、さらったやつの空腹なんてほっておけ」

「そうはいかないでござる!ほら、これあげるでござる」

 そう言うと風舞は懐から小包と竹の水筒を取り出し俺に渡してくれた。

「お話してくれたお礼でござる」

「あ…おう…」

「まったく、早くせんかい」

 感謝の言葉を言う前に、風舞は雷舞に連れてかれた。

「また後でお話しようでござる~」

 2人の姿が見えなくなったあたりで小包を開けてみると、握り飯が何とか入っていた。

 城の中ではこのようなものは食べさせてもらえないため、珍しいと思い見た。

 そうして空腹を思い出し夢中で握り飯を頬張る。

 城の料理と比べて味は下のはずなのに、塩が強めの握り飯の味は美味く感じた。

 いつも食べ物を食べたあとと同じく腹は膨れたが、決定的な何かが足りないと思い、心が寂しくなった。

 その寂しさで、牢の中1人涙を流した。

「グスッ…」




「なんだと!? 竜がさらわれた!?」

「はい、同行していた騎士団も目が覚めた時には第2王子の姿はなかったと…」

「くそっ、死ぬ気で探せ!」

 その頃、城内は俺が居なくなってパニックになっていた。

「竜をさらった奴はいつの間に団員と入れ替わったというのだ」

「それが…戸籍以外偽造がされていない正式な騎士団員なのです」

「何!? まさかさらうために騎士団に入団したとでも言うのか!?」

「そう思うしかないかと…...」

「休息を進めたが護衛が犯人なんて聞いてないぞ…...」

 父上はさらに頭を抱えた。

「竜王様!通信魔術が入りました!」

「竜か!?」

 これほど良くないタイミングで通信をしてくる奴がいるだろうか。

「いえ、遺跡調査に出かけていた第1王子からです」

「剣か…...繋げ」

『もう繋がってるよ、父上』

「それで、何の用だ?」

『遺跡調査の帰る日が近いからこうやって連絡したんだよ』

「そうか…」

『なんだよ、せっかく我が子の帰りなのに反応薄いな~』

 まるで今起こっていることの詳細がわかっているかのような口振りで兄上は話を進める。

「実は…竜がさらわれた」

『はぁ? 誰に?』

「休息のために近くの草原に行ったようだがそれ以降消息不明だ」

『草原?それって首都近くの?』

「そうだが…...どうしたんだ?」

『いけるかもしれないな…...』

 映像のない通信でもその顔が想像できるくらいのニヤつきをした兄上は、何かを実行しようと通信を切った。

「おい、剣?剣ー!」

 本当に何をするつもりだ?

  

『…ゅう…竜…』

 また、あの夢か。

『け…をとり…さ…』

 前よりも聞こえずらい。

『ものが……をこ…て…』



「…ゅう殿?竜殿?」

「んぁ…」

 目を覚ますと風舞が牢に来ていた。

「よかった~慣れない環境で気絶でもしてたかと思ったでござるよ」

 捕らえたやつをここまで心配して見に来るやつなんて、やっぱりこいつは変だ。

「変わってるな、お前」

「何がでござるか?」

「これから何されるか分からないやつと、それも自分が捕らえたやつと関わりを持とうとするなんてな」

 風舞はそれを聞いてキョトンとした顔をした後に笑った。

「な、なんで笑うんだ?」

「ふふっ、拙者はただ人と話すだけで嬉しいんでござるよ」

「それは昨日も言っていたが…なんでだ?」

「拙者は拾われた子なんでござる、拙者以外も、お館様に仕えている人達はほぼそうなんでござるけどね」

「あの、雷舞とかいうやつもか?」

「雷舞はよく分からないでござるけど…ともかく、みんな1度人から捨てられたせいか、拾ってくれたお館様以外は仲間でも話してくれないんでござる」

 でもそんな環境ならこいつもそうなるはず…...。

「拙者ももしかしたらそうなっていたかもでござる、でも、この風舞ノ巻に書かれた…たくさんの人と話していて楽しそうな所を見て、拙者もそうしたくなったんでござる」

「そうか、だから...…」

「なんだか湿っぽくしちゃって申し訳ないでござる!それじゃあ昨日みたいにお話を…...」

「おい、風舞」

 うきうきしている風舞の後ろに突然雷舞が現れた。

「お館様の命だ、すぐにそいつを連れてきいや」

「え~!まだ話していたいんでござるけど!」

「いいから早く!どうせそいつと話していてもいい事なんざあらへん」

「そんなことないでござる!竜殿と話しているととても楽しいんでござるから!」

 この言い合い昨日も見たな。

「お館様から連れてこいって言われたやつの結末なんてお前も知ってるはずや? なぁ風舞」

「でもお館様は拙者には決して汚れ仕事はさせてこないでござるよ!石狩りも捕らえた人は無事に返すって言っていたんでござるから!」

「風舞、お前はまだ気がついてないんか…...」

「え?」

「ともかく早くしな、お館様を待たせちゃあかん」

 そう言い雷舞はその場を立ち去った。

 それにしても気がついてないって一体何に…...?

「あははっ、思ったよりも早いお別れになっちゃいそうでござるね」

「なあ、汚れ仕事って…...」

 そのことについて聞くと風舞は表情を曇らせた。

「拙者達の家は、汚れ仕事をしないといけないこともあるんでござる」

「…じゃあ、お前もか?」

 そう聞くと風舞は首を横に振った。

「拙者は拙者のわがままで、人を傷つけるような仕事はしていないんでござる」

 さっきの話を聞いていればそれもそうか。

 騎士団に潜入可能な隠密性、騎士団を痺れ毒を使ったとはいえ倒せる実力。

 これだけの力を持っているのに汚れ仕事を受けよらないのは、優しすぎるからか。

 こいつはどこまでも分からないな。

「さて、もう行かないと雷舞にまた怒られてしまうでござるな!ささ、行こうでござる!」

 風舞はそう言うと牢を開けて俺をどこかへ連れていった。



 牢を出ると辺りが明るい場所に出た。

 だが牢の外から見た昼の光ではない、夕暮れのような光の部屋に連れてこられた。

「ようやく来たな、風舞」

 周りを見渡すと、風舞に声をかけた雷舞以外にも何人かを数えるのも馬鹿らしくなるほどの竜族もいる。

 それと…その竜族達の真ん中にいるあの着物を着たやつ、あれがもしかして…...。

「お館様、こちらが今回捕らえた者、「龍黒竜」でござる」

 やはり、あいつが「お館様」か。

「ふむ、風舞今回もいい働きだったね、お疲れ様」

「お褒め頂いてありがたき幸せでござる」

 風舞もあのお館様とやらを前にすると、態度が急変するほどの気迫の持ち主。

 これだけの竜族をまとめあげるだけはあるな。

 まるで騎士団の団長のようだ。

「では拙者はこれで…...」

「おっと、今回はいてくれないか?風舞」

「ござ?」

 なんだその反応は。

「今回のこの人で石狩りは最後になりそうだからね」

「最後に......?」

 この拉致事件が最後になることを聞いて風舞はちょっとしょぼんとした。

 もう話し相手が来るのがなくなってしまうからだろうか?

 それにしても最後の最後まで「石狩り」の石はなんだったのかが分からない。

「今回で魔力も溜まりそうだからね」

 …...まてよ?石…...魔力…...。

 確かこの前の授業でなにか言っていたような…...。



 その授業はつい3日ほど前のことだった。

『竜族には他の生物と違い心臓がありません』

 その日の授業は生物学の授業で、竜族の生態についてのことをしていた。

『じゃあ竜族は何で動いているんですか!!!』

 相変わらず紅はうるさかったが、授業内容ではいい質問だ。

『竜族は心臓の代わりに「竜石」と呼ばれるものが心臓としてあります』

『へ~、じゃあ先生、心臓は血を体に巡らせてるなら竜石は何かを巡らせているの?』

 と、今度はコイドが鋭い質問をする。

『はい、竜石は竜族の活動に必要不可欠な魔力を体に巡らせているのです』

『なるほど』

 コイドのやつは勉強遅れを取り戻す時はボヤいていたくせに、知識欲はすごい。

『ですが竜石には心臓としての機能以外にも役割があります、竜君、それはなんでしょうか?』

『えーっとほかの臓器の機能もあるとか?』

『あながち間違いでは無いですね』

 割と適当に答えたが当たるもんだな。

『竜石には他の生物の脳としての機能もあり、文字通りとも言えます』

 言われてみれば、普段俺らは頭ではなく胸の中で物事を考えてたのかと驚いた記憶がある。

『ちなみに、竜石には他にも魔力を貯める機能もあります、貯められる量は人それぞれですが「竜王かそれに関連する人物の魔力保有量が最も多い」とも言われています』



 まさか…...。

「石狩りは…...殺人?」

「え?」

「ほう?」

 そうつぶやくと風舞もお館様とやらも顔を変えた。

「どうして君はそう思ったんだい?」

 お館様とやらは、まるで俺が答えるのを楽しみにするように聞いてきた。

「竜族をさらって石を狩るという行為、竜族全てに共通して持っている石といえば『竜石』だ」

「それで?」

「お前ら...…!!!」

「竜殿?さっきから何を言って…...」

「へぇ、君は思ったより博識だね」

「とぼけるな!竜石を抜かれた竜族がどうなるかなんてわかってるだろ!!!」

「それが?」

 なんてことだ、言っても全く動揺もしない。

「君は結局内が言いたいのかな?言ってみたまえ」

「だから…...石狩りでさらわれた者は、竜石を抜かれて!」

 そう言うとお館様とやらは、まるでその答えを言うのを待っていたような笑みを浮かべた。

「いやぁ、少ない情報でよくここまで結論を出せたね、さすが

「知っていたのか!?」

「知っていなければ君を最後にで石狩りを終わらせなんてしないさ、こんなにいい獲物が来るとは思ってもなかったけどね」

「貴様...…!」

 命を軽く見た発言に思わず殴りかかろうかとしたが、縄で縛られていて動くことができない。

「お、お館様様?どういうことなんでござるか?」

 縄をとこうとしていると横で話を聞いていた風舞が顔色を変えて今の話について聞いてきた。

「殺されたって……石狩りで捕まえた人は逃がしたって言ってたんじゃ…...」

「そう言わないと君は従ってくれないからね、嘘をついたんだ」

「じゃあ今まで拙者が捕まえた人達は…...」

「無論、みんな死んだよ」

 その言葉を聞き、風舞の顔は絶望の色に染まっていた。

 それにしてもなんてやつだ、これほどのことを隠し通していた上に、真実を暴露しといて顔色ひとつ変えないなんて。

「それじゃあ、そろそろお別れといこうか?私たちの糧になってくれたまえ」

 そう言うとお館様とやらは何か道具を取りだした。

 おそらく竜石を取り出すなにかだろう。

 そんなことよりこのままじゃまずい!本当に殺されてしまう!

 だが逃げようにも縄で縛られていて身動きが取れない。

 縄が解けても言えばこの量の竜族をくぐりぬけていくなんて到底無理だ。

「それじゃあ、さよなら」

 …...いやだ。

 こんなところで死ぬなんていやだ。

 でももう…...道はどこにもない…...。

 …...。

 ごめん…...父上、兄上…...。


 お館様と呼ばれるものが道具で俺の竜石を取り出そうとした瞬間、体が浮いた感覚があった。

 目を開けると、部屋の高いところに俺はいた。

「危なかったでござる!」

 俺をここに運んだのは風舞だった。

「お前…...なんで?」

「…...はっ!? つい体が!?」

 どうやら無意識だったようだ、おまけに縄まで解いてくれたし。

「風舞、なんのつもりだい?」

「…...こんなの間違ってるでござる」

「ほう?」

「こんなこと間違ってるでござる! お館様!」

 さっきの話を聞いて少し混乱しているようだ。

「さっきの話も何かの間違いなんでござろう? お館様も本当はこんなことしたくないんでござるよね!?」

「…...君はさっきの話を聞いていなかったのかい?」

 お館様とやらはようやく表情を変えた。

「身寄りのない君を拾って育ててあげたのに、こんなことで裏切るなんて酷いじゃないか?」

「裏切りなんて…...拙者はそんなつもりじゃ…...」

「自覚もない…...もういいや」

 そう言いお館様とやらは顔を失望の顔にした。

「風舞、『君はもういらない』」

「…...え?」

 その言葉を言われ、風舞は動揺しながら止まった。

「聞こえた意味が分からないのかい?いらないってことは…わかるよね?」

「嘘…...お館様…...そんな…...」

「自ら命を絶てと言ったんだけどな…...まあいいや、片付けといて」

 そうお館様とやらが言うと、周りの竜族は風舞の命を奪おうと構えた

 このままじゃ…...風舞が!

 助ける義理は無いかもしれない…...でも助けたい。

 だけど…...なんで…...。

 なんで足が動かないんだ…...?

 なんで?なんでなんでなんで?

 ...…ああ、そうか。

「怖いからだ…...」

 相手は学校の不良とは訳が違う、殺しもいともたやすく行う奴らだ。

 そんな奴らのところにつっこんだら…...。

 ああ…...くそっ。

「諦めなきゃいけないのか…...」



『…...ぜが…...えてしま…...』

 その時、声が聞こえた。
『はやく…...い…...な…...』

 いつもの声だ、夢でもないのになんで聞こえるんだ。

『い…...なさ…...』

 でも、こんな声が聞こえたところで何も変わりはしな…...。

『...…いいから早く行きなさい!』

「えっ」

 突然声が大きくなると共に、「バシン」と何かに思いっきり背中を押された感覚がした。

「おわあああ!!!」

 押された勢いが強すぎて、そのまま真っ直ぐ突っ込むように足が動いてしまう。

 しかも突っ込む先にいるのはショックを受けて動けない風舞と、その命を狙う竜族達。

 止まろうにも速度が出すぎて今更止まれない。

「もうどうにでもなれ!」

 迷ってる暇もない、そのままの勢いで突っ込むしかないそう思い風舞の元へ走っていく。

「風舞ぁぁぁぁ!!!」

 誰かがくれた助けられるチャンス、絶対に無駄にしたくない、その一心で走り続ける。

「うぉぉおおおおお!!!」

 風舞に刃が振り落とされそうになった瞬間、風舞にたどり着いた。

 もう時間は無い、乱暴だがこの方法しかない!

「オラァ!」

「ぐえ!?」

 密集する竜族達の僅かな隙間から飛び込み、風舞の想像以上に軽い体にタックルをおみまいし、そのまま

「ゴホッ!な、何するんでござるか!?」

「いちいちあんなこと言われてヘコむな!死ぬところだったんだぞ!?」

「でも……お館様はもう拙者はいらないって……」

「そんな事言ってる場合か! 死ぬぞ! 早く!」

 せっかく助けたはいいものの、風舞が完全に生きようという意思が抜けてしまったように動かない。

「くそっ!とにかく早く…...ぐ!?」

 そんな風舞を担ごうとした時、足に激痛が走る。

 ふと見ると足に見たことない形の刃物が刺さっていた。

「竜殿!?」

 その負傷に風舞はハッとさせられ、俺を担いでその場から逃げた。



「ぐ…...痛え…...」

「今治療するでござる」

 あの後、しばらくは平気な場所まで来ることができたが、いつまで持つかは分からない。

「…...なんで、あそこで拙者を助けたんでござるか?」

「な、何?」

「助けられたって、もう拙者は捨てられた身…...今更助けられたって…...」

「……お前生きたくないのか?」

 風舞の気力のない言葉に怒りを感じ、足の痛みそっちのけで俺は大声を出す、そのせいで足が痛い。

「お前もなにかあるだろ、生きてやりたいこと、やらなきゃいけないことが!」

「そんなこと言われても、拙者はお館様に捨てられて…...もう、拙者なんて……」

「だったら俺が主になってやる!」

「ご? ……ござぁ!?」

 何言っていんだ俺!?

 うじうじしている風舞に嫌気がさして勢いで言ってしまったが本当に何を言ってるんだ!?

「えっと、主になるってのは雇用主とかそういうことで......」

「な、なってくれるんでござるか?」

 これじゃあ後に引けなくなったぞ…...。

「一応聞くが…...それでいいのか?」

「竜殿なら……大丈夫でござるよ! なんと言っても…...」

「なんといっても?」

「なんといっても、拙者とお話をあれだけしてくれたんでござる! それだけで拙者は、竜殿に仕える理由になるでござるよ!」

 自分と話をしてくれた、それだけでいいなんて。

「やっぱり変わってるな、お前は」

「よく言われるでござるよ!」

 昨日であったばかりなのに、やっぱりこいつは変だと感じるくらい優しすぎるな。

「じゃあさっそく…...『竜王第二王子、龍黒竜の下に命ず、我を主とし、仕えよ』」

「…...?その言葉はよく分からないでござるけど、わかったでござる!」

「…...こういうのは形も大切だろ!」

 主従関係を築くための文言を言ったけどまさか反応無しとは、これじゃあ俺がカッコつけたこと言って恥かいただけじゃないか!

 微妙に世間知らずで調子が狂う!

「いたぞ!」

「逃がすな!」

「見つかった!早く逃げ…...」

 逃げろと言おうとした瞬間、風舞は目にも止まらぬ速さで追っ手を仕留めた。

「こ、殺したのか?」

「いや、気絶させただけでござる」

 突風のような早業かつ、急所をわざと外す精密さ、すごいとしか言いようがない。

「ところでこの後はどうするんでござるか?」

「どうするかと言われても…...」

「拙者の今の主は竜殿でござるよ、竜殿が決めて欲しいでござる」

 だったら一気に敵を全部倒す!と言いたいところだが…...。

「逃げよう、戦力的にも状況的にもこっちが不利だ」

「了解でござる!」

 情けないが今は逃げるしかない。

「じゃあ行くぞ…...っいてて…...」

「竜殿!足を怪我してるんでござるから無茶は…...」

「なんや、逃げんのか? 風舞」

 声が聞こえ、振り向くとそこには雷舞がいた。

「雷舞、なんでここがわかったんでござるか?」

「風舞が隠れるところはだいたい知っとる、うちは風舞とは長い付き合いだや、そんなことより」

 雷舞は風舞の方を見て語りかける。

「風舞、お館様を裏切ってなんのつもりなんだい?」

「違っ……! 拙者は裏切りなんて」

「じゃあなんでさっきそいつを助けたんや? 大人しくしてればこんなことにならなかったちゅうのに」

「それは…...」

「言葉が詰まるってことはマジで裏切ったってことやな?」

「だがら違うって…...」

「だったら今、うちにお前の考えを聞かせてみな」

 風舞はそう言われると再び言葉が上手く出なくなり、その場でうずくまった。

 もしかしてだけどこいつは生まれてこの方自分はどうあるべきかを考えたことがないのか?

「…...あーもー!」

 子の緊張した空気に耐えきれず思わず声を漏らしてしまう。

「風舞!」

「な、なんでござるか!?」

「お前の今の主はさっき決めただろ!いちいちこんなことで頭抱えるな!」

「あ…...!」

 風舞はその一言を聞き、ハッとしたようだ。

「なんや? お前には今話聞いてないで?」

「知るか! そんなこと!」

「竜殿、ありがとうでござる」

 風舞は迷いを振り払った顔をして立ち上がる。

「拙者は…...今の主を守るでござる!」

「…...風舞、お前は変なやつとは思っとったけど、とうとう血迷ったか!」

 そう言い雷舞は、その名前の通り雷が落ちた時のような怒りを表した。

「くっ…...!」

 それに押されて体が痺れたかのように動かない。

「竜殿、ここは拙者におまかせを!」

 どれにしろ、俺ではこれだけの気迫を出せるものには悔しいが敵わない。

「…...すまない、任せるぞ!」

「御意!」



『ドゴオオオオオン!!!』と辺りに轟音が鳴り響く。

 なんて戦いだ、あの二人の戦いはまるで暴風と轟雷がぶつかり合っているようだ。

 この場から逃げようにも戦いの迫力に押されて逃げようという思考がどこかに飛んでいく。

「毎度毎度、風のようにのらりくらりと避けやがって...…!」

「拙者の戦術はこれでござるからな!そちらも雷の如くの力強さは相変わらずでござる!」

 2人の言動からお互いの戦い方は理解し合っているようだ。 

「わざわざこんなことで裏切って、無駄な戦いしてどういうつもりや! 風舞!」

「無駄なんかじゃない、拙者の今の主のために…拙者に向き合って話してくれた竜殿のためでござる!」

「そんなことでお館様を裏切るんか!」

 怒りなのか、雷舞の攻撃がどんどん激しさを増していく。

 そんなふたりの戦いを夢中になって見ていると、いつの間にか敵の竜族達の何人かが俺を捕らえていた。

「雷舞、そのような裏切り者など後にしろ」

「こいつをお館様の下に持ってゆくぞ」

 しまった、眼の前の戦いに夢中になりすぎた!

「どうした? 早くしろ......」

「うるさい!」

「「ぐあ!?」」

 雷舞は雷のような衝撃を2人の竜族にぶち当てた。

「ら、雷舞......!? お前何考えて......」

「裏切り者への罰はうちの仕事や、余計なこと言って邪魔すんなや!」

 仕事とは言っているが、もしかして風舞への怒りで暴走気味にでもなっているのか?

「邪魔はなくなった、風舞、これでお前に......」

「ござ......?」

「これでお前に......思う存分罰を与えられる!!!!」

 迫力が増した!?辺りが本当に雷が落ちているように空気が...いや?

 本当に雷が落ちている!?

『ドゴオオオオオオオン!!!!!』

 なんだこれは!? 魔術なのか!?

「風ゥ舞ァァァァァァァ!!!!」

「っ!!!」

 迫力だけではない......攻撃の威力も増している!

「ぐううううう!!!」

 まずいぞ、風舞は咄嗟に防御に転じて攻撃を受け止めたがあれではおそらく耐えられない!!!

 どうする?!助けに行くか......?

 いや、この戦いの間に入れば俺も無事ではすまない。

「クソっ......! 見てるだけしかできないのか......」

「それ以前にもうちょっと離れとけ」

「え?」

 聞き覚えのある声がしたと同時に後ろから何かが飛んできた。

 あれは..ネズミ?

「魔術『過剰治癒』」

 その声がしてしばらくすると、風舞と雷舞の間でネズミが破裂した。

「ひえ!?」

「なんだ!?」

 この声と治癒魔術をこんな使い方をするのは…...。

「もしかして…...兄上?」

「せいかーい!」

 この空気を読まないこのノリ…...間違いなく兄上だ…...。

「って、なんでここに!? 遺跡調査に行ったんじゃ…..」

「帰りだよ帰り、城に連絡したらお前居なくなってたからわざわざ探しに来たんだよ、場所はさっきの轟音で特定したがな」

 ついでなのかよ…...。

『へぇ、第一王子まで来てくれるとはね』

 さっきのお館様とやらの声だ、通信か?

『雷舞、余裕があればそいつも頼んだよ』

「…...御意」

「お館様!」

 お館様とやらの通信に風舞は呼びかけた、が何も返ってこない。

「察するに、お館様はもうお前と話すことなどないそうやな」

「そんな…...」

 分かってはいたがたったあれだけでこの仕打ちになるとは。

「えーっと、あの黄緑色のはなんだ?」

「訳あって今は俺に仕わせてるやつだ、敵ではない」

「今更1人増援が来たところでなに?こちらには無尽蔵に兵がいる」

「いや、残念ながら来ねえよ」

「どういうことだ?」

「俺がわざわざ1人で来ると思ったか?」

 それもそうだ、遺跡調査には騎士団の同行者が何人もいたはずだ。

「もう既に騎士団員がお前らの増援を抑えてるよ」

「なんだと...…!」

 さすが兄上、そこのところ抜かりない。

『これはさすがに引き際だね』

「ですがお館様!まだ裏切り者への罰が…...」

『雷舞、僕の言うことが聞けないのかい?』

「…...御意」

 そう言われ、雷舞はその場から去っていった。

『竜王の息子のお2人、機会があればまた会おう』

 お館様とやらはその言葉を残し、通信も完全に途絶えた。




「いてて…...足痛いし、牢で寝たから体が痛い…...」

「昔父上に怒られて反省部屋に入れられていたのが役に立ったな」

「反省部屋の件は兄上が巻き込んだんでしょ…...」

 この建物内の照明も全て落ちた、どうやら本当に撤退して行ったようだ。

 逃がしたのはもちろん痛いが、問題は風舞だ。

「お館様……」

「なあ、こいつどうする?」

「どうすると言っても…...」

 普通に連れて帰れば王子の誘拐の罪で捕まるし…...。

「にしても騎士団のテストを真正面から解ける人材なのは惜しいな~」

「え?」

「なんだ? 本人から聞いてないのか? 間違ってなきゃこいつ騎士団への潜入のために正式な手順騎士団に入ったんだぞ?」

「うそぉ!?」

「いやーこんないい人材放置するのは惜しいなー!しかも俺たちの正体知っちゃったしなー!」

 言い方からしてなんかわざとらしい。

「主従築いちまったししょうがない…...」

 しぶしぶだが、兄の言うとうり野放しにも捕らえるのも惜しい。

「風舞」

「ござ?」

「お前を連れて帰る」

「…...ござ? それってどういう」

「そのまんまだよ、お前は知りすぎたし優秀だ、俺たちの国に来てもらうぞ」

「ござあああああ!?」

 だからなんだよその反応は!!!




「まだ足が......」

「治り悪いな~」

 あれから数日たち、幸いなことに足のケガ以外には何も外傷がなく帰ってこれた。

 お館様とやらの動向は騎士団が探っているものの全く消息は掴めない。

「もうしばらく城壁の外に出たくない...…」

「そう言うなよ」

「兄上は慣れてるから言えるんでしょ」

 どれにしろしばらく動き回ることはできないな。

「あっそうそう、昨日だかに騎士団が入団テストやったってさ」

「やたらテストの周期が早いな」

「なんでも前回の入団者を調べたら結構な人数が例の事件の関係者だったってよ」

 それで除名しまっくて団員数減ったから補充したのか......。

「それにしてもあの事件か......風舞はどうしてんだろうな」

「お呼びでござるか?」

「うわあああああああああ!!!」

 天井から突然人が現れ、驚いてずっこける。

「いてて......って風舞!?なんで城内にいんだ!?」

「入団時の王様への謁見でござるよ」

「え゛まさか騎士団テスト通ったのか......?」

「前回潜入時と内容がほぼ変わらなかったから楽勝でござったよ」

 潜入した奴らはほぼ除名されたのに、再試験でよくバレなかったな。

「ともかく、拙者はこれで正式に竜殿の従者でござるな!改めてよろしくお願いするでござる!」

 そうか、これが俺が初めて築いた主従......。

「こちらも主として、よろしく頼むぞ」

「はい!おっと、拙者はもう行くでござる、班長に怒られてしまうでござるからな!」

 そう言うと風舞は向こうへ走り去っていった。

「なんだかんだ忙しいやつだな」

「それもいいってことだろ?」

 なんか誰かの怒る声が聞こえてくるがほっとこう。

「さてと、俺は発掘したもん調べに行こ」

「なんか発掘したの?」

「ほかの発掘物とは違う「四角いガラス付きの箱」っていう珍しいもんが出たからな、今からどんなものなのか知るのが楽しみだ」

「兄上がそんなに興味をそそるなんて珍しい」

「それだけいいもんが見つかったってことだ、じゃあまたな~」

 またなって、城内にいるのにしばらく会わないわけでもないだろう。

「さて、明日は学校だし休むか…...」

『バキン』

「?」

 いつも聞こえるなにか割れる音が、今日はいつもより大きく聞こえた。
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