幻獣カフェのまんちこさん

高倉宝

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予言の勇者!?

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 メルシャの食欲は実に旺盛だった。
 差し出されたハムエッグのプレートを一口でぺろりと平らげて、それでもまだ腹をぐうぐういわせている。
 椿が面白がって冷蔵庫から次々に食べ物を出してやると、それも片っ端から口の中に放り込む。和食、洋食、肉、魚、野菜、なんでもおかまいなしだ。
 もっとも面白がっているのは椿だけで、征矢、ミノン、ポエニッサ、アルルの目つきは冷淡だった。とりわけ部屋の窓を壊されたポエニッサの目つきは刺すように鋭い。
 視線に気づいたメルシャは、ポテサラのお皿をポエニッサに差し出す。
「食べるか?」
「けっこうです!」
 ポエニッサはぷいっとそっぽを向く。
 ユニカだけはまた別種の、なにやら美味しそうなケーキでも見るみたいな流し目で、じーっとメルシャをロックオンしている。
「お腹が落ち着いたところで、事情を聞かせてよ。どうして征矢を殺そうとしたの?」
 愉快そうに椿が尋ねる。
 口いっぱいに入った納豆ご飯をごくんと呑み下すと、メルシャはようやく本題に入った。
「結論から言うと、このサカシマセイヤという男が、近い将来われわれにとって大いなる災いとなるからだ」
「災い?」
 メルシャはうなずき、大きなグラスに入ったオレンジジュースを一気に飲み干す。
「そうだ。魔王さまに予言が降りたのだ。近く、異世界より新たな勇者が我らの世界に転移してくると。その勇者は強大にして冷酷無比。ついには魔王さまを滅ぼすという恐るべき予言だ」
 幻獣娘たちは顔を見合わせた。
「魔王軍って……」
「まだあったんですのね」
 メルシャは少しかちんと来たようだった。
「失敬な! ま、まだかろうじて版図は保っているぞ! まあ、確かにここのところチートな勇者どもが異世界から次から次に転生してきては好き勝手に暴れるせいで魔王さまの領土は縮小する一方だけど。おかげで王国経済は疲弊する一方、将校の給金は遅配されるわ、兵隊は次々と離職するわ、当節は魔王城の雨漏りを修繕する予算にすら事欠くありさまだ。ううう」
 最後はぐすんと鼻をすするメルシャである。
「そういえばうちの伯父さんも、この間魔王軍から転職したんだなも。三ヶ月お給料が出なくて、最後はヘンなポーションの現物支給だったらしいんだなも」
 ミノンが言う。
「ブラックだな。魔王軍だけに」
 征矢もうなずく。
 メルシャが続ける。
「ただでさえそこまでジリ貧なのに、さらにそんな最終兵器みたいな勇者に攻め込まれてみろ。どうにか維持している最後の領土も失い、魔王さまもいよいよおしまいだ。幸い予言された勇者の姓名はわかっている。というわけで、そいつが転移・覚醒する前に始末するべく、オレが送り込まれたというわけだ」
 征矢がしかめっ面で詰問する。
「ちょっと待て。それ、本当におれなのか?  人違いじゃないのか?」
 ミノンも言う。
「そうだなも。征矢さんはとても優しい人なんだなも」
 メルシャは自信満々に言い返す。
「いやいや、なかなかどうして冷酷だぞこいつ。オレなんか出会い頭に硬い棒で容赦なく責め立てられて……」
「毒針ぶらさげて殺意満々に突っかかってくるヤツにまで優しくするほどおれは博愛主義者じゃない」
「ほら、この顔をよく見るといい。いかにも異世界に転生して満たされない英雄願望を追求しそうな、社会不適合者っぽい顔つき」
 メルシャに言われて、椿は甥っ子の顔をしげしげと見る。
「あー、なんかわかる」
「椿さんひどい!」
 調子に乗ってメルシャはさらに決めつける。
「魔王軍屈指の猛将であるオレを一撃で倒すあの武力。オレは確信した。やはりこの男こそ予言の勇者に間違いない、と」
「お前、ここの女の子たちにもボコボコにされてただろ」
 征矢の冷静な指摘に、メルシャは「うっ」と固まる。
「あ、あれだろう。この者たちは選りすぐられた勇者の近衛隊的な……」
「みんな民間幻獣なのです。軍務経験とかないのです」
 アルルがぽつりと応える。
 さらに征矢がとどめを刺す。
「送り込む殺し屋がお前しかいないって、魔王軍ほんとに末期だな」
「むう。返す言葉もなし!」
 居直るメルシャ。
「それで、どうするんですのこのマンティコア。わたくしは、境界警士ボーダーウォッチに引き渡して本国に強制送還が妥当だと思いますわ」
 ポエニッサが提案する。
境界警士ボーダーウォッチって?」
 聞きなれない言葉に、征矢が聞き返す。
「わたくしたちの世界パンタゲアからこの世界に常駐して、不法な転移者を取り締まる魔法使いの役人ですわ」
「へー、そんなのがいるのか。そういう人がいるなら任せたほうがよさそうだな」
 ガタン! メルシャは激しい勢いで立ち上がる。
「待てい! それは早計!」
「なんだよ早計って。お前も早く自分の国に帰りたいだろ?」
 メルシャはぷるぷると首を横に振る。
「いやいやいや。ないないない」
「なんでだよ」
 拳を握ってメルシャは力説する。
「だって! 任務を全うせずおめおめと魔王さまのもとへ戻ったりすれば、オレどんな目に合わされるか! 血も凍る凄惨な処罰が待っている!」
 さすがに征矢も少し顔色を変える。
「ど、どんな目に合わされるんだ……?」
「お、おそらく三日三晩にわたり魔王さまから直々に……」
「うん」
「イヤミを……言われる!」
「ガマンしろそれくらい」
「それだけじゃないから! 拷問もされる!」
「拷問って……」
「恐ろしいぞ。全身をギッチギチに縛られて……」
「おお」
「……鼻の下に……ツバを……!」
「魔王小学生か」
「マジくっさいんだぞ! あれやられると鬼へこみするから!」
「知らん知らん」
 メルシャは急にうつむき、膝の上で両拳を握る。
「……それに、すでにオレは征矢どのの肉奴隷と成り果てた身。原隊への復帰はもう無理なのである……」
 ぎょっとなる征矢。
「な、なんだ肉奴隷って!」
 アルルとポエニッサが、ジト目で征矢を見る。
「いやらしいのです。そういえばさっき硬い棒がどうとか……」
「ふ、不潔ですわ!」
 ミノンは言葉の意味がわからずきょとんとしている。
「肉奴隷ってなんだなも? 食用?」
「君らも誤解するな!」
 とんだ濡れ衣に、征矢は釈明に必至だ。
 ひとりまったく表情を変えないのはユニカだった。メルシャに向かってはっきり指摘する。
「でも、あんたまだ処女じゃない」
「そうだ! 馬子よく言った!」
 メルシャはわずかに赤面したが、すぐに開き直る。
「き、気分はもう肉奴隷ということだ! とにかくオレは断固残留を希望する!」
 征矢は思い切り顔をしかめる。
「はあ!?」
「だってこっちの方が食べ物は旨いしたらふく食べられるし、ベッドはふかふかだし」
「うわっ、いけ図々しい!」
「征矢どのから昼夜とない毎日の陵辱も耐えてみせる!」
「だからしないって言ってるだろ! しつこいぞこのまんちこ」
 なぜかひどくムッとしてメルシャは言い返す。
「そ、そんなにきっぱり否定しなくてもいいだろ! ちょ、ちょっとくらい……オレのことを女子としてだなあ……」
 尻すぼみにぶつぶつと小さくなっていくメルシャの声。しかし征矢は聞く耳を持たない。
「ごちゃごちゃ言うな。お前絶対に強制送還してやるからな」
 とうとうメルシャは涙目になる。
「なんだよう。そんなに邪険にすることないだろ。オレがなにしたっていうんだよう」
「おれを殺そうとした」
「そうだけどー! そうだけどさあー!」
 メルシャは椅子の上で子供のようにじたばたする。
 ここで話に割って入ったのは、椿だった。
「話はわかったわ。そういうことなら、うちに置いたげる」
「つ、椿さん!?」
「昨日みたいな大入りが続くならどのみち人手は増やさないといけないし、ちょうどいいわ。それに、壊した窓ガラスの弁償もしてもらわないとだし」
「まさか、こいつを働かせるつもりですか!」
「いいでしょ? 見たところ器量はいいし、ちょっときれいに整えたら使えるわよ」
「椿さん! こいつおれを殺しに来たんですけど!」
「ほら、曹操だって降伏した張遼を味方にしたでしょ? ああいうの好きなの、あたし」
「知りませんて」
 椿はマンティコアに顔を向けた。
「あんたもいいわね? 今日からよろしくね」
「貴君の温情に感謝する!」
 メルシャはかしこまって直立不動になる。
 椿は満足そうに席を立った。ダイニングを出る寸前、肩越しに振り返って征矢にウインクする。
「じゃ、調教よろしく、征矢」
 征矢、それに幻獣娘たちは、口をあんぐり開けて茫然自失である。
「マジか……!」
 脳天気な顔で、メルシャが征矢に尋ねる。
「それで、オレはなにをすればいいのだ?」
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