幻獣カフェのまんちこさん

高倉宝

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幻獣少女の接客テクニック講座

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「――――といってもおれも新入りだ。接客について詳しいことは先輩たちに聞け」
 征矢はずらりと並んだ幻獣ウエイトレスたちへ目を向ける。
 店を開けるまで、まだ多少の準備時間がある。
 その時間を、メルシャの基本研修に当てるのだ。
 今日は本業のイラスト仕事がヒマなのか、椿もエプロンを着けて店にいる。
「はぁい。では僭越ながら、当店でいちばんかわゆいわたしが手取り足取り教えまぁす」
 手を挙げてぴょんと一歩前へ出たのはユニカだった。
「お客さまが入ってらっしゃったら、ドアのほうまで近づいて、こんなふうに深くお辞儀でお迎えよ。で、にっこり笑顔で『いらっしゃいませ。ようこそ〈クリプティアム〉へ』。はい、やってみて」
 メルシャは興味深そうにその仕草を見ていた。
「ふむ。油断させておいて殺すんだな」
「殺さなーい。ここはかわゆい幻獣ちゃんがお客さまをもてなして、お茶やお菓子を出すお店よ」
 椿が笑いを噛み殺しながら説明する。メルシャは口をほけっと開ける。
「そ、そんな店でオレになにをしろと!?」
「だから、あんたもかわゆい笑顔でお客さまをおもてなしして、お茶やお菓子を楽しんでいただくの」
「オ、オレにそんなマネができると思うのか? オレだぞ?」
 ぐずるメルシャに、すぐさま征矢が言う。
「やっぱり無理か。よしよし帰国だな。すぐ荷物をまとめろ」
「そ、そんなこと言ってない! やればいいんだろやれば!」
 メルシャはやけくそ気味に叫ぶ。
 ユニカがあらためて、メルシャの両肩に手を置く。
「はい、じゃあお客さまをお迎えしてみて」
 なにを思ったか、メルシャは肩を怒らせ、ドアの前に仁王立ちになる。
「ふはははは! よくものこのこと我が棲家に足を踏み入れた!」
「はい違ーう。罰としてお乳揉みまぁす」
 目にも止まらない速さでユニカの手が背後からメルシャの胸をむにむにと愛撫し始める。
 身悶えるメルシャ。
「んはっ!? や、やめろおっ!」
「やめませぇん。以後、間違うたびに罰として全身のさまざまな性感帯をいじくりまぁす。でゅふふふ」
 ユニカはにやにや顔でさらに指を淫猥にうごめかせる。
「くうっ、こ、このような拷問は、あっ、う、受け入れがたいっ! ああっ、せ、征矢どの! やめさせてくれっ! あひぃん!」
 ほんとにイヤなら自力で抵抗すればいいのに。征矢は思う。
(多分、昨夜ボコられたのが心理的刷り込みになってるんだな……)
 征矢に歯向かう意気地がなくなってしまったのもそれだろう。つくづくだらしないやつだ。
 腕組みし、キリリ顔で重々しく征矢は告げる。
「それはできない。おれはここでは一番新参で、お前はさらにその下だ。拷問を受けたくなければ言われたとおりにやれ」
「わ、わかったっ! やるから! やるから……ああんっ!」
 ようやくユニカの愛撫の手が止まる。
 もう一度、ぎこちなくメルシャはご挨拶に挑戦する。
「い、いらっしゃいませ……よおこそ〈クリプティアム〉へ……?」
 これはひどい。
 お手本通りにやっているつもりらしいメルシャだが、姿勢はちぐはぐ、お辞儀はカチコチ、笑顔は引きつり、台詞は棒読みのうえに半疑問形だ。
 ユニカが不必要にべたべた体に触りながら、ひとつひとつダメ出ししていく。
「いい、まんちこさん? おひざはきゅっと閉じる。両手はまっすぐ前で合わせて。肩は張らないの。むしろ小さくたたんで。お辞儀は四十五度より気持ち深めがベストね。そして顔を上げるときに、絶妙な上目遣いでお客さまの目をバキューン! と撃ち抜く心構えよ」
「む、難しいことをいっぺんに言うな! 急にできるか! あと尻を揉むなあ! あとまんちこって言うなあ!」
 メルシャが悲鳴を上げる。
 見かねた椿が助け舟を出した。
「お手本を完全になぞらなくてもいいのよ。自分なりのキャラクターが出れば」
「自分なりのキャラクター?」
 椿はメルシャを席のひとつに着かせ、自分もその隣に座った。

「たとえばアルル、やってみて」
 アルルが満面の笑顔で進み出る。
「いらっしゃいませっ。〈クリプティアム〉へようこそなのです!」
「ね。明るく元気なみんなの妹風。王道のロリ可愛さ」
 椿の解説に、メルシャは身を乗り出す。
「ふうむ」

「次、ミノンやってみて」
「えっ、は、はいっ」
 少し離れたところで作業をしていたミノンが、胸をゆっさゆささせながら小走りにやってくる。
「い、いらっしゃいませ。〈クリプティアム〉へようこそなんだな……もっ!」
 最後の一歩で足がもつれ、ミノンは自分で持っていたお盆におでこをゴン! とぶつける。
「あうう。うち、またしくじったんだなも。恥ずかしい……」
 顔を覆って汗を飛ばしているミノンをメルシャは指差す。
「今のは失敗だな?」
「とんでもない。ドジっ子癒し系。お客のハートがっちりよ」
 びしっと親指を立てる椿。メルシャはあまり納得がいかない様子。
「むうう。そうなのか……?」

「最後はちょっと上級編よ。ポエニッサ」
 つかつかとやってきたポエニッサは、にこりともせず言う。
「いらっしゃいませ、ようこそ〈クリプティアム〉へ。さっさと注文なさい」
「なんだこれは! オレとさして変わらないぞ!」
 メルシャの抗議を「まあまあ」と聞き流し、客に扮した椿はポエニッサに声をかける。
「こんにちは。今日もきれいね」
 とたんにポエニッサの頬にさっと赤みが差す。
「はあ? あ、あなたなに言ってますの!?」
「紅茶とチーズケーキください」
 なぜか怒った口調でポエニッサは伝票に書き込む。
「セットのほうがお得ですからそちらにしておきますわ! 文句ありませんわね!?」
「ありがとー。ポーちゃんやさしー」
「お、お黙りっ。静かに待ってらっしゃい! ふんだ」
 ポエニッサは逃げるように客席から離れていった。
 メルシャはその背中をまた指差す。
「客に怒ってたぞ。いいのかあれは」
「あれこそ正統派ツンデレよ。素直になれない乙女の羞じらいが萌えなのよ。まあたしかに一見さん向けではないけど」
 メルシャは両手で頭を抱えた。
「うおお、むずかしすぎるー! ただ茶を給仕するだけではないのかー!」
「そんな陳腐なサービス業態は前世紀に終わったのよ、この国では」
 なぜかこれ見よがしに脚を組んで、椿は全力のどや顔。
「いや、ふつーの喫茶店もふつーにありますよ」
 控えめにツッコむ征矢である。
 メルシャはヒントを求めるように征矢を見た。
「征矢どのはどのタイプが好きなのだ?」
「おれか?」
 幻獣娘たちがそれぞれの位置でぴりっと緊張する。どうせなら選ばれたい。
 迷うことなく征矢はきっぱりと断じた。
「おれが好きなのは、いちばん稼げるタイプ」
「夢も希望もないわねー、あんたって男は」
 あきれ返って椿がつぶやいた。
 征矢は少しも動じず、壁の時計を指し示した。
「そんなことより椿さん、そろそろ開店時間です」
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