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🎹ピアノ男子の章🎹
11.違う熱だと思うぞby泥棒
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『イケメンピアノ王子、初のスキャンダルですねえ』
『まさかの七股ですか』
画面の中で、女性コメンテーターが苦い顔をした。
番組によれば、ピアノ王子の相手は音楽関係者から芸能人まで幅広く、中には既婚者もいるとのことである。
『彼のピアノは十人並みで、特筆すべき技術はないですね』
音楽界の重鎮が、ここぞとばかりにぽっと出のイケメンピアニストをこき下ろす。
『おっ、中継が繋がったようです』
司会者が伝えた。番組は、仕事場から移動するピアノ王子に突撃取材を試みたようである。
『こちら現場です。あッ! 出てきました、出てきました!』
人垣の奥に長身の人影が現れると、リポーターが興奮気味に叫んだ。都心のビルの前は、報道陣でいっぱいだ。
『奏斗さーん! 七股というのは本当なんですか!』
『不倫相手のご家族のことをどう思われますか?』
『一言お願いします!』
多方向からマイクが突き出される。
『ちょ、いま撮らないで!』
事務所関係者に守られながら出てきたピアノ王子・奏斗は必死で顔を隠した。混乱の中、後ろから押されたカメラマンがバランスを崩して彼にぶつかる。あらわになったその顔は──。
『あっ!』
『えっ……これ、奏斗か?』
現場が騒然となるのも無理はない。イケメンピアニストであるはずの奏斗の顔には幾つものシミとシワが浮き、皮膚は重力に従ってたるみ切っていたのだ。突然のスクープに動揺し、メイクを忘れたものと思われる。
中継が途切れ、映像がスタジオに切り替わるも誰一人反応できない。沈黙が続いて放送事故状態になっている。奏斗の顔は、それくらい予想外だったのだ。
ピアノ王子・奏斗のたるんだ顔面は、もちろん胡桃沢邸の大型テレビにも映し出されていた。超アップで。
「か、か……な……」
ヒカリの口から呻きのような声が漏れた。
──作り物みてえな顔しやがって、気持ちわりぃ。
数日前、カゲが吐いたセリフが妙に真実味を帯びる。それがチラリと頭をよぎった直後、ヒカリは意識を失った。
☆☆
「医者はまだなのか」
「はあ。今日は往診が立て込んでいるようでして」
使用人たちが階下で忙しなく動き回っている。ヒカリは寝込んでいた。よせばいいのに、またスマートフォンを開く。テレビに映ったあの顔が奏斗様だなんて、ヒカリは信じられない。でも別人とも言い切れない微妙なラインだ。だからスマホを覗いてしまう。何かの間違いであってくれないかと。しかし。
間違いどころか、奏斗がシークレットブーツを使用していたことまで判明。ヒカリの体温は39度まで上昇した。
「あーあ。ざまぁねえな」
カゲが勝手に部屋に入ってくる。自室として割り当てられている書庫より、ここの方が居心地が良いのだ。
「うるさいわね。笑いたければ笑いなさい。どうせ私は人を見る目がないわよ」
「男の見た目に左右され過ぎなだけだろ」
「ち、違うわ! 私は純粋にピアノを」
ヒカリは、そう言ったきり布団に潜り込んでしまう。
だったら寝込むことないだろ。と口から出そうになったが、カゲは口を噤んだ。
ヒカリがピアノ王子の見た目に惹かれたのは事実である。だけど、のめり込んだのはピアノが素敵だったからだ。ピアノはあんなに素敵なのに、ピアノ王子自身は嘘だらけだった。容姿だって七股だって。どんな思いでメイクをし、七人の相手にどんな嘘をついていたのか。ヒカリはそれが悲しいのだった。
部屋の外が俄かに騒々しくなり、橋倉の声が響いた。
「これはこれは、若先生。お忙しいところをどうも。ささ、こちらです」
ほどなくして、ヒカリの部屋の扉がノックされる。
「お嬢様。北白河先生がおみえです。今日は若先生ですよ」
「はぁ? 誰、若って」
身体を起こし、ヒカリは気怠げな声を上げた。北白河は胡桃沢家の主治医だが、『若』なんて先生は知らない。ヒカリがいつも診てもらっているのは、やたらと声のデカいおじいちゃん先生だ。
「お嬢様、そのような言葉遣いを」
「ハハ、無理もありませんよ。あの時はヒカリちゃんも小さかったし、僕は父に付き添っていただけですからね」
軽く音をたててドアが開いた。橋倉に続いて、白衣姿の男性が入ってくる。
「ヒカリちゃん? すっかり綺麗になって……って、覚えてないかな」
北白河が白い歯を見せると、ヒカリは雷に打たれたように硬直した。そして、「は」とか「いえ」とか蚊の鳴くような声で答える。すっかり医者に見惚れているのだ。北白河はちょうど良い具合に彫りの深い、大人かつ爽やかかつ優しげなイケメンなのである。
(は、橋倉ったら! 違う先生が来るなら先に言いなさいよぉっ!)
いや、言ってた。若先生です、と。
発熱したボロボロの姿をイケメンに晒してしまったので、何でもいいから八つ当たりしたい気分なのだ。
「結局、見た目じゃねえかよ」
カゲが茶々を入れると、橋倉が目を尖らせて彼を追い立てる。
「泥棒め、いつの間に! ほれ、シッ!」
北白河は一瞬「え、泥棒?」となったが、気を取り直してヒカリの額に手を当てた。
「すごい熱だな」
「え、ええ。なんだかとても熱くて……」
ヒカリが目を潤ませると、北白河はより深刻な表情になる。
「違う熱だと思うぞ」
部屋を追い出される直前、カゲはそう言い残した。
『まさかの七股ですか』
画面の中で、女性コメンテーターが苦い顔をした。
番組によれば、ピアノ王子の相手は音楽関係者から芸能人まで幅広く、中には既婚者もいるとのことである。
『彼のピアノは十人並みで、特筆すべき技術はないですね』
音楽界の重鎮が、ここぞとばかりにぽっと出のイケメンピアニストをこき下ろす。
『おっ、中継が繋がったようです』
司会者が伝えた。番組は、仕事場から移動するピアノ王子に突撃取材を試みたようである。
『こちら現場です。あッ! 出てきました、出てきました!』
人垣の奥に長身の人影が現れると、リポーターが興奮気味に叫んだ。都心のビルの前は、報道陣でいっぱいだ。
『奏斗さーん! 七股というのは本当なんですか!』
『不倫相手のご家族のことをどう思われますか?』
『一言お願いします!』
多方向からマイクが突き出される。
『ちょ、いま撮らないで!』
事務所関係者に守られながら出てきたピアノ王子・奏斗は必死で顔を隠した。混乱の中、後ろから押されたカメラマンがバランスを崩して彼にぶつかる。あらわになったその顔は──。
『あっ!』
『えっ……これ、奏斗か?』
現場が騒然となるのも無理はない。イケメンピアニストであるはずの奏斗の顔には幾つものシミとシワが浮き、皮膚は重力に従ってたるみ切っていたのだ。突然のスクープに動揺し、メイクを忘れたものと思われる。
中継が途切れ、映像がスタジオに切り替わるも誰一人反応できない。沈黙が続いて放送事故状態になっている。奏斗の顔は、それくらい予想外だったのだ。
ピアノ王子・奏斗のたるんだ顔面は、もちろん胡桃沢邸の大型テレビにも映し出されていた。超アップで。
「か、か……な……」
ヒカリの口から呻きのような声が漏れた。
──作り物みてえな顔しやがって、気持ちわりぃ。
数日前、カゲが吐いたセリフが妙に真実味を帯びる。それがチラリと頭をよぎった直後、ヒカリは意識を失った。
☆☆
「医者はまだなのか」
「はあ。今日は往診が立て込んでいるようでして」
使用人たちが階下で忙しなく動き回っている。ヒカリは寝込んでいた。よせばいいのに、またスマートフォンを開く。テレビに映ったあの顔が奏斗様だなんて、ヒカリは信じられない。でも別人とも言い切れない微妙なラインだ。だからスマホを覗いてしまう。何かの間違いであってくれないかと。しかし。
間違いどころか、奏斗がシークレットブーツを使用していたことまで判明。ヒカリの体温は39度まで上昇した。
「あーあ。ざまぁねえな」
カゲが勝手に部屋に入ってくる。自室として割り当てられている書庫より、ここの方が居心地が良いのだ。
「うるさいわね。笑いたければ笑いなさい。どうせ私は人を見る目がないわよ」
「男の見た目に左右され過ぎなだけだろ」
「ち、違うわ! 私は純粋にピアノを」
ヒカリは、そう言ったきり布団に潜り込んでしまう。
だったら寝込むことないだろ。と口から出そうになったが、カゲは口を噤んだ。
ヒカリがピアノ王子の見た目に惹かれたのは事実である。だけど、のめり込んだのはピアノが素敵だったからだ。ピアノはあんなに素敵なのに、ピアノ王子自身は嘘だらけだった。容姿だって七股だって。どんな思いでメイクをし、七人の相手にどんな嘘をついていたのか。ヒカリはそれが悲しいのだった。
部屋の外が俄かに騒々しくなり、橋倉の声が響いた。
「これはこれは、若先生。お忙しいところをどうも。ささ、こちらです」
ほどなくして、ヒカリの部屋の扉がノックされる。
「お嬢様。北白河先生がおみえです。今日は若先生ですよ」
「はぁ? 誰、若って」
身体を起こし、ヒカリは気怠げな声を上げた。北白河は胡桃沢家の主治医だが、『若』なんて先生は知らない。ヒカリがいつも診てもらっているのは、やたらと声のデカいおじいちゃん先生だ。
「お嬢様、そのような言葉遣いを」
「ハハ、無理もありませんよ。あの時はヒカリちゃんも小さかったし、僕は父に付き添っていただけですからね」
軽く音をたててドアが開いた。橋倉に続いて、白衣姿の男性が入ってくる。
「ヒカリちゃん? すっかり綺麗になって……って、覚えてないかな」
北白河が白い歯を見せると、ヒカリは雷に打たれたように硬直した。そして、「は」とか「いえ」とか蚊の鳴くような声で答える。すっかり医者に見惚れているのだ。北白河はちょうど良い具合に彫りの深い、大人かつ爽やかかつ優しげなイケメンなのである。
(は、橋倉ったら! 違う先生が来るなら先に言いなさいよぉっ!)
いや、言ってた。若先生です、と。
発熱したボロボロの姿をイケメンに晒してしまったので、何でもいいから八つ当たりしたい気分なのだ。
「結局、見た目じゃねえかよ」
カゲが茶々を入れると、橋倉が目を尖らせて彼を追い立てる。
「泥棒め、いつの間に! ほれ、シッ!」
北白河は一瞬「え、泥棒?」となったが、気を取り直してヒカリの額に手を当てた。
「すごい熱だな」
「え、ええ。なんだかとても熱くて……」
ヒカリが目を潤ませると、北白河はより深刻な表情になる。
「違う熱だと思うぞ」
部屋を追い出される直前、カゲはそう言い残した。
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