32 / 44
🏥お医者さまの章🏥
8.泥棒、立ち聞きする
しおりを挟む(物騒かつ短絡的なお嬢さんだ)
誰もいなくなったテラスに出てきた人物が、ブルリと身体を震わせた。
カゲである。
物陰で会話はすべて聞いていた。
震えたのは、もちろん膀胱が騒ぐからである。
およそ、お嬢様の口から出る言葉とは思えなかった。
ましてや、ここは美しい蓮の庭だ。
水面には、白やピンクの蓮の花が凛と咲き誇っている。
花言葉は主に「純粋」・「清らかな心」・「信頼」といったもので、まさにこの蓮乃宮女学院の理念そのもの。
そんな場所で、まさか人の家庭を壊す計画が語られるとは──。
(うお、やべェ)
カゲはポケットに手を突っ込むと、トイレへ急いだ。
わざわざ職員・護衛用トイレまで移動しなければならないのが悲しい。
(あいつ、どうするつもりなのかな──)
♡
胡桃沢邸の呼び鈴が鳴ったのは、それから三日後の夜であった。
モニターに映った人物を視認したとき、ヒカリは、複雑な思いを抱きながらも胸の高鳴りを抑えることができなかった。
「これはこれは若先生。ささ、奥へどうぞ」
橋倉が彼を迎え入れる。
「いえ、すぐにお暇しますので」
「さようでございますか」
北白河は、玄関にいちばん近い応接室へ通された。
胡桃沢邸の中では待合などに使う簡易的な部屋だ。
「誠先生、こんばんは」
ヒカリが精一杯の笑顔で部屋に顔を出すと、北白河はいつも通りの微笑みで白い封筒を掲げてみせた。
彼は今夜、春平の健康診断の結果を持って訪ねてくれたのだ。
三日しか経っていないのに、長いこと会っていなかった気がする。
あの事実を知って以来、始めて向き合う誠先生。
あれから、美亜ちゃんとも遊んでいない。
「素晴らしい結果です、同年代の平均と比べましても」
北白河が説明すると、春平は豪快に笑った。
「フォッフォ。若先生のお墨付きとあれば安心ですなぁ」
「僕も胡桃沢様を見習って、不摂生をどうにかしなければ」
北白河が頭を掻いて笑いを誘う。
「医者の不養生というやつですかな」
「お医者様は大変なお仕事ですもの。ご自愛ください」
応接室では歓談が続いている。
(おーおー。お嬢様ぶりやがって、気持ち悪りぃ)
飾り棚にピタリと吸い付くようにして、カゲが佇んでいた。
護衛の仕事をしているのではない。
金目のものを物色中、ここへ北白河が通されてしまったのだ。
部屋は広く、ソファから飾り棚までは距離がある。
気配の消し方も心得ているので、見つかる心配はないだろう。
多少の尿意をいなしながら、カゲはそのように計算した。
それにしても、こうして見るヒカリは良家の令嬢そのものである(事実、そうなのだが)。
しかし、彼は何となく、あんな風に振る舞うヒカリを見るのが居心地悪いというか、面白くないのであった。
長居はしないとの予告通り、北白河は早めに歓談を切り上げた。
「先生、本当にお世話になりました」
「ああ。困ったことがあれば、いつでも相談してね」
その優しさに、不安と期待が入り混じる。
今度、いつ会えるだろう。
会ったとして、その時どんな気持ちになるだろう。
どんな顔で話をしたらいいんだろう。
溢れそうな疑問を抱えながら、ヒカリは北白河の背中を見送った。
今日はまだ早いから、美亜ちゃんと晩ご飯が食べられるかな。
美亜ちゃん、喜ぶだろうな。
そう思うと、ヒカリの胸は刃物で切られたような痛みが走るのだった。
自室で一人になるよりも、最近は祖父や使用人たちと過ごす方が気が紛れる。
実際、人に囲まれている時のヒカリはよく笑った。
心から笑えていると思う。でも作っている自覚もあるような気がする。
それは、プールの底に落ちた物を拾えないまま身体が浮き上がってしまう感じによく似ていた。
自分と自分が乖離した状態だ。
このことは、春平たちには知られないよう努力した。
彼女はこの種の隠し事をした経験があまりなく、それもまた後ろめたいのだが。
なぜ隠そうとするのか、本人にも分からないのだった。
どうして好きになってしまったんだろう。
どうして出会ったのが「今」なんだろう。
真先生が結婚する前じゃなくて。
(いいえ。そんなことは関係ないんだわ)
久方ぶりに北白河と会ったこの夜、ヒカリはある結論に達した。
相手の「今」がどうであろうと、好きなものは好きなのだ。
関係ない。
好きな理由も、結婚も。
これは運命のようなものなのだ。
(私は誠先生が好き)
件のメロドラマに影響を受けているのか定かでないが、ヒカリはとても思い詰めていた──。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる