ヒカリとカゲ♡箱入り令嬢の夢見がちな日常♡

キツナ月。

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🏥お医者さまの章🏥

8.泥棒、立ち聞きする

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 (物騒かつ短絡的なお嬢さんだ)


 誰もいなくなったテラスに出てきた人物が、ブルリと身体を震わせた。

 カゲである。

 物陰で会話はすべて聞いていた。

 震えたのは、もちろん膀胱が騒ぐからである。

 およそ、お嬢様の口から出る言葉とは思えなかった。

 ましてや、ここは美しい蓮の庭だ。

 水面には、白やピンクの蓮の花が凛と咲き誇っている。

 花言葉は主に「純粋」・「清らかな心」・「信頼」といったもので、まさにこの蓮乃宮女学院の理念そのもの。

 そんな場所で、まさか人の家庭を壊す計画が語られるとは──。

 (うお、やべェ)

 カゲはポケットに手を突っ込むと、トイレへ急いだ。

 わざわざ職員・護衛用トイレまで移動しなければならないのが悲しい。

 (あいつ、どうするつもりなのかな──)



 ♡


 胡桃沢邸の呼び鈴が鳴ったのは、それから三日後の夜であった。

 モニターに映った人物を視認したとき、ヒカリは、複雑な思いを抱きながらも胸の高鳴りを抑えることができなかった。



 「これはこれは若先生。ささ、奥へどうぞ」

 橋倉が彼を迎え入れる。

 「いえ、すぐにおいとましますので」

 「さようでございますか」

 北白河は、玄関にいちばん近い応接室へ通された。

 胡桃沢邸の中では待合などに使う簡易的な部屋だ。

 「誠先生、こんばんは」

 ヒカリが精一杯の笑顔で部屋に顔を出すと、北白河はいつも通りの微笑みで白い封筒を掲げてみせた。

 彼は今夜、春平の健康診断の結果を持って訪ねてくれたのだ。

 三日しか経っていないのに、長いこと会っていなかった気がする。

 あの事実を知って以来、始めて向き合う誠先生。

 あれから、美亜ちゃんとも遊んでいない。


 「素晴らしい結果です、同年代の平均と比べましても」

 北白河が説明すると、春平は豪快に笑った。

 「フォッフォ。若先生のお墨付きとあれば安心ですなぁ」

 「僕も胡桃沢様を見習って、不摂生をどうにかしなければ」

 北白河が頭を掻いて笑いを誘う。

 「医者の不養生というやつですかな」

 「お医者様は大変なお仕事ですもの。ご自愛ください」

 応接室では歓談が続いている。




 (おーおー。お嬢様ぶりやがって、気持ち悪りぃ)



 飾り棚にピタリと吸い付くようにして、カゲが佇んでいた。

 護衛の仕事をしているのではない。

 金目のものを物色中、ここへ北白河が通されてしまったのだ。

 部屋は広く、ソファから飾り棚までは距離がある。

 気配の消し方も心得ているので、見つかる心配はないだろう。

 多少の尿意をいなしながら、カゲはそのように計算した。

 それにしても、こうして見るヒカリは良家の令嬢そのものである(事実、そうなのだが)。

 しかし、彼は何となく、あんな風に振る舞うヒカリを見るのが居心地悪いというか、面白くないのであった。





 長居はしないとの予告通り、北白河は早めに歓談を切り上げた。

 「先生、本当にお世話になりました」

 「ああ。困ったことがあれば、いつでも相談してね」

 その優しさに、不安と期待が入り混じる。 

 今度、いつ会えるだろう。

 会ったとして、その時どんな気持ちになるだろう。

 どんな顔で話をしたらいいんだろう。

 溢れそうな疑問を抱えながら、ヒカリは北白河の背中を見送った。



 今日はまだ早いから、美亜ちゃんと晩ご飯が食べられるかな。

 美亜ちゃん、喜ぶだろうな。

 そう思うと、ヒカリの胸は刃物で切られたような痛みが走るのだった。



 自室で一人になるよりも、最近は祖父や使用人たちと過ごす方が気が紛れる。

 実際、人に囲まれている時のヒカリはよく笑った。

 心から笑えていると思う。でも作っている自覚もあるような気がする。

 それは、プールの底に落ちた物を拾えないまま身体が浮き上がってしまう感じによく似ていた。

 自分と自分が乖離した状態だ。

 このことは、春平たちには知られないよう努力した。

 彼女はこの種の隠し事をした経験があまりなく、それもまた後ろめたいのだが。

 なぜ隠そうとするのか、本人にも分からないのだった。



 どうして好きになってしまったんだろう。

 どうして出会ったのが「今」なんだろう。

 真先生が結婚する前じゃなくて。



 (いいえ。そんなことは関係ないんだわ)



 久方ぶりに北白河と会ったこの夜、ヒカリはある結論に達した。

 相手の「今」がどうであろうと、好きなものは好きなのだ。

 関係ない。

 好きな理由も、結婚も。

 これは運命のようなものなのだ。


 (私は誠先生が好き)



 くだんのメロドラマに影響を受けているのか定かでないが、ヒカリはとても思い詰めていた──。




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