43 / 44
🏥お医者さまの章🏥
19.泥棒の小細工と、箱入り令嬢の目覚め
しおりを挟む件のメロドラマは、本日が最終回である。
不倫男の妻がついに陥落。
不倫(バ)カップルの障害はなくなったかに見えた。
しかし。
まさかの最終回で脚本がさらなる迷走。
何やかんやあって、結局二人は別れることになるのだった。
青空をバックに『忘れない、あなたのこと』とヒロイン(?)の声が入り、不倫男は元サヤに。
包丁を手に目を血走らせていた鬼嫁は、突然性格が変わったかのように良き妻、良き母となり、慌ただしくも幸せな日々を送る。
ヒロイン(?)、そして同僚(チャラい)、御曹司など、それぞれの登場人物たちも前を向いて歩いていく──。
という、薄口すぎる群像劇もどきに仕上がった。
メロドラマじゃなかったのか……。
一体何を見せられていたのか。
多くの視聴者たちが置いてけぼりにされるドラマであった。
「……」
「……」
橋倉が無言でテレビを消した。
さすがのカゲも言葉が出ないようである。
ヒカリはいない。
もうこのドラマを視聴する必要がなくなったのだろう。
「じゃあ、オッサンたちは最初から分かってたのかよ?」
カゲが言った。
ドラマの話ではない。
ヒカリの、恋の騒動の話である。
「当たり前だ。お嬢様は、ご両親に恥じるようなことはなさらない」
橋倉は胸を張って答えた。
「ふうん」
“若先生なら心配ない”とは、そういう意味だったのか。
ドラマの影響を受けたり、思い詰めて姫華と協力関係になったり。
ヒカリの言動にはカゲも振り回されたが、春平と橋倉は「黙って見ておれ」と言った。
万能か。と言おうとして口を噤む。
この場合、万能とは言わないなと思った。
彼らはただ過保護で甘いだけではなく、胡桃沢ヒカリという一人の人物を心から信じているようである。
こればかりは、付き合いの浅いカゲにはできない芸当であった。
(ああ、それで尿意が来なかったのか)
最後には、ヒカリが自ら降りることになるから。
実に確度の高い尿意である。
「カゲー。ここ?」
軽いノックの後、ヒカリがひょっこり顔を出した。
「やっぱりここだった。ねえ、クリニック連れてって」
「んあ? 薬なら俺が貰ってくるぞ」
「ううん。喉の腫れが酷いから、一応もう一度診せてって先生に言われてるの」
ヒカリはちょっと億劫そう言った。
クリニックに到着すると、膀胱がワヤワヤと騒ぎだした。
ただし、まだ余裕を持っていられるくらいのレベルである。
(いろいろあったから緊張してんのかな)
最近、胡桃沢邸や学校の方で急激な尿意が来ることはない(前もって頻回にトイレ行っとけば大丈夫)。
基本、平和な日々が続いていた。
(念のため飲み物はやめとこ)
カゲたちが来院した時間帯はたまたま患者がおらず、ヒカリはすぐに診察室へ通されて行く。
あることを思いついたカゲは、そろりと中待合室に近づいた。
「ありがとうございましたぁ」
「はい、お大事に」
ヒカリが診察室を出ると、北白河はパソコンに向かって処方内容を確認し始める。
すると、
「よぉ」
「うわあっ!」
突然、降って湧いたように黒服の男が現れた。
「あ、あなたは胡桃沢様のところの。ビックリするなぁ、もう」
カゲである。
「うちのジジイ、じゃなくて主から健康診断について問い合わせて来いと仰せつかっている」
無論、そんな命は受けていない。
口から出まかせである。
「し、しかし」
「個人情報のことなら大丈夫だ。俺は信頼されてるからな」
カゲがあまりにも自信満々なので、北白河は「そういうことなら」とパソコンに春平の検査結果を映し出した。
「ほう。この横についてる記号は何だ?」
「これは、──ということさ」
カゲの表情が曇る。
何やらブツブツと呟き始めた。
「くっそ。あのジジイ、くたばりそうもねえな」
「え?」
「いや、何でもない。じゃ、問題ねえんだな?」
爽やかな作り笑顔でカゲが訊いた。
「ああ。若者に負けないくらい健康だよ」
北白河は少し考えてから、「ああ、でも」と頭を抱える。
彼は、検査そのもののことじゃなくてねと前置きして、
「いささか説明不足だったかもしれない。実は、あの日は早く帰る約束をしていて……美亜に寂しい思いをさせていたから」
顔を上げてさらに続けた。
「記号のこと、胡桃沢様は気にされていなかったかい? 忙しすぎて用紙に凡例を載せるのも忘れてしまってね」
「ま、その辺は俺が上手く伝えといてやるさ」
カゲが親指を立てると、北白河は安心した顔で礼を述べた。
「その代わりと言っちゃなんだが」
揉み手で医者に擦り寄る。
「──」
「ああ、それくらいお安い御用だよ」
♡
ヒカリたちがクリニックを出るのと入れ違いに、患者が増え始めた。
いつもの道を歩く。
こんもり緑を背負った公園も通り過ぎる。
ヒカリの顔は、いつになくスッキリしているように見えた。
ああ良かった、とカゲは思う。
この尿意レベルなら、帰ってすぐトイレに行けば充分間に合う。
ヒカリの通院はこれで一段落、当分クリニックに来ることはない。
彼の膀胱もしばらくは平和だろうと思われた。しかし。
「おーい! この前のセレブの人ーっ!」
小型車の窓から、先日の業者が手を振っている。
「あら。彼は」
「ぐぎっ! 来ちゃったあぁ……」
カゲが内股で電柱にもたれている間に、業者の彼が走り寄ってきた。
「先日は、ご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんでしたぁっ!」
彼はキャップを取って深々と頭を下げる。
「いいんです。あの、顔を上げてくださ、い──」
ヒカリの動きが止まった。
キャップを取った業者の彼は、アイドルと見紛うほど整った顔面だったのである。
「良かった、お詫びができて」
爽やかな笑顔にキラキラが飛ぶ。
「お、お詫びだなんて、そんな」
「あ、これ」
彼は背中に隠していたものを手前に持ってくると、空いた手をツナギでゴシゴシと拭った。
「俺が初めてアレンジしたものなんだけど、良かったら受け取って」
「まあ、きれい」
ヒカリの顔がパッと輝いた。
彼がヒカリに手渡したのは、ミニサイズのブーケだ。
赤いバラがラウンド状に配置され、オシャレな包装紙に包まれている。
「どうもありがとう! あなたは、お花屋さんなの?」
「これからなるんだ」
照れ臭そうな笑顔の破壊力たるや──。
「素敵。私、きっとお買い物に行くわ」
潤む瞳は、すっかり恋する乙女のそれである。
「ああ。待ってるよ。それじゃ!」
「がんばってねーっ!」
清涼感あふれる出会いのすぐ横で、カゲは内股でステップを踏み続けていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる