1 / 12
1、婚約者
しおりを挟む「ルイーズ、金を貸してくれ!」
久しぶりに会った婚約者に対する第一声がそれ……?
私の名前は、ルイーズ・アシェント。16歳。伯爵令嬢。2年前に婚約した、ハリソン・ガードナー様が1ヶ月ぶりに会いに来たと思ったら、開口一番にお金を貸してくれと言われた。彼との婚約は、私の気持ちも聞かずにお父様が勝手に決めたことだった。ガードナー侯爵と夜会でお会いした時に、酔った勢いでそのような話になったとか……お父様は、そのことを全く覚えていなかった。覚えていないとはいえ、約束したのだからと言われ、仕方なくハリソン様と婚約をすることになった。
ハリソン様はガードナー侯爵家の嫡男で、金色の髪に緑色の瞳、目鼻立ちがくっきりしていて、とても美しい容姿だ。茶色いくせっ毛で、茶色い瞳の地味な顔立ちの私を見下していて、婚約者扱いしたことなど1度もなかった。
いつだって、私に会いに来る理由はお金だ。ここまであからさまな態度で接する彼を、好きになることは出来そうもない。それに……
「マーシャの体調が悪いんだ。すぐにでも医者に診せないと!」
私ではなく、ほかの女性を大切にしている。
マーシャ、マーシャ、マーシャと、私の名などほとんど口にしないくせに、何度も彼の口から発せられる名前。
マーシャさんというのは、ハリソン様の幼馴染みで、身体が弱いらしい。それが事実なのかは、私には分からない。それよりも、彼女の体調が悪いからといって、なぜ私がお金を出さなければならないのか……
お父様は、私が自由に出来るお金を毎月用意してくれている。ハリソン様は、その額のギリギリを貸して欲しいと言ってくる。まるで、私が用意出来る額が分かるみたいで気持ちが悪い。
そんなに彼女が好きなら、マーシャさんと婚約でも結婚でもすればいい。
「お断りします。私には、お金を出す理由がありません」
ハリソン様は私の腕を掴み、ギュッと力を込めて睨みつけてきた。
「お前はそれでも人間か!? マーシャが死んでも、お前は何も感じないのか!?」
何も感じない……とまでは言わない。どんなに嫌いな相手でも、人が亡くなったら悲しい気持ちにはなる。だけど、私はマーシャさんに会ったこともないし、彼女を助ける義務も義理もないし、何より彼女が病気だと言っていることも怪しい。
マーシャさんが病気だと、ハリソン様がお金を借りに来たのはこれが初めてではない。婚約してからの2年間で、ハリソン様には20回以上お金を貸している。お金を借りに来る理由は毎回同じで、マーシャさんの体調が悪いと言ってくる。
どんな病なのか聞いても、『マーシャは身体が弱い』としか言わない。2年間も同じことを繰り返して来たのだから、いい加減うんざりしている。
「私は、人間ではないのかもしれませんね。他に用がないのでしたら、とっととお帰りください」
うんざりした私は、彼の婚約者として接するのをやめた。政略結婚ではあったけれど、彼を愛そうと努力はして来た。容姿が釣り合わないのは分かっていたから、少しでも美しくなる努力もした。
2年間頑張ったのだから、もう自由になってもいいわよね?
私に追い返されたハリソン様は、トボトボと邸から帰って行く。
この日私は、彼と別れる決意をした。
別れると決めたけど、私から婚約を破棄するつもりはない。理由は、彼に慰謝料なんて渡したくないから。今まで貸したお金も、全て返してもらうつもりだ。
私を散々バカにして、ただのお金を出す道具扱いしてきたことを後悔させてやる。
その日の夜、一枚の手紙を書いた。
宛先は、リーシュ・ノーランド侯爵。リーシュとは、幼い頃からの友人だ。幼馴染みがいるのは、ハリソン様だけではない。私にだっている。
ハリソン様とのことを全て伝え、手伝って欲しいと手紙に書いた。
翌日、またハリソン様がお金を貸して欲しいと邸を訪ねてきた。このまま毎日来られたら迷惑なので、今回は借用書を書かせてお金を貸すことにした。
「借用書なんか、書く必要あるのか? 俺達は婚約しているんだぞ?」
応接室にお通しして借用書を差し出した私に、ハリソン様はそう言った。私が、婚約者だという認識はあるようだ。
「サインしないのでしたら、お金を貸すつもりはありません。どうしますか?」
納得したようには見えないけど、仕方なくといった様子でサインをした。
「これでいいだろ!?」
お金を借りに来ているのに、どうしてハリソン様が偉そうなのか。別れると決めたからか、前よりも嫌なところが増えた気がする。
「どうぞ」
お金を受け取ると、すぐにハリソン様は帰って行った。本当に、私のことをお金としか見ていないのがよく分かった。
お父様にもこのことは話してある。
よく2年も我慢出来たな……私って、偉い。
その翌日、マーシャさんに会いに行くことにした。マーシャさんの家は、小さな雑貨屋をやっているらしい。
今まで、マーシャさんのことをあまり知りたくなかった。だけど、もう逃げたりはしない。
「いらっしゃいませー!」
店の中に入ると、中年の女性が愛想良く接して来た。自宅は、店の2階にあるようだ。
「何かお探しのものはありますでしょうか? 今日は可愛い髪飾りが入荷したんですけど、つけてみませんか?」
「あの……買い物に来たわけじゃ……」
聞こえていないのか、わざと聞いていないのか、私の言葉には反応せず、髪飾りを私の頭に当てて鏡を見せてくる。
「良くお似合いです! 実は、この髪飾りは、亡くなった夫の知り合いが譲ってくれたんです。少しお高いんですけど、身体の弱い娘の為に少しでも足しにして欲しいと言ってくれて」
「そうなんですか……」
「お嬢様みたいな素敵な方に買っていただけたら、髪飾りも喜ぶと思います!」
買い物に来たわけではないのに、女性に勧められるまま髪飾りを買ってしまった。私は何をやっているのか……
この女性は、マーシャさんの母親だそうだ。
女性の名はコリー。コリーさんは、マーシャさんが幼い時に旦那さんを病で亡くし、女手一つでマーシャさんを育てて来たそうだ。
「ご苦労されたのですね……」
話を聞きながら、目にいっぱい涙を浮かべる。マーシャさんの病弱も、本当のことかもしれないと思い始めていた時……
「ルイーズ! 何をしている!?」
振り向くと、呆れ顔のリーシュが立っていた。
リーシュに手を引かれ店の外に出ると、はぁとため息をつかれた。
「まったく、あんな古典的な手に引っかかりやがって」
「古典的なって、まさか……」
「あの親子は、大嘘つきだ。旦那には逃げられ、それからは男を騙して金を貰っている。お前まで騙されて、どうすんだよ……」
リーシュがいなかったら、確実に騙されていたと思う。……勧められるがままに、髪飾りを買ってしまったし。
「もしかしたら、ハリソン様は優しいだけなのかな?」
あんなに演技が上手い母親に育てられた娘なんだから、ハリソン様を騙すのも簡単だったはず。
「勘違いするな、アイツは最低だ。たとえ騙されているとしても、婚約者に金を出させるのは間違っているし、何よりルイーズを大切にしないやつは許せない!」
二つ年上のリーシュは、幼馴染みでもあり、兄のような存在だった。リーシュもきっと、私のことを妹のように思ってくれている。
「そうだよね! たとえ親が決めた相手だったとしても、ハリソン様にはまったく誠意が感じられなかった。もう揺らがないし、あの母娘にも騙されたりしない!」
あのお母さんの娘なんだから、マーシャさんも手強い相手なのだと分かる。それでも、もう惑わされたりはしない。ハリソン様とマーシャさんには、思い知らせてあげるわ!
123
あなたにおすすめの小説
婚約を破棄したいと言うのなら、私は愛することをやめます
天宮有
恋愛
婚約者のザオードは「婚約を破棄したい」と言うと、私マリーがどんなことでもすると考えている。
家族も命令に従えとしか言わないから、私は愛することをやめて自由に生きることにした。
他の人を好きになったあなたを、私は愛することができません
天宮有
恋愛
公爵令嬢の私シーラの婚約者レヴォク第二王子が、伯爵令嬢ソフィーを好きになった。
第三王子ゼロアから聞いていたけど、私はレヴォクを信じてしまった。
その結果レヴォクに協力した国王に冤罪をかけられて、私は婚約破棄と国外追放を言い渡されてしまう。
追放された私は他国に行き、数日後ゼロアと再会する。
ゼロアは私を追放した国王を嫌い、国を捨てたようだ。
私はゼロアと新しい生活を送って――元婚約者レヴォクは、後悔することとなる。
【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜
くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。
味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。
――けれど、彼らは知らなかった。
彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。
すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、
復讐ではなく「関わらない」という選択。
だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
悪いのは全て妹なのに、婚約者は私を捨てるようです
天宮有
恋愛
伯爵令嬢シンディの妹デーリカは、様々な人に迷惑をかけていた。
デーリカはシンディが迷惑をかけていると言い出して、婚約者のオリドスはデーリカの発言を信じてしまう。
オリドスはシンディとの婚約を破棄して、デーリカと婚約したいようだ。
婚約破棄を言い渡されたシンディは、家を捨てようとしていた。
婚約者に突き飛ばされて前世を思い出しました
天宮有
恋愛
伯爵令嬢のミレナは、双子の妹キサラより劣っていると思われていた。
婚約者のルドノスも同じ考えのようで、ミレナよりキサラと婚約したくなったらしい。
排除しようとルドノスが突き飛ばした時に、ミレナは前世の記憶を思い出し危機を回避した。
今までミレナが支えていたから、妹の方が優秀と思われている。
前世の記憶を思い出したミレナは、キサラのために何かすることはなかった。
妹の嘘を信じて婚約破棄するのなら、私は家から出ていきます
天宮有
恋愛
平民のシャイナは妹ザロアのために働き、ザロアは家族から溺愛されていた。
ザロアの学費をシャイナが稼ぎ、その時に伯爵令息のランドから告白される。
それから数ヶ月が経ち、ザロアの嘘を信じたランドからシャイナは婚約破棄を言い渡されてしまう。
ランドはザロアと結婚するようで、そのショックによりシャイナは前世の記憶を思い出す。
今まで家族に利用されていたシャイナは、家から出ていくことを決意した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる