3 / 13
3、変わってしまったデイビッド様
会場に入ると、今日の夜会はダンスパーティーということもあり、出席者達はパートナー同伴の方達が多かった。パートナー同伴でない方は、ほとんどが婚約者の居ない方達だ。
「エリアーナ様? いらしていただけたのですね!」
最初に声をかけてきたのは、ベルーナ伯爵。今日のこの夜会の主催者だ。
「お久しぶりです、ベルーナ伯爵。お招きいただき、感謝いたします」
膝を軽く折り、片足を後ろに引き、ドレスの裾を軽くつまんで挨拶をした。
「エリアーナ様は、所作もお美しい! 実は、デイビッドが来ているのですが、なぜエリアーナ様とご一緒ではないのですか? 同伴の女性は、もしや平民……」
ベルーナ伯爵は、いわゆる長いものに巻かれるタイプの方で、自分より爵位が上の者には媚びを売り、下の者には傲慢な態度をとる。
まだ侯爵令嬢ではあるけれど、いずれ侯爵となる私に媚びを売ってくるから苦手な相手だ。
「キルスティン様のことを仰っているのでしたら、彼女は男爵令嬢です」
「男爵令嬢……どうりで……」
明らかにバカにしたように頷く。
「身分で差別するような発言は、感心出来ません。デイビッド様は、どちらにおいでですか?」
キルスティン様のことは、好きではないけれど、身分で人を見下すベルーナ伯爵の態度は許せなかった。
「も、申し訳ありません! デイビッドは、息子のレイモンドとバルコニーで話をしているかと……」
「ありがとうございます、行ってみます」
バルコニーへと出てみると、デイビッド様の姿が見えた。キルスティン様と寄り添うように立ちながら、レイモンド様と話していた。その姿は、まるで恋人同士のようで、私の足はその場から動くことが出来なくなっていた。
こんなに近くに居るのに、デイビッド様は全く私に気付かない。今まで私に向けてくれていた優しい笑顔も、優しい眼差しも、全てキルスティン様に向けられていた。
「お前ら、本当にお似合いだな。いっそ、婚約したらどうだ?」
私に気付くことなく、三人は会話を続けていた。
「バカ言うなよ。キルスティンは、義妹なんだ。それに、俺には婚約者が居る」
デイビッド様は、ハッキリ否定してくれた。その言葉に安堵していると、キルスティン様の甲高い声が聞こえた。
「婚約者って、エリアーナ様ですよね? あの方は、デイビッドお義兄様に相応しくありません! こんなに素敵なお義兄様のことを、『親が決めた婚約者だから仕方ない』と言っていたそうです! 許せません!」
そんなことを言ったことは、一度もない。キルスティン様は、私達の関係を壊したいのだろうか。デイビッド様の腕に胸を押し付け、瞳をうるうると麗せながら彼の目を見つめている。
「…………」
「おい、見つめ合うなら他所でやってくれよ。今にもキスしそうだぞ。まあ、婚約は破棄しないだろ? なんたって、ブラットレイ侯爵家だもんな。俺が代わりたいよ!」
レイモンド様は、父親そっくりのようだ。
私は、いったい何をやっているのだろうか。デイビッド様に会うために来たはずなのに、やっていることはただの立ち聞き。近付くことも、声をかけることも出来ない臆病者。自分が、情けない。
「エリアーナ嬢? こんなところで、何してるんだ?」
そして、背後に人が居たことにも気付いていなかった。
「あ、えっと……少し、風に当たりたかったので……」
声をかけてきたのは、デイビッド様の友人のシルバ・ユーリッド様。私が立ち聞きしていたことを、気付かれてしまっただろうか。
「ああ、デイビッドに会いに来たのか。デイビッド!」
最悪なタイミングで会いたくはなかったのに、シルバ様の声で、デイビッド様はこちらに気付いたようだ。
「何で居るんだ?」
あの日、シードル侯爵邸で待っていた時と同じ反応 。彼は昔のように、私に微笑んではくれない。
「デイビッド様と、お話がしたくて参りました。私はまだ、あなたの婚約者なのですか?」
必死に涙を堪えながら、今一番聞きたかったことを聞いた。
私の目には、キルスティン様が婚約者のように見える。そもそも、二人は血が繋がっているわけでも、ローレル夫人の連れ子として籍が入っているわけでもない。常識的には控えるべきだが、国の法律で禁止されているわけではないのだから、二人がそういう仲になったとしても不思議ではない。
「くだらないことを聞くな! お前以外、誰が婚約者だと言うんだ?」
ハッキリと、婚約者だと言ってくれたことに安堵していた。私はどれだけ単純なのだろう。
「エリアーナ様は、私のことがお嫌いなのですか? デイビッドお義兄様が私とばかり一緒に居るのが許せなくて、そんなことを仰っているのですよね? お義兄様……私、お義兄様とお会いするのを控えた方がいいですか?」
キルスティン様は、私が必死に堪えた涙を簡単にぽろぽろと流しながら、デイビッド様の目を見つめてそう言った。やっと仲直り出来るかもしれないと思った私が、甘かったようだ。
「控える必要はない。お前は大切な義妹だ。お前と会うことを、誰にも文句は言わせない」
私にはもう向けなくなった優しい顔で、キルスティン様にそう言うデイビッド様。彼女のわざとらしい演技に、なぜ気付かないのだろうか。
「デイビッドお義兄様、大好き!!」
キルスティン様は、デイビッド様に抱き着いた。ここがバルコニーとはいえ、公の場所で抱き着く彼女に驚いた。もっと驚いたのは、彼が嬉しそうに笑っていることだった。しかも、義妹だと散々強調していた彼の鼻の下が伸びていた。夜会になんて、来なければよかったと後悔していると、シルバ様が口を開いた。
「イチャイチャするなら、邸でやれ」
シルバ様は、いつも何を考えているのか分からない。無表情で、感情をあまり表には出さない。そんなシルバ様が、明らかに嫌な顔をしている。
「お前、羨ましいんだろ? まだ婚約者も居ないからな」
シルバ様の表情を見ても、羨ましがっていると思えてしまうデイビッド様の頭は、どうなっているのだろうか……。
「ありえない」
シルバ様は、ムスッとしていた。
「今日のエリアーナ様のドレス、随分シンプルなのですね。何だか、貧乏臭くありません?」
貧乏臭い……とは?
このドレスはシンプルなデザインだけれど、職人が丁寧に作ってくれた物だ。そう見えるのなら、このドレスを着こなせていない私のせいだろう。
「お前、またあの香水をつけているな。キルスティンを傷付けたくて、わざとつけてきたのか!?」
私が侮辱されても何も言わなかったのに、香水をつけていることを責める彼の気持ちが分からない。『キルスティンの家は、そのような高価な物は買えない』と、そう言っていたのに、今日身に付けているドレスや靴や宝石は、かなり高価な物だ。しかも、バルコニー中に充満するほどの香水の匂いは、キルスティン様から漂っている。
デザインからして、全てデイビッド様からの贈り物だろう。傷付いているのは、私の方だ。
「この香水は、私の誕生日にジョアンナがくれた物です。大切な物ですので、使用を控えるつもりはありません」
誕生日という言葉に、気まずそうに目を伏せるデイビッド様。あの日は私の誕生日だったことを、やっと思い出したようだ。
「そ、そうか。では、大事にしなければな。エリアーナ……」
「お義兄様、私、喉が渇いてしまいました」
デイビッド様が何か言いかけたところで、キルスティン様が猫なで声を出しながら、彼の袖を引っ張った。
「ああ、気付かなくてすまない。エリアーナ、キルスティンに飲み物を取ってきてくれ」
先程の様子とは一転して、何の迷いもなくデイビッド様は私にそう言った。
あなたにおすすめの小説
さようなら、もと婚約者さん~失踪したあなたと残された私達。私達のことを思うなら死んでくれる?~
うめまつ
恋愛
結婚して三年。今頃、六年前に失踪したもと婚約者が現れた。
※完結です。
※住む世界の価値観が違った男女の話。
※夢を追うって聞こえはいいけど後始末ちゃんとしてってほしいと思う。スカッとな盛り上がりはなく後読感はが良しと言えないですね。でもネクラな空気感を味わいたい時には向いてる作品。
※お気に入り、栞ありがとうございます(*´∀`*)
私と婚約破棄して妹と婚約!? ……そうですか。やって御覧なさい。後悔しても遅いわよ?
百谷シカ
恋愛
地味顔の私じゃなくて、可愛い顔の妹を選んだ伯爵。
だけど私は知っている。妹と結婚したって、不幸になるしかないって事を……
〖完結〗旦那様はどうしようもないですね。
藍川みいな
恋愛
愛人を作り、メイドにまで手を出す旦那様。
我慢の限界を迎えた時、旦那様から離婚だ! 出て行け! と言われました。
この邸はお父様のものですが?
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全3話で完結になります。
ミュリエル・ブランシャールはそれでも彼を愛していた
玉菜きゃべつ
恋愛
確かに愛し合っていた筈なのに、彼は学園を卒業してから私に冷たく当たるようになった。
なんでも、学園で私の悪行が噂されているのだという。勿論心当たりなど無い。 噂などを頭から信じ込むような人では無かったのに、何が彼を変えてしまったのだろう。 私を愛さない人なんか、嫌いになれたら良いのに。何度そう思っても、彼を愛することを辞められなかった。 ある時、遂に彼に婚約解消を迫られた私は、愛する彼に強く抵抗することも出来ずに言われるがまま書類に署名してしまう。私は貴方を愛することを辞められない。でも、もうこの苦しみには耐えられない。 なら、貴方が私の世界からいなくなればいい。◆全6話
最後に一つだけ。あなたの未来を壊す方法を教えてあげる
椿谷あずる
恋愛
婚約者カインの口から、一方的に別れを告げられたルーミア。
その隣では、彼が庇う女、アメリが怯える素振りを見せながら、こっそりと勝者の微笑みを浮かべていた。
──ああ、なるほど。私は、最初から負ける役だったのね。
全てを悟ったルーミアは、静かに微笑み、淡々と婚約破棄を受け入れる。
だが、その背中を向ける間際、彼女はふと立ち止まり、振り返った。
「……ねえ、最後に一つだけ。教えてあげるわ」
その一言が、すべての運命を覆すとも知らずに。
裏切られた彼女は、微笑みながらすべてを奪い返す──これは、華麗なる逆転劇の始まり。
婚約者の愛した人が聖女ではないと、私は知っています
天宮有
恋愛
私アイラは、3人いる聖女候補の1人だった。
数ヶ月後の儀式を経て聖女が決まるようで、婚約者ルグドは聖女候補のシェムが好きになったと話す。
シェムは間違いなく自分が聖女になると確信して、ルグドも同じ考えのようだ。
そして数日後、儀式の前に私は「アイラ様が聖女です」と報告を受けていた。
妹のように思っているからといって、それは彼女のことを優先する理由にはなりませんよね?
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルリアは、婚約者の行動に辟易としていた。
彼は実の妹がいるにも関わらず、他家のある令嬢を心の妹として、その人物のことばかりを優先していたのだ。
その異常な行動に、アルリアは彼との婚約を破棄することを決めた。
いつでも心の妹を優先する彼と婚約しても、家の利益にならないと考えたのだ。
それを伝えると、婚約者は怒り始めた。あくまでも妹のように思っているだけで、男女の関係ではないというのだ。
「妹のように思っているからといって、それは彼女のことを優先する理由にはなりませんよね?」
アルリアはそう言って、婚約者と別れた。
そしてその後、婚約者はその歪な関係の報いを受けることになった。彼と心の妹との間には、様々な思惑が隠れていたのだ。
※登場人物の名前を途中から間違えていました。メレティアではなく、レメティアが正しい名前です。混乱させてしまい、誠に申し訳ありません。(2024/08/10)
※登場人物の名前を途中から間違えていました。モルダン子爵ではなく、ボルダン子爵が正しい名前です。混乱させてしまい、誠に申し訳ありません。(2024/08/14)