〖完結〗あなたに愛されることは望みません。

藍川みいな

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1、愛されない結婚

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 アンディ様が、王位についたのは彼が十二歳の時だった。アンディ様のご両親である、先王様と王妃様は、毒を盛られて亡くなられた。
 犯人が誰なのかは、皆分かっていた。それでも口をつぐんだのは、皆が恐れる相手だったからだ。

 一国の王よりも……

 
 アンディ様が八歳、私が六歳の時に私達は出会った。
 
 「そこで、何をしているのですか?」

 アンディ様の、八歳の誕生日を祝うパーティーが王宮で開催されていた。パーティーの主役だというのに、アンディ様は中庭のベンチに座り、夜空を眺めていた。

 「あの中は、嘘ばかりの世界だ。夜空を見上げていると、心が落ち着く」

 パーティーが開かれている大ホールを指差し、嘘ばかりの世界だと言ったアンディ様の蒼い瞳が、とても悲しそうだった。

 「隣りに座っても、よろしいですか?」

 悲しそうな瞳の意味が知りたくて、その場から離れられなかった。

 「いいよ」
 「ありがとうございます」

 隣りに座って、夜空を見上げる。アンディ様が見ている景色を、私も見たかった。なぜだか分からないけれど、アンディ様は私と似ている気がした。
 緩やかな風に、彼の青みがかった銀色の髪がふわりとなびく。どこか儚げで、今にも消えてしまいそう……そう思った瞬間、無意識に彼の服の袖を掴んでいた。

 「君の名前は?」

 服の袖に触れていることに嫌がる素振りは一切見せず、彼は名前を聞いて来た。

 「……リ……ジィ、リジィ・フォードです」

 嘘をついた。
 私の名前は、ロゼッタ・ブルーク。この国で最も恐れられている、ブルーク公爵の娘だ。リジィとは、よく間違えられるほど似ていた。みんなに恐れられているブルーク公爵の娘だなんて、知られたくなかった。私は、リジィになりたいと思っていた。

 名前を聞いたアンディ様は、微笑んでからまた夜空を見上げた。

 執事が探しに来るまでの間、私達はそのまま夜空を見上げ続けていた。

 この後訪れる悲劇を、この時の私達は知る由もなかった。

◇ ◇ ◇

 四年後、この国マークソルダ王国の王と王妃が逝去された。公表された死因は、病死だった。お二人同時に、病死なんてありえない。皆が、お二人は殺されたのだと分かっていた。

 お二人が逝去された翌日、私の母が亡くなった。公表された死因は、またも病死。

 私は知っていた。父が母を殺したことを……

 母は、父のしていることが許せなかった。父にとって母は、政略結婚の相手。けれど、母にとって父は愛する人だった。母がどんな思いをしていたのか、どんなにつらかったか……
 母を苦しめ続けたあげく、最後には殺した父が許せなかった。
 母が殺されたというのに、私には何も出来ない。毎日毎日、涙が枯れるまで泣くことしか出来ず、自分の力のなさに絶望した。

 数日後、アンディ様が新国王に即位された。

 父は、すぐに新しく妻を迎えた。サーシャ・マルセン。マルセン公爵家も味方につけ、ブルーク公爵家の力は更に強くなった。

 新しい妻との生活に私が邪魔になった父は、邸から追い出し、使用人の為に用意されている離れに住まわせた。父から愛されたことなど、一度もない。母だけが、私の愛する家族だった。その母を殺した父を、許すことは出来ない。

 「お嬢様が、なぜこのような目に……」

 私の荷物を離れに運び込みながら、メイドのアビゲールがため息を漏らす。荷物といっても、ドレスや宝石は私には必要ないと義母に取り上げられたので、そんなに多くはなかった。アビーは幼い頃から、私に仕えてくれていた。唯一、心を許せる存在だ。

 「アビーと一緒に居られるから、離れで暮らすのも悪くないわ」

 不機嫌な顔をしていたアビーが、瞳をキラキラさせながら嬉しそうな顔をする。素直な彼女に、私はずっと救われて来た。ブルーク公爵家に仕えている使用人は、まるで仮面をつけているみたいに、感情をおもてにあらわさない。ある意味、使用人としては有能なのかもしれない。

 「ロゼッタ様にそう仰っていただけるなんて、すごく嬉しいです!」

 だけど私は、感情豊かなアビーが大好きだ。
 
 荷物を部屋に運び入れると、アビーがお茶の用意をしてくれた。部屋の中には、小さなテーブルとイスが二脚。そして、ベッドがあるだけの質素な部屋。

 「私の部屋は隣ですので、何かありましたらお呼びください」
 
 カップにお茶を注いでくれるアビーを見ながら、これからは自分のことは自分でしようと思った。メイドとしての仕事をしているアビーに、私の世話までさせるのは気が引ける。

 「ありがとう、アビー。この離れには、調理場があるのよね?」

 「え? はい、ありますけど……?」

 アビーは不思議そうに首をかしげる。

 「良かった。アビーに、お願いがあるの」

 その日から、アビーに料理を教わった。アビーには、『そんなことは私がやります』といって反対されたけれど、なんだかんだ文句を言いながらも丁寧に教えてくれた。仕事で疲れているのだから、この離れの掃除や食事の支度くらいはしたかった。本当は、父の世話になんかなりたくない。邸から出て行きたいけれど、あの父が認めるはずがない。何かの道具に使おうと思っているから、私を追い出さない。逃げ出したところで、連れ戻される。それならば、ここでアビーとの時間を大切にしたい。

 「どう? 今日の料理は、自信作なの!」

 一ヶ月後には、かなり料理の腕が上達していた。アビーや他の使用人達が、美味しいと言って食べてくれることが喜びになっていた。

 「美味しい……。一ヶ月で、私より上手くなってしまいました。少しだけ、悔しいです」
 
 悔しいと言いながらも、私の作ったスープを全部飲み干していた。
 邸で残った食材が、離れで使用人達の食事に使われる。残り物の食材で、工夫して料理を作ることが楽しくなっていた。

 そんな生活が、六年続いた。

 父の誤算だったのは、新しく迎えた妻との間に子が出来なかったこと。女の子が生まれたら、アンディ様と婚約させるつもりだったようだ。

 これ以上は待てなかったのか、父は仕方なく私を王妃に据えることにした。

 「お前は監視役だ。陛下が変な気を起こさぬよう、見張っていろ」

 父は、私を利用出来ると思っている。冗談じゃない……そうは思っても、アンディ様の為に父には逆らわないと決めた。

 私が彼を守る。

 初めて出会ったあの日、私はアンディ様に恋をした。だからあの時、本当の名前を知られたくなくて嘘をついた。初恋……いいえ、今でも愛している。

 「……分かりました。お父様のご期待に添えるよう努力します」

 こうして私は、アンディ様と結婚をした。そして、この国の王妃となった。
 結婚式で、アンディ様と十年ぶりの再会。
 彼の目に私の姿が映ることはなく、結婚式は終わった。

 結婚初夜、アンディ様が寝室に現れることはなかった。
 安心した。彼は、完全な操り人形ではないということだ。子が出来てしまったら、アンディ様が用済みになってしまう。それだけは、避けなければならない。
 父には、アンディ様と初夜を共にしたと報告した。
 
 愛されることは望んでいない。
 彼にとって私は、両親を殺した男の娘。そんな相手を、愛することなど出来るはずがない。
 彼の心が少しでも軽くなるなら、私を憎んで欲しい。

 これが私の、愛の形だ。

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