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5.SAY YES
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七月中旬から下旬にかけて、綿花は、黄色い花を咲かせる。
その黄色い花は一日で萎み、すぐに実をつけ、約一カ月をかけて、次第に、その実は膨らみ、八月の下旬を迎えると、大きく膨らんだ実が弾けて、綿を吹き始めた。
九月に入ると、あっという間に綿花畑は、一面のコットンボールに埋め尽くされ、綿花が開き切ったら、いよいよ、収穫の時期を迎えるのだった。
八月の下旬、アンヌの農園では、綿が吹き始めていた。
七月末に、一度、嵐に見舞われたものの、幸い大きな被害は出ず、綿花の生育は順調で、収穫の時期を目前にして、農園の誰もが、真っ白なコットンボールで、大地が埋め尽くされるその時を、心待ちにしていた。
鶏騒動のあった日から、一カ月以上が過ぎていたが、ほぼ毎日、ランドルフはアンヌの農園に通い詰め、農園監督者としての任務を、全うしていた。
そして、ふたりの距離を縮めようとするランドルフと、それを、逃れようとするアンヌの心理戦は、日を追うごとに、攻防が激しくなってくるようにも思えた。
どう不愛想に振る舞ってみたところで、胸の内では、ランドルフに惹かれている、アンヌだった。
どうしたところで、隙が生まれた。
農園での一日の仕事を終えて、心身ともに疲れ切っている時、アンヌを思いやる労わりの言葉と共に、深い愛情を示されれば、冷たい態度であしらうことは難しかった。
アンヌの農園を心配し、尽くしてくれるその想いに、できることなら応えたかった。
けれども、そうはできなかった。
罪深い過去を、なかったことにすることは、出来なかった。
自分は・・・、ミラージュは、一体何人の罪なき人を、殺めて来たと言うのか。
杯に毒を盛り、アンヌが、直接、手を下したこともあった。
ラングラン家に仇なす家の、幼子の殺害を、命じたこともある。
その闇色の心と体で、ランドルフの真摯な愛情を受けることが出来るとは、夢にも思わなかった。
苦しいのは・・・、未練があるから。
ごく普通の女として生きたいという、未練があるから。
諦めきってしまえばいい。
そうすれば、心が乱れることもないはず。
狂おしい感情に支配されそうになる度、アンヌは、自分にそう言い聞かせた。
オーウェンが落馬してからは、二カ月以上が過ぎようとしていた。
オーウェンは、この二カ月というもの、医者が自ら考案したのだという、腰を固定する、石膏の型のようなものを巻き付けられて、ずっとベッドに横たわっていた。
その療養生活は、人の手を必要とし、状況に応じて、エマか、ポリーか、奴隷か、時にはアンソニーも、代わる代わる、その世話を焼いた。
食事はベッドの上で、横になったまま、口まで運んでもらい、用を足すにしても、ベッドで、人の手を借りなければならなかった。
さすがに、この点に関して、女の手を借りるわけにもいかず、男の奴隷の手を借りた。
オーウェンは、みなに申し訳ないと、ただ頭を下げるばかりで、思うようにはならない身体のもどかしさを、嘆く日々を過ごした。
オーウェンの辛い日々の、大きな慰めは、アンソニーとエマで、ふたりは仕事を終えてから、度々オーウェンのもとへやって来ては、農園での出来事をあれこれと話して、気晴らしをしてくれた。
その際、不自由な生活を強いられているわけですから、と、気遣ったアンヌが、ペンナの街で手に入れた、果物や、珍しい菓子を、エマに持たせることもあり、オーウェンは、アンヌへの感謝で胸がいっぱいになった。
そうして八月末、ようやく医者から、歩行の許可が下りた。
歩いてもいい、と言われて、オーウェンの喜びようといったらなかったが、中々、現実は、甘くなかった。
確かに、腰の痛みは引いていた。
問題は、筋力だった。
二カ月以上、寝たきりだったせいで、足の筋肉がすっかり落ちてしまい、歩行がままならなくなっていた。
そういうわけで、今、オーウェンの日課は、歩行訓練だった。
オーウェンの住まいとなる建物の階段を、一往復するだけでも、ぜいぜい息切れがして、倒れ込み、見ている方が気の毒に思えるような有様だったが、オーウェンは、今、動けるようになった喜びをかみしめていた。
あまり急に無理をしないように、という医者の言葉に従って、少しずつ、歩く距離を伸ばしていたが、若いだけに、回復は、早かった。
この分だと、農園が収穫の喜びに沸き立つ、九月の半ばには、農園に出て、収穫に立ち会うことが出来るかもしれないと、オーウェンは、明るい希望を持って、歩行訓練に励んでいた。
オーウェンが、日々歩く練習に取り組んでいた、八月も終わりに近づいたある日、アンヌはランドルフに、次の日曜日、休暇を取って出掛けたいので、農園を任せたいのだが、と申し出た。
ランドルフは、そのアンヌの申し出を快諾した。
これまでにも、アンヌが農園を離れて、ランドルフが農園に残ると言う状況は、何度かあった。
けれどもそれは、アンヌが、農園に関する仕事で、ペンナの街へ赴いている場合で、この度のように、農園をランドルフに任せて、休みたい、ということでは、なかった。
ランドルフは、ようやく、アンヌに信頼されて、任されたような気がして、嬉しかった。
アンヌに、甘えられたような気がして、ふたりの距離が縮まっていくようで、胸が躍った。
だから、アンヌが何の用事で、どこへ、誰と出かけるのかということを、別段、気にとめなかった。
その黄色い花は一日で萎み、すぐに実をつけ、約一カ月をかけて、次第に、その実は膨らみ、八月の下旬を迎えると、大きく膨らんだ実が弾けて、綿を吹き始めた。
九月に入ると、あっという間に綿花畑は、一面のコットンボールに埋め尽くされ、綿花が開き切ったら、いよいよ、収穫の時期を迎えるのだった。
八月の下旬、アンヌの農園では、綿が吹き始めていた。
七月末に、一度、嵐に見舞われたものの、幸い大きな被害は出ず、綿花の生育は順調で、収穫の時期を目前にして、農園の誰もが、真っ白なコットンボールで、大地が埋め尽くされるその時を、心待ちにしていた。
鶏騒動のあった日から、一カ月以上が過ぎていたが、ほぼ毎日、ランドルフはアンヌの農園に通い詰め、農園監督者としての任務を、全うしていた。
そして、ふたりの距離を縮めようとするランドルフと、それを、逃れようとするアンヌの心理戦は、日を追うごとに、攻防が激しくなってくるようにも思えた。
どう不愛想に振る舞ってみたところで、胸の内では、ランドルフに惹かれている、アンヌだった。
どうしたところで、隙が生まれた。
農園での一日の仕事を終えて、心身ともに疲れ切っている時、アンヌを思いやる労わりの言葉と共に、深い愛情を示されれば、冷たい態度であしらうことは難しかった。
アンヌの農園を心配し、尽くしてくれるその想いに、できることなら応えたかった。
けれども、そうはできなかった。
罪深い過去を、なかったことにすることは、出来なかった。
自分は・・・、ミラージュは、一体何人の罪なき人を、殺めて来たと言うのか。
杯に毒を盛り、アンヌが、直接、手を下したこともあった。
ラングラン家に仇なす家の、幼子の殺害を、命じたこともある。
その闇色の心と体で、ランドルフの真摯な愛情を受けることが出来るとは、夢にも思わなかった。
苦しいのは・・・、未練があるから。
ごく普通の女として生きたいという、未練があるから。
諦めきってしまえばいい。
そうすれば、心が乱れることもないはず。
狂おしい感情に支配されそうになる度、アンヌは、自分にそう言い聞かせた。
オーウェンが落馬してからは、二カ月以上が過ぎようとしていた。
オーウェンは、この二カ月というもの、医者が自ら考案したのだという、腰を固定する、石膏の型のようなものを巻き付けられて、ずっとベッドに横たわっていた。
その療養生活は、人の手を必要とし、状況に応じて、エマか、ポリーか、奴隷か、時にはアンソニーも、代わる代わる、その世話を焼いた。
食事はベッドの上で、横になったまま、口まで運んでもらい、用を足すにしても、ベッドで、人の手を借りなければならなかった。
さすがに、この点に関して、女の手を借りるわけにもいかず、男の奴隷の手を借りた。
オーウェンは、みなに申し訳ないと、ただ頭を下げるばかりで、思うようにはならない身体のもどかしさを、嘆く日々を過ごした。
オーウェンの辛い日々の、大きな慰めは、アンソニーとエマで、ふたりは仕事を終えてから、度々オーウェンのもとへやって来ては、農園での出来事をあれこれと話して、気晴らしをしてくれた。
その際、不自由な生活を強いられているわけですから、と、気遣ったアンヌが、ペンナの街で手に入れた、果物や、珍しい菓子を、エマに持たせることもあり、オーウェンは、アンヌへの感謝で胸がいっぱいになった。
そうして八月末、ようやく医者から、歩行の許可が下りた。
歩いてもいい、と言われて、オーウェンの喜びようといったらなかったが、中々、現実は、甘くなかった。
確かに、腰の痛みは引いていた。
問題は、筋力だった。
二カ月以上、寝たきりだったせいで、足の筋肉がすっかり落ちてしまい、歩行がままならなくなっていた。
そういうわけで、今、オーウェンの日課は、歩行訓練だった。
オーウェンの住まいとなる建物の階段を、一往復するだけでも、ぜいぜい息切れがして、倒れ込み、見ている方が気の毒に思えるような有様だったが、オーウェンは、今、動けるようになった喜びをかみしめていた。
あまり急に無理をしないように、という医者の言葉に従って、少しずつ、歩く距離を伸ばしていたが、若いだけに、回復は、早かった。
この分だと、農園が収穫の喜びに沸き立つ、九月の半ばには、農園に出て、収穫に立ち会うことが出来るかもしれないと、オーウェンは、明るい希望を持って、歩行訓練に励んでいた。
オーウェンが、日々歩く練習に取り組んでいた、八月も終わりに近づいたある日、アンヌはランドルフに、次の日曜日、休暇を取って出掛けたいので、農園を任せたいのだが、と申し出た。
ランドルフは、そのアンヌの申し出を快諾した。
これまでにも、アンヌが農園を離れて、ランドルフが農園に残ると言う状況は、何度かあった。
けれどもそれは、アンヌが、農園に関する仕事で、ペンナの街へ赴いている場合で、この度のように、農園をランドルフに任せて、休みたい、ということでは、なかった。
ランドルフは、ようやく、アンヌに信頼されて、任されたような気がして、嬉しかった。
アンヌに、甘えられたような気がして、ふたりの距離が縮まっていくようで、胸が躍った。
だから、アンヌが何の用事で、どこへ、誰と出かけるのかということを、別段、気にとめなかった。
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