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2.tenderness
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昼食の時刻が近くなり、キースがコーディリアを案内したのは、大通りから少し入った場所にある、ダウディング食器店だった。
都会の寄宿学校で十代を過ごした兄二人と違って、キースは十五歳になるまで、屋敷からホレスの学校に通っていた。
そのせいで、ホレスの街には、キースの同級生や友人が大勢いて、この食器店の息子ロビンは、キースの親友だった。
コーディリアにホレスの街を案内すると決まった時、昼食は、ホレスのタヴァンの中にあるレストランで、とも考えたキースだったが、気さくな親友一家なら、コーディリアと一緒に訪れても、歓迎してくれるのではないかと、すぐに使いを遣った。
キースの予想通り、店は店員に任せられるから、是非ともランチは我が家にいらっしゃい、楽しみに待っている、との返事が来た。
それで、キースはコーディリアと一緒に、親友の両親が営む、ダウディング食器店にやって来たのだった。
お互い家業が忙しいせいで、会うのが半年ぶりとなるキースとロビンは、握手と互いの背に回した手で、再会を喜ぶように、強く叩き合った。
そして、まあ、まあ、ようこそ、キース様、お嬢様と、ロビンの父母は、笑顔でふたりをダイニングに招き入れた。
ダイニングテーブルには、人参と豆のサラダ、ポテトフライ、コテージパイ、パン、ジンジャージュースが並び、食欲をそそるいい匂いが広がっていた。
「遠慮しないで、たくさん食べていってくださいね」
と、ロビンの母は、キースとコーディリアに席を促し、昼食の短い祈りの後は、それぞれが、テーブルの大皿から自分の取り皿に、料理を取り分けていった。
コーディリアは、こういったざっくばらんな会食には不慣れで、少々戸惑った。
ウォルトンでの食事は、自宅であれ会食であれ、席に、給仕が運んで来るスタイルで、目の前に並んだ料理の中から、自分が好きなものを、好きなだけ選んで頂くと言うことがなかった。
「お取りしましょうね、お嬢さん」
コーディリアが躊躇っているようすを、遠慮していると勘違いしたのか、ロビンの母は、笑顔で、テーブルの大皿からコーディリアの取り皿に、料理を彩り良く取り分けた。
「・・・美味しい」
人参と豆のサラダを口に運んで、コーディリアは思わず言葉が零れた。
食感を程よく残した素材に、塩とビネガーとオリーブオイルの味付けが、絶妙だった。
「お口に会って良かったわ。コテージパイとの相性も、いいんですよ。さあ、たくさん召し上がって、お腹いっぱいにしてくださいね」
ロビンの母の言う通り、濃厚なパイとさっぱりとしたサラダの相性は、抜群だった。
からっと上がったフライ、しっかりと生姜の効いたジンジャージュースは、食欲を刺激し、食べ過ぎてしまいがちになった。
少々人見知りのコーディリアが、初対面のダウディング一家と打ち解け、会話が弾むのは、少しばかり難しいことだったが、キースとロビンが学生時分の体験談や失敗談を、面白おかしく話してくれるせいで、昼食の席は笑顔が絶えなかった。
あっという間に、楽しい昼食の時は過ぎ、ダウディング家を辞する前に、キースはロビンに、良かったら品物を見せてよと、声をかけ、コーディリアと店舗の方へ回った。
ホレスで一番大きな食器店とあって、広い店内には用途に応じた品々が、見栄えよく並んであって、三組ほどの、常連と思しき客の姿もあった。
「これ、どう思う?」
キースが示したのは、白のディナープレートで、リムにプリーツとレリーフの入った、シンプルかつエレガントなデザインだった。
「お料理を選ばない、素敵なデザインだと思うわ」
コーディリアの意見で、即決となった。
近いうちに、ぜひフォーシーズンズ・ハウスへ、との誘いを別れの言葉に、キースとコーディリアはダウディング食器店を辞した。
欲しいものか、見たいものがあったら、案内するけれど、とキースに促されたものの、特にコーディリアに希望はなく、だったら、帽子でも見に行こうか、というキースの誘いで、目抜き通りを反対側へと渡りかけたふたりだったが、ふと、コーディリアの眼に止まるものがあった。
「少し待って」
コーディリアの眼に入ったのは、ある店の前に置かれてある椅子だった。
といっても、それは、よく見かけるありきたりの椅子とは違っていて、座面と背もたれが編み込んで作ってある、丸みのあるフォルムで、柔らかさがあり、ほっこりとした暖かみが感じられた。
誘われるように、コーディリアが座ってみると、ロッキングチェアは、前後に揺れた。
コーディリアは、思わず笑顔になった。
「気に入った?」
コーディリアは、二、三度、椅子を揺らしてから、
「ええ、とっても・・・、気に入ったわ」
笑顔のままで、キースに答えた。
コーディリアが、椅子の後ろにある店を振り返ると、ラタンショップ、の看板が上がっていた。
ガラス越しに店を覗き込むと、あまり店内は広くないようで、中に人の姿はなかった。
「入ってみる?」
キースの言葉に頷いて、コーディリアが店の中に足を踏み入れると、ラタン(籐)で作られた机、椅子などの家具や、バスケットを中心に、鞄、小物入れなどが並んでいた。
「何かお探しですか、お嬢さん」
ドアの開く音を聞きつけて、奥から前掛けを付けた、少々背中の曲がった、小柄な老人が出て来た。
「いえ・・・、その、表に置いてある椅子が、とても素敵だったから、それで・・・」
「いい品物でしょう?見た目も、座り心地もいい。息子が作った椅子です」
老人は、褒められてうれしかったのか、柔和な微笑みを浮かべていた。
「息子さんが?」
「少し離れたところに、工房があるんです。ここの品は、そこで息子と職人たちが、作ったものです。少しは、私がここで店番をしながら、作ったものもありますけどね」
店の奥を見ると、小さなスペースに、コーディリアの見慣れない工具と、編みかけの作品があった。
コーディリアの興味深そうな眼を見て、お見せしましょうかと、老人が気を利かせ、ええ、ぜひ、と、コーディリアは、作品作りを見せてもらうことにした。
「これは、プレートを作っています。陶器とは違うので、例えば、その・・・」
「紙を敷いて、パンやお菓子を並べる?」
「流石、お嬢さん、その通り。そうしたら、食卓が、いつもと少し違うでしょう?」
「お洒落になると思うわ。可愛らしくて」
「ちょっとしたことだけれど、工夫して変化をつけると楽しくなる」
と、ふたりが、会話をするうちにも、老人は慣れた手つきで、芯を編み込んでいった。
中心部は、ざるの目のように編み、端は大きな曲線を作って、縁を作った。 そして、水につけて、縁の部分を少し立て、余った芯を、裏側で切りそろえた。
少し大きめのプレートだったが、熟練者の老人は、手つき良く一時間ほどで仕上げた。
仕上がったプレートの編み目は、どこもぴしっと等間隔で乱れがなく、手づくりのぬくもりがあった。
「綺麗だわ、とても・・・。柔らかくて、優しい美しさね」
老人に手渡されて、細部を見て、そして全体を眺めた、コーディリアの感想だった。
どうもありがとう、と、プレートを老人に返し、コーディリアが作品の並ぶ棚に眼をやると、そこにはラタンの鞄が並んでいた。
大小、形は様々で、色も、天然のものから薄く染めてあるもの、焦げ茶色のものまで色々あったが、コーディリアの眼を引いたのは、淡く染めてあるラウンド型のハンドバッグだった。
下の部分は芯をクロスするように編み、上部は、シンプルにざる編みにして、上を革のベルトで留める仕様で、持ち手が付いていた。
大きさも丁度良く、目新しく、斬新で、今の季節にちょうど相応しいような品だった。
「気に入ったのなら、買うよ」
そのハンドバッグに、コーディリアの視線が止まったままだったので、キースがそう声を掛けた。
「・・・いえ、いいわ」
「遠慮しなくていいよ」
キースが、ハンドバッグに手を伸ばしかけるのを、
「そうじゃないのよ、キース。なんていうか・・・、このハンドバッグは、わたくしに似合わないわ」
と、コーディリアは遮った。
「そんなことないよ。いいハンドバッグだと思うけど、コーディリアが持つと、もっと素敵に見えると思うよ。何故、そんなことを言うの?」
「いえ・・・、ただ、このハンドバッグは、もっと相応しい人が持つべきだわ、わたくしよりもね。・・・店主さん、色々見せていただいて、どうもありがとう。キース、行きましょうか」
コーディリアは、キースの質問に、上手く答えることが出来なかった。
そして、これ以上、長居をしては申し訳ないと、キースを促して、ラタンショップを後にした。
「また違う一面を見たよ」
ラタンショップを出てすぐ、キースが言った。
「何のお話?」
「コーディリアだよ。ラタンに、あんなに関心を持つなんて、思いもしなかった」
「小さい頃から、作ることは好きなのよ。刺繍とか、編み物とか。だけど、あまり熱心にも出来ないでしょう」
「何故?」
「何故って・・・、嗜みとして身に着けておくことは必要でしょうけど、熱心になりすぎて、家の中が、おろそかになってはいけないもの。お父様やお兄さまのお勤めに、差し障りがあってもいけないし」
「そうかなあ。自分のやりたいことは、やったほうがいいと思うけど」
「それは、あなたが男性だからよ」
「男も女も関係ないよ。やりたいことはやったほうがいいって。オーランドなら、きっとそう言うね」
コーディリアは、曖昧に微笑んだ。
家名と地位と格式を何よりも重んじる、名門貴族の家庭に生まれ育った、コーディリアのこれまでの環境を、キースに理解してもらえるとは思えなかった。
「もう、帰らないといけない時間かしら?」
コーディリアは、さりげなくこの話題を終わらせた。
キースは、ベストのポケットから懐中時計を取り出して、三時半を過ぎていることを確認した。
「ああ、そうだね」
フォーシーズンズ・ハウスまでは、馬車で一時間の道のりで、夕食の時間までに、休息したり、着替えたりする時間を考えると、そろそろ出発した方が良かった。
「あ、でも、帰る前にひとつだけ、立ち寄りたいところがあるんだ」
行こう、と、促すキースは、少しばかり楽し気だった。
十分ほど歩いて、街の中心部から少し離れた広場へ向かうと、そこは、青空市場になっていた。
さほど大きくはない広場だったが、広場をぐるりと一周するように、果物、野菜、花、乾物、お菓子、織物、骨董、古着といった店が並んでいた。
キースは、迷うことなく果物の店へ向かい、慣れた様子で、コインを渡して、プラムソーダを注文した。
「君も飲まない?」
と、誘われたコーディリアは、とんでもないというように、
「いいえ、結構よ」
と首を振った。
身分のある女性が、青空市場で立ち飲みなど、コーディリアの価値観では考えられなかった。
キースは、手渡されたグラスに入ったプラムソーダを半分まで一気飲みし、
「家でもプラムソーダは飲めるけど、俺は、ここのプラムソーダが、一番うまいと思うんだ。プラムとレモンと砂糖の配合が、いいのかな」
そういううちにも、喉が渇いていたのか、キースは、プラムソーダを飲み干し、グラスを返した。
「あなたのように、何でも自由にできたら、素敵ね」
プラムで赤く染まった、キースの口元に気づいたコーディリアは、笑って、ハンカチで拭ってやった。
コーディリアには、生真面目な兄がひとりいたが、弟がいたらこんな風なのかしら、と、コーディリアの胸は、ほっこりと暖かくなった。
キースのライムグリーンの純粋で綺麗な瞳が、どうかこれからも変わらないままでいられますようにと、口元を拭ってやりつつ、コーディリアは祈った。
「コーディリアもそうしたらいいんだよ。ハンドバッグも買ったらいいし、プラムソーダも飲めばいいのに」
「わたくしは・・・」
小さく微笑んで、やはり、コーディリアは首を振った。
折々に甦る、哀しみの宿るコーディリアの瞳に、当惑と違和感を覚えるキースだった。
都会の寄宿学校で十代を過ごした兄二人と違って、キースは十五歳になるまで、屋敷からホレスの学校に通っていた。
そのせいで、ホレスの街には、キースの同級生や友人が大勢いて、この食器店の息子ロビンは、キースの親友だった。
コーディリアにホレスの街を案内すると決まった時、昼食は、ホレスのタヴァンの中にあるレストランで、とも考えたキースだったが、気さくな親友一家なら、コーディリアと一緒に訪れても、歓迎してくれるのではないかと、すぐに使いを遣った。
キースの予想通り、店は店員に任せられるから、是非ともランチは我が家にいらっしゃい、楽しみに待っている、との返事が来た。
それで、キースはコーディリアと一緒に、親友の両親が営む、ダウディング食器店にやって来たのだった。
お互い家業が忙しいせいで、会うのが半年ぶりとなるキースとロビンは、握手と互いの背に回した手で、再会を喜ぶように、強く叩き合った。
そして、まあ、まあ、ようこそ、キース様、お嬢様と、ロビンの父母は、笑顔でふたりをダイニングに招き入れた。
ダイニングテーブルには、人参と豆のサラダ、ポテトフライ、コテージパイ、パン、ジンジャージュースが並び、食欲をそそるいい匂いが広がっていた。
「遠慮しないで、たくさん食べていってくださいね」
と、ロビンの母は、キースとコーディリアに席を促し、昼食の短い祈りの後は、それぞれが、テーブルの大皿から自分の取り皿に、料理を取り分けていった。
コーディリアは、こういったざっくばらんな会食には不慣れで、少々戸惑った。
ウォルトンでの食事は、自宅であれ会食であれ、席に、給仕が運んで来るスタイルで、目の前に並んだ料理の中から、自分が好きなものを、好きなだけ選んで頂くと言うことがなかった。
「お取りしましょうね、お嬢さん」
コーディリアが躊躇っているようすを、遠慮していると勘違いしたのか、ロビンの母は、笑顔で、テーブルの大皿からコーディリアの取り皿に、料理を彩り良く取り分けた。
「・・・美味しい」
人参と豆のサラダを口に運んで、コーディリアは思わず言葉が零れた。
食感を程よく残した素材に、塩とビネガーとオリーブオイルの味付けが、絶妙だった。
「お口に会って良かったわ。コテージパイとの相性も、いいんですよ。さあ、たくさん召し上がって、お腹いっぱいにしてくださいね」
ロビンの母の言う通り、濃厚なパイとさっぱりとしたサラダの相性は、抜群だった。
からっと上がったフライ、しっかりと生姜の効いたジンジャージュースは、食欲を刺激し、食べ過ぎてしまいがちになった。
少々人見知りのコーディリアが、初対面のダウディング一家と打ち解け、会話が弾むのは、少しばかり難しいことだったが、キースとロビンが学生時分の体験談や失敗談を、面白おかしく話してくれるせいで、昼食の席は笑顔が絶えなかった。
あっという間に、楽しい昼食の時は過ぎ、ダウディング家を辞する前に、キースはロビンに、良かったら品物を見せてよと、声をかけ、コーディリアと店舗の方へ回った。
ホレスで一番大きな食器店とあって、広い店内には用途に応じた品々が、見栄えよく並んであって、三組ほどの、常連と思しき客の姿もあった。
「これ、どう思う?」
キースが示したのは、白のディナープレートで、リムにプリーツとレリーフの入った、シンプルかつエレガントなデザインだった。
「お料理を選ばない、素敵なデザインだと思うわ」
コーディリアの意見で、即決となった。
近いうちに、ぜひフォーシーズンズ・ハウスへ、との誘いを別れの言葉に、キースとコーディリアはダウディング食器店を辞した。
欲しいものか、見たいものがあったら、案内するけれど、とキースに促されたものの、特にコーディリアに希望はなく、だったら、帽子でも見に行こうか、というキースの誘いで、目抜き通りを反対側へと渡りかけたふたりだったが、ふと、コーディリアの眼に止まるものがあった。
「少し待って」
コーディリアの眼に入ったのは、ある店の前に置かれてある椅子だった。
といっても、それは、よく見かけるありきたりの椅子とは違っていて、座面と背もたれが編み込んで作ってある、丸みのあるフォルムで、柔らかさがあり、ほっこりとした暖かみが感じられた。
誘われるように、コーディリアが座ってみると、ロッキングチェアは、前後に揺れた。
コーディリアは、思わず笑顔になった。
「気に入った?」
コーディリアは、二、三度、椅子を揺らしてから、
「ええ、とっても・・・、気に入ったわ」
笑顔のままで、キースに答えた。
コーディリアが、椅子の後ろにある店を振り返ると、ラタンショップ、の看板が上がっていた。
ガラス越しに店を覗き込むと、あまり店内は広くないようで、中に人の姿はなかった。
「入ってみる?」
キースの言葉に頷いて、コーディリアが店の中に足を踏み入れると、ラタン(籐)で作られた机、椅子などの家具や、バスケットを中心に、鞄、小物入れなどが並んでいた。
「何かお探しですか、お嬢さん」
ドアの開く音を聞きつけて、奥から前掛けを付けた、少々背中の曲がった、小柄な老人が出て来た。
「いえ・・・、その、表に置いてある椅子が、とても素敵だったから、それで・・・」
「いい品物でしょう?見た目も、座り心地もいい。息子が作った椅子です」
老人は、褒められてうれしかったのか、柔和な微笑みを浮かべていた。
「息子さんが?」
「少し離れたところに、工房があるんです。ここの品は、そこで息子と職人たちが、作ったものです。少しは、私がここで店番をしながら、作ったものもありますけどね」
店の奥を見ると、小さなスペースに、コーディリアの見慣れない工具と、編みかけの作品があった。
コーディリアの興味深そうな眼を見て、お見せしましょうかと、老人が気を利かせ、ええ、ぜひ、と、コーディリアは、作品作りを見せてもらうことにした。
「これは、プレートを作っています。陶器とは違うので、例えば、その・・・」
「紙を敷いて、パンやお菓子を並べる?」
「流石、お嬢さん、その通り。そうしたら、食卓が、いつもと少し違うでしょう?」
「お洒落になると思うわ。可愛らしくて」
「ちょっとしたことだけれど、工夫して変化をつけると楽しくなる」
と、ふたりが、会話をするうちにも、老人は慣れた手つきで、芯を編み込んでいった。
中心部は、ざるの目のように編み、端は大きな曲線を作って、縁を作った。 そして、水につけて、縁の部分を少し立て、余った芯を、裏側で切りそろえた。
少し大きめのプレートだったが、熟練者の老人は、手つき良く一時間ほどで仕上げた。
仕上がったプレートの編み目は、どこもぴしっと等間隔で乱れがなく、手づくりのぬくもりがあった。
「綺麗だわ、とても・・・。柔らかくて、優しい美しさね」
老人に手渡されて、細部を見て、そして全体を眺めた、コーディリアの感想だった。
どうもありがとう、と、プレートを老人に返し、コーディリアが作品の並ぶ棚に眼をやると、そこにはラタンの鞄が並んでいた。
大小、形は様々で、色も、天然のものから薄く染めてあるもの、焦げ茶色のものまで色々あったが、コーディリアの眼を引いたのは、淡く染めてあるラウンド型のハンドバッグだった。
下の部分は芯をクロスするように編み、上部は、シンプルにざる編みにして、上を革のベルトで留める仕様で、持ち手が付いていた。
大きさも丁度良く、目新しく、斬新で、今の季節にちょうど相応しいような品だった。
「気に入ったのなら、買うよ」
そのハンドバッグに、コーディリアの視線が止まったままだったので、キースがそう声を掛けた。
「・・・いえ、いいわ」
「遠慮しなくていいよ」
キースが、ハンドバッグに手を伸ばしかけるのを、
「そうじゃないのよ、キース。なんていうか・・・、このハンドバッグは、わたくしに似合わないわ」
と、コーディリアは遮った。
「そんなことないよ。いいハンドバッグだと思うけど、コーディリアが持つと、もっと素敵に見えると思うよ。何故、そんなことを言うの?」
「いえ・・・、ただ、このハンドバッグは、もっと相応しい人が持つべきだわ、わたくしよりもね。・・・店主さん、色々見せていただいて、どうもありがとう。キース、行きましょうか」
コーディリアは、キースの質問に、上手く答えることが出来なかった。
そして、これ以上、長居をしては申し訳ないと、キースを促して、ラタンショップを後にした。
「また違う一面を見たよ」
ラタンショップを出てすぐ、キースが言った。
「何のお話?」
「コーディリアだよ。ラタンに、あんなに関心を持つなんて、思いもしなかった」
「小さい頃から、作ることは好きなのよ。刺繍とか、編み物とか。だけど、あまり熱心にも出来ないでしょう」
「何故?」
「何故って・・・、嗜みとして身に着けておくことは必要でしょうけど、熱心になりすぎて、家の中が、おろそかになってはいけないもの。お父様やお兄さまのお勤めに、差し障りがあってもいけないし」
「そうかなあ。自分のやりたいことは、やったほうがいいと思うけど」
「それは、あなたが男性だからよ」
「男も女も関係ないよ。やりたいことはやったほうがいいって。オーランドなら、きっとそう言うね」
コーディリアは、曖昧に微笑んだ。
家名と地位と格式を何よりも重んじる、名門貴族の家庭に生まれ育った、コーディリアのこれまでの環境を、キースに理解してもらえるとは思えなかった。
「もう、帰らないといけない時間かしら?」
コーディリアは、さりげなくこの話題を終わらせた。
キースは、ベストのポケットから懐中時計を取り出して、三時半を過ぎていることを確認した。
「ああ、そうだね」
フォーシーズンズ・ハウスまでは、馬車で一時間の道のりで、夕食の時間までに、休息したり、着替えたりする時間を考えると、そろそろ出発した方が良かった。
「あ、でも、帰る前にひとつだけ、立ち寄りたいところがあるんだ」
行こう、と、促すキースは、少しばかり楽し気だった。
十分ほど歩いて、街の中心部から少し離れた広場へ向かうと、そこは、青空市場になっていた。
さほど大きくはない広場だったが、広場をぐるりと一周するように、果物、野菜、花、乾物、お菓子、織物、骨董、古着といった店が並んでいた。
キースは、迷うことなく果物の店へ向かい、慣れた様子で、コインを渡して、プラムソーダを注文した。
「君も飲まない?」
と、誘われたコーディリアは、とんでもないというように、
「いいえ、結構よ」
と首を振った。
身分のある女性が、青空市場で立ち飲みなど、コーディリアの価値観では考えられなかった。
キースは、手渡されたグラスに入ったプラムソーダを半分まで一気飲みし、
「家でもプラムソーダは飲めるけど、俺は、ここのプラムソーダが、一番うまいと思うんだ。プラムとレモンと砂糖の配合が、いいのかな」
そういううちにも、喉が渇いていたのか、キースは、プラムソーダを飲み干し、グラスを返した。
「あなたのように、何でも自由にできたら、素敵ね」
プラムで赤く染まった、キースの口元に気づいたコーディリアは、笑って、ハンカチで拭ってやった。
コーディリアには、生真面目な兄がひとりいたが、弟がいたらこんな風なのかしら、と、コーディリアの胸は、ほっこりと暖かくなった。
キースのライムグリーンの純粋で綺麗な瞳が、どうかこれからも変わらないままでいられますようにと、口元を拭ってやりつつ、コーディリアは祈った。
「コーディリアもそうしたらいいんだよ。ハンドバッグも買ったらいいし、プラムソーダも飲めばいいのに」
「わたくしは・・・」
小さく微笑んで、やはり、コーディリアは首を振った。
折々に甦る、哀しみの宿るコーディリアの瞳に、当惑と違和感を覚えるキースだった。
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