赤毛とトカゲと淑女。

海子

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3.your true colors

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 一方、ラタンショップの店主、パーシーは、日中、見覚えのある若い娘がやって来たかと思うと、ラタンの編み方を教えてほしいという、思いがけない申し出に、驚かされた。 
しかも、身元を尋ねると、領主フィンドレー家に滞在する、ウォルトンの伯爵令嬢だということで、二重に驚かされることになった。
自分のような立場の者が、伯爵令嬢に教えるなど、相応しくないことだとは思ったが、若い娘がラタンに興味を示してくれたことは、嬉しいことであり、何より、良い返事をもらえるまでは、ここを一歩も動かないといった有様のコーディリアの熱意には、勝てなかった。 
授業料の支払いを申し出るコーディリアに、パーシーは少し考えて、授業料の代わりに、週に二度、昼時に店番を引き受けてもらいたいと答えた。 
それには理由があって、つい先頃、近くに住む、パーシーの娘が女の子を授かったのだったが、それが初孫ということもあって、パーシーとパーシーの妻は、文字通り、眼の中に入れても痛くない可愛がりようだった。 
これまでなら、昼食は、店の片隅で、自宅から持参したもので、簡単に済ませるばかりだったのだが、店番をコーディリアに任せられれば、娘の家を訪れて、孫の顔を見ながら、昼食を取ることが出来る、と考えたのだった。 
コーディリアに異存はなく、それで、難なく話はまとまった。 



 翌日、自分も一度、一緒にラタンショップへ行って、店主に頼んでおこうか、という、サディアスの申し出を、いいえ、自分ひとりで大丈夫、もし、困ったことが出来たら、相談にのってちょうだいね、ありがとう、サディアスと、コーディリアは丁重に断わった。 
昨日とは違って、コーディリアは、ホレスへアニーを伴わなかった。 
おひとりで、本当に大丈夫でございますか、と、アニーは、心配で表情を曇らせたのだったが、行帰りは、フィンドレー家の馬車だし、行き先は決まっているのだから、ひとりで問題ないわと、コーディリアは主張した。 
自分の職務に忠実なアニーは、コーディリアの身に関わることを、そのままにはしておけず、オーランドの指示を仰いだのだったが、オーランドは、あっさり、コーディリアの好きにすればいいと、答えた。 
そして、コーディリアには、この時期は、遅くまで明るいけど、君の帰りが遅いと、みんなが心配するから、夕食に間に合う時間には帰っておいで、とだけ、伝えたのだった。 



 その日の夕食の席では、当然、コーディリアのホレスでの一日が話題となったのだったが、話を聞くまでもなく、その表情から、今日一日がコーディリアにとってどれだけ充実したものであったか、三兄弟は察しがついた。 
開口一番、コーディリアは、週に三度行くことになったの、と嬉しそうに告げ、三兄弟は、その積極性に、驚かされるばかりだった。 
作品作りは、まだ基本的な編み方を教わっただけで、これから始まるのだったが、店でパーシーに編み方を教わっている間にも、訪ねて来る客があって、パーシーと客のやり取りを目にしたり、パーシーの代わりに、近くにある工房まで作品を引き取りに行ったりと、 これまでとは違う風景や、新しい出逢いに、コーディリアの好奇心は、掻き立てられた。
「ああ・・・、ごめんなさい、わたくしの話ばかり」 
気が付けば、デザートのトライフルとお茶が出てくるまで、コーディリアが話し手で、三兄弟は、もっぱら聞き役だった。 
考えてみれば、これまで聞き役になるのはいつもコーディリアの方で、自分の話をゆっくり誰かに聞いてもらったことなど、なかった。 
それは、母親に対してもそうだった。
家庭の中で、いつも父や兄に遠慮して暮らす母親を見て育ったせいか、自分の気持ちや話を、閉じ込めていたのかもしれない。
存分に自分の話に関心を示してもらって、聞いてもらえると言うことが、これほど心地良いものなのだということを、初めて実感したコーディリアだった。
「本当に・・・、ここでは、わたくし、小さな子供みたいだわ」 
「何故?」
サディアスが、訪ねた。 
「だって、お食事が始まってから、自分の話ばかりですもの。みんな、つまらないでしょう?」 
「全然!」 
三兄弟は、声をそろえた。 
「生き生きとしている君を見ていると、こっちまで楽しくなってくる」 
なあ、と、オーランドは、兄弟の顔を見回した。 
デザートの匙を取っていたサディアスが、ふと、なるほど、と、トライフルのグラスを持ち上げ、一同に示すと、ああ、と、その意味を理解して、みんな笑顔になった。 
三兄弟と、都会からやって来た淑女の和やかなお喋りは、それからも、夜が更けるまで、続いた。
気ままなおしゃべり、というトライフルの意味のままに。



 その日から、週に三回、ホレスのラタンショップへ通いはじめたコーディリアだったが、ラタンショップへ通い始めてから、あることが習慣になった。
その習慣というのは、少し早くラタンショップを出て、迎えの馬車がやって来るまでの間に、青空市場へ出向いて、プラムソーダを飲むことだった。
二、三度も通えば、店主と顔見知りになり、店主はコーディリアの姿を眼にすると、グラスになみなみと、プラムソーダを注ぐようになった。 
コーディリアは、ポケットからコインを出して、店主に渡すと、ありがとう、と、台に置かれた、グラス一杯に入ったプラムソーダに口を付けた。 
「今日も、ラタンかい?」 
ラタンショップへ編み方を習いに行っていることを、以前、コーディリアは店主に話していた。
「ええ、そうよ。でも、少しも上手にならないのよ。自分が嫌になるわ」 
「編む作業は、楽しいのかい?」 
「とっても」
「じゃあ、大丈夫だ。続けていれば、そのうち上手になる」 
「そうかしら?」 
「お嬢さんの飲んでる、プラムソーダ、最初はちっとも売れなかった」 
「こんなに美味しいのに?」 
グラスの中のプラムソーダは、既に半分以上無くなっていた。 
「作ろうと思えば、どこの家庭でも作れる、取るに足らないものだが、それでも俺なりに何度も、改良してきたんだ。喉にキュッとくる、爽やかな味に仕上げようとね」
コーディリアは、少なくなったグラスの中の赤い液体を見つめ、その中に込められた、 店主の情熱とこだわりに、想いを馳せた。
「諦めずに続けていれば、必ず辿り着く。少しずつ、根気よく、だ」
よく太った店主は、そう言って笑うと、いらっしゃい、と、コーディリアの後から来た客の注文を受けて、果物を選んでいった。
ラタンショップも、青空市場も・・・、どこにも書いていなかったことを、わたくしに教えてくれる。
コーディリアは、残りのプラムソーダを一気に飲み干すと、ごちそうさまでしたと、グラスを置き、迎えの馬車が待つ場所へ、足を向けた。
青空の中、心地よい風が、吹き抜けていった。 

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