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3.your true colors
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「こんばんは」
その夜、突如、枕元で、そう声を掛けられて、コーディリアは、ベッドから跳ね起きた。
「こんばんは・・・、あなたは、誰?」
反射的に、挨拶に答えたものの、半ば無理矢理、目覚めさせられたばかりのコーディリアには、事態が呑み込めなかった。
コーディリアの部屋には、誰もいないはずだった。
真夜中の寝室に、誰かいるはずなどなかった。
けれども、今、コーディリアの目の前には、少々、浅黒い肌をした、十六、七歳の娘が 立っていた。
黄色のブラウスの上に、暗褐色のワンピースを身に着けた娘は、大きな瞳に、黒い縁の眼鏡をかけ、ウェーブのかかった栗色の髪を、そのまま肩に下していた。
「私は、アイリス」
コーディリアに微笑みかける笑顔は、人懐っこく、愛らしかった。
「アイリス?アイリスって、トカゲの?」
「ええ、そうよ。あなたとは一度、お話したいと思っていたの」
「わたくしと?何故?」
「あなたは、とっても綺麗で、優しくて・・・、誰だって、あなたみたいな方と、お話したいと思うものよ」
「わたくしは・・・、退屈な婦人ではないかしら?」
「まあ、どうしてそんなことを言うの?あなたみたいな素敵な女性に出会えて、オーランドは、本当に幸運だと思うわ。オーランドは、近頃、いつも私にあなたのことを話すの。コーディリアの笑顔は、最高に素敵なんだ。お前も見られるといいんだけどなあ、って」
オーランドは、アイリスにそんなことを話していたのだと、コーディリアは、驚くとともに、気恥ずかしさで、頬が赤くなった。
「あなたこそ、チャーミングだわ、アイリス」
「ありがとう、オーランドも良くそう言ってくれるけれど、お世辞でもそう言ってくれると、嬉しいものよね。でも、気を遣わないで。自分のことは自分が一番良く分かっているわ。私の肌は、汚くて、醜くて・・・、それに、こんな不格好な目で見られたら、誰だって怖いと思うもの。私も・・・、あなたのように、綺麗な瞳だったら、もっと自分に自信が持てたのでしょうけれど」
哀し気なアイリスの瞳が、コーディリアの胸に突き刺さった。
コーディリアは思わず、アイリスの手を取った。
「自分を、そんな風に言ってはいけないわ。あなたは、とってもキュートよ、アイリス」
「私に、触れて・・・、嫌じゃないの?」
「どうしてそんな風に思うの?可愛らしいお嬢さんの、可愛らしい手だわ」
アイリスの小さな手は、浅黒く、少しばかりざらついてはいたが、ふっくらと肉付きが良かった。
アイリスは、きゅっと、コーディリアの手を握り返した。
「コーディリア、あなたにお願いがあるの」
「なあに?」
「私と、お友達になってくれる?」
「もうお友達でしょう?」
「本当に?・・・いえ、でもいいの」
アイリスの期待の籠った眼差しが、すっと、陰った。
「どういうこと?」
「もし・・・、朝になって、あなたが、やっぱりお友達じゃないと思ったとしても、いいの、私、気にしないから」
「どうして、そんなことを言うの?」
「いいのよ、もう私に会いたくないとしても、がっかりしたりしないから、気にしないで。大好きなオーランドとあなたが、お幸せになることを、祈っているわ。本当よ。私、あなたたちの、お邪魔はしたくないの。私、そろそろ行かなくちゃ・・・、それじゃあ、今夜は、あなたとお話ができて、本当に楽しかったわ」
と、アイリスは、コーディリアの手を解いて、背を向けた。
「どこへ行くの、アイリス・・・、アイリス!」
コーディリアは、大きな声で、アイリスの姿を探したが、アイリスの姿は、既に闇の中へと紛れていた。
「アイリス・・・、アイリス!」
コーディリアは、自分の叫び声で、眼が覚めた。
大きな窓からは、朝の眩しい光が差し込み、小鳥のさえずりが、耳に届いた。
「夢・・・?」
コーディリアが、ぽつりと呟いた時、ベッドの上に、あるものを見つけ、指先でそっと摘まんだ。
ウェーブの掛かった、栗色の長い髪だった。
「あれ、珍しいね。おはよう、何かあった?」
オーランドは、着替えを済ませて、自室を出たところで、自分を待ち伏せするかのように立っている、コーディリアの姿を見つけた。
「オーランド、アイリスに会わせてもらえない?」
コーディリアは、挨拶を返すこともなく、口を開くとすぐに、そう言った。
「アイリスに?いいけど、一体どうしたの?」
「とにかく、会わせてほしいの」
コーディリアは、急いていた。
オーランドは、全く事情が理解できなかったが、断る理由はなかったため、自室に引き返し、ゲージを手に出て来た。
「大丈夫?」
以前、アイリスに会った際、気を失っただけに、オーランドは、気がかりだった。
コーディリアは、ゲージの中のアイリスの瞳を、じっと見つめた。
アイリスの方も、その大きな瞳を逸らさずに、コーディリアを見つめ返す。
「アイリス・・・、アイリス、あなたなの?」
アイリスが、こくんと頷いた・・・、ような気がした。
朝食のテーブルへと向かうキースは、鼻歌まじりに、玄関ホールへと続く階段を降りて来た。
天気も良く、果樹園の収穫も順調で、キースにとって、何も言うことのない朝だった。
ゲストルームの前を通り過ぎる際、花瓶の薔薇を整える、コーディリアが眼に入った。
おはよう、コーディリア、と声を掛けかけて、キースの動きが止まった。
コーディリアの腕に、トカゲが・・・、アイリスが、ちょこんと座っていた。
キースは眼を疑い、何度も眼を擦った。
コーディリアは、キースの存在に気づいていない様子で、アイリスに何やら、話しかけている。
キースは、耳をそばだてた。
「アイリス、あなたもお花が好き?」
「そう、じゃあ、あなたのゲージの傍にも生けましょうか。せっかくだから、あなたと同じ名前のお花が、どこかに咲いていないか、あなたのご主人に聞いてみましょうね」
「夢の中に、アイリスが出て来たらしい」
呆気にとられるキースの後方から、サディアスの声がした。
「友達になったそうだ」
「友達に・・・?」
アイリスと楽しそうに言葉を交わすコーディリアから、サディアスとキースは、目が離せなくなった。
ウォルトンからやって来た、不思議な娘から・・・、目が離せなくなった。
その夜、突如、枕元で、そう声を掛けられて、コーディリアは、ベッドから跳ね起きた。
「こんばんは・・・、あなたは、誰?」
反射的に、挨拶に答えたものの、半ば無理矢理、目覚めさせられたばかりのコーディリアには、事態が呑み込めなかった。
コーディリアの部屋には、誰もいないはずだった。
真夜中の寝室に、誰かいるはずなどなかった。
けれども、今、コーディリアの目の前には、少々、浅黒い肌をした、十六、七歳の娘が 立っていた。
黄色のブラウスの上に、暗褐色のワンピースを身に着けた娘は、大きな瞳に、黒い縁の眼鏡をかけ、ウェーブのかかった栗色の髪を、そのまま肩に下していた。
「私は、アイリス」
コーディリアに微笑みかける笑顔は、人懐っこく、愛らしかった。
「アイリス?アイリスって、トカゲの?」
「ええ、そうよ。あなたとは一度、お話したいと思っていたの」
「わたくしと?何故?」
「あなたは、とっても綺麗で、優しくて・・・、誰だって、あなたみたいな方と、お話したいと思うものよ」
「わたくしは・・・、退屈な婦人ではないかしら?」
「まあ、どうしてそんなことを言うの?あなたみたいな素敵な女性に出会えて、オーランドは、本当に幸運だと思うわ。オーランドは、近頃、いつも私にあなたのことを話すの。コーディリアの笑顔は、最高に素敵なんだ。お前も見られるといいんだけどなあ、って」
オーランドは、アイリスにそんなことを話していたのだと、コーディリアは、驚くとともに、気恥ずかしさで、頬が赤くなった。
「あなたこそ、チャーミングだわ、アイリス」
「ありがとう、オーランドも良くそう言ってくれるけれど、お世辞でもそう言ってくれると、嬉しいものよね。でも、気を遣わないで。自分のことは自分が一番良く分かっているわ。私の肌は、汚くて、醜くて・・・、それに、こんな不格好な目で見られたら、誰だって怖いと思うもの。私も・・・、あなたのように、綺麗な瞳だったら、もっと自分に自信が持てたのでしょうけれど」
哀し気なアイリスの瞳が、コーディリアの胸に突き刺さった。
コーディリアは思わず、アイリスの手を取った。
「自分を、そんな風に言ってはいけないわ。あなたは、とってもキュートよ、アイリス」
「私に、触れて・・・、嫌じゃないの?」
「どうしてそんな風に思うの?可愛らしいお嬢さんの、可愛らしい手だわ」
アイリスの小さな手は、浅黒く、少しばかりざらついてはいたが、ふっくらと肉付きが良かった。
アイリスは、きゅっと、コーディリアの手を握り返した。
「コーディリア、あなたにお願いがあるの」
「なあに?」
「私と、お友達になってくれる?」
「もうお友達でしょう?」
「本当に?・・・いえ、でもいいの」
アイリスの期待の籠った眼差しが、すっと、陰った。
「どういうこと?」
「もし・・・、朝になって、あなたが、やっぱりお友達じゃないと思ったとしても、いいの、私、気にしないから」
「どうして、そんなことを言うの?」
「いいのよ、もう私に会いたくないとしても、がっかりしたりしないから、気にしないで。大好きなオーランドとあなたが、お幸せになることを、祈っているわ。本当よ。私、あなたたちの、お邪魔はしたくないの。私、そろそろ行かなくちゃ・・・、それじゃあ、今夜は、あなたとお話ができて、本当に楽しかったわ」
と、アイリスは、コーディリアの手を解いて、背を向けた。
「どこへ行くの、アイリス・・・、アイリス!」
コーディリアは、大きな声で、アイリスの姿を探したが、アイリスの姿は、既に闇の中へと紛れていた。
「アイリス・・・、アイリス!」
コーディリアは、自分の叫び声で、眼が覚めた。
大きな窓からは、朝の眩しい光が差し込み、小鳥のさえずりが、耳に届いた。
「夢・・・?」
コーディリアが、ぽつりと呟いた時、ベッドの上に、あるものを見つけ、指先でそっと摘まんだ。
ウェーブの掛かった、栗色の長い髪だった。
「あれ、珍しいね。おはよう、何かあった?」
オーランドは、着替えを済ませて、自室を出たところで、自分を待ち伏せするかのように立っている、コーディリアの姿を見つけた。
「オーランド、アイリスに会わせてもらえない?」
コーディリアは、挨拶を返すこともなく、口を開くとすぐに、そう言った。
「アイリスに?いいけど、一体どうしたの?」
「とにかく、会わせてほしいの」
コーディリアは、急いていた。
オーランドは、全く事情が理解できなかったが、断る理由はなかったため、自室に引き返し、ゲージを手に出て来た。
「大丈夫?」
以前、アイリスに会った際、気を失っただけに、オーランドは、気がかりだった。
コーディリアは、ゲージの中のアイリスの瞳を、じっと見つめた。
アイリスの方も、その大きな瞳を逸らさずに、コーディリアを見つめ返す。
「アイリス・・・、アイリス、あなたなの?」
アイリスが、こくんと頷いた・・・、ような気がした。
朝食のテーブルへと向かうキースは、鼻歌まじりに、玄関ホールへと続く階段を降りて来た。
天気も良く、果樹園の収穫も順調で、キースにとって、何も言うことのない朝だった。
ゲストルームの前を通り過ぎる際、花瓶の薔薇を整える、コーディリアが眼に入った。
おはよう、コーディリア、と声を掛けかけて、キースの動きが止まった。
コーディリアの腕に、トカゲが・・・、アイリスが、ちょこんと座っていた。
キースは眼を疑い、何度も眼を擦った。
コーディリアは、キースの存在に気づいていない様子で、アイリスに何やら、話しかけている。
キースは、耳をそばだてた。
「アイリス、あなたもお花が好き?」
「そう、じゃあ、あなたのゲージの傍にも生けましょうか。せっかくだから、あなたと同じ名前のお花が、どこかに咲いていないか、あなたのご主人に聞いてみましょうね」
「夢の中に、アイリスが出て来たらしい」
呆気にとられるキースの後方から、サディアスの声がした。
「友達になったそうだ」
「友達に・・・?」
アイリスと楽しそうに言葉を交わすコーディリアから、サディアスとキースは、目が離せなくなった。
ウォルトンからやって来た、不思議な娘から・・・、目が離せなくなった。
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