神様の許嫁

衣更月

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まれびとの社(二部)

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 竣工予定日9月初日。
 開館予定日9月中旬。
 完成予想図のイラストと建設会社の企業名、代表者名などが連なる看板を見ながら、「へぇ~」と声が零れる。
 立ち入り禁止のフェンス越しに見える資料館は、眩いほどの白い外壁をしている。なんとも近代的だ。カクカクと角ばっていて、エントランスは吹き抜けホールになっているのか、大きな窓ガラス越しに差し色のように赤い螺旋階段が見える。
 完成予想図を見れば、小さなカフェテリアもオープンするらしい。
 門から玄関までは石畳調の小径で、両サイドが芝生広場となる。
 資料館の裏手は城跡だ。今は公園として整備されている。その公園と行き来が出来るように、小さな日本庭園を抜けた先に、公園へと上る階段が設置されるようだ。
 ぱっと見、資料館は完成している。
 目立つのは大工より造園業の職人たちだ。
「庭園は無料開放なんですよ」
 頬の汗を拭い、弾んだ声で教えてくれるのは薬袋さんだ。
「まるで公園の中に資料館が出来るみたいですね」
 神籟町は城下町とは名ばかりで、商家町としての歴史の方が長い。その昔にあったとされる城は石垣を残すだけで、こんもりとした小山にとなっているので、観光客誘致には弱い。そこを整備し、森林公園と姿は変えてはいるけど、景色を一望できるほどの高さもない。石垣に沿った敷地の境界線には、立派な楠やくぬぎ小楢こならが木陰を作り、今の時季なら早朝に子供たちがカブトムシやクワガタ採りに通っているはずだ。
 城跡の傍らに建つ資料館は、その木陰が良い具合にかかる。
 ベンチでも置けば、きっと気分転換に来た人たちの憩いの場になるに違いない。
「それにしても、工事期間が長いですね。私が高校に入った時には、もう工事が始まっていた気がします」
 少なくとも1年半は経つ。
 工事が始まった時は、友達と「何が出来るのかな?」と話を弾ませていた。お洒落なショップやカフェが集まったショッピングセンターだと良いのにねと笑い合って、博物館らしいと聞いて一気に興味を失った。
「基本構想は5年前からですよ。そこから計画に入り、方針を練り、展示設計を考え、着工となりました」
「5年…」
 みんな博物館建設の話なんてすっかり忘却の彼方です…とは言えない。
 薬袋さんは竣工間近の資料館を眺め、喜色満面だ。頬を伝う汗をハンカチで拭い、メガネのズレを整え、「楽しみですな」と声を弾ませる。
「資料館は2階建てなんですね」
「ええ、そうです。1階は受付や事務室、保管庫に研究室。企画展示スペースを予定しています。休憩スペースとしてカフェが併設されて、外でもお茶が出来るようにパラソル付きのテーブルなどが設置されるそうですな。2階は展示室になります」
「企画展示スペース?」
「前も言いましたが、例えば妖怪ですな。他にも学校の休み…夏休みなどのイベントに合わせた展示を考えています」
 なるほど、と頷く。
 子供の興味を引くものを展示すれば、来館者も増えるというわけだ。
「今はまだ工事をしているのですが、是非とも一花ちゃんに見学して欲しいと思いまして、こうしてお越しいただいたわけです」
「え?館内を…ですか?」
 まさか誘われるとは思わなかった。
「ええ、そうです。一花ちゃんは貴重な妖怪仲間だけでなく、久瀬家の方でもあるのです。資料館には寄贈された物が多く、色々とあるのですな。その色々を見極めてほしいと思っているのです」
「……は?」
「私だけでは見落としもあるやもしれません。ダブルチェックですな。危険な物は、例え貴重でも展示するわけにはいきません。もちろん、少ないですがバイト代を包まさせてもらいますよ」
 薬袋さんは拳を握り、鼻息荒く私を見る。
 色々と異を唱えたいけど、私は薬袋さんの圧とバイト代という甘言に負けて小さく頷いた。


 案内されたのは資料館の裏口だ。
 完成していると思った資料館は、一歩中へと踏み込めばたくさんの技術者が作業に勤しんでいる。特に電気系統がまだ使えないようだ。
 空調設備が止まっている。
 窓を開けていても蒸れた暑さがこもるのだろう。セミの鳴き声を打ち消すほどの恐ろしげな音を立て、業務用扇風機がフル稼働している。強烈な風だけど、かなり涼しい。
 工事用具に躓かないように、狭い廊下からエントランスに抜ける。
 吹き抜けのエントランスでは、衝立に囲われたエレベーター内で作業する人がいた。他にもトイレの内装に、エントランス上部のシャンデリア、間接照明の配置に作業員が黙々と手を動かしている。
 外から見えていた赤い螺旋階段は、シンボル的なものなのかもしれない。間近で見ると、映えではあるけど使いたいとは思えない段数と急カーブだ。メインの階段はちゃんとあるので、使う人は殆どいないように思う。
 正面玄関を背にして、右手に受付カウンターがある。受付カウンターの先、メインの階段との間の廊下を右に曲がれば事務室や保管庫、研究室が並んでいるのだと薬袋さんが説明する。
 左手はカフェスペースが確保されている。
「そこは企画展示スペースになります」
 薬袋さんは言って、カフェスペースの隣、私たちが出て来た廊下の横を指さす。
 20畳ほどの広さのスペースだ。展示室としては手狭な気もするけど、こんな片田舎の資料館と思えば立派だ。それも企画展示なのだから、十分の広さはあるのだろう。
 記念すべき最初の企画展示が何かは分からないけど、そこだけは荷物もなく、木目調のリノリウムの床がピカピカと光っている。
「あ、いたいた。薬袋先生」
 声に目を向ければ、2階の手摺から覗き込むようにライトグレーのスーツを着た男性が手を振っている。
 短く刈った髪は焦げ茶色で、涼やかな切れ長の双眸をした好青年だ。田舎では見かけない理知的な雰囲気な上、作業服や汗だくのTシャツばかりの中でのスーツは浮きまくっている。
 しかも、階段を駆け下りる靴は、床と負けず劣らずにピカピカと輝いている。
 場違いすぎる。
 呆然と男性を見ていれば、男性と目が合った。
「薬袋先生。工事中に子供を連れて来られては困りますよ。せめて竣工してからじゃないと」
 ゆっくりと足を止めた男性は、困ったように薬袋先生を見る。
 薬袋先生は「大丈夫ですよ」と笑い、額の汗を拭った。
「彼女は私の友人で久瀬一花ちゃんです」
「あ…久瀬一花です」
 怖ず怖ずと頭を下げると、男性はしばし考え、「ああ」と頷いた。
「久瀬酒造の?」
「はい」
「だったら話は別です」
 そう言って、ポケットから銀色の名刺入れを取り出し、そこから一枚抜き取った。
「神籟町資料館の展示担当をしています」
 差し出される名刺を、「どうも」と受け取る。
 日向みなと
 ヒュウガと読むのか、ヒナタと読むのか。
「株式会社豊彩ほうさい?」
「デザイン事務所です。事業内容としては、商業施設から博物館のような展示施設の内装、製作を行っています。要はディスプレイの専門家という訳です」
 そういう仕事もあるのか。
 感嘆しながら頷くと、「ちなみに」と男性が言う。
 ぴっと名刺を指さし、「日向ひなたね」と砕けた口調。
「いやいや、申し訳ないです」
 なぜか薬袋さんが謝った。
「私がヒュウガと間違えてたんですよ」
「それも半年間」
 男性――日向さんが天井を仰ぎ、深々とため息を吐いた。
 きっと訂正する間もないほど、ヒュウガと連呼され続けたのだろう。
「言い訳になりますが、宮崎県に日向市があるので、仕方ないと言えば仕方ないと思うのですよ」
「まぁ、ヒュウガと間違われることの方が多いかもしれません」
 日向さんが言えば、薬袋さんは「そうでしょう、そうでしょう」と破顔する。
 それから私を見た。
「そうそう、一花ちゃん。彼の妹さんも妖怪仲間なんですよ」
 嬉しそうな顔で、「一花ちゃんで2人目です」と手を擦り合わせる。
 私は妖怪を見たとは言ってないし、思ってもない。「はぁ」と曖昧に頷く。
望海のぞみさんはお元気ですかな?」
「たま~に連絡が来ますよ。住み込みのバイトをしてるなんて事後報告してきたので、正月に帰った時に説教したんです」
「住み込みとは珍しい。なんのお仕事です?」
「家政婦。なんでも大きな屋敷らしくて、望海以外にも家政婦がいるです。写真も見せてもらったら、旅館みたいな屋敷で、家政婦は着物でした」
 日向さんは苦い顔をして、「学業を疎かにしてたら家に呼び戻します」と歯噛みする。
「呼び戻すとは……。そうなっては大学を辞めることになるでしょう?」
「学生が勉強せずに仕事優先なら、そうしますよ。学費が勿体ない」
 兄というより父親のような口ぶりだ。
 薬袋さんは苦笑しながら、「相変わらず手厳しいですな」と首の後ろの汗を拭う。
「そんなことより。薬袋先生に確認してもらいたいことが幾つかあるんです」
 日向さんが2階を指さす。
「じゃあ、久瀬さんも一緒に行きましょう」
「…はい」
 邪魔にならないように、隅っこで待つしかない。
 仕事モードになった2人は、真剣な顔で話し合っている。その後ろを、気配を殺してついて行く。
 階段を上ると、広々とした展示室は雑多としていた。何枚ものパーテーションが壁に立て掛けられ、段ボール箱が山積みになっている。ガラス張りのショーケースが展示室の中央に並び、メモを書いた付箋がぺたぺたと貼ってある。
「史料は展示1より展示2の方が良いと思うんです。パーテーションで完全に区切るのではなく、中央に城……えっと…三篷みふね城でしたね。三篷城の復元模型を据えるようにして…」
 日向さんはしどろもどろに言って頭を掻く。
 それも仕方ない。フネという漢字は舟や船が一般的で、篷と書くケースはほぼない。竹冠に逢でフネと読むなんて、初めて城名を知った時は胸の奥がモヤモヤして仕方なかった。
 薬袋さんは楽しそうに笑っている。
「私が神籟町に興味を抱いたのは、この三篷城も理由の1つなのですよ。まぁ、それは追々説明しましょう」
「お願いします。まずは、薬袋さんのイメージを少しでも具現化させるために協力して下さい」
 薬袋さんの説明が長いと知っているのか、日向さんは薬袋さんを促して奥へと歩いて行った。
 作業の邪魔をしてはいけないので、私は階段手前のスペースで時間を潰すことにする。ここから見ると、2階の全体を見渡すことが出来る。
 薬袋さんは色々と見極めてほしいと言ってたけど、何を見極めればいいのか分からない。
 1階よりも少ない作業員を見渡して、ふと視線が止まる。
 スーツ姿は日向さんだけかと思えば、もう1人いた。 
 びしっとダークスーツを着込んだ長身の男性だ。父と同年代くらいのイケおじである。立ち姿は、外国映画に出て来るお貴族様だ。
 雰囲気からして偉い。
 日向さんの上司かもしれない。
 男性は後ろで手を組み、しげしげと壁に立て掛けたパネルを見ている。疵防止の透明フィルムが貼られているのか、照明を反射するパネルは、私からは良く見えない。
 目を眇めれば、幾つかの写真と説明文が載せられているのが分かった。
 あれは…風景の写真かな。
 男性はゆっくりと踵を返し、ふと私の視線に気が付いた。数瞬、日向さんの方を見て、再び私を見る。
 日向さんもそうだけど、スーツを着ている人たちは暑くないのだろうか。汗を拭う素振りもなく、下手をすれば涼やかな表情で、こちらに歩いて来た。
「こんにちは」と足を止めた男性は、見上げるほどに背が高い。
 須久奈様よりは低いけど、私から見れば巨人だ。 
「お邪魔してます…」
 ぺこりと頭を下げる。
「薬袋さんに連れて来てもらいました。久瀬一花です」
「初めまして。私は高木。名刺は持ち合わせなくてね」
「あ…いえ」
 ふるふると頭を振る私に、男性――高木さんは穏やかに微笑む。
「あのパネルは見たかな?」
 そう言って、さきまで眺めていた絵をつんと指さす。
「あ…いえ。私は部外者なんです。薬袋さんに連れて来てもらいました」
「そういうことを聞いているんじゃい。パネルは見た?」
「見てないです」と頭を振る。
「見てみるといいよ」
「はぁ…」
 小さく頷く。
 すれ違う作業員に「すみません」と頭を下げ、足元に注意してパネルへと歩く。
 パネルは大きく、畳一畳分はありそうな長方形だ。サイズが異なる写真が3枚、印刷されている。
 最初に紹介された写真は、ちらりと見えた風景写真だ。
 粗い白黒の風景写真は、昔の集落らしい。小さな田畑と鬱蒼とした木々。木造の平屋。屋根は瓦ではなく板。茅葺のものもあり、写り込んだ住民は丈足らずの着物を着、農作業に精を出している。
 説明書きには、大正3年5月、川守かわかみ村とある。
 2枚目の写真は、白黒写真をカラーにしてみましたといった画素数の荒さが目立つものだ。村人たちが小川に集った様子を写している。洋装の人もいるが、多くの人が着物姿で、カメラに緊張しているのか無表情で笹舟を流している。
 説明書きには大正10年8月、川守村のクワアウ流しと記される。
 最後の1枚は葦舟だ。
 2008年に大学で葦舟を造ったものらしい。幅は狭いけど、長さは大人が2人乗りこめそうなサイズだ。船首と船尾には竹箒のような尾が立っていて、言葉は悪いが、藁に包まれた納豆みたいな形だと思った。
 そもそも、このパネルはなんだろうか?
 川守村なんて聞いたことがない。
 首を捻り、高木さんを見上げれば、高木さんは「し」と唇の前で指を立てた。
 思わず眉根が寄ったのは仕方ない。意味が分からずに高木さんを見上げていると、「一花ちゃん」と薬袋さんが戻って来た。
「このパネルに興味を示されるとは流石ですな」
「え?いや…」
 見ろと言われたから見ていただけで、興味をそそられたわけではない。
 なのに、否定の言葉が出なかったのは、薬袋さんが高木さんを無視したからだ。薬袋さんの後ろに立つ日向さんも、高木さんに見向きもしない。
 ひやり、と背筋に冷たいものが走る。
「川守村は、昭和20年に無くなった村です。元々が限界集落で貧しかったのもありますが、昭和20年9月17日に鹿児島県に上陸した枕崎台風に浚われてしまったんです」
「台風で?」
「枕崎台風は昭和三大台風の1つなのです。終戦後ということもありましたし、気象情報の精度も悪かったので、死者行方不明者を含む数は3500人、負傷者も2500人を越えました」
 その数にぞっとする。
「川守村は、神籟町のさらに奥の方。上流に位置していたのです。神籟町とは異なる地域ですが、面白い風習があったので紹介しようと。それがですね!」
 薬袋さんは興奮に頬を紅潮させた。
「兼継さんのお話では、川守村から命からがら避難されて来た人たちがいたというんです。その方たちが神籟町に住み、夏になるとクワアウ流しをしていたと言うじゃないですか!そんな方たちを、信心深い町民たちは良しとはしなかったそうですが…」
 途端に薬袋さんがトーンダウンした。
「得体の知れない神を内に入れたくはないという心理は分かります。それでも村八分で追い出すというのは、やはり恐ろしい話です」
 村八分。
 自分が悪しざまに追い出したわけではないのに、その単語は聞くだけで気分が悪くなる。
「田舎と言うのは、良い面も悪い面も極端ですからね。昭和20年くらいなら、まだまだ閉鎖的でしょう」と、日向さん。
 薬袋さんは「そうですな…」と頷いた後で、パネルを見下ろして苦笑する。
「まぁ、その方たちは別の町に定住して、所帯を持ったそうですよ。うちの1人と、兼継さんが友達だったと言うことです。もう亡くなっていますが、ずっとハガキで近況をやり取りしていたと聞きました」
 それに胸を撫で下ろす。
「あの…クワアウは神様なんですか?」
「いえいえ。クワアウは禍殃かおうのことです。禍殃とは災い。災禍のことですな。地域によっては、七夕やお盆に笹舟流しをするのを知っていますか?」
 私は頭を振る。
 日向さんも考えこみ、「笹舟は子供の時に遊んだ気がしますが…行事ではなく遊びだった気がします」と言う。
 私も同じだ。幼稚園の頃に笹舟の作り方を教わって以来、遊んだことはない。
「そもそも七夕とお盆は繋がりある関係なのですが…まぁ、それは省いて、お盆の笹舟に関してですが、意味は弔いですな。大規模なのは長崎県の精霊流しょうろうながしが有名ですが、精霊馬しょうりょううまの代わりと言えば分かりやすいです。ただ、こっちには東日本ほど精霊馬はメジャーではありません。ご先祖様の送り迎えという認識さえあれば構わないでしょう」
 他所は知らないけど、うちでは精霊馬は飾らないし、テレビ以外では見たこともない。お盆は13日の早朝にご先祖様を迎えにお墓参りして、15日の夜にご先祖様を送りにお墓参りするくらいで、目新しいことは何もない。
 ちなみに、幽霊は見たことがない。
「面白いのは七夕ですな。七夕と言うのは織姫様と彦星様で有名ですが、短冊に願いを書く風習の方が身近かもしれません。実は、この竹や笹は成長の速度や生命力の強さから、神聖な植物とされているんですな」
「へぇ~」
 日向さんと一緒に頷く。
「それ故、竹や笹に願いを込めるのです。織姫様と彦星様のように願いが叶いますように、と。ですが、この竹に短冊を飾るのは日本特有なのですな。大祓に因んでと言われています」
「大祓っていうのは、の輪のですか?」と日向さん。
「そうです。茅の輪はかやで出来ています。かやとはススキや葦などの総称ですな。そのかやで出来た輪を支える支柱が竹なのですよ」
 葦…という単語に、胸の奥がざわつく。
 ちらりと高木さんを見上げれば、愉快そうに笑みを貼り付けている。
「茅の輪くぐりというのが面白く、手順を踏んで輪をくぐるんですな。そうすることで災厄が落ちると言われています。そして、七夕の竹と笹ですが、こちらも同じなのです。願いを託すだけでなく、穢れを託すのです」
「七夕の竹に?」
 思わず大きな声が出る。
 慌てて両手で口を塞ぎ、一瞬の注目に居心地悪く首を窄める。
「驚くのも尤もなことです。願いと穢れを一緒くたにするのですから」
「でも、神社仏閣でお焚き上げする話は聞いたことがないですよ?」
 日向さんの質問に、薬袋さんは苦笑する。
「昔は、穢れを祓った竹や笹は川や海に流していたのですよ。七夕送りと言います。今では不法投棄になってしまうので、流してしまっても回収しなければダメです。神社によっては、お焚き上げもしてくれるそうですが、悲しいことですが今ではゴミ箱が多いのでしょうな」
「あの。それじゃあ、クワアウ流しは単なる笹舟流しってことですか?」
 パネルを見下ろして言えば、薬袋さんが「分からないのですよ」と呻いた。
「クワアウ流しは災いだけを流すのです。そこに願いも祈りもありません。御存命の方々に話を聞き、史料を当たったのですが力及ばず…」
 郷土史家として謎を残すのは気持ち悪いのだろう。ぶつぶつと呟きながら、吹き出す汗を忙しなく拭っている。
 と、高木さんが私の肩を叩いた。ぞくりと身震いする私が面白いのか、高木さんは弓なりに目を撓らせると、長身を屈めた。
「あれを訊いてくれるかい?」
 あれ、と指さすのは葦舟の写真だ。
「あ…あの。薬袋さん。笹舟は分かりました。葦舟も意味があるんですか?」
「それがまた不思議なのですが、川守村では、毎年葦舟を造っていたそうです。一艘。それも子供が乗るような小さなものです。それに乗って漁をするわけではありません。神事の際に使っていたそうです。最後は燃やして、灰を川に流していたそうですな」
「神事なら神様を祀っていたんですよね?」
「田の神様ですな」
 それを聞いた高木さんは、愉快そうに「ふふ」と笑った。
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