魔法使いの約束

衣更月

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 基本、篁さんはドライヤーを使わない。
 面倒なのか、タオルを頭に引っ掛けて、わしゃわしゃと乱暴に拭うのをモットーとしている。軽い天然パーマが、タオルに翻弄されて大爆発を起こすけど、それすら厭わないらしい。
 たぶん、篁さんは自分の容姿に興味がない。
 ぱつぱつ体操着を着ていたくらいだから、ファッションというものに頓着しないんだと思う。
 恵まれた容姿をしているのに勿体ない。反面、同居人としては助かってもいる。もし顔を武器に、優男全開の魅力的な目で微笑まれたら、私の心臓は止まってしまう。
 幸か不幸か、篁さんの目は常に死んでいるので、目が合ったところで平常心は崩れない。
 私は昼食の用意に手を動かしながら、「それで」と篁さんに目を向ける。
「どうでした?」
「あまり芳しくないね」
 篁さんが肩を竦めると、定位置の椅子の背に止まった黒が、「何が?」と小首を傾げる。
 実に鳥らしい仕草だ。
「オカルト話。ここら辺でUMAが出るんだって。だから、篁さんにも聞き込みを勧めたの」
「UMAってあれか?ネッシーとかイエティとかの?ツチノコでも見つかったのか?」
「ツチノコは見つかってないけど…ここら辺ではフライング・ヒューマノイドが目撃されてるんだって」
 それだけで黒は察したらしい。
 目を丸々と見開き、顎が外れんばかりに嘴を開いて固まった。
 鳥に顎があるのかは分からないけど、そう見えるのだから仕方ない。
「それで、若菜さんたちはどうでした?」
「若菜さんは知らなかったけど、パートの木嶋さんは知ってたよ」
 木嶋さんと言われてもピンとこない。
 新たにパートを雇ったのでなければ、昔からいるパートのおばさんの誰かだろう。記憶に間違いがなければ、パートのおばさんは4人ほどいる。うろ覚えながら、木嶋さん、島田さん、岸さん、古賀さんだった気がする。
 名前と顔が一致しないのは、私が若菜さんのビニールハウスにお邪魔したのが1、2度しかないからだ。それも祖父に連れられ、祖父の用事が済むまで待ちぼうけしていた際、4人が名前を呼ばれるのをぼんやり眺めていたからに他ならない。
 年齢は50代くらいと、子育てもひと段落した世代だったと思う。
 適当に4人のおばさんを思い浮かべていると、篁さんはタオルを肩にかけ、毛先から雫が垂れないか指で摘まんで確認していた。あとはそのまま自然乾燥なのだろう。
「木嶋さんはフライング・ヒューマノイドとは言ってなかったよ」
「妖怪?」
「いや。スーパーマンって言ってた」
「どちらにしても、空飛ぶ人間ですね」
 スーパーマンは宇宙人だったか…。
「マジか!嘘だろ?信じらんねぇ!」
 黒はぱちくりと瞬きして、「ガァ!」と叫んだ。
 カラスながらに、焦燥と動揺が百面相として表現できているから凄い。
 篁さんは「うるさい」と、黒の頭を小突いた。
「まだ噂の域を出てない。それも情報源が曖昧で、よくある怪談の1つていどの認識だ。要は娯楽かな?」
「今はそうかも知れねぇが、明日はどう転んでるか分かんねぇぞ!」
「これが初めてじゃないんだ。慌てるなよ」
 そう言いつつも、浮かない顔をしている。
 まるでお通夜の空気だ。
 私も口を噤み、温め直したお味噌汁を椀にぐ。お味噌汁の具材はシンプルに豆腐とワカメだ。ごはんをよそって、席に着いた。
 篁さんも席に着く。
 途端に、盛大にお腹の虫が鳴った。恥ずかし気に頬を赤らめ、「美味そうだったから…」とそろそろとお腹に手を当てる。
「手抜きですよ?」
 お味噌汁は朝の作り置きだ。里芋と鶏肉の煮物は昨夜の残り。ボリュームある春巻きに至っては、冷凍食品となる。
 なのに、篁さんは「そんなことはないよ」と手を合わせると、美味しそうにごはんを頬張る。
 黒は早々に春巻きを丸々一本、口の中に押し込んだ。
 私はお味噌汁を啜り、「そういえば」と話を切り出す。
 1人と1羽が、まるでリスのように頬を膨らませ、咀嚼しながら私を見た。
「季実子さんの所でも変な噂を聞きましたよ」
「きひぃこはん?」
 もごもごと口を動かしながら、篁さんが首を傾げる。
「バイトしているカフェの人です。カフェのオーナーの奥さんで、バリスタなんです」
「へぇ~」
 口の中のものをお味噌汁で流し込み、胸を摩りながら「どんな噂?」と訊いて来る。
「怪談です」
「あのなぁ、嬢ちゃん。なんでもかんでも魔法使いのせいにされちゃあ、堪ったもんじゃねぇぞ」
「黒、黙れ」
 篁さんのひと睨みで、黒は不貞腐れながらも2本目の春巻きを咥えた。
「で、どんな噂を聞いたの?」
「三ヶ森公園っていう大きな公園があるんですけど、そこは昔から…なんていうか…あまり良くない噂がある公園なんです。昼間は明るくて賑やかなんですけど、夜は治安が悪くなるんです」
 里芋をおかずにごはんを食べつつ、「まぁ…」と肩を竦める。
「夜は危ないと人伝に聞くだけで、実際に行ったことはないんですけど」
「どう治安が悪くなるの?」
「噂ですよ?」と釘を刺す。
「犯罪者が身を潜めてるとか、殺人事件が起きたとか、AVの撮影をしているとかです。夜、ショートカットで公園を横切ろうものなら、100%犯罪に出くわすそうですよ」
「嘘くせぇ」と、黒がケチをつける。
「その噂が怪談の1つと結びついてるの?」
 これには頭を振る。
「カフェに来たお客さんが実際に体験したそうなんですけど、夜、公園横の道を歩いてて、幽霊を見たそうです。でも、お酒を飲んでたと言っていたので、信憑性は分かりません」
「幽霊…」
 篁さんは眉宇を顰め、考え込んだようにお箸で里芋を突く。
「お客さん曰く、火の玉とセットだったそうですよ。ふわふわと火の玉が浮いてて、それが消えたかと思ったら、幽霊もふわふわと浮いたんだとか」
「それは笑えないかも」
 篁さんは口角を捻じ曲げた。
 険しい顔つきで里芋を睨み、口を閉ざしてしまった。
 黒に目を向ければ、げふん、とゲップした。
「そりゃあ、あんまり良い状況じゃねぇな。楽観視はできねぇ」
「そうなの?」
「火の玉と幽霊のセットなんて、オレっちはテレビの演出くらいしか見たことがねぇよ」
「それじゃあ、UMAかもね」
 そんなUMAは聞いたことがないけど、スレンダーマンのような新しいUMAだってありうる。
 ごはんと里芋を交互に食べ、黒に催促されるままに私の分の春巻きを譲る。黒は3本目の春巻きを飲み込みながら、「魔法使いだろ」と吐き捨てた。
「え?ルールを破るなんてリスキーなことするかな?夜は人通りがないって言っても、公園の周りは住宅街だし、公園にはホームレスもいるんだよ?目撃してくれって言ってるようなものじゃない」
 お茶を啜ってひと息ついて、「しかも」と付け足す。
「目撃したのは、公園の奥じゃなくて道路沿い。魔法使いって数が少ないんでしょ?協会に個人情報も握られてるんだから、あっという間に個人が特定されるわよ」
「それが、そうでもねぇんだよ。協会が把握してんのは、代々魔法使いの家系のみだ。それ以外の突発的な魔法使いは、ノーマークなのが多い。把握しようがねぇからな」
「突発的な魔法使い?」
 どういう意味だろうかと首を傾げると、篁さんが説明を引き継いだ。
「隔世遺伝。先祖に1人でも魔法使いがいた場合、何世代か後に魔法使いが生まれることがあるんだ。その手の魔法使いは、力の発現に興奮し、それこそスーパーマンになったと錯覚するんだ」
「魔法界のルールも知らねぇから、やりたい放題だ。やりたい放題ってのは、主に犯罪だな。なぜかヒーロー側じゃなくて、ヴィラン側に傾いちまう」
「それじゃあ、今は空を飛ぶことに夢中って感じなの?」
「いやいや。火の玉ってぇのが油断できねぇぞ」
 黒が剣呑に目を眇める。
「そういえば…お客さんが、小火騒ぎと遭遇したとも言ってた。その公園のある地区で…」
「ウケる!」
 何がウケたのか、黒がカラスとは思えぬ声でけたけたと笑う。
 篁さんは渋面を作っている。
「力に興奮してるガキじゃなくて、既に力を行使しているヴィランじゃねぇか!協会は何やってんだ!」
 けらけらと笑っていたかと思えば、鋭い目つきで天井に向かって吼えた。
 ご立腹だ。
「でも、誤魔化せるんですよね?フェイクを上げるのは簡単だって言ってましたよね?」
 篁さんを見れば、篁さんは下唇を噛んで俯いてしまった。
「今回は…ちょっと拙いかも…」
 なんとも弱々しい声だ。
 黒が冷え冷えとした目で篁さんを睨んでいる。
「魔法を隠蔽するのは骨が折れるが、不可能じゃねぇ。危惧してんのは、このバカが家出なんかしちまったからだ」
 意味が分からない。
 首を傾げて黒を見る。
「いいか、嬢ちゃん。協会は極力魔法使いの居所を掴んでる必要がある。バカをしねぇように、無言の圧力だ。分かるか?」
 訊かれて、私は頷く。
「じゃあ、問題だ。行方を眩ませた魔法使いが潜伏しているらしい町で、魔法の行使が確認されたら、協会はどう思うと思う?」
「え?それは…行方を眩ませたっていうのがルール違反になるなら…その魔法使いが犯人ってことになるんじゃない?」
「分かってんじゃねぇか」
 黒は半目になりつつ、くいっと顎をしゃくるように篁さんを見る。
「……あ」
 家出した魔法使いだ。
 協会に家出の申請をしているとは思えない。
 私と黒の視線を浴びて、篁さんはしょぼくれる。
「通報しなけりゃ、疑われるのはお前だぞ?」
「わ…分かってる」
「通報したら、家出も終了だ。スマホもカードも、一切合財を家に置いて出たのにな」
 愉快とばかりに、黒は目尻を波打たせる。
 篁さんは歯噛みすると、止めてた箸を猛然と動かし始めた。里芋と鶏肉の煮物をごはんと一緒に掻き込み、口の中がいっぱいなのにお味噌汁まで流し込む。
 がつがつという擬音が相応しいくらいの食べっぷりだ。
 世に言うやけ食いというやつなのかもしれない。
「問題は嬢ちゃんだな」
「私?」
「嬢ちゃんは魔法使いの存在を認知しちまったからな」
「まさか……消される、とか?」
「映画の見過ぎか?んなわけねぇよ」
 ほんの少しの侮蔑を込めて、黒が私を見る。
「ただ、ちょっとややこしいことになるぜ?」
「黒…黙れ」
「暁央、嬢ちゃんは当事者だぜ?例えもらい事故でも、協会側にしてみりゃ関係ねぇ。特に妃紗恵ひさえは食いつくぞ」
 ヒサエとは誰だろうか。
 訊こうにも、篁さんは大量の苦虫を噛みしめたような顔つきをしていて、声をかけるのも憚られる。仕方なしに黒に目を向ければ、黒は嬉々として私を見ていた。
「魔法使いの存在を秘匿にする方法ってのがある」
「消されるんじゃなかったら、魔法で催眠とか…暗示とかかける感じ?お前は何も見ていな~い、て」
「違げぇ」と、黒は頭を振る。
「その手のことは、散々やりつくして効果がねぇことが分かってんだ。ふとした拍子に、記憶が蘇るから質が悪い」
 だったら何だろうと考え込むと、黒がにたりと笑う。
「まぁ、ぶっちゃけ。人の口に戸は立てられねぇ。王様の耳はロバの耳ってな具合だ。じゃあ、どうしたら戸を立てられるか、だ。ひと昔前は、それこそ嬢ちゃんが言ったように魔法で封じ込めてたが、効果もイマイチだし、人道に反するってんで今は禁止になってる」
 どうすると思う?と下品な目つきに、私は眉宇を顰めた。
「だったら…お金を積んで買収するとか?」
「んなことしたら、強請りのネタを提供するようなもんだろ」
 確かに…。
 他に思いつく方法はないと眉を八の字にさせれば、「ハニートラップだ」と黒が得意気に翼を広げた。
「男にはセクシー美女を、女にはイケメンを…てな。惚れ込んだ相手のリスクは、必死こいて守るだろ?しかも自分の連れが魔法使いなんだ。まるで自分が特別になったと勘違いしやがる。最終的に、本当に恋愛に進展して結婚でもしたら、それはそれで結果オーライ。秘密は墓まで死守される」
「それじゃあ、私にもイケメン刺客が来るってこと?」
 アイドルみたいな可愛い系だろうか、俳優みたいなセクシー系か、ワイルド系か…。日本人とは限らないのかもしれない。
 出会いも計算づくのシチュエーションが準備されているのかと想像すると、少しだけ楽しくもある。
 と、黒が半眼になった。
「暁央だよ」
「え?」
「だから、嬢ちゃんには暁央がいるだろ?」
 つん、と翼が篁さんを指す。
 篁さんは悲しげな表情だ。しょんぼりと項垂れながら、「ごめんね…」と捨て犬みたいな目で私を見ている。
「期待に沿えるイケメン刺客じゃなくて…」
「そういう意味で言ったんじゃありませんよ…」
 罪悪感を抉る目で見ないで欲しい。
「篁さんはハニートラップ要員でもおかしくないくらいイケメンです」
 そう言えば、篁さんは瞠目した後に頬に朱を散らす。
「ほ…本当にそう思ってくれてるなら良いな」
 照れたように笑う大人の男の人は、意外と可愛いということを今知った。
 思わず赤面してしまう。
「おいおい。オレっちの前で見つめ合うんじゃねぇよ」
 円らな瞳を弓なりしてして、黒がにまにまと私たちを見る。
 篁さんは焦ったように「黒!」と叱責を飛ばすけど、逆効果だ。
 なるほど。こうして噂は広がるのか。
「嬢ちゃんも暁央の顔はタイプっぽいみてぇだし、問題ねぇだろ」
「色々と問題があるんだけど」
「まぁ、聞けよ」
 相変わらずのにやけ面で、黒は私と篁さんを交互に見る。
「オレっちのシナリオは1つ。暁央には家族も知らない愛する女がいた!」
 びしっと私に翼を向け、「それ故の逃避行」と黒がにたにたする。
 全くもって意味不明だし、陳腐なストーリーだ。
「どうして嘘をつく必要があるの?篁さんの親には本当のことを言えばいいじゃない」
「あのなぁ。内内に片を付けることができるなら、誰も苦労はしねぇ。篁家が融通が利く家だったら、オレっちが早々に連絡してる」
 黒が深々と息を吐いた。
「身内だろうがなんだろうが、不正は正す。オレっちの主は暁央だからな。暁央の体面を保つのを優先する。篁家の体裁は二の次だ」
 意外だ。
 そう思ったのは篁さんも同じらしい。驚いたように黒を見ている。
「てことで、暁央と嬢ちゃんはカップル設定だ。駆け落ちって体でいこうぜ」
「いこうぜって…。百歩譲ってカップル設定でも、私が魔法の存在に気づいてないって体でいくほうが、よっぽど簡単じゃない?あ、でも、そうなるとカップル設定っていらないんだ」
 篁さんの家出の尻ぬぐいに、私が巻き込まれる謂われはない。
 ずず、とお味噌汁を飲み干して、「ごちそうさま」と手を合わせる。
「あのなぁ、暁央と暮らしてんだ。無理だろ」
「どうして無理なんだ?」
 黒の嘆息に被せるように、篁さんが異を唱えた。
「無自覚か?」
 呆れた口調に、私も「あぁ…」と頷いた。
 思い当たる節は多々ある。
 篁さんは家の外に出ると強固なストッパーをかけているっぽいけど、家の中ではストッパーが緩みまくっている。意識してなのか無意識なのか、家では小さな魔法をちょこちょこと使っているのを見かける。
 ストーブの火力調整から調味料の瞬間移動、黒を叱る時も魔法が炸裂する。
「篁さん。家の中では頻繁に魔法を使ってます」
「え!?」
 驚いた顔で肩を跳ね上げた篁さんに、私と黒も驚いてしまう。
「気づいてないんですか?」
「お前、外で使ってねぇだろうな?」
「使う訳ないだろ」
「ホントかよ」
 懐疑的な視線を投げつけながらも、黒は「まぁ、いい」と頷く。
「とりあえず、嬢ちゃんが魔法に気付いていない設定は没だ」
「…分かったわ」
 不承不承に頷く。
「うるせぇ外野を黙らせるために、一芝居打つってのは定石だ」
 篁さんはぐうの音も出せずに沈黙している。
 それを是ととったのか、黒は続ける。
「理由はどうあれ、協会に未提出で家出…まぁ、あちらにとっちゃあ転居って意味になるんだが、協会を無視したのは利口じゃない。だったら、お涙頂戴の一芝居打てば、情状酌量に持ち込める」
「それで、どうして私が駆け落ち相手なのよ」
 むうっと唇を尖らせると、黒は「観念しろよ」と意地悪な目つきで私と篁さんを見る。
「ここいらの噂、知ってるか?”輝ちゃんちにヒモ男がいる”ってな」
「ヒモ!」と叫んだのは篁さんだ。
 噂がどんどん良くない方向にねじ曲がっている。
 篁さんはショックが隠せないのか、顔を覆うと嘆き始めた。
「そうか…傍から見れば俺はヒモなのか…」
 涙声で呻いているけど、フォローすることが出来ない。
 実際、似たようなものだからだ。
「まぁ、この際、使えるもんは使って言い訳するしかねぇよ。妃紗恵はおっかねぇが、今はロマンス小説にハマってるから、嬢ちゃんと一芝居打てば大した問題はねぇ。征和まさかずの奴は一筋縄にはいかねぇけどな」
 マサカズとヒサエというのは、篁さんの両親なのかもしれない。だとすれば、かなり厳しい家庭っぽい。
「篁さんの家族?」
「そうだ。父親が征和。母親が妃紗恵」
「厳しそうな家庭ね」
「篁家はこっちの世界じゃ名家だからな。その跡取りが家出したんだ。体裁がある。しかも嬢ちゃんは普通の人間だ。これでも暁央はエリートだ。サラブレッド。その暁央に見合い話が持ち込まれてる。征和が集めてんだけどな。その見合い相手は、正統な魔法使いの女どもだ」
 恋愛ではなく、血統第一主義の家か…。
「私なんてお呼びじゃないんじゃない?」
「征和にとっちゃあ邪魔だな」
「怖いんだけど…」
 魔法使いを敵にはしたくない。
 ぶるりと震えれば、黒は「ドンと構えてろ」と吐き捨てる。
「鉄拳制裁で言うこと聞かせようってことはねぇよ。ぶっちゃけ、暁央はぶっちぎりでぇからな。そこんとこは征和は理解してるから、迂闊なことはしねぇ」
「そんなに強いんだ」
「最強の魔法使いよ」
 黒は誇らしげに胸を張る。
 ただ、両手で顔を覆って卓上に突っ伏している篁さんを見ると、とても最強の魔法使いには見えない。
 ヒモの呪文って凄い。
「ま、卑屈だから強ぇのがイマイチ分かんねぇけどな。それも教育の賜物だ」
「卑屈なのが教育なの?」
「褒めて、おだてて、自信過剰の傍若無人に育たねぇようにな。有益有害よりも、無益無害に育てることにしたんだ」
「有益無害じゃなくて?」
「無益無害のが楽だったんだろ。育てるのに」
 黒は言って、腹いっぱいとばかりに右の翼で胸を撫でた。
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