グウェンドリン・イグレシアスのお気に入り

衣更月

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 唐突ながら私のことを話そう。
 私はグウェンドリン・イグレシアス。
 223才のぴちぴちのハイエルフだ。
 ハイエルフの平均寿命は1500年を超えるので、私などは同族の目から見れば、右も左も分からぬ初々しい少女に等しい。人間で例えるのなら、成人まであと少し。もうちょっと親の言うこと聞いてちょうだいな、の年齢である。
 ハイエルフは長寿種族の為に成長が遅いのだ。
 ああ、平均寿命というのは、高祖叔父が人間が使う星歴とイグレシアス一族が代々残してきた記録を照らし合わせて算出している。なぜイグレシアス一族と括っているのかといえば、多くのハイエルフは自分の年齢に無頓着なのだ。300才を超える辺りから覚えるのが面倒になり、記録もつけていないので、凡その年齢しか分からなくなる。
 長寿ゆえの弊害なのだろうか。
 だが、同じ長寿種族であるエルフは謹厳実直な性格が多く、しっかりと生まれ年を把握している。平均寿命がハイエルフの半分くらいしかないので、年を数えるのが楽しいのかもしれない。
 何しろ彼らは、私たちよりも成熟度が早い。
 もしも私がエルフなら結婚して子供がいただろう。
 元を辿れば同じ種族だというのに、いつの間にか片方は大森林の奥底へ、もう片方は大森林の浅い部分へと居を移動させた。そうして住処を別つこととなった私たちの祖は、気づけば寿命も性質も変異していた。
 今や似て非なる者だ。
 そうなった謎を解明すべく、大叔父はイグレシアス一族の血を滾らせ、各地に点在するというエルフの里を目指して出奔した。もう130年近くは会っていない。行方不明である。
 イグレシアス一族は無為自然の生き方をするハイエルフの中にいて異質。一辺倒な性質の者しか生まれないという変わった一族なのだ。
 大叔父は珍しい例ではない。
 イグレシアス一族は出奔した大叔父を含めて極端な思考を持つ者ばかり。人間風に言えば学者肌。引きこもりの研究者肌だ。よって、高祖叔父が必要とした記録も膨大な冊数として保管されていた。
 さらに、イグレシアス一族とは血縁関係のない者も、ひとたびイグレシアス家に入ると様子が変わる。
 例えば、植物学にのめり込んだ祖父に嫁いだ祖母は、祖父に触発されて薬草の研究を始めた。極めすぎて、今や万能薬を完成させるに至った天才薬師だ。魔素並びに地質の変化が与える植物の影響を研究する父に嫁いできた母は、父と各地を放浪している間に鉱物学に傾倒してしまった。
 兄は人間社会が精霊に与える影響を研究し、従兄弟たちも全員、何らかの研究で引きこもったり出奔したりしている。今は独身の彼らが婚約者を連れ帰れば、婚約者も同じ道を辿るのだろう。
 かくいう私も178才で天啓を得た。
 それは人間だ。
 たまたま遠目に見た辺境伯という人間に食指が動いた。
 今は隠居した髭もじゃワイアットの父親になる。
 隠居したとはいえ、老いても脳筋。今も兵団の訓練に交じり、大森林へと乗り込むくらいには元気にしている。
 兎にも角にも前辺境伯との出会いで開眼したのだ。
 以来、領内の人間を観察するようになった。
 天啓を得てから45年余り。
 近場ということでワイアット家を観察対象としているが、未だ見ていて飽きない。
 主な観察対象は髭もじゃワイアットとしていたが、対象者を髭もじゃワイアットの第3子、次男のルイス・ワイアットに変更することに決めた。
 勝手に決めた。
 で、勝手にお邪魔することにした。
「ここが君の部屋か。なんだか汗臭いな」
 堂々と窓から入ると、ルイスは着替えの最中さなかだった。
 半裸のまま硬直している。
 それを無視して、ぐるりと部屋を見渡す。
 ベッドと机、汗を拭ったタオルを放ったソファ、書物の少ない本棚。家具はどれもこれも武骨な作りで、部屋の真ん中はトレーニング空間なのか、分厚いマットの上に大きなバーベルを置いている。さらに壁を彩るのは絵画ではなく、武器を飾っているのだから色気がない。
 武器は剣身ブレイドの長さや太さが異なるだけで、似通った剣ばかりだ。
 武器コレクターか?
 臭いはあるものの埃っぽさがないのは、貧乏とはいえメイドがいるからだろう。
 塀の外から観察するだけでは分からないことは多いようだ。45年もワイアット家を観察しながら、塀の内は新鮮な驚きに満ちている。
 特にハイエルフの緑の匂い溢れる住まいと一線を画すこの臭い!
 ふむふむ、と思春期真っ只中の人間男子の部屋と観察していると、「ななななんなんだっ」とどもりまくったルイスの声だ。 
 見れば、硬直から復活したルイスが、ぷるぷると震えながら脱いだばかりのシャツで体を隠している。
 顔は真っ赤。
 いや、耳も首も真っ赤だ。
 日に焼けているから赤黒く見える。
 さらには羞恥か怒りか、目が潤んでいるので嗜虐心が擽られる。
 ここで嫌われても損なので、意地悪なことはしないが。
 それにしてもルイスは意外に初心だ。
 上半身くらい見られても減るものじゃなし。
 髭もじゃワイアットなら、堂々とポージングして筋肉を見せつけてきただろう。それをしないルイスはお年頃なのか、はたまた母親の教育で貴族思考が根付いているのか。他人に肌を見せることを良しとしないようだ。
 意外とお坊ちゃま。
 それをノートに書きこむと、ルイスが「書くな!」と怒鳴る。
「なぜ?言ったじゃないか。私は君を観察対象にすると」
「聞いてない!」
「言ってなかったか?じゃあ、言うよ。君を観察対象とした。これから宜しく頼む」
「なっ!なんで俺なんだ!というか、観察ってなんだっ!?許可しないぞ!そもそもどうやって入って来た!貧乏でも辺境伯家だぞ!兵士数はごまんといる!門兵が顔も見せぬ者を通すものか!」
「うるさい男だな。いいかい?私は身体強化を初めて見たのだよ。それが近場の人間なら観察するだろう?それから、私は門を通ってない。塀を越えてきた」
「不法侵入かっ!?」
 脳筋は声が大きい。と、ノートに書きこむ。
「今、悪口を書いただろ!」
 すごいな。
 第六感が動物並みだ。
 これも書き込む。
「堂々と不法侵入するくらいだ。やはり後ろ暗い奴なんだな」
「別に犯罪者ではないよ。ただ、あまり他の人間と会いたくないだけだ」
「どうだか。女っていうのは分かったが、犯罪者でないのなら名を名乗れ。顔を見せろ!不法侵入に手慣れているように見える。盗人か?犯罪者照会してくれる!」
 想像力…いや、頓珍漢な推理力が豊かだ。
 犯罪者だと決めつけながら捕縛より体を隠す方を優先しているあたり、まだまだ甘ちゃんだな。
 それほど裸をさらすのが恥ずかしいのか?
 やはり思春期というやつなのだろうか。
 ハイエルフに思春期はないから難しい感情だ。まぁ、研究を始めたばかりなのだから仕方ない。あと100年ほど観察すれば、人間の機微に触れることができるはずだ。
「ふむ。そこまで言うのならフードを取ろう。ただし、身体強化を見せるのだぞ」
 ノートとペンを肩かけ鞄に仕舞い、フードに手をかける。
 一気にフードを後ろへ払い退けると、ルイスは瞠目し、トマトより真っ赤に染まった。
 自慢ではないが、エルフというのは美男美女が多いと言われている。ハイエルフは、そのエルフよりも美しいとされるのだ。
 恐らく、加護の影響もあるのだと思う。
 ハイエルフの加護は4つ。エルフの加護は2つか3つ。人間に至っては1つの加護を貰えるかどうかだ。
 さらにイグレシアス一族には、代々引き継がれる色がある。
 他のハイエルフがホワイトブロンドかプラチナブロンドに対し、イグレシアス一族の直系は例外なく、光の加減で仄かに青みがかったシルバーブロンドをもって生まれてくる。
 私もきっちりと青みがかったシルバーブロンドだ。腰に届くほどの髪を緩く編み込んでいるので、ルイスに細やかな色合いは分からないだろうが。
 瞳の色は澄んだ菫色で、ぽってりとした唇は仄かな桃色。肌はハイエルフの特徴である、真珠粉をはたいたように白く、煌めいている。
 人間はエルフを”森の人”と例えるが、ハイエルフに関しては精霊王と混同して信仰対象にすることがある。
 他のハイエルフならば分からなくもないが、イグレシアス一族は変人ばかりだからな。
 服装だってハイエルフは大きな一枚布を体に宛がうキトンを好むが、イグレシアス一族は目的のためには故郷の大森林から飛び出して行くので、フード付きローブを纏った冒険者の装いが多い。
 世俗的なイグレシアス一族は、大叔父から「廃エルフ」と命名されている。
 異論はない。
「さぁ、身体強化をしたまえ少年」
 半裸とはお誂え向きだ。
 興奮に手をワキワキさせながらルイスに歩み寄れ、ルイスは涙目で震え、そして卒倒した。

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